第21話 夜の出来事
坂上と別れた後、俺は少しベンチに座って休んでいた。
この後バイトがあるけど・・・
流石に今の状態じゃ・・・
頭がグチャグチャになり精神的な具合の悪さのせいで、さすがに接客を出来る状態ではなさそうだった。
確か今日は、遅番には小鳥遊さんも出勤するはず。
だから休んだとしても昨日みたいに、今日も出勤している水島さんに迷惑をかける事はないだろう。
2日連続で本当に申し訳ないと思いながらも、店に電話をかけて休ませてもらう旨を伝える。
電話には水島さんが出てくれて、昨日に続いて休む俺の事を心配してくれながらも、ゆっくり休んでと快く了承してくれた。
電話をかけ終えると、俺は重い足取りで家に向かう。
そして、家に帰り部屋のベッドに横たわって目を閉じると、そのまま意識が落ちてしまった。
・・・・・
・・・
ふと目が覚めると、気がつけばすでに19時を回っていた。
眠ってしまっていたのか・・・
少しずつ意識が覚醒し頭や体の気だるさを感じながら、何気なくスマホを取って画面を操作すると1件の不在着信を表示していた。
誰からだろうと思って確認してみると、それは翼からだった。
かけてきた時間は17時過ぎなので、俺が帰って寝てしまった後らしい。
メッセージの時もそうだけど、翼の連絡にすぐ対応出来なかった事に申し訳なさを感じる。
そして折返しをしようか悩んでいると、丁度そこに再び翼からの電話が鳴り始めた。
「はい」
『あ、
「あ、いえ、今は起きていましたから、それは大丈夫ですよ。それよりもさっきも連絡してくれていたんですよね?出られなくてすみません・・・」
『それこそ気にしないで。星くんの体調がまだ悪い事を聞いて、寝てるかもしれないと思いながらも心配して連絡しただけだから』
「そうだったんですね・・・確かにさっきまで寝てしまっていたみたいです。ご心配ありがとうございます」
『ううん、私こそ何度もごめんね・・・それはそうと・・・ねえ、星くん?今は、体調は大丈夫?』
「あ、はい、さっきよりは大分マシになっています」
『そう、よかった・・・それで、今は家にいるんだよね?』
「はい、家にいますよ」
『じゃあさ、今から出られる?』
「えっ、ええ?今からですか?」
『うん、まだ体調が悪くて辛いなら、無理にとは言わないけど・・・』
「あ、いえ、それは大丈夫ですけど・・・でも、どこに行けばいいんですか?」
『ああ、それは私が迎えに行くから、星くんは家にいてくれて大丈夫だよ』
「えっ?迎えにくる?どういう事ですか?」
『まあまあ、それはいいから。じゃあ、星くんの住所教えて貰ってもいい?直接家を教えたくないなら、近くの目印になる場所でもいいから』
「あ、いえ、教えても大丈夫です」
『本当?じゃあ、お願いね』
翼にそう言われて、俺は自分の住所を伝えた。
『ありがとう!・・・うん、そこなら・・・多分20分前後で行けると思う。着いたら連絡するから家で待っててくれる?』
「あ、はい、わかりました」
『うん、じゃあまた後でね!』
「はい、待ってます」
・・・
一体、なんだろう?
翼との電話を切ってから、今の翼とのやり取りについて考えてしまう。
迎えに来るってどういう事なんだろう?
これからどこに行こうと考えているんだろうか?
