八ノ縁・その昼休みが、特別だとは気付けない。
この世界の暦で、九五四年、肆ノ月。
最初のホームルームが終わり、正午に近い時間となり、新1年生たちは思い思いの行動をとっていた。
まっすぐに帰宅する者、
周りの生徒と談笑する者、
午後からの部活見学に行くため、それまでの時間をつぶす方法を考える者、
足早に学食へと向かう者……等々、行動こそバラバラではあるが、皆同じように、どこか楽しそうな、嬉しそうな様子だった。
天頂の太陽と、新入生たちの希望に満ちた笑顔に照らされた学園で――、
その中の、1年生のクラスの1つとしてあてがわれている教室で――、
「…………」
「…………」
長いアホ毛が伸びた茶髪の少年と、薄い青緑色の髪を肩の位置で二つ結びにした、生真面目そうな少女が、呆れ半分、心配半分といった表情で、1つの机を……、その上にある物体を、共に見ていた。
「最初の挨拶は大事だよ? 人間、第一印象が大事っていうからね。でもさぁ、でもさぁ……、皆の視線をバシバシ受けながらだよ? それで自己紹介だよ? わたしにとっては、ギネス級のハードルの高さだよぉ……」
「
「なんですか?
尾乃道さんと呼ばれた、
「あれは……、どうすればいいんでしょうか?」
なつめという物体を、手で
「いや……、オレに言われたってな……」
祝詞は、困惑気味に答えることしかできなかった。
「あれ? 杏樹さんの扱いには、慣れているのでは?」
「言い方よ……」
「付き合いは私より長いでしょう?」
「1日……、いや、厳密には、半日ぐらいしか違わないぞ」
「そうだったんですか? てっきり、もっと昔からの付き合いなのかと」
有実果は、“付き合い”という部分だけ、やたら強調して話していたが、祝詞は、少しも気にしていない様子だった。
「初対面じゃないってだけで、そこまで顔なじみってわけでもないんだよな、オレたち」
そういえばそうか。と、なつめも有実果も、言葉にこそ出さなかったが、だいたい同じように思っていた。
「そもそもオレ、顔なじみのヤツとかいないし、真幌沢に」
祝詞の、さもなんでもないように言い放った一言に、有実果と、いつの間にか復活していた、なつめは、同じように疑問符を浮かべた。
「え? 1人もいないんですか?」
「そこそこ大きい学校だよねぇ……? ここ。……なのに、1人もいないの?」
女子2人に問いかけられ、祝詞は、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
その心情を一言で表すとしたら、“やっちまった”。
「オレ、この島の……、
「そうだったんですか……。まぁ、島外から来る人も、珍しくはないですからね」
「ちなみに、尾乃道くんって、どこ出身?」
その質問に、祝詞はすぐには答えなかった。
しばらくの間、何かを考えてから、
「……
所々、間を空けながら、少しづつ答えていった。
まるで、今ここで話してもいい内容・言葉を選びながら、話しているように。
そんな祝詞の様子に、若干の違和感を感じながらも、なつめと有実果は会話を続ける。
「喜伊路島……。ずいぶん遠いですね」
「たしか、船か飛行機使わないと、
「あ、うん……」
新たに提示された謎に、より興味をそそられた女子2人と、少しづつ俯きがちになっていく少年1人。
異様といえば異様な光景ではあるが、遠目からでは、ただ談笑しているようにしか見えなかった。
実際、最初のうちは、ただの談笑だったが。
「…………」
「…………」
しかし、なつめも有実果も、もう高校生。
家庭の事情か、はたまた別の事情か、なんにせよ、触れられたくない、プライベートな事情があるのだろうと、祝詞の様子から察し、それ以上の追及はしなかった。
なので――、
「え、えーっと……、じ、時間も時間だし、お昼食べに行かない? ……なんて」
「い、いいですね! 学食が開いている時間でしょうし、行ってみますか? ……なんて」
多少強引ではあったが、2人して話題を変えた。
あまりにもぎこちなく、不自然な様子ではあったが。
そして、そんな女子2人の不自然な提案に、祝詞は、
「もうそんな時間か……。じゃあ、行ってみるか、学食」
自然に受け答えし、興味を学食の方へと向けていた。
***
「……やっぱ、混むんだな、この時間帯は」
かなり広めに造られた学食を前に、祝詞がつぶやいた。
さすがに満席ではないが、空いているテーブルの方が少ない程度には混み合っていた。
「先に、席の確保はしておいた方がいいな、これは」
「そうだねぇ……」
「どこかにいい席は……」
席を探す3人の中で、最初にそれを見つけたのは、有実果だった。
「あ、あの席なんてどうでしょうか? ちょうど3人座れますよ」
そう言って、有実果が手で
そこには、教室にある机より二回りほど大きいテーブルが4つほどあり、その周りに、イスがいくつか、無造作に置かれていた。
「あそこね……。まぁ、いいんじゃないか? ちょうど空いてるんだし」
「異論はないよぉ……」
