九ノ縁・忘れたくても忘れられない、忘れられた時間。
この世界の暦で、九五四年・
約2名の新入生が、自己紹介で盛大にやらかした日の午後。
「いやー、なんか……、人少ねぇな」
人がまばらに集まった体育館で、茶髪の長いアホ毛を揺らしながら、
「まぁ、自由参加ってことになってるからねぇ……」
その隣で、気弱そうな印象の少女が、同じように呟いた。
その、淡い栗色の髪に、
「でもさ、部活紹介っていうと、もっとこう……、人気イベントじゃないのか?」
「わたしに言われてもねぇ……」
この日、この時間は、
「さっきも言ったけど、自由参加ってことになってるからねぇ……、一応は」
「強制するもんじゃないってのは分かるけど……分かるけども……」
ぼやく2人の目の前に広がるのは、そこそこの人数が収められた体育館。
そこそこの人数といっても、新入生全体の数を考えると、どう考えても少なすぎる数ではあったが。
「まぁ、俺たちがぼやいてても、どうしようもないか……」
祝詞が、納得がいかないながらも、気持ちを切り替え、前に向き直るのと同時に、
「アー、マイクテスト、マイクテスト―」
非常に棒読みなアナウンスが、体育館内に響き渡った。
「エー、ホンジツハ―、シンニュウセイニムケテノ、ブカツドウショウカイニ―、オコシイタダキ―、アリガトウゴザイマスー」
響き渡る、棒読みアナウンスに、耳を傾けながら、なつめと祝詞は、小さく声を漏らす。
「えーっとぉ……」
「雲行き、だいぶ怪しいな……」
「アー、シンニュウセイノミナサンハ、キタイトフアンデ、ムネガイッパイダトハ、オモイマスガー――、」
不安と不安で胸がいっぱいになっている新入生たちへ向け、棒読みのアナウンスは、当たり障りのない話を続けようとして、
「はいっ! というわけでねっ! 早速始めていきますよっ! 部活動紹介っつ!!」
とても快活な声が、それを打ち消すように、かき消すように、
「うわっ!? ビックリした」
「あれだけの声量で、ハウリング無いの、すごいなぁ……」
祝詞となつめを、同じように、しかし実際には、2人とも違うことで、とても驚かせた声の主は、
「トップバッターはっ! このワタクシっ! 」
マイクを片手に、体育館奥のステージの上に、どこからともなく降り立ち、
「放送部・メインMCっ!
派手に、華麗に、名乗りを上げた。
「ワタクシたち放送部はっ! んんいやっ! 放送部とはっ!」
呆気にとられる観客たちの前で、ステージ上のMCの独壇場は続く。
「この
盛大な身振り手振りを交え、流れる汗を照明にキラめかせながら、熱く語る芽美の姿を目にし、観客たちは息を吞んだ。
そんな観客たちの中で、ただ一人、
「ん……? それって、放送部の仕事なの……?」
なつめだけが、冷静にツッコんだが、その声が誰かの耳に届くことはなかった。
それからしばらく、芽美の、炎天下のアスファルトのようにアツかりし熱弁は続いた。
しかし、語れば語るほど、どんどんと中身の無い内容になっていき、
「んんんでっ! あるからしてっ! ワタクシはっ! 朝はパンよりご飯なのでありますっ!」
部活動どころか、学園生活にすら関係ない内容となっていた。
「だからなんだよ!?」
「だからなんなのぉ……?」
祝詞となつめが、同時に呟いた。
呟いたのは2人だけだったが、ステージ上の1人を除いた、その場にいた全員が、同じことを考えていた。
全員の心を1つにした、ステージ上の1人の熱演は、永遠に続くとすら思えた。
だがーー、
「話が長いんだよ……。きみはいつも」
その永遠は、一瞬で打ち切られた。