とはいえ、いくら考えた所で翼が来ないことには何もわからない。
だから出かける支度だけしておいて、今は翼が来るのを大人しく待つことにした。
そして両親はまだ帰ってきていないため、体調不良でバイトを休んだ事と体調が戻った事でこれから知り合いと会う旨をメッセージで送っておいた。
・・・・・
・・・
それから20分を過ぎた頃。
再び翼からの着信が鳴る。
「はい」
『あ、星くん?着いたよ~!出てきてもらえる?』
「わかりました、今行きます」
『うん、待ってるよ~!』
電話を切ると、俺は急いで家の外に向かう。
すると・・・
「おお・・・すごい」
玄関を開けると、家の前に高級そうな車が1台止まっていた為、思わず声が漏れた。
そして俺がその車のカッコよさに目を奪われていると、運転席のドアが開いて乗っていた人物が降りてくる。
「こんばんは、
その人物はもちろん、先程連絡してきた翼だった。
「あ、こんばんは、翼」
車に見惚れていた俺は、慌てて翼に挨拶を返す。
「ふふっ、驚いた?」
「はい、驚きましたよ・・・まさか翼が、こんな凄い車に乗っているとは思いませんでしたから・・・そもそも、翼が車を運転するとは思ってなかったので」
「あははっ。それ、よく言われるよ。だから星くんもそう思っているだろうなぁと思って、電話では内緒にして驚かそうと思ったのよ」
「失礼な事をすみません・・・でも、本当に驚きました」
「別に言われ慣れてるから、失礼だとは思ってないから大丈夫だよ。むしろ、そのおかげでビックリ大成功だったんだからね」
「そうですね、本当にまさかでしたね」
俺がそう言うと、翼は嬉しそうに笑っていた。
「それはそれとして、とりあえず乗って?」
「あ、はい」
翼に促され、車に乗ろうと助手席に近づいた瞬間。
「おこんばんわぁ~、
「おわっ!」
急に助手席のドアが開いて、中から圭が降りてきた。
翼1人しかいないと思い込んでいて、他に人がいるとは全く考えていなかったから、思いの外ビックリしてしまった。
「あははっ、2つ目のビックリ大成功だねぇ♪」
圭はそう言って、ニコニコと楽しそうな笑顔を見せていた。
「いや、これは本当にビックリしましたよ・・・誰もいないと思っていたので・・・」
俺はあまりの驚きでドキドキする心臓に手をやりながら、そう口にする。
「ふふっ、早く星ちゃんの顔を見たかったんだけど、翼ちゃんに止められてたからねぇ・・・ウズウズしながらタイミングを待ってたんだよ」
「そ、そうだったんですね」
圭はドッキリそのものよりも、早く出たかったような口ぶりで嬉しそうにニコニコしていた。
「・・・あ、すみません。驚いていて挨拶してなかったですね・・・え~と、こんばんは、圭」
「そんなの気にしなくていいんだよ?でも、うん。じゃあ改めて・・・こんばんは、星ちゃん」
俺が挨拶をしていない事を思い出して挨拶すると、圭も再度挨拶を返してくれた。
しかし次の瞬間には、少しだけ不満気な顔をしながら口を開く。
「・・・というかねぇ、それよりも気になる事があるんだけど・・・星ちゃん、敬語に戻ってるよ?」
「えっ?あっ・・・」
圭に言われて、ずっと敬語を使っている事に気がついた。
そういえば、普通に話してほしいと言われていたんだった・・・
「そうそう、それ。私も電話した時から気になってたんだよね。まあ、その時は寝起きかもと思ったから何も言わなかったんだけど」
「あっ、いや、すみま・・・ごめん。敬語を使っていた期間が長かったから、何となく癖で・・・」
やっぱり翼も気にはなっていたらしい。
だから敬語を使いそうになりながらも訂正して、素直に謝ったのだが・・・
「別に星ちゃんが謝る事じゃないよぉ?」
「そうそう、ただ距離感があって寂しいっていうだけだから」
「うっ・・・」
謝らなくてもいいと言いながら、2人はいじけたような仕草をしていた。
「なんてね~♪私達はほんとに気にしてないから、星くんも気にしないで?前にも言ったけど敬語を使うなっていう事じゃなくて、敬語を使わないで話してくれた方が私達は嬉しいってだけだから」
「あ、うん、わかり・・・わかったよ」
癖というのは中々抜けないらしい・・・
再び敬語を使いそうになるも、2人の気持ちを有難く受け止めながら言い直した。
そんな俺を2人は優しい笑顔で見ていた。
「それはそうと・・・ほらほらぁ!せっかく私が星ちゃんの為に、助手席のシートを温めておいたんだからぁ、早く乗って乗って!」
