八ノ縁・その昼休みが、特別だとは気付けない。

この世界の暦で、九五四年、肆ノ月。

真幌沢まほろざわ学園の入学式の翌日にして、新入生たちにとっては、最初のホームルームが行われた日。


最初のホームルームが終わり、正午に近い時間となり、新1年生たちは思い思いの行動をとっていた。


まっすぐに帰宅する者、

周りの生徒と談笑する者、

午後からの部活見学に行くため、それまでの時間をつぶす方法を考える者、

足早に学食へと向かう者……等々、行動こそバラバラではあるが、皆同じように、どこか楽しそうな、嬉しそうな様子だった。


天頂の太陽と、新入生たちの希望に満ちた笑顔に照らされた学園で――、

その中の、1年生のクラスの1つとしてあてがわれている教室で――、

「…………」

「…………」

長いアホ毛が伸びた茶髪の少年と、薄い青緑色の髪を肩の位置で二つ結びにした、生真面目そうな少女が、呆れ半分、心配半分といった表情で、1つの机を……、その上にある物体を、共に見ていた。

「最初の挨拶は大事だよ? 人間、第一印象が大事っていうからね。でもさぁ、でもさぁ……、皆の視線をバシバシ受けながらだよ? それで自己紹介だよ? わたしにとっては、ギネス級のハードルの高さだよぉ……」


杏樹あんじゅ なつめという名の、薄い栗色にオレンジメッシュの髪をたらし、机に顔をうずめる勢いで押しつけ、愚痴をこぼしまくっている、その少女……、その物体を、ただただ見ていた。