ステージの外で、ある者は、好奇の眼差しで、ある者は、期待を込めた眼差しで見つめる、その先。
体育館にいる、ほぼ全員の視線を集めた、その人物は、
「あー、もう……。 不必要に目立っちゃったじゃないか……」
ド派手な蛍光ピンクのパーカーのフードを目深に被った、小柄な男子生徒だった。
「おぉ、見ろ、
「お、
謎のパーカー男子の乱入に、興奮を隠そうともしない、祝詞と、困惑を隠そうともしない、なつめのやりとりに、
「お気遣いどうもね……。でも、残念ながら、聞こえてんだよね……。 ずっとさ」
ステージ上から、パーカー男子が割って入った。
突然、ステージ上から会話に割り込まれ、面食らった、祝詞となつめ。
「あー、えっと……、耳いいんすね、スゴイナー……」
「いや、もう、取り繕っても無駄でしょ……」
そんな2人の様子を横目で見ながら、ステージ上の男子生徒は、新たに言葉を紡ぐ。
「名乗った方がいいよね、この状況……」
心底面倒臭そうな様子のパーカー男子だったが、それを見つめる観客たちの目は、期待に満ちていた。
妙な熱気と視線を受けながら、パーカー男子は渋々ながら、名乗り始める。
「僕は、
必要最低限の情報だけを喋り、帰りたそうにする夢玄だったが、体育館内のほとんどの生徒は、納得できていない様子だった。
「えいけん……って、何?」
誰かが、そんな疑問を口にした。
それは、少なくとも、その場にいた新入生たちは皆、感じていた疑問だった。
そんな新入生たちの疑問に答えたのはーー、
「映研とは、映像制作研究部の略称である」
「いきなり略称だけJya! 分かんないYO!」
「相変わらずね、久城ちゃんは」
「一応は代表なんだし、そんな面倒臭がらんでも」
「…………」
「これもまた個性……みたいなこと思ってるんじゃないですかね?たぶん」
突然、舞台袖から現れた、6人の謎の人物たちだった。
疑問に答えていたのは、最初の1人だけだったが。
「いや、待って!? 誰だよ!?」
もっともな疑問を、誰よりも先にぶつけたのは、祝詞だった。
この辺りから、ここからの質問やツッコミは、祝詞に一任しようと、新入生たちの間で暗黙の了解が出来始めていたが、当の祝詞本人は、知る由もなかった。
「順番に名乗ろう。我輩は、“科学部”である」
「Meは“華道部”所属だYo!」
「“学園研究部”よ。以後、お見知り置きを」
「“歴史研究同好会”だ。よろしく頼むな」
「…………」
「こっち2人は“演劇部”です。……つか、流石にここは自分で喋ってくださいよ」
律儀に、順番に名乗りを上げた、それぞれの部員たち。
いろいろとツッコみたい気持ちを抑え、とりあえずは質問に答えてくれた壇上の部員たちを見やり、新入生代表と化した祝詞は、小さく息を吐いた。
「まぁ、いいけど……、一斉に出て来る意味は無かったんじゃないですか?」
「ところがね、そうとも言い切れないのよ。新入生ちゃん」
祝詞の問いかけから、数秒の間をおいて答えたのは、壇上で“学園研究部”を名乗った女子生徒だった。
「尺の都合ってやつでね。もう、まとめて紹介するしかないみたいなのよ」
「え? でも、始まったばかりじゃーー」
始まったばかりじゃないですか。そう言いかけた祝詞だったが、視界の端にとらえた時計を、その針が指し示した時間を見て、絶句した。
「なんだこれ……!? なんで2時間も経ってるんだよ!?」
アホ毛を盛大に揺らした代表の言葉に、新入生全員が時計へと視線を注いだ。
ある者は、困惑を声にも態度にも表し、またある者は、ただただ絶句し、立ち尽くしていた。
「説明しよう!
