十ノ縁・枝分かれした未知、横切るは黒猫。

この世界の暦で、九五四年 ノ月。

真幌沢まほろざわ学園高等学校の、新入生向けの部活動説明会の翌日。



「うーん……、やはり、ここは……、いや、しかしな……」

長いアホ毛を前後に揺らしながら、教室で考え事をする男子生徒がいました。

茶色の髪に長いアホ毛を従えた、その生徒は、朝日に照らされた教室――、1年 さん組のクラスルームの中で、そこにある机の上で、一つの紙とにらめっこをしていました。


にらめっこといっても、紙が笑うわけはありませんから、その生徒の一人相撲になるわけですが。

これって、紙相撲になるんでしょうか?それはさておき――、


その生徒に、クラスメイトが1人、声をかけようと、陽気に近づいてきました。どういうテンションなんでしょう?

「おはよー!いい天気だね。それで君は……赤べこかい?」

どう見ても赤色ではありませんが、そんなウィットに富んだジョークをかましてきたクラスメイトに、紙とにらめっこをしていたアホ毛の生徒が、呆れ気味に言い返します。


「赤べこじゃない。俺には、尾乃道おのみち 祝詞のりとって名前が、ちゃんとあるんだ」

「おっと、失礼」

声をかけてきたクラスメイトは、一度頭を下げました。そして、

「そっちの名前の方が、カッコいいね」

「ぬ……。どういたしまして」

ウィンクとともに、祝詞と名乗った男子生徒の調子を狂わせる発言をかましました。


「それで? 朝っぱらから紙とにらめっこなんて、ナニゴトだい?」

「あぁ、実はな、ちょっと考え事をな」

「考え事?」

「えっとな、これ見てほしいんだが――」

「どれどれ?」

そう言って祝詞が見せてきたのは、先ほどまでにらめっこしていた紙――、

正確には、そこに書かれていた文字、文章でした。


思いのほか細かく書き込んであった文字に、クラスメイトは、少し面食らいました。

それでも、ざっと目を通し、確認の意味合いも込めてか、一番上にデカデカと書かれた文字を、声に出して読み上げます。


「“真幌沢学園・部活目録”……って、ナニコレ? 小説か何か?」

疑問符だらけのクラスメイトの問いに、祝詞は堂々とした態度で答えます。

「どっちかっていうと、劇……戯曲とかの方が近いかな?」

「へぇ、どんなストーリーなの?」

「学園という名の世界を駆ける、冒険活劇だ」

「ほうほう」


興味半分、“何言ってんだコイツ?”という気持ちが半分といった感情で、クラスメイトが相づちを打つなか、祝詞の説明は続きます。

「んで、まずな、いろんな部活を巡るんだよ」

そこまで聞いていたクラスメイトは、祝詞のやろうとしていることを、なんとなく理解しました。

しかし、“何言ってんだコイツ?”と思う感情は、消えることはありませんでした。

むしろ、強まりました。


そんな感情などつゆ知らず、祝詞がさらに続けます。

「昨日の説明会見てて思ったんだけどさ、この学園って、変な部活ばっかなんだよな」

「もとい、変な人ばっか」

「否定はできねぇ」

その場にいた他のクラスメイトたちが、一斉に“君らも大概だよ。”と思いましたが、口には出しませんでした。皆、大人ですね。


「正直、あの説明会だけじゃ、どんな部活か見当もつかないのもあった」

「“説明会”って言葉の意味、ちゃんと辞書で調べたのかねぇ?」

「だから見に行く……いや、飛び込みに行くんだよ」

そこまで聞いて、クラスメイト……コイツいい加減、固有名詞つけないと、さすがにメンドくさいな。

じゃあ、こうしましょう。ここから先、このクラスメイトの名は“タイニー”です。今決めました。はい。


そこまで聞いて、タイニーが、ちょっとした疑問を口にします。

「えっと……、部活見学行きたいってことでOK? それとも、殴り込み?」

「前者であり、後者でもある」

「おっ! 哲学かい? 知的だねぇ」

「バカにしてんのか?」

「おっと、ゴメンよ。続けて」


部活動のお試し期間とでもいうべき、所謂、体験入部のシステムは、真幌沢学園にもあります。

“百聞は一見に如かず”という言葉がありますが、実際に体験してみないと分からないこと、見えてこないことというのも、確かに存在します。


「体験入部っちゃ、体験入部だが、ただの体験入部じゃないんだ」

「今日だけで、体験入部って言葉、一生分聞いたよ」

どんな一生でしょうね? それはさておき、

「短期間で、その部活の全てを知る勢いで、とにかく突っ込んでいく! 飛び込んでいく!」

「意気込みは大変素晴らしいけどね、具体的にはどうする気?」

熱弁を振るう祝詞に対し、タイニーは、興味を示しながらも、冷静……というか、どこか冷めた態度に見えました。何かの伏線でしょうか?


