第一章 宮庭に舞う②

 新皇帝即位の報は、またたく間に都を駆け抜けた。

 同時に、新皇帝の後宮のために人員が集められることが告知され、年ごろのむすめのいるそれなりのいえがらの者たちは色々と手回しにいそがしい。

「──宮中に召しだされることが、それほどめいなことかしら」

「白蓮さまはきさきの位には興味はございませんか」

「ありませんね。後宮にはいるということは、ぞくと切りはなされて、皇帝のためだけに生きるということ。ちようあいが得られなければ……いえ、それ以前に目に留まらなければ、でる者さえいないかごの鳥。そんな世界はつまらないではありませんか」

 ここにある書物だって、まだすべてに目をとおせていないのに。

 ためいきをおとして、白蓮はうすぐらい室内を見回した。

 てんじように届くようなたなに巻子本や冊子が積まれている。

 そんな室内のかたすみに座す老人に、改めてむき直った。

「けれど、決まってしまったものはしかたがありません。わたしは宮城へ参ります。今までお世話になりました、老師」

 礼を示しながら、白蓮は父親に呼びだされた時のことを思いだしていた。


「白蓮、お喜びなさい!」

 お呼びとうかがいましたが、と入室したたんはずむような声が飛んでくる。

 いるとは思っていなかった母親のげんのよさに、白蓮はくるべき時がきたことをさとった。

「喜ぶ? なにをでしょうか」

「あなたの後宮入りが決まったのです!」

 それをおくびにもださずたずねた白蓮に、予期したとおりの答えが返る。

「『夫人』の一人として召されることになったのです。女性にとってこれ以上の名誉はないわ。さつそく、準備をしなくては。他家の者におとりするようなことがあってはなりませんから。なんといってもあなたはこの柳家の娘。あなた以外のだれが寵愛を得るというのです」

 言いたいことだけまくしたてると、

「ああ、こうしてはいられないわ。あなた、わたくしはこれで失礼いたします」

 母はじよたちをひき連れ、足早にでていった。これから商人でも呼んで、入宮に際して入り用となるしようや道具を用意させるのだろう。

 その勢いに口をはさすきもなく見送るしかなかった白蓮は、聞こえてきたせきばらいにへやの奥へ視線をもどした。

「今、あれが言っていたとおり、おまえの入宮が決まった」

「──はい」

「まさか、あのかたが即位なさるとは思っていなかったが、こうなればいたし方ない。柳家の娘として、おまえにはやってもらわねばならない」

「やる……?」

 同じひびきでも母とはふくむ色のちがう『柳家の娘』という言葉に、げんな顔つきになる。

「白蓮」

 次の時、父の口から告げられた「命令」に、白蓮はさっと表情をこわばらせた。

「それ、は……」

「わかっているな? すべては家のためだ」


「白蓮さま」

 しわがれてはいるが、ぬくもりのある声に名を呼ばれ、はっと意識をひき戻す。

 いつのまにか、白髪しらがで白く長いひげをたくわえたろうおうが目の前に立ち、やわらかなひとみでこちらを見つめていた。

「お世話になったのはこちらの方です。白蓮さまのおかげで、このとしになってもまだまだ学ぶ楽しさを教えていただきました」

「老師……」

 この書室のぬしのような老翁は、もともとはじゆくの師だったところを父が兄のためにやといいれた人物だった。

 とはいえ、兄はあまり熱心な生徒とは言いがたく、もっぱら白蓮が師事していたといっていいだろう。

 両親は白蓮が柳家のちようとしてふさわしくありさえすれば、あとは関心をはらわなかった。娘が書室にいりびたっていようが、老師に教えをおうが、かまわない──いや、興味がない。

 それをこれ幸いとばかりに、白蓮は老師を師として自由にこうしんつばさを広げることができた。彼が古い知識にり固まった老人ではなく、博学広才の人物であったこともまた運がよかったのだろう。

「白蓮さまがおられなくなるということは、そろそろこの老いぼれもおいとまさせていただくころいかもしれませんな」

「──ええ、それがよいかと。本当ならもっと早くにそうされるべきだったのに、わたしがひきとどめてしまって……」

「なに、わしも楽しませていただきました」

 かんむ老師に、白蓮もまた顔をほころばせた。

 彼は白蓮にとって、この邸においてゆいいつ心許せる人物だった。彼との別れは、父母よりもよほどさびしい。

 それに、と改めて書室をわたす。

「書物もだけれど、ここを去るのは心残りだわ」

 色々とそろって、ようやく実験ができるようになったところだったのに。

 小さくこぼして、白蓮は名残なごりし気に中庭へ視線を移した。

 歴史だろうと物語だろうと、どんな知識でもここにはない世界を見せてくれる。その時だけは自由になれる。

 そんな中で白蓮がとりわけ興味をひかれたのが、西域の学術だった。

 りようこくの領土が広がり、西域との交流が活発になったことで流入してきた人や文化は、この国にはなかった学問や技術を運んできた。

 文字ひとつとっても、漢字とはまるで違う。

 白蓮の好奇心がかきたてられるには十分で、まだ見ぬ世界にあこがれをいだかせた。

 だから、老師をかくみのに商人から西域の植物の種を仕入れ、中庭にまいてこっそりと育て、書物で見た技術をためしてみるべく道具を用意し……と、書室はさながら秘密こうぼうの様相をていしていた。

