七