「では、行きましょうか」
3人は、学食の端まで歩いて行った。
そして、無造作に置かれていたイスのうちの3つを、テーブルの1つに持って行った。
とりあえず一息つこうと、腰を下ろそうとした、なつめと祝詞を、
「あ、ちょっと待ってください!」
有実果が引き留めた。
「え? なんだ?」
「ど、どうしたのぉ……? 努良さん?」
困惑する2人へ向け、有実果は――、
「私が席を見ておくので、2人は注文に行ってきてください」
ひょっとしたら楽しそうな、確実に何か企んでいるような顔を一瞬見せつつ、提案した。
有実果の意図は分からないが、言われたとおりにすることにした、なつめと祝詞。
有実果から渡されたお金を持って、頼まれていた、きつねうどんの食券を買い、
「オレたちは何頼もうか?」
「うーん……、いろいろメニューあるんだねぇ……」
少し悩んでから、2人とも、きつねそばの食券を買い、注文カウンターへと向かった。
3分ほどして、きつねそばときつねうどん一杯ずつを祝詞が、残りのきつねそば一杯をなつめが、それぞれ受け取り、有実果の待つ席へと戻っていった。
そして――、
「おや、思ったより早かったですね。……さぁ、2人とも、座ってください」
有実果に促され、イスに座ろうとした、なつめと祝詞だったが、
「ありがとぉ……って、え?」
「え?……なにこの配置」
長方形のテーブルの、幅の広い並び合った2面の位置に、イスが1脚ずつ、
その横の、幅の狭い1面に、有実果が座るイス1脚、
有実果の正面から見ると、向かい合うなつめと祝詞に、有実果が挟まれているように見える、若干不自然な配置に、少なからず困惑した。
「どうかしましたか? 早く食べましょうよ」
「え……、あぁ、そうだな」
「た、食べようねぇ……?」
さも当然そうに振舞う有実果は、心なしか楽しそうだったが、なつめも祝詞も、気にせず食事を始めることを選んだ。
そうして、なつめと祝詞がきつねそばを、有実果がきつねうどんを味わっている最中――、
「あれ? アンタたちも学食来てたんだ」
突然、声をかけられ、3人ほぼ同時に、食事の手が止まった。
3人のうち、うどんを食べていた1人は、ただ首をかしげていたが、そばを食べていた2人は、声の主に心当たりがあった。
「えっと、たしか……、
「昨日ぶり……ですねぇ……」
「えぇ、昨日はホント助かったわ。2人とも……、いや、3人とも、ありがとね」
その声の主――、
両サイドを小さく結んだ、赤いロングヘアーの、眼鏡をかけた女子生徒――、なつめと祝詞が、入学式の日に最初に会った先輩であり、新聞部の部長、
「おっ、さっそく仲良くやってるみたいね、アンタたち3人」
「えっと……、私たち、どこかでお会いしましたっけ?」
後輩3人がテーブルを囲んでいる姿を見て、感慨深げにつぶやく神楽に、有実果が疑問をぶつけたが、
「何言ってんだ? 昨日、オレたちと一緒にいた先輩だろ?」
「まぁ、あんな状況だったし、覚えてなくても無理ないよぉ……」
同じ現場にいた証人たちに、そう言われ、納得したような、していないような、微妙な表情を作った。
「っていうか、朝もやったな、こんなやりとり」
「あ、そうだねぇ……、そういえば」
「そうでしたね。……不覚です」
少し自嘲気味ながらも、笑いあう3人を見て、
「ふふっ」
神楽は、慈しむような表情で、優しく微笑んだ。
「ん?どうした?先輩」
「いや、なんでもないわ。……さて、アタシもお昼にしようかしら」
「あ、じゃあ、せっかくですし、一緒に食べませんか?」
「ちょうど1人分、スペース空いてるしねぇ……」
後輩たちに促され、テーブルの、有実果の席の反対側にイスを持ち寄り、
「それじゃあ、お言葉に甘えて!」
空いていた1人分のスペースに、神楽が座った。
その後、注文をしに行った神楽が戻ってくるまで、後輩3人は、食事と雑談にいそしんだ。
雑談の中で、部活動はどうするかの話になったが、
「うーん……、まだ全然決めてないな」
「新聞部には入らないんですか? 2人とも」
「いや……、うーん……? どうだろうねぇ……?」
明確な答えが出ないまま、なんとなく流していた。
そして――、
「お待たせ! さ、食べるわよ」
戻ってきた神楽を見て、その手に持ったトレーの上のものを見て、
「…………」
「…………」
「…………」
3人の雑談は、突如として打ち切られた。
「せっかくだから、アタシもきつねうどんにしたのよ。さぁて――、いただきます!」
明らかに、自分たちのテーブルに座っている人数よりも多い数のうどんの器を前に、目を輝かせながら手を合わせ、食べ始め、ガンガン食べ進める先輩を――、
「…………」
「…………」
「…………」
後輩3人は、別の星の生物でも見るように、ただただ無言で見ていた。
「美味しいー! ……ん? どうかした? アンタたち」
『その昼休みが、特別だとは気付けない。』 ―完―
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