 いずれこういう時がくることはわかっていたが、これらをあきらめなければいけないのが残念でならない。

「なに、持っていかれればよろしいでしょう。研究はどこにいてもできます」

「!」

 なんでもないことのように告げた老師に白蓮は、はっとり返った。

 いつも道を示してくれた笑顔をまじまじと見つめ、ひとつ瞬く。

「──そう、よね」

 そうだ。なにもじんをただ受けいれる必要はない。

 のがれられない定めなのなら、定めの中で自分の思うようにやればいいのだ。

『あなた以外のだれが寵愛を得るというのです』

『わかっているな? すべては家のためだ』

 母と父の言葉がのうにこだまする。

 だれもかれもが好き勝手なことを押しつけてくるのだ。自分だって好きにしてなにが悪い。

「ありがとうございます、老師。おかげで、気が楽になりました」

「それはなにより。ここにあるものは儂がまとめておきましょう。──なに、荷物はたくさんあるのですから、まぎれこませてしまえばわかりません」

「ええ。とがめられたら、茶器だとでもします」

 それがいい、と笑った老師が、ふっと表情を改めるとこうべを垂れた。

「白蓮さま。ご健勝をおいのりしております」

「はい。老師も、お元気で」

 これから身の回りはあわただしくなるだろう。ここをおとずれることも、もしかしたらもうできないかもしれない。

 最後になるかもしれないあいさつわし、白蓮は戸口へと足をむけ──ふと、動きを止めた。

 そういえば、と振り返る。

「あの子は、連れていくことにします」

「あの子……木蘭さま、ですか」

 かくにんに、小さくうなずく。

「この家から解放してやる機会は、今を逃したらもうありません。迷いましたが……ここに置いておくよりは、身のまわりの世話をさせるという名目で連れだした方がましでしょう」

「それがいいでしょうな」

「それに、もしかしたら『物語』のようなことがあるかもしれませんから」

 くすりと笑って、白蓮は今度こそ書室をあとにした。


    ●●●


 後宮は、皇后を頂点とする階級社会である。

 正一品の位を持つ『夫人』が四名、正二品の『ひん』が九名……とひんだけで軽く百名をえる。さらに、表のかんりようたちに似せた組織が作られ、宮官と呼ばれる行政官──かんのような役割の者たちがいる。

 加えて、こうていや皇后、妃嬪たちの身のまわりの世話をする侍女、その下に下働きの者、とぼうだいな数の人間が起居する。

 一人の皇帝のために、多い時には何万という女性がひしめきあう女の園──それが後宮だ。妃嬪の身分であっても、しようがい皇帝と顔をあわせることなく終わる、というのもあながちないことではない。

「なんて、むだなのかしら」

 雨のそぼ降る外をながめながら、柳──四夫人の中でももっとも高い位をあたえられた白蓮は、だれへともなくつぶやく。

 今日はうらないによって選ばれた、新たな後宮が開かれる日で、夜も明けきらぬうちから門前には入宮を待つしやの長い列ができた。

 立場上、柳家の一行は優先的に後宮であるえきていきゆうの門をくぐることができたが、早朝からのそうどうつかれきってしまった。

 皇帝一人にこれだけの人数が必要とはとても思えない。年ごろのむすめがこれだけ集められたら、世はけつこんできない男性であふれるのではないだろうか、などと内心でらちもないこぼす。