「そんな、秀吉じゃあるまいし・・・って、僕・・・俺が助手席でいいの?圭が乗った方がいいんじゃない?」
「そんな細かい事は気にしないの!ほらほらぁ、早く乗って出発しよう♪」
「あ、う、うん・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
圭に背中を押されながら、翼の車の助手席に座らされる。
そして、圭は後部座席にそそくさと乗り込んでいた。
「うわっ・・・中もすごい高級感、それにカッコいい」
「そうでしょう?」
運転席に乗り込んだ翼が、俺の呟きを聞いて嬉しそう頷いている。
自分の乗っている車を褒められた事が、よほど嬉しかったのだろう。
そして俺はふとハンドルのエンブレムが目に入り、気になって翼に質問をした。
「その、ハンドルに付いている4連リングのエンブレムって、もしかして・・・」
「お、星くん知ってる?そうそう、そのメーカーのA7って車だよ!と言っても、そこまではわからないと思うから、深くは気にしなくていいけどね」
「へえ・・・外車って、左ハンドルのイメージだったけど違うんだね?」
「ふふっ、知らないとそう思うよね。日本で売られている外車は、今はどちらかというと右ハンドルの方が多いのよ。とはいえ本当なら私も左ハンドルにしたかったけど、日本で運転するなら左ハンドルに対応していない事が多くて何かと不便だから、泣く泣く選んだんだけどね」
俺の質問に対して翼は、嫌な顔をせず・・・
むしろ、何だか楽しそうな顔で答えてくれた。
「そうなんだ・・・翼は車に詳しそうだし楽しそうに話すんだね。車が本当に好きなんだ?」
「うん、好きだよ~。女子にしては珍しいと思うけどね・・・と言いつつも、圭ちゃんもこう見えて
「ええっ!?それはかなり意外!!」
「あははっ、だよねぇ」
こんなにほんわかした人がスポーツカーに、しかもMTに乗ってるなんて・・・
ある意味、今日イチでビックリしたかも・・・
「ちょっとぉ!?2人して酷くない!?」
圭は2人と言いながら、後ろから俺の頭だけをソフトタッチでポカポカ殴ってくる。
「あ、ご、ごめん・・・」
「ふふっ、大丈夫だよ星くん。圭ちゃんは怒ってないから。圭ちゃんは自分でも意外に見えることくらいわかってるのよ。だから、これは圭ちゃんの鉄板ネタなんだよ」
「あっ、翼ちゃんバラすの早いよぉ!せっかく怒ったフリして星ちゃんの頭を撫でてたのに」
そうだったんだ・・・
本当に怒らせてしまったのかと思った・・・
というか、何で俺の頭を撫でているんだ・・・?
俺がそう思っていると、圭はバラされた事で俺の頭を触るのを止めてくれた。
まあ、よくわからないけどいいか・・・
と思いながら、とりあえず怒っていなかった事で安堵の声を漏らす。
「それならよかったよ・・・」
「車に興味あるなら中々面白いと思うから、今度は圭ちゃんの車に乗せてもらうといいよ」
「うん、星ちゃんのために助手席はいつでも空けておくからねぇ!」
「じゃあ、機会があればお願いするよ・・・というか、女性にこう言うのも何だけど・・・こういう車を運転している翼も、スポーツカーを運転する圭を想像しても・・・何か凄くカッコよく見えるよ」
「えっ、ちょっ!星くん!?」
「うえぇ!?星ちゃん、ちょっとぉ・・・」
・・・え?
俺何か変な事言った?
「そんな事言われたら、恥ずかしいし何か照れちゃって運転しにくいじゃない・・・」
「星ちゃん・・・不意打ちはずるいよぉ・・・」
翼は動揺したような表情で俺から顔をそらして前を見ながらゴニョゴニョ言ってるし、圭は圭で後ろで何かゴニョゴニョ言ってるし・・・
ああ、女性にカッコいいだなんて、褒め言葉じゃないよな・・・
また失礼な事を言ってしまった・・・のかな?
俺がそう思っている中・・・
「と、とにかく出発するから、2人共ちゃんとシートベルト締めてね」
翼はどもりながら、そう言って車を発進させた。
車が走り出し、車内に微妙な雰囲気が漂う中で俺はその雰囲気を払拭すべく、目的地を聞いていなかった事を思い出して翼に尋ねた。
「そういえば、行く場所を聞いてなかったんだけど、どこに向かってるのかな?」
「う~んとね・・・それは、着いてからのお楽しみにしてね♪」
よかった、雰囲気とは裏腹に普通に答えてくれた。
怒っていたわけじゃなさそうだ。
とはいえ、どこに行くのかは秘密のようだけど。
「そっか・・・じゃあさ、今日は何で俺を誘ってくれたのか聞いても?」
「・・・・・」
あれ?
これは聞いてはいけなかったのかな・・・?