尾乃道おのみちさん……」

「なんですか? 努良ぬらさん……」

尾乃道さんと呼ばれた、尾乃道おのみち 祝詞のりとは、努良ぬら 有実果うみかへと、何故か敬語で問い返した。


「あれは……、どうすればいいんでしょうか?」

なつめという物体を、手でしめしながら、有実果からかけられた問いに、

「いや……、オレに言われたってな……」

祝詞は、困惑気味に答えることしかできなかった。


「あれ? 杏樹さんの扱いには、慣れているのでは?」

「言い方よ……」

「付き合いは私より長いでしょう?」

「1日……、いや、厳密には、半日ぐらいしか違わないぞ」

「そうだったんですか? てっきり、もっと昔からの付き合いなのかと」

有実果は、“付き合い”という部分だけ、やたら強調して話していたが、祝詞は、少しも気にしていない様子だった。


「初対面じゃないってだけで、そこまで顔なじみってわけでもないんだよな、オレたち」

そういえばそうか。と、なつめも有実果も、言葉にこそ出さなかったが、だいたい同じように思っていた。


「そもそもオレ、顔なじみのヤツとかいないし、真幌沢に」

祝詞の、さもなんでもないように言い放った一言に、有実果と、いつの間にか復活していた、なつめは、同じように疑問符を浮かべた。

「え? 1人もいないんですか?」

「そこそこ大きい学校だよねぇ……? ここ。……なのに、1人もいないの?」


女子2人に問いかけられ、祝詞は、苦虫を嚙み潰したような顔になった。

その心情を一言で表すとしたら、“やっちまった”。


「オレ、この島の……、碑鉈島ひなたじまの出身じゃないからさ」

「そうだったんですか……。まぁ、島外から来る人も、珍しくはないですからね」

「ちなみに、尾乃道くんって、どこ出身?」

その質問に、祝詞はすぐには答えなかった。

しばらくの間、何かを考えてから、

「……喜伊路島きいろじま。……オレの知る限り、同郷の人間がこっちに来たって話は聞かない……かな」

所々、間を空けながら、少しづつ答えていった。

まるで、今ここで話してもいい内容・言葉を選びながら、話しているように。


そんな祝詞の様子に、若干の違和感を感じながらも、なつめと有実果は会話を続ける。

「喜伊路島……。ずいぶん遠いですね」

「たしか、船か飛行機使わないと、碑鉈島ここまでは来れなかったはず……だよね?」

「あ、うん……」


新たに提示された謎に、より興味をそそられた女子2人と、少しづつ俯きがちになっていく少年1人。

異様といえば異様な光景ではあるが、遠目からでは、ただ談笑しているようにしか見えなかった。

実際、最初のうちは、ただの談笑だったが。


「…………」

「…………」

しかし、なつめも有実果も、もう高校生。

家庭の事情か、はたまた別の事情か、なんにせよ、触れられたくない、プライベートな事情があるのだろうと、祝詞の様子から察し、それ以上の追及はしなかった。

なので――、


「え、えーっと……、じ、時間も時間だし、お昼食べに行かない? ……なんて」

「い、いいですね! 学食が開いている時間でしょうし、行ってみますか? ……なんて」

多少強引ではあったが、2人して話題を変えた。

あまりにもぎこちなく、不自然な様子ではあったが。


そして、そんな女子2人の不自然な提案に、祝詞は、

「もうそんな時間か……。じゃあ、行ってみるか、学食」

自然に受け答えし、興味を学食の方へと向けていた。


***



「……やっぱ、混むんだな、この時間帯は」

かなり広めに造られた学食を前に、祝詞がつぶやいた。

さすがに満席ではないが、空いているテーブルの方が少ない程度には混み合っていた。


「先に、席の確保はしておいた方がいいな、これは」

「そうだねぇ……」

「どこかにいい席は……」

席を探す3人の中で、最初にそれを見つけたのは、有実果だった。

「あ、あの席なんてどうでしょうか? ちょうど3人座れますよ」


そう言って、有実果が手で指示さししめしたのは、学食の端の方にある、小さなテーブルとイスのある一画だった。

そこには、教室にある机より二回りほど大きいテーブルが4つほどあり、その周りに、イスがいくつか、無造作に置かれていた。


「あそこね……。まぁ、いいんじゃないか? ちょうど空いてるんだし」

「異論はないよぉ……」

「では、行きましょうか」

3人は、学食の端まで歩いて行った。

そして、無造作に置かれていたイスのうちの3つを、テーブルの1つに持って行った。


とりあえず一息つこうと、腰を下ろそうとした、なつめと祝詞を、

「あ、ちょっと待ってください!」

有実果が引き留めた。


「え? なんだ?」

「ど、どうしたのぉ……? 努良さん?」

困惑する2人へ向け、有実果は――、

「私が席を見ておくので、2人は注文に行ってきてください」

ひょっとしたら楽しそうな、確実に何か企んでいるような顔を一瞬見せつつ、提案した。


有実果の意図は分からないが、言われたとおりにすることにした、なつめと祝詞。

有実果から渡されたお金を持って、頼まれていた、きつねうどんの食券を買い、

「オレたちは何頼もうか?」

「うーん……、いろいろメニューあるんだねぇ……」

少し悩んでから、2人とも、きつねそばの食券を買い、注文カウンターへと向かった。


3分ほどして、きつねそばときつねうどん一杯ずつを祝詞が、残りのきつねそば一杯をなつめが、それぞれ受け取り、有実果の待つ席へと戻っていった。

そして――、

「おや、思ったより早かったですね。……さぁ、2人とも、座ってください」

有実果に促され、イスに座ろうとした、なつめと祝詞だったが、

「ありがとぉ……って、え?」

「え?……なにこの配置」


長方形のテーブルの、幅の広い並び合った2面の位置に、イスが1脚ずつ、

その横の、幅の狭い1面に、有実果が座るイス1脚、

有実果の正面から見ると、向かい合うなつめと祝詞に、有実果が挟まれているように見える、若干不自然な配置に、少なからず困惑した。


「どうかしましたか? 早く食べましょうよ」

「え……、あぁ、そうだな」

「た、食べようねぇ……?」

さも当然そうに振舞う有実果は、心なしか楽しそうだったが、なつめも祝詞も、気にせず食事を始めることを選んだ。


そうして、なつめと祝詞がきつねそばを、有実果がきつねうどんを味わっている最中――、

「あれ? アンタたちも学食来てたんだ」

突然、声をかけられ、3人ほぼ同時に、食事の手が止まった。


3人のうち、うどんを食べていた1人は、ただ首をかしげていたが、そばを食べていた2人は、声の主に心当たりがあった。

「えっと、たしか……、祭夜まつりや先輩……でしたっけ?」

「昨日ぶり……ですねぇ……」

「えぇ、昨日はホント助かったわ。2人とも……、いや、3人とも、ありがとね」

その声の主――、

両サイドを小さく結んだ、赤いロングヘアーの、眼鏡をかけた女子生徒――、なつめと祝詞が、入学式の日に最初に会った先輩であり、新聞部の部長、祭夜まつりや 神楽かぐらは、昨日、修羅場を共にした後輩たちに、感謝の意を示した。


「おっ、さっそく仲良くやってるみたいね、アンタたち3人」

「えっと……、私たち、どこかでお会いしましたっけ?」

後輩3人がテーブルを囲んでいる姿を見て、感慨深げにつぶやく神楽に、有実果が疑問をぶつけたが、

「何言ってんだ? 昨日、オレたちと一緒にいた先輩だろ?」

「まぁ、あんな状況だったし、覚えてなくても無理ないよぉ……」

同じ現場にいた証人たちに、そう言われ、納得したような、していないような、微妙な表情を作った。


「っていうか、朝もやったな、こんなやりとり」

「あ、そうだねぇ……、そういえば」

「そうでしたね。……不覚です」

少し自嘲気味ながらも、笑いあう3人を見て、

「ふふっ」

神楽は、慈しむような表情で、優しく微笑んだ。


「ん?どうした?先輩」

「いや、なんでもないわ。……さて、アタシもお昼にしようかしら」

「あ、じゃあ、せっかくですし、一緒に食べませんか?」

「ちょうど1人分、スペース空いてるしねぇ……」


後輩たちに促され、テーブルの、有実果の席の反対側にイスを持ち寄り、

「それじゃあ、お言葉に甘えて!」

空いていた1人分のスペースに、神楽が座った。


その後、注文をしに行った神楽が戻ってくるまで、後輩3人は、食事と雑談にいそしんだ。

雑談の中で、部活動はどうするかの話になったが、

「うーん……、まだ全然決めてないな」

「新聞部には入らないんですか? 2人とも」

「いや……、うーん……? どうだろうねぇ……?」

明確な答えが出ないまま、なんとなく流していた。

そして――、


「お待たせ! さ、食べるわよ」

戻ってきた神楽を見て、その手に持ったトレーの上のものを見て、

「…………」

「…………」

「…………」

3人の雑談は、突如として打ち切られた。


「せっかくだから、アタシもきつねうどんにしたのよ。さぁて――、いただきます!」

明らかに、自分たちのテーブルに座っている人数よりも多い数のうどんの器を前に、目を輝かせながら手を合わせ、食べ始め、ガンガン食べ進める先輩を――、

「…………」

「…………」

「…………」

後輩3人は、別の星の生物でも見るように、ただただ無言で見ていた。

「美味しいー! ……ん? どうかした? アンタたち」




『その昼休みが、特別だとは気付けない。』 ―完―



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