 おまけに、この雨だ。

「天気を占ってくれた方がよっぽど役にたったでしょうに」

 皇帝のための宮だけあって手入れのいき届いた景観は見事で、晴れの日であればすこしはこのゆううつなぐさめられただろう。

 ふぅ……とだるためいきをおとした時、

「お姉さま」

 うしろからかかった声に、白蓮は慌てて表情をひきめた。

「片付けは終わったの」

 色のないこわを意識しながらゆっくりと首をめぐらす。呼びかけのとおり、そこには木蘭が立っていた。

「あの、あちらはどうされますか?」

 目線で問う先にあったのは、すみにひっそりと置かれた地味なこうだった。

「あれはそのままでいいわ」

「でも、ついでですから」

「いいと言っているの」

 足をむけかけた木蘭をぴしゃりとさえぎる。

 善意で言っているのはわかるが、あれにれられるわけにはいかない。あの行李には書室からこっそりと運びだしたものがつまっているのだ。

「っ──失礼、しました」

 びくっとかたふるわせた姿に、ちくりと胸が痛む。

 そもそもがこんなことをさせたくて、連れてきたわけではない。

 つうまいで入宮した場合、それぞれに位が与えられるものだ。だが、木蘭はあくまで白蓮付のじよという立場だ。でなければ、あのやしきから連れだすことはできなかった。

 今はしかたがない、のだが──

「ほかの者はどうしたのです」

 白蓮としては家の息がかかった供を連れてくるのはえんりよしたかったが、あの両親が許すはずもない。しかたなく木蘭のほかにも数名、家から連れてきた者がいたはずだ。

 貴妃の侍女としては少ないが、きゆうてい側からつけられたこのきゆう殿でん付の者たちがいるのだから不自由はない。

 しかし、いつのまにか連れてきた侍女たちの姿がなかった。

「まわりの様子をうかがってくる、とでていきましたけど」

 さっそくていさつ、もとい情報収集にでていったらしい。

 ──彼女たちにとっても、死活問題だしね。

 妃嬪付の侍女たちの地位は、仕えているあるじの地位に直結すると言っていい。

 主が皇帝のちようあいを受けられたら、自分たちもゆうぐうされる。主がかげの身におちぶれれば、同じ境遇に甘んじなくてはならないのだ。

 万が一、自らが皇帝の目に留まることができたら、妃嬪の身分を得るのも夢ではない。だが、『目に留まる』境遇にいなくては、いちの望みにすがることもできない。

 当然必死にもなるだろう。

 もっとも、そんなことは白蓮の知ったことではないが。

「──どうやらとなりたん殿でんには、けいとくがはいられたようです」

しゆくは何十人と供を連れてきたとか。一体何様のつもりなんでしょう」

「……そう」

 ただ、こちらの心中など知らない侍女たちは、自分たちの仕入れてきたあれこれをろうするのにいそがしい。

 掖庭宮は、多い時には何万という人間をかかえる宮であり、しきは広大なものになる。

 いくつもの宮殿やろうかくが点在し、それぞれがかいろうや小路でつながれている。敷地内には川がひきこまれ、池やつきやまが造営されたさまは、さながらひとつの街のようだ。

 白蓮は貴妃という身分ゆえに、つうしようそう殿でんと呼ばれる宮殿をまるまるひとつ与えられていたが、中にはいくにんもの宮女たちがともに暮らす宮殿もある。

 ──へやすうが多いのだけは、この身分に感謝しないと。おかげで人目を気にせず実験にとり組めそう。

 邸にいる時から必要以上に人がはべるのを好まなかったため、ひとばらいをしてもさほどいぶかしがられることはないだろう。

 ──まずは、ここの庭に種をまかなきゃ。

 それから……ととうとうと語られる興味のないあれこれを右から左へと聞き流しながら、考えごとをしていた白蓮は、

「──さま、貴妃さま?」

 呼び声にわれに返った。

 いけない。まだ聞き慣れないひびきなのもあって、つい耳をどおりしていた。

「どうしたの」

 しかしながら、慌てたそぶりなどつゆほども見せず、先をうながす。

ないしようの方が……しゆないじようがいらっしゃっています」

「内常侍が?」

 内侍省とは、後宮内において皇帝以外でゆいいつ出入りできる官吏──所謂いわゆるかんがんたちをべる部署だ。内常侍といえば、内侍(長官)に次ぐ地位だ。

 入宮早々一体なんの用だ、と白蓮はまゆひそめた。とはいえ、後宮で暮らしていく以上、無下にするわけにもいかない。

「──とおしてちょうだい」

 かくさない溜息とともに入室の許可をだす。

 やがて侍女に先導されてはいってきたのは、色白のつるりとしためんぼうに中肉中背の人物だった。

「お初にお目にかかります、柳貴妃。小官は朱ぜんと申します」

「ええ──それで、用件は?」

 ひげのない中性的なおもてに得体の知れないみをりつけた朱禅に、背中がぞくりとする。けんかんを隠すようにおうぎで口元をおおいながら、のんびりあいさつわす気にもなれず、たんてきにきりだす。