俺が質問すると翼はその瞬間に口をつぐんだため、俺は一瞬不安になった。
そんな俺の不安をよそに、考え込むようにしながらも翼は口を開いた。
「それはね・・・星くんが精神的に不安定になっていると、花音ちゃんから聞いたからよ」
翼は誤魔化す事なく、正直に教えてくれた。
・・・ああ、そうか。
水島さんには、昨日恥ずかしい所を見せてしまっていたんだった・・・
「花音ちゃんも、星くんの事を凄く心配していて・・・本当なら人の事をペラペラ話すべきではないとわかってはいながらも、自分じゃ力にはなれない・そういうのは向いてないからって言って、彼女なりに悩んだ末に私を頼って星くんの力になってあげてほしいと頼まれたの」
水島さん・・・
そこまで彼女に心配かけてしまっていたのか・・・
その事に申し訳なさを感じてしまう・・・
「その話を聞いた私も星くんの事が心配だったし、私に何が出来るかはわからないけど・・・せめて気晴らしでも出来たらと思ったのよ」
「そうだったんだ・・・」
「だから星くんを驚かせようと考えたのと、星くんが車に興味があって気になってくれればそれで良し。興味無ければ無かったで、別の話題で盛り上がろうと思っていたの。結果、星くんは車に興味を持ってくれたわけだけど、その間は他の事を考えずに気が紛れたでしょう?」
「うん・・・確かにそうだね・・・」
確かに俺は、翼に連絡を貰ってからは何をするのかばかり気になっていたし、翼と圭が来てからも気になる事ばかりだった。
だから、余計な事を考える暇がなかった。
そう考えると・・・
俺は聞かなくていい事を聞いてしまって、翼に言いにくい事を言わせてしまったのだな・・・
「ただ、これは一時凌ぎで何の解決にもならない。それはわかってる・・・それでも、今から向かう場所も含めて、少しでも星くんの心の負担を取り除いてあげたかったのよ。本当はまだこの事は言うつもりはなかったけど、星くんには嘘も誤魔化しもしたくは無かったからね・・・」
「そうだったんだね・・・ごめん、余計な事を聞いて」
「ううん、私はいいんだけど・・・星くんは大丈夫?私のせいで辛くなったりはしていない?」
「いや、翼のせいなんかじゃないよ?俺が聞いて正直に答えてくれただけなんだから・・・とにかく今は大丈夫だよ・・・心配してくれて、ありがとう」
確かに自分で余計な事を聞いてしまったせいで、色々な事を思い出しそうになるものの、翼と圭がいてくれるおかげで精神的には大分落ち着いている。
だから俺は余計な事を考える以上に、翼がどれだけ心配して色々と考えてくれたのかがわかり、素直に礼を言う事が出来ていた。
そして翼と俺が話しているのを大人しく聞いていた圭に対しても、礼を言おうと思って念の為に尋ねる。
「・・・じゃあ、圭も同じように?」
「うん、もちろんそうだよぉ!・・・と、言いたい所なんだけど・・・私は地方の仕事から戻った所に、翼ちゃんから強制的に拉致された上に“星くんのピンチだよ!!”と聞かされて、翼ちゃんの計画に乗ったの。星ちゃんを心配したのは本当だけど、考えたのは全て翼ちゃんなんだよねぇ」
「ちょ、ちょっと圭ちゃん!?言い方!!そして恥ずかしいから、全部バラさないで!?」
圭自身も俺の事を心配してくれていたみたいだけど、翼が全部計画して動いてくれていた事まで暴露した為、翼は照れくさそうにしながら圭に文句を言った。
そして、翼は照れくさいのを誤魔化すように・・・
「ま、まあ・・・圭ちゃんも常に星くんを心配しているし、私1人だけよりも圭ちゃんもいた方が雰囲気も明るくなるからね・・・何よりも・・・こう見えて私も圭ちゃんも、星くんが思っている以上に色んな経験をしてきているのよ。だから何か参考になることがあれば・・・ってね」
と話を付け加えていた。
どちらにしても、2人はわざわざ俺の為に動いてくれたのがわかって本当に申し訳ないという気持ちと、そして本当に有り難いという気持ちで一杯だった。
「そうなんだ・・・2人共、俺の為にごめん・・・そしてありがとう」
「ううん、星ちゃんが謝る事じゃないし、お礼を言われるような事なんて私はまだ何もしてないよ?」
「うん、私もね。今の所は、私の好きなドライブに2人を無理矢理付き合わせているだけ・・・星くんも、今はそう考えてくれればいいんだよ」
俺が謝った上で礼を言った俺に対して、2人はどちらも言う必要はないと言ってくれる。
その2人の気遣いが、かえって有り難かった。
だから最後にもう一度だけ・・・
「うん、わかったよ・・・ありがとう」
と、感謝の気持ちを伝えておいた。
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