十一ノ縁・無謀なる冒険者は、荒野で笑う。

この世界の暦で、九五四年、肆ノ月。


まだ、天頂までは上っていない太陽に照らされる世界の中に、真幌沢まほろざわ学園高等学校がありました。

その学園の中の、1つの教室の前で、1人の2年生と、3人の1年生が、向かい合っていました。

日照やら立ち位置やら雲の動きの関係で、1年生が日陰の中に、2年生が日向に、まるで定規で引いたような綺麗な自然の境界線で、2手に分けられていました。


「……今、なんて言った? 尾乃道おのみち

そのうちの2年生の方、腰まで伸ばした長い赤髪の、眼鏡をかけた女子生徒ーー、

祭夜まつりや 神楽かぐらは、目の前の日陰の中の1年生に問いました。


問われた方――、尾乃道と呼ばれた、少し長めの茶色の髪に、長いアホ毛を生やした1年生の男子――、

尾乃道おのみち 祝詞のりとは、直前に言っていた言葉を繰り返します。

「新聞部を使って、他の部への取材をしに行きたい!!」


一字一句違わずに返ってきた、その答えに、神楽はもちろんのこと、

「……えーっと……、え?」

「へぇ、ラッキーアイテムは、新聞部だったか。……部はアイテム扱いでいいんだよね?」

祝詞の同行者である、2人の1年生も、疑問符を浮かべていました。1人変なのいましたが、それは一旦置いておきましょう。


祝詞の真意が分からない3人のうち、代表として会話を続けることを選んだのは、その中で唯一の2年生でした。

神楽は、どこから取り出したのか、メモ帳とペンを手に持ち、祝詞の話のメモを取る準備をしました。さすが新聞部。


「部活動の取材をしたい……っていうのは、まぁ分かるわ。でも、“新聞部を使って”っていうのは、どういうことよ?」

「たとえば、俺たち1年生だけで部活に取材に行ったとする」

「ふむふむ」

「それを、ただの部活見学だと思われたら? そういうのじゃないんだよな、俺がやりたいのは」

「まぁ、たしかに、部活無所属の1年が行ってもねぇ……」

「そこで――、だ」

祝詞はそこで一旦区切り、呼吸を整えてから、少し声のボリュームを上げ、目の前の1学年上の先輩と、自分の後ろにいる同学年の2人の視線を感じながら、再び声を上げます。

こいつは元々声のボリューム高めでしたが、それはさておき。


「新聞部の取材というていで、それぞれの部の情報を引き出す。んで、俺たちがそれを聞く。まとめる」

まず、自分を右手の親指で指し示し、次いで、同行者の2人を手で指し、祝詞の説明が続きます。

「ナチュラルにメンバーにカウントされてるんですけどぉ……!?」

「僕もいいの? じゃあさ、みんなで観光旅行とか、美味しいもの食べに行く部活を取材したいな」

その同行者2人は、これからも巻き込まれるのが確定したようでしたが、これはもう仕方ない。

つーか、1人ノリノリだし。


「……一応聞いておくけど、情報を聞いて、まとめて、それでアンタ、どうするつもり?」

4人の中の年長者が、まるで珍獣でも見るかのような目で、目の前の1学年下の少年を見つめながら、問いました。

それに対し、問われた少年は――、

「今はまだ決めない」

「……は?」

「今は、まだ……、決めない」


答えるには答えましたが、その場にいる、自身以外の全員の頭上に、疑問符を炸裂させる結果となりました。

まるで花火みたい。


疑問符の花火が咲き乱れる中、誰も何も言わず……というか、何を言ったらいいのか分からずに、ただただ無言の時間が十数秒ほど過ぎた頃ーー、

「とりあえず、何かしらアクションを起こすことにはなると思う」

最初に口を開いたのは、この状況を作り出した張本人でした。

祝詞は、計6つの瞳から送られる視線を感じながら、続けます。


「でも、どんなアクションを起こすにせよ、今は情報が少なすぎる」

「まぁ、アタシですら、学園の部活の全容は把握できていないしね」

「だからさ、全部を俺たち自身の目で見て、その上で、何を成すべきなのかを見極める。そのために――、」

演劇だったら、一旦暗転してから、スポットライトに照らされながら語る、そんな決め台詞でも言うかのように祝詞が言葉を紡ごうとして、

「そのために、新聞部という船に乗って、学園という大海原に漕ぎだしたいんだ!!……ってこと?」