「いえ、柳貴妃が入宮されたとお聞きして、ご挨拶をと参上しただいです。──貴妃のお父上にはお世話になっておりますので」

「……」

 笑みを深めた朱禅に、ぴんとくる。

 ──お父さまの回し者、というわけ。

 おそらく父から色々と便べんはかるよう指示されているのだろう。いや、もしかしたらかん役かもしれない。

 白蓮が、命にそむかないための。

 さつそく現われた父の息のかかった人間に、白蓮は扇の下でそっとくちびるんだ。後宮へはいっても家のしがらみからは簡単にはのがれられないらしい。

「なにかございましたら、遠慮なくお申しつけください。できるかぎりの便宜を図らせていただきますよ」

「……なにかあったらお願いするわ」

 だったら二度と姿を見せないでほしい、とはさすがに言えず、適当に話をにごす。

「ええ、お望みであれば方士でも手配いたしますよ? とうでも薬でも術でも」

 うすら笑いで続けた朱禅に、白蓮はつっと眉をあげた。

「それは、わたくしにりよくがない、と言っているの?」

「! いえっ、まさかそのような、めつそうもない!」

 不興を買ったとさとったのか、笑みをひっこめた朱禅が「ほんの一例でございます」としどろもどろに言い訳する。

「なにせ、新しい陛下は……すこし、気難しいかたですので」

「──気難しい?」

 問い返した白蓮に、朱禅はすように今度はあいわらいをかべた。

「それはともかく! 後日、ひん方のかんげいうたげもよおす予定でございます。陛下もご臨席されますので、ぜひご参加ください」

 挙句、げるが勝ちとばかりに一方的に告げてきびすを返す。

 ぜひ、とか口では言ってるけどこうていが臨席する時点で強制でしょうに、と内心文句をつけながらその姿をおく──

「待ちなさい」

 ──ろうとして、ふと思いついたソレに声をあげた。

 呼び止められた朱禅がぎくりと足を止める。

「陛下もいらっしゃる、と言ったわね」

「は、はい」

「ならばひとつ、たのみたいことがあります」

 たんうわづかいにこちらをり返った顔に喜色が宿った。

「なんでしょう、なんなりとお申しつけください」

「宴の余興に、あの者にまいを披露させましょう」

 そのための場を設けてもらいたい、と他の侍女たちとともにひかえていた木蘭を扇で示せば、

「え!?」

 意表をかれた声が二カ所からあがる。

「問題でも?」

 しかし、どちらも無視して目を細めた白蓮に朱禅が、いえっ、と面をせた。

「ご用意いたします。貴妃からのごはいりよとあれば陛下もお喜びになるでしょう」

「頼みましたよ」

 おうよううなずいて、今度こそさがらせる。

 足早に遠ざかっていくくつおとに、やれやれとかたから力をいた時、背後からあせったような声がかかった。

「待ってください! お姉さま、今のはどういう」

「どうもこうも、言ったとおりよ。おまえには宴の席で一差し演じてもらいます」

「そんなっ、陛下のぜんで披露できるうでまえでは……!」

「では、今までおまえはなにをしてきたの」

「そ、れは……」

 白蓮の冷ややかなまなざしに、木蘭がぐっと押しだまる。

 の名手だった実母の血をひいたのだろう。こしがひけてはいるが、幼いころから習練してきた木蘭の歌舞は、しゆはんちゆうにはおさまらない芸の域に達している。

 見事な彼女の芸は異国風の容姿もあいまって、だれの目もきつけるはずだ。──そう、皇帝の視線すらも。

「それとも、わたしにはじをかかせるつもり?」

 一度口にしたことをてつかいするような真似まねをさせる気か、とだめ押しとばかりに告げる。ここまできたら、木蘭に返せる答えはひとつしかない。

「──わかりました」

 案の定、同意を得た白蓮は、

「宴の席なら、そうね、せんがいいわ」

 おどりの中でも難易度の高いものを指定して、話は終わった、ととつぜんのなりゆきを見つめていたじよたちにむかって手を打った。

「なにをしているの」

 はじかれたように侍女たちがおのおのの仕事へともどっていく。

 ──まったく、初日からこれだなんて……。

 先が思いやられる、と早くもへきえきする。

 だが、父に──家にしばられる気も、ほかの妃嬪たちとどろぬまの争いをり広げる気も、白蓮にはない。

 自分がやりたいように、やるだけだ。

 まずは、そのための場を整えなくてはならない。

 人が滅多に近寄らなかった書室とはちがい、さすがに昼間は侍女たちの目もある。やるなら夜だろう。私室には立ちいらないようひとばらいをする必要がある。

「あの」

 早速計画を練っていた白蓮は、背後から控えめにかけられた声にまばたきで思案を払った。

「まだ異存があるのかしら」

「いえ! 決まった以上、お姉さまに恥をかかせないよう、せいいつぱい務めさせていただきます」

 どこか不安そうな木蘭にまだきつけなくてはいけないか、と首をめぐらせると、意外にも力強い言葉が返ってくる。

 どうやらかくは決まったようだ。なにごとにもけんめいにとりくむ彼女らしい、と言えば彼女らしい。

 だとしたらどうしたのか、と小首をかしげる。

 そんな白蓮に木蘭は躊躇ためらいがちに口を開いた。

「お姉さま、お身体からだの具合がすぐれないのですか?」

「……え?」

 きよを衝かれ、ついで返してしまう。

 具合? 一体なんの話だ、と軽くまゆをよせる。それをどう受けとったのか、木蘭の表情が一層くもった。

「さきほどからおつかれのご様子ですし、今の方が祈祷や薬が、と……」

 木蘭の言う『今の方』というのは朱禅のことだろう。

 ──祈祷や薬って……あ!