ですが、祝詞はまだアツく語り続けます。

「具体案はまだ無い。だが――、」

「だが?」

「ちょっと、試してみたいことがある」

「試してみたいこと?……って何?」

祝詞は、その質問にはすぐに答えませんでした。


たっぷりと数十秒もの間を空け、ゆっくりと立ち上がると――、

「……ちょうどいい。ついて来い、タイニー!」

なんで、その名前知ってんですかね? っていうか、それ仮称だし。

「おっ、いいんじゃない? ちょうどヒマしてたところだし」

これから朝のホームルームが始まるところだというのに、タイニーは乗り気です。

名前のことにはツッコまないのね。




***



本来なら、祝詞たちのクラスのホームルームが始まっている時間――。

ですが、祝詞も、

「よし、行くか!」

タイニーも、

「朝の占いは見てきてないけど、今日のラッキーアイテムはタイムマシンかな?」

肩まで伸ばした淡い栗色の髪に、オレンジメッシュを入れた少女――、杏樹あんじゅ なつめも、

「いや、待ってよぉ!? なんで唐突にわたしが!? そんな描写なかったじゃん……!?」

それぞれ、思い思いのことを口にしながら、自分たちの教室とは全く違う場所にいました。


「君たちって、なんか、2ニコ1イチってイメージだからね。頑張って連れてきたんだ」

なつめの、至極真っ当な問いかけに答えたのは、タイニー。

「例えるなら、トーストとブルーベリージャム」

「いやー、俺は、トーストにはバターだな」

「わたしはみかんジャム」


わざわざホームルームをすっぽかしてまで、トースト談義をしに来たわけではないであろう3人が、本当は何をしに来たのか?

その答えを知る唯一の人間が、アホ毛を揺らしながら、他の2人に背を向けるかたちで、1つの教室のドアに手をかけながら、


「そんなことより……、行くぞ!」

気合一発、そのドアを開け――

ようとして、

「うるっっつつつさいわっ! なんだお前ら!?」

ドアの向こうにいた、そのクラスの担任と思しき教師に、めちゃくちゃキレられました。まぁ、当然ですね。


原因が100%自分たちにあるとはいえ、いきなりキレられたことで、なつめと祝詞は少し怯み、数歩後ずさりました。

タイニーだけが、怯むこともなく、後ずさることもなく、1人だけ変わらない位置に立っていました。こいつホント何なん?


そんな不動のタイニーが、怯んでいる2人のうち、アホ毛を揺らしている方に、口元に笑みを浮かべ、語りかけます。

「ほらっ、何かは知らないけど、何かを成しに来たんでしょう?」

そして、入ろうとしていた教室のドアの方向に、拳を突き出して、

「行きなよ。今日の主人公!」

小洒落たセリフを、声高に叫びました。

今日のというか、ソイツはずっと主人公ですが、それはさておき。


タイニーの言葉に、祝詞は意を決し、再びドアの前に歩み寄りました。

そして、再びドアに手をかけ、力いっぱい開いて――、

「待てやぁ!まずはノックからでしょうがっ!!」

またしても、担任らしき教師にキレられ、一度ドアを閉めて、4回ノックし、入室の了承を得てから、三度みたびドアを開けました。


「ん? お前たちは……、1年生か? なんで2年生の教室に?」

2年生のクラスルームとしてあてがわれた教室の1つに入室してきた祝詞たちに向け、先ほどからキレまくっていた教師――、スーツをビシッと着こなした40代の男性教師は、疑問を投げかけました。


「ホームルーム中、失礼します。ちょっと、人探しに来ました」

「人探し? って、誰を?」

「えーっとですね……」

男性教師も、当然ながらその場にいた2年生たちも、なんなら、祝詞に同行してきた2人も、祝詞の次の発言を、興味深げに待っていました。そして――、

祭夜まつりや先輩……祭夜 神楽かぐらさんって、いますか?」

飛び出してきた問いに、それぞれ異なる反応を示しました。


“あの、長い赤髪でメガネかけた、新聞部の部長さんかぁ。”と思った者、

“へぇ、そうなんだ。どうして、新聞部の先輩と知り合いなんだい?”と、明らかに隣の人間の心を読んで、心の中での会話を続けようとした者。

そして――、


「祭夜?……あぁ、あの残念な美人で有名な?」

「黙ってれば美少女の彼女ね」

「祭夜か。俺は知らない!誰なんだ!」

「トラブルメーカー。側から見てる分には非常に面白い人」

思い思いに、祭夜 神楽なる人物への評価を口にした者たち、

「またあいつかよ……。うぅ、胃腸が……」

普段から、相当イロイロやらかしてるのか、名前を聞いただけで、スーツの上からお腹を抑えた者――。

などなど、様々でした。教師って大変ね。


とにかく、三者三様どころではない反応を目にし、耳にし、祝詞は改めて問います。

「祭夜 神楽先輩、いらっしゃいますか?」

その問いには、

「このクラスじゃない」

「隣のクラスだぜ」

「俺はそもそもそいつを知らん!」

「あれ?なんの話だっけ?」

「そんなことより、お腹すいたなー」

「なんか学食でオススメのメニューとかあります?」

「ビーフシチューが結構ウマいぞ」

「マジか?今度注文してみるわ」

「えーっと、じゃあ、次は――、」

クラスの方々が、ご丁寧にも出席番号順に答えてくれました。

まともに答えていたのは、最初の2人だけだった気がしますが、気にしたら負けです。


「……隣だな!よしっ、行くぞ!」

祝詞が、同じ学年の2人に向け、振り返らずに声をかけ、隣のクラスに走り去り、

「え? えーっと……お、お邪魔しましたぁ……!?」

次いで、なつめが、挨拶とお辞儀をしてから、小走りで祝詞を追いかけ、

「それじゃあ、また来ます」

タイニーが、にこやかにそんなことを言って、2人の後に続いて行きました。


「……後輩ができるって、こんな感じなんだねぇ。先輩たちも、同じ気持ちだったのかな?」

1年生3人が去った後のクラスで、誰かが呟きました。

“なにもかも違げぇよ。” 発言の主以外の全員が、言葉ではなく視線で訴えかけました。


その数秒後、

「ちょっと!?どういうことですか?」

先ほどと同じ扉から、今度はノックなしで、疑問をぶつけながら祝詞が入室してきました。

「どういうことって……何が?」

男性教師が、生徒たちに代わって、質問で返してきました。


「隣のクラス行きましたけど、祭夜先輩いないって……」

「あぁ、それはね――、」

そのまま男性教師が対応を続けるのかと思いきや、普通に生徒が会話に入ってきました。

先生ちょっと残念そう。

そんなことは気にも留めず、その2年生の女子生徒は続けます。

「1年生ちゃんたちは、右隣のクラスに行っちゃったのよね?」

「はい。そうですけど……」

「祭夜ちゃんのクラスは、左隣よ」

「え?」


本気で気づいていなかった祝詞が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのを、なんとなく気づいていたなつめと、完璧に気づいていたタイニーが、なんとも言えない表情で、または、とても楽しそうな表情で、見ていました。


「っていうか、さっきから気になっていたのだが……」

先ほどの女子生徒とは別の男子生徒が、同じように会話に入ってきました。

先生は、少し前からだんまり決め込んだようですね。いいのかそれで?


「キミ……キミたち?は、祭夜くんに用があるのだろうが……、どういう関係なのだ?」

「うーん……、なんて言ったらいいのやら……?」

「もしや、彼氏か?」

「違います」

「では、ボーイフレンド?」

「違ぇよ」

「では、彼ピッピか?」

「違ぇえっつってんだろ」

男子生徒は、質問内容とは裏腹に、至極しごく真面目に問いかけていました。質問内容とは裏腹に。


少しキレ気味に、祝詞は続けます。

「そりゃあ、俺だって、年頃の男子だし、彼女ほしいなーって、思わないわけじゃないですよ?でも……」

「でも? 祭夜くんは、美人の部類だと聞くが」

「かもしれないですけど、ぶっちゃけタイプじゃないし――、」

「ほう……。本人のいないところで、ずいぶん好き勝手に言ってくれてるじゃない」

最後の発言は、祝詞でも、2年生の男子生徒でもありませんでした。

なつめでも、タイニーでも、そのクラスの誰の発言でもありませんでした。


「えぇ?尾乃道おのみちくんよぉ……?」

その発言の主、祭夜まつりや 神楽かぐらは、長い赤毛をゆらゆらと揺らめかせながら、ゆっくりと祝詞へと歩み寄って行きました。

眼鏡越しに、とても冷たい目で自分を見つめる……というか、ほぼ睨んでいる先輩を前に、祝詞は、

「え、えーっと……、えっとお……!?」

蛇に睨まれた蛙状態でした。これはもうダメだ。


そんな祝詞は、同行者2人へと、藁にもすがる思いで、視線で助けを求めました。

が――、

「いやー……、これは、尾乃道くんが悪いよぉ……」

なつめも、

「タイムマシンがラッキーアイテムだったのは、キミの方だったね。あ、もしかして、僕と星座同じ?」

タイニーも、助けてはくれませんでした。

「そんなぁああ……!?」

祝詞の叫び声とともに、晴天の下、どデカいカミナリが1つ落ちましたとさ。


「まったく……。それで? わざわざアタシを訪ねてきた理由は何?」

頭にデカいコブをこしらえた祝詞に向け、神楽が問いかけました。

それは、なつめもタイニーも知りたがっていたことなので、2人揃って、黙って成り行きを見守っていました。


お団子ヘアーのような頭になった少年は、先輩と同行者たちの視線を受けながら、問いに答えていきます。

「実はちょっと、協力してほしいことがありまして」

「協力してほしいこと?」

「先に言っておくと、これは、祭夜先輩……というか、新聞部にしか頼めないことです」

「ほう……。言うてみ?」

“新聞部にしか頼めない”と聞いたあたりで、俄然がぜん興味がいたのか、少し楽しそうな表情で、神楽は話を続けさせました。


それに対し、祝詞は、待ってましたと言わんばかりに、胸を張り、堂々と、その心中を吐露とろするのでした。

「新聞部を使って、他の部への取材をしに行きたい!!」





『枝分かれした未知、横切るは黒猫。』 ー完ー

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