神楽部長に台詞奪われました。こういう、変な比喩表現好きな人って、いますよね。


そして、台詞を奪われた哀れな祝詞くんはというと、

「…………」

突然、スポットライトの外側に放りだされ、元いた日陰の中へと戻され、何も発言できなくなってしまっていましたとさ。


「初対面の時から思ってたけど、この2人、ちょっと似てるなぁ……」

「船か……。僕、船酔いしちゃうタイプなんだよね。 飛行機じゃダメかな?」

なつめとタイニーはというと、そんな祝詞を責めるでもなく、励ますでもなく、思い思いに好きなことを喋っていました。


「……そ、そんなとこだ」

とりあえず、なんとかそれだけ言えた祝詞でしたが、すぐに次の言葉は紡げなかったようで、また数秒間、静かな時間が過ぎました。


とても長く感じられた数秒間で、青空を漂う白雲は静かに流れ去っていき、日向の面積を少し増やしていました。

そして、祝詞たちと神楽の間にあった境界線もまた、形を変えていきました。


日向と日陰の境、その少しいびつになった境界線に、祝詞の上履きの先――、足のつま先の部分が触れた瞬間に、

「……俺は」

不意に、祝詞が口を開きました。

「俺は、やっぱり知りたいんだ。俺が、これからの3年間を過ごす、この学舎まなびやのことを」

彼にしては珍しく、少し不安げに、しかし、確かな意志があることを感じさせるような口調で。


「100%全部を知ることは、難しいかもしれない。最悪、無理って言われるかもしれない」

そこまで、なつめも、タイニーも、神楽も、先ほどと同じように、黙って祝詞の話を聞いていました。

先ほどと違うのは、呆れや困惑ではなく、純粋な興味から、3人とも無言になっていたことでした。

そんな3人の様子を、気にしているのかいないのか、祝詞の独演は、もう少し続きます。


「それでも俺は知りたい。俺が知れる限りの事は、全部。だから――、」

祝詞は、そこまで言った後、一度空を見上げました。

実際には、頭上にあったのは、学園の廊下の天井部分でしたが、祝詞の瞳は、たしかに、その向こうにある蒼天を見上げていました。


そして、遥か彼方から視線を下ろし、眼前に広がる世界へと、目線と意識を戻しつつ、祝詞は力強く語りかけます。

「だから――、一緒に来てほしいんだ! 俺たち1人1人じゃできないことを、成し遂げるために!」


神楽に、なつめとタイニーに、そして、もしかしたら、自分自身に向けれれていたかもしれない、そんな祝詞の語りかけに、最初に反応したのはーー、あるいは、最初に反応できたのは、やはり神楽でした。


「聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえずーー、」

インタビュアーのように、再び祝詞への質問をしようとしていた神楽。

そんな神楽を見て、違和感を感じていた人物が、1人だけいました。


「あれ……?さっきみたいに、メモ取らないのかなぁ……?」

なつめが小声で漏らした疑問は、誰の耳にも入ることはなく、そのまま流されていきました。


「今……今すぐに答えてほしいことが、1つだけある」

「……なんですか?」

「なんで、部活……というか、学園のことを、そんなに知りたいの?」

一見冷静を装いながらも、答えが気になってい方がない……というより、何か特定の答えが返ってくることを期待しているような、インタビュアーとしては若干不自然な態度の神楽に疑問を感じながらも、自分たちも気になっていることを聞いてくれているということもあり、なつめもタイニーも、やり取りは神楽に一任する方向で進めていくことにしたようです。


インタビュアーからの質問を受け、祝詞はまたも、しばしの沈黙。沈黙多いな今回。


まるで、今ここで話してもいい情報を選び出し、脳内で並べているような、ものすごく言葉を選んでいるような、なにやら難しいことを考えていそうな顔で、静止していました。


その間も、祝詞以外の3人は、誰も話の先を急かすことはせず、祝詞の次の言葉を、黙って待っていました。

それほど時間は経っていないはずでしたが、また雲が流され、形が変わった影響か、祝詞の思考が始まった時と比べて、日向の面積は一気に増えていました。

風が強い日なんでしょうかね?