 彼とのやりとりをはんすうした白蓮は、はたと合点する。

 ──この子、あれを祈祷や薬とかんちがいしたんだ。

 ぞくに染まっていないというのか、素直すぎるというのか、これで後宮でやっていけるのかとこっちが不安になる。

「……の意味をはき違えているようね」

 ゆるかぶりを振った白蓮に、木蘭が首を傾げた。

「意味?」

「あの者はわたしの身を案じたわけではないわ」

 いや、案じたことは案じたのだろう──白蓮が皇帝の寵を得られるか、を。

「陛下のちようあいを得るために、方士の力が入り用かと聞いてきたのよ」

 ぶり返したいらだち混じりにき捨てる。

 まったく莫迦ばかにした話だ。それが必要だと思われたことも、ほつしていると思われたことも。

 予想だにしていなかったらしい白蓮の返答に、木蘭は目を白黒させた。

「で、でも方士って、うらないやじゆほう、薬方をあつかう術士ですよね?」

とうで、陛下のこころが手にいれられるよう祈念したり、他の妃嬪がかいにんしないようまじないをしたりする、という意味でしょう。薬はおそらくやくたぐいでしょうね」

「え!?」

 ただでさえ大きなはしばみいろの目が、今にもこぼれおちそうだ。

「じゃ、じゃあ、術っていうのは……」

ぼうちゆうじゆつよ」

 所謂いわゆる、皇帝のしんじよはべる際のほどきだが、さすがに方士が伝授するソレがどんなものかまでは知らない。

 そもそも祈祷にしても薬にしても、効果のほどはあやしい。寵愛のためうんぬんを別としても、そんなものにたよる風潮自体、どうかと思っている。

 だからこそ、入り用とみなされたことがなおさら腹立たしいのだ。

 木蘭はといえば、ようやく合点がいったのか「ぼ、房中術……」と真っ赤になった顔をうつむかせている。

 ういういしくてかわいいものだ、とほっこりしながら、ささくれだった心をなぐさめる。

 一方で、罪悪感がちくりとうずく。

 その初々しい異母妹いもうとを、自分は泥沼のちゆうへ投げこもうとしているのだから。


    ●●●


 うたげのため集められた広堂に、ずらりと居並ぶひんたちは圧巻の一言だった。

 どれほどの人数になるのか、堂内にはおさまりきらず、庭にまでひしめきあっている。

 とっておきのしようを身にまとい、つややかなかみを高くいあげ、流行はやりのしようほどこしたこうていのための花々はにおいたつようにあでやかだ。

 それも当然だろう。

 名目上はかんげいの宴だが、実質これは皇帝と妃嬪たちの顔合わせなのだから。

「……とはいえ、とても顔がわかりそうにはないけど」

 いくらこうこうあかりが焚かれているとはいえ、夜だ。ただでさえ視界が悪い上に、妃嬪たちにむかいあうよう用意された皇帝のための席はけっして近くはない。

 おまけに、しようの三方にとばりが垂らされてかげになり、あそこにだれかが座ってもかろうじて人がいることぐらいしかわからないだろう。

 要は、皇帝の方からこちらが見えればいいというわけだ。

 ゆったりと腰かけながら周囲を観察していた白蓮は、つっと視線を横へ動かした。

 ──彼女たちが四夫人のうちの、残り三人。

 後宮が開かれたばかりの今、皇后は空位だ。これから妃嬪たちが寵をきそい、それを見事勝ちとった者、もしくはあとぎをもうけた者が立后する。

 とはいえ、空位のまま皇帝の在位が終わるのもめずらしくない。

 寵愛されたとしてもいつまで続くかはわからないし、皇后の実家ともなると軽くはない発言権を持つことになる。もろもろかんがみて、これぞ、という人物か、よほどの寵愛を得た者でないと皇后にまでなることはない。

 そのため、現状でもっとも身分が高いのは、貴妃である白蓮ということになる。

 淑妃、とくけんと続くが、さほどの差はない。身分自体が皇帝の心ひとつでいれわる程度のものだ──と白蓮は思っているが、どうやらそう思う者ばかりではないらしい。

「──すっごくにらまれてる」

 さわさわと堂に満ちる、おちつかないざわめきにまぎれるようにつぶやく。

 視線を動かした際、となりの──とはいっても後方の席とは違い、十分なかんかくがとられているが──少女と目があったかと思うと、きつく睨みつけられたのだ。

 席順からしておそらく、淑妃であるほうせつだろう。

「蓬家というと、お母さまが目のかたきにしている、例の……」

 彼女も母親からそのあたりのかくしつを聞かされているのか、敵視されているのが手にとるようにわかる。

 としのころは木蘭と同じくらいか、すこし下だろう。まだ幼さの残る顔に、額や目元をでんと呼ばれる化粧でいろどっている。結いあげられたまげにはかざりのくしよういくほんし、大きく開いたむなもとを貴石をはめこんだ金の首飾りで飾っている。

 家の権勢をこれでもかと見せつけたよそおいに、白蓮のじよたちはくやしさをにじませている。が、

 ──重くないのかしら、あれ。

 当の白蓮が思うことといったら、それくらいだ。

 権力を見せつけるのも大変だ、などと他人ひとごとのように考えている白蓮の装いは、梨雪の派手さとは対照的だった。

 胸元まであるたけの長いくんこしの高い位置で帯でめ、うすい絹のはくを羽織った衣裳に、結いあげた髪には歩くたびにすずやかな音をかなでる歩揺を一本、そろいの作りの耳飾りをつけ、化粧もべにまゆずみいただけ、という簡素さだ。

 もちろん、あざやかな紅色の裙にはみつもんようが織りこまれ、も染めも一級品だ。歩揺や耳飾りも、すいのうといった石のほかにもしんじゆをあしらった、見る者が見ればその価値の高さがわかる品である。

 あんなじゃらじゃらしたものをいくつもつけていては、重い上にわずらわしい。化粧だって、白粉おしろいやら花鈿やらべたべたりたくるのは息苦しい。

 せっかくなにかにつけ「柳家にふさわしいものを」とうるさい母のかんもとはなれたのだ。これからは好きにさせてもらう。

 なにより、派手に飾りたてなくても、人目をひくようぼうをしている自覚はあった。だれにこびを売るつもりもないのだから、これで十分だ。

 これで貧相だと笑う者がいたら、見る目がない、と逆に鼻で笑ってやればいい。

 じろじろとこちらをながめ回し、ふんっ、とあごをそらして勝ちほこった顔をした梨雪に、思わず笑いをこぼしたあと、白蓮は順に視線を移した。

 梨雪のむこうにいるのが、侍女たちによると隣の牡丹殿へはいったという、桂徳妃──けいしゆすい

 さらに奥が、賢妃のきようえい

「見事に、もんばつ貴族のむすめばっかり」

 何代か前のから、広く人材を求めるため、試験を設けて貴族以外のたみにも仕官への道を開いた科挙制を導入したが、まだまだかんりようの多くは貴族がめているのが現状だ。

 おまけに、先の皇帝のころから権勢を誇っていた家が中心のこの顔ぶれを見るに、ちようていにはまだそのころのえいきよういろく残っているのがうかがえる。

うわさによると、きんじよう陛下はなかなか厳しいかたのようだけど……」

 朱禅が口をすべらせた『気難しい』という言葉が気にかかり、あれから白蓮なりに調べてみたが、どうやら近寄りがたいと目されているようだ。

 あとあらそいがはじまったころ、地方にほうぜられていた皇子の幾人かが次々と兵を起こしたことがあったが、今の皇帝が中心となってしずめたという。その際の、情にまどわされぬれいてつさは他の皇子たちをふるえあがらせたとか。

 もともと跡継ぎの座を望んでいたわけではないようだが、逆らう者にはようしやしない姿勢が彼を皇帝へと押しあげる形になった。

 玉座についたけいからか、信の置ける者以外は近づけないことで有名らしい。

 にもかかわらずこのじようきようということは、そんな人物をしても、朝廷をしようあくするのは一朝いつせきにはいかないという証左なのだろう。

 反対に言えば、それだけ父たちかれらの力が強い、ということか。

「だとすると、やつかいなのはこのあたりと──」

 あとは、と夫人たちのうしろに並ぶ嬪の顔ぶれへと目を移す。

 当然こちらも貴族家の者が中心だが、中にひときわ周囲の視線を集める少女がいた。

 梨雪のように派手にかざっているわけではないが、華やかなたてじま模様の裙や、要所要所にとりいれられた異国風のしようが目をひくのだ。

 侍女たちが仕入れてきた情報によると、嬪の中には都でおおだなを構える商人の娘がいるらしい。おそらくは彼女だろう。

 貴族の出の者たちに囲まれ、大勢の人目を集めてもおくれする様子も見せず、かといって財力と伝手つてにものを言わせて見せびらかすように飾りたてる真似まねもしない。なるほど、なかなかにしたたかさを感じさせる。