“科学部”を名乗った男子生徒が、ここぞとばかりに説明し、
「あれホントすごいよな。俺たちみたいに、慣れれば対処できるとはいえ」
“歴史研究同好会”を名乗った男子生徒が、それに乗りつつ、軽く補足した。
そして――、
「Demo!でも、こっちとしては、たまったもんじゃないYo!」
“華道部”所属の女子生徒が、不満をあらわにしている横で、
「…………」
先ほどから、一言も言葉を発していない、“演劇部”の男子と、
「おかげで、こっちらは、まとめて一斉に出てくる羽目になりましたからね……」
付き添いの“演劇部”女子が、同じように愚痴をこぼした。
「なんていうか……、大変ですね……」
なんとかそれだけ返した祝詞だったが、そこから先に続く言葉はなかった。
十数秒の間をおいて、壇上の一団は、またしても順番に、
「しかしだ、極論ではあるが、我々がここでアピールする必要性は、無いと言えば無いのである」
「ホントに興味ある人Ha! 自分で調べて入るだろうからNe!」
「分からないことがあれば、この後でも、私たちに聞きに来るといいわ」
「まぁ、分からんことしかないと思うが」
「…………」
「それに、早急に入部しなきゃいけないってワケでもないですしね。ぶっちゃけ、いつでもウェルカムですよ」
祝詞1人ではなく、この場にいる新入生全員に向け、言葉を送っていった。
それらの言葉を、新入生たちが聞き終えたタイミングで、先ほどから空気を読んで黙り続けていた、放送部のメインMCが、再び口を開く。
「……と、いうわけでっ! いかがでしたでしょうかっ! 九五四年度っ! 部活動説明会はっ!」
「よくそんなん聞けたなアンタ!?」
祝詞の言葉は耳には入れず、芽美の挨拶は続く。
「部活動への入部は強制ではありませんっ! ですがっ!――」
そこまで言った後、芽美は持っていたマイクを、自身の最も近くにいた、蛍光ピンクのパーカーの男子に投げ渡した。
「おっと……!? 急にふらないでよ……」
突然のパスに戸惑いながらも、しっかりとマイクをキャッチした夢玄が、芽美の言葉を引き継ぐかたちで、挨拶を続ける。
「まぁ、なんていうか、僕も……、ここにいる他の部の人たちも、
言い終えた後、今度は夢玄が、壇上にいる別の人間に、マイクを渡そうとしたが――、
「結構ガチ目で時間ヤバい。巻き巻きでプリーズ」
舞台の袖、その奥から聞こえてきた声に、若干の焦りを見せ、ろくに確認もせずに、自身の一番近くにいた人物にマイクを渡した。
「…………」
ここに至るまで、ただの一言すらも発していない、“演劇部”の男子に、渡してしまった。
焦っていたとはいえ、これは明らかな人選ミスだろう。その場にいたほぼ全員が、同じことを思ったが、誰1人として、口には出さなかった。
皆の心を1つにした、演劇部男子は――、
「…………」
相変わらず無言のまま、自らの目線の少し上くらいの高さへと、マイクを掲げた。
その行動を見て、1つとなっていた皆の心は、2つに分かれることとなった。
1つは、やはりワケが分からず、ただただ疑問を感じる、新入生たちの心。
そして、もう1つ――、
「たくさんのものを見て」
「たくさんNo! 人と出会っTe!」
「たくさんのことを学んでいってほしいわ」
「あと、たくさん楽しんでくれ」
「そのための部活動ですから」
「んんっ! というわけでっ! 新入生の皆様っつ!!」
それぞれのメッセージを繋ぎ、
「皆様の、これからの学園生活に、幸あれ。光あれ」
壇上の全員(除・演劇部男子)が、声を揃えて放った、その最後の言葉と、
「あー、あと、帰りは運動部の勧誘がすごいだろうから、そこ気を付けてね」
最後の最後に放たれた、演劇部男子からの諸注意から数秒間、体育館内は静寂に包まれた。
その静寂を打ち破ったのは、1つの小さな音。
小さな火種のような、1つの拍手だった。
その拍手が、別の誰かへ、さらに別の誰かへと伝播していき、体育館中に響き渡る、大きな拍手へと変わっていった。
小さな火種から生まれた、大きな火に照らされたように、新入生たちの顔は、晴れやかに輝いていた。
集会としてはグダグダ極まりない内容だったが、気にしてはいけない雰囲気だったので、誰も気にしていなかった。
そんな新入生たちの中で、2人ほど、別のことを気にしていた生徒たちがいた。
「……あれ? 新聞部は?」
「写真部もあったはずだよねぇ……?」
そんな、祝詞となつめの問いかけに答えてくれる者は、当然ながら、誰もいなかった。
「……まだ……まだ、食べられるわよ……むむ」
学食でたらふく食べた後に、そんな寝言を言いながら、部活動説明会も忘れて熟睡していた、
「ありゃ……。間に合わなかったね、新聞部」
その寝姿を、カメラのファインダー越しに見ながら、
「……まぁ、
かしゃん。とシャッターを押した、その人物は、一切悪びれずに
『忘れたくても忘れられない、忘れられた時間。』 ―完―
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