そして、4人の周辺の空間が、眩しいほどに明るい世界に切り替わったのと、ほぼ同時に、

「昔……ってほどでもないんだけどさ」

明るい世界の中で、まるで産声を上げるかのように、1人の少年が、アホ毛を静かに揺らしながら、ポツリと呟き声を漏らしました。


「前にさ、ある人と会ってな。……それで、それで――、」

1つ目の“それで”のあたりまでは、よく考えながら、言葉を選びながら、内容を脳内で組み立てながら話していた祝詞でしたが、

2つ目の“それで”からは、脳の処理能力の限界を迎えたのか、思考という重りを投げ捨て、彼らしく、勢いよく、言葉を紡いでいきます。

要するに、何も考えてないってことですよね。


「まぁ、詳細ははぶくけど、その人から、“学校”っていうものの意味っていうか……とにかく、こう……すごいこと教わったんだ!」

急にIQめちゃくちゃ下がりましたけど、大丈夫ですかね?コイツ。


「だからさ、あの人の見てたものとは違うのかもしれないけど、俺は俺自身の目で見てみたいんだよ!“学校”……この“まほろば”の全部を!その意味を!」

どこまでも勢いだけで喋る祝詞の姿に、話を静かに聞いていた3人は、文字通り三者三様の反応を見せていました。


尾乃道おのみちくん……。やっぱり、何も考えず、勢い任せの方が、尾乃道くんらしいよ……! 言ってることはよく分かんないけど……」

安堵あんどしつつ、割とヒドいことを言った者、


「うん。やっぱり、赤べこより、尾乃道 祝詞のりとの方が、カッコいいね!言ってることはよく分かんないけど」

嘘や冗談ではなく、心からの感想を、素直に口に出した者、

そして――、


「“学校”に、“まほろば”……なるほど。なるほどね……。言ってることはよく分かんないけど」

祝詞の意気込み以外のところに、深く納得し、一瞬だけ、とても嬉しそうな表情を浮かべた者。


とりあえず、“言っていることはよく分からないが、その熱意は本物である”と、それだけは3人には伝わったようです。


そして――、

「ふむ……、いいでしょう。アタシはいいわよ。協力しても」

その熱意に心動かされた……というわけではないのでしょうが、新聞部部長は賛同してくれたようです。

よかったね、赤べこボーイ。


「ただし――、」

おっと、そうイージーモードじゃありませんか。そうですか。

「ただし、まだ1/3よ」

神楽の発言の意図に気づけていない1年生3人組が、同じように首を傾げました。


怪訝な表情の3人に向け、神楽は発言を続けます。

「新聞部の部員は、アタシ含めて3人。……3人全員の了承がないと、“新聞部”としては協力できないわよ」


あくまでも、部の代表としての意見を述べた神楽の姿は、まさしく“先輩”と呼ぶにふさわしいものでした。


道を示す“先輩”の姿を見て、文字通り一歩踏み出して、祝詞が――、

「いいぜ……やってやる!」

“後輩”として、その道を――、

「3人だろうと、100人だろうと、認めてもらうさ! こっから先に進むためにな!」

ひょっとしたら、そのさらに先にある道を目指し、歩み始めたのでした。


そして――、


「うん、いいね! みんないい目をしているよ。ところでさ――、」

「うん……?」

「そろそろ戻んないとヤバくない?」

「……あ」


ホームルームをサボって来た1年生が3人、それぞれの教室を目指し、歩み始めたのでした。





『無謀なる冒険者は、荒野で笑う。』 ―完―


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まほろばみかん IV×XIII @kaito90_kai

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