 その時、ドォン! との合図が聞こえ、白蓮は顔を前にもどして居住まいを正した。ようやく皇帝のお出ましらしい。

 みながいっせいに礼をとり、おもてせる。

 シンと静まりかえった堂内に、きぬれの音が届く。いよいよだというきんちようからか、あちこちで小さく息をむ気配がした。

「楽にせよ、とのお言葉です」

 やがて聞こえてきたかんがんの声に、ゆっくりと身を起こす。

 先ほどまでだれもいなかった牀にひとかげがある。その姿をどうにか目におさめようとするのか、隣で梨雪がわずかに身をのりだしている。

 ──やっぱり、顔は見えない、か。

 思ったとおり、三方を帳に囲まれた牀の奥までは見通せない。

 ──まあ、見えたところで、かんじんの顔を覚えてないんだけど。

 白蓮の胸にせんれつに焼きついているのは、あの『』だけ。

 そしてもう一人、自分同様あの晩のことを思いかべている者がいた。

「あの方が」

「……」

 ちらりと目だけで声の方をうかがう。他の侍女たちとともにひかえている木蘭が、じっとしようへ視線を注いでいる。

 あの状況では、彼女もまた顔などまともに見えてはいなかっただろうに。

「──なにはともあれ、役者は揃ったわ」

 あとは、たいを整えるだけだ。


 そうして、うたげの夜は幕を開けた。

 合図とともにきようおうの準備が整えられ、きゆうてい楽士たちが楽を奏でだす。きゆうが歌やまいろうするものの、ほとんどのひんたちのもくにはろくろく届いていなかった。

 おそらく、彼女たちの耳にもこうていの噂は届いているのだろう。

 数多あまたいる妃嬪の中で寵を得るためにはまず彼の目に留まる必要があるが、下手なことをすれば不興を買いかねない。それをおそれる一方で、他の妃嬪たちの出方をさぐりあい、とても宴を楽しむどころではないのだ。

 そんな堂内にただよう緊張感をよそに、

「貴妃、柳白蓮さま」

 場があたたまってきたのを見計らったように、名を読みあげられる。

「柳白蓮にございます」

 白蓮は事前に告知されていたソレに、あわてることなく礼をとった。

 そのまま夫人から順次読みあげられていく。

 皇帝に顔と名をにんしてもらうため──なのだろうが、望みは薄そうだ。なにせ、うかがうかぎり、本人にまったく興味を示すそぶりがない。

「蓬梨雪にございます! あのっ……お目にかかることができて、うれしゅうございます」

 梨雪が白蓮に見せた気の強さでなんとか関心をひこうとするが、ふんされたようにしぼむ。

「続きまして、とく、桂珠翠さま」

 彼女のけんとうむなしく、宦官はたんたんと次へと移った。

「桂珠翠にございます」

 四人の中では一番年上だろうか。控えめな微笑ほほえみを浮かべ、たおやかな仕草で礼をするおちつきは、さすがの一言だ。

 彼女の方がよほど『淑』妃にふさわしかったのでは、ととなりでぎりぎりと競合相手をねめつけている梨雪に思う。

 残り一名の夫人、けんはといえば、

「姜英華にございます。お見知りおきくださいませ」

 豊かなたいにしなを作り、あでみでこたえる。

 続いてしようかいは嬪へと移っていくが、肝心の皇帝はあいかわらずだ。

 妃嬪のすべてをこの調子で紹介するとは思えないから、適当なところから名を読みあげるだけになるのだろう。

 興味がないものを延々と聞かされる皇帝もおつかれさまだ、と白蓮は用意されていたさかずきを手にとった。口をつけたたんのどかわきを覚えておどろく。

 冷静でいたつもりだったが、どうやら自分も意外に緊張していたらしい。

 白蓮は杯にしようをおとして、ぐいっと飲み干した。

 やがて、妃嬪たちの紹介に区切りがつくのを見計らって、こちらへと近づいてくる宦官の姿が目にはいった。

「──準備が整ったとのことです」

 そっと耳打ちされ、そう、としゆこうする。

 白蓮はひとつの山場をえ、ゆるんだ空気に一石を投じるべく、おもむろにこしをあげた。

「陛下」

 特別張りあげたわけでもない声が、りん、とひびわたり、ざわめきが戻ってきていた堂内がいつしゆん水を打ったように静まりかえる。

せんえつながらわたくしの方でひとつ余興を用意いたしました。どうぞ、お楽しみください」

 ついで、ざわり、とさざめきがもんのごとく広がっていく。

 静かにそうぜんとなった場を意にかいさず、白蓮は目顔で木蘭をうながした。受けた木蘭が、かたおもちで前へでる。

 緊張しているようだが、動きにおかしな力みは感じられない。これならいつもどおりの演技ができるだろう。

 進みでた木蘭の姿に、ざわめきが大きくなる。

 白蓮が指定した胡旋舞とは、かろやかなひようにのり、すばやく連続して回転していくとうのひとつだ。

 その動きのじやにならないよう、しかし優美に見えるよう、うすぬのを重ねた異国風のしようを用意した。異国の面立ちを宿した木蘭がまとえば、はっと目をひく。

 皇帝も興味がいたのか、わずかにじろいだのがこちらからでもわかった。

 ──ここまでは、計画どおり。

 速まるどうに、自分がどきどきしてどうするのか、と静かに深呼吸し、胸をおちつかせる。

 木蘭はさきほどまで宮妓たちが舞っていた場に用意された円形のしきものの上に立ち、皇帝へと礼をとった。

 いつぱく置いて、あらかじめ指示されていた楽士たちが曲をかなではじめる。それにあわせ、木蘭は緩やかに舞いはじめた。

 軽やかでいてしなやかな動きはじよじよに速度を増していき、回転にあわせてころもが風をはらんでやわらかにひらめき、後れ毛がなびく。

 動きの速さに反し、木蘭の足は敷物から一歩もみだすことはなかった。激しさを感じさせない優美さで、見る者の目をうばっていく。

 しまいには、だれもがかたを吞んで見入る中、曲が最後をむかえる。あわせて木蘭もぴたりと動きを止めた。

 消えゆく音色のいんとともに、彼女のまとったうすぎぬがふわりとおちる。

「…………」

 あつとうされたように堂内に満ちた、耳が痛くなるほどのせいじやくを破ったのは、


「見事だ」


 静かな深い声だった。

 聞こえた低声に、一瞬耳を疑う。

「その方、名は」

 だが、続いたそれに、白蓮ははたと牀を見やった。

 ──かかった!

 入場してから今まで一言も発することがなかった、言葉はすべて人を介していた皇帝が、ここへきてはじめて直接声をかけた。

 その相手が、妃嬪のだれでもなく、じよの一人だったことに、一同に強いしようげきが走る。

 ただ白蓮だけが、こらえきれない笑みをゆっくりと口元に浮かべた。

 しいたげられてきたけなな少女が、人をよせつけない冷然とした皇帝と出会い、てついた心をかし、やがてこいにおちる──思いえがいたとおりの物語が、はじまらんとしている。

 これがうまくいけば、今までぐうを受けてきた木蘭は、あの家のくびきのがれ幸せになることができる。

 そして自分は、彼女をかぜけにしてめんどうな権力争いに巻きこまれずにすむ。

 まさに、一石二鳥というわけだ。

 ──それに、かつて助けた者と助けられた者が期せずして再会する、なんて運命めいてない?

 このまま二人が恋におちる、そんな物語を夢見てもいいだろう。せめてそれくらいのことは、許されるはずだ。

「あの子も、あの人をすくなからず気にしてるみたいだし」

 自分からどろぬまに足を踏みいれる気はないが、かげから手助けするのはやぶさかでない。

 皇帝からお声かけをたまわる、という思いもよらない事態にぼうぜんと立ちつくしている木蘭へ、

「木蘭」

 白蓮は静かに声を投げた。

 とがめる色に気づいたのか、われに返った木蘭が慌ててひざを折った。

「ご、ご無礼を……木蘭、柳木蘭と申します」

「木蘭か。楽しませてもらった、なにかほうをとらせよう」

 さらに破格の言に、妃嬪たちに一層のどうようが走る。

「褒美など、私は……あっ」

 当の木蘭はとうとつな言葉にこんわくを深めたあと、数拍置いて、ひらめいた! とばかりに声をあげた。

「では、おね……柳貴妃さまにお願いします!」

「──え?」

 ふいに飛んできたそれに、白蓮はなにを言っているのかとまゆをよせた。

 木蘭にむいていた周囲の視線が、いっせいに自分へ集まるのがわかる。

「柳貴妃に?」

「はい。私に陛下のぜんまいろうするえいあたえてくださったのは、貴妃さまですから」

 にこやかに告げる木蘭に、白蓮は必死で平静をよそおいつつ、そうじゃないでしょう! と内心でさけびをあげた。

 ──どうして、そこでわたしにゆずるの!? 機会を与えたんじゃなくて、強要した、のちがいでしょう!

 彼女でなかったらいやだと思うところだ。むしろ、心から言っているとわかる分だけたちが悪い。

 ほお、とおもしろそうにこぼしたこうていのまなざしがこちらをむいたのを、ひしひしと感じる。

「なにかあるか」

 ここはえんりよして木蘭へ返す、もしくは木蘭に対しての褒美の品を答えるのが定石だろう。自分のがらのように受けとるのは悪手だ。

「ならば──薔薇殿の名にちなんで、薔薇ばら園をいただけますか」

 しかし白蓮は内面の動揺を押しかくし、当然、とばかりの態度で答えた。

 はたから見るなら、冷たいとも言われる容姿とあいまってさぞたけだかに見えるだろう。現に、視界の端で朱禅が顔を青くしてあわてている。

 それでいい。

 見た目通りの印象を植えつければ、自分にかつに手をだしてくることはないはずだ。皇帝も、他の妃嬪たちも。

 まず間違いなく、これを機に自分と木蘭の関係性は後宮中に周知される。遠くないうちに皇帝の耳にも届くだろう。

 ──それであの子へ一層興味が湧いてくれたら一番だけど、すくなくともわたしへの好感度は下がる。

 白蓮のねらいが功を奏したのか、

「──考えておこう」

 皇帝は興味をなくしたようにいなすと口をざした。

 ないだろうな、と思いながら、これで本当に薔薇園がもらえるなら、それはそれでありがたい。

 ──実験に使いたいと思ってたのよね。量がいるから、簡単にはできないし。

 入宮早々種をまいた薬草やこうそうはともかく、薔薇ともなると自分では難しい。

 とりあえず、さっそく顔をだした芽が早く育つといい。

 そうしたら……と思案に心を飛ばしながら、白蓮は用はすんだとばかりにうたげが終わるまでの時をやりすごすことにした。

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後宮の錬金術妃 悪の華は黄金の恋を夢見る 岐川 新/角川ビーンズ文庫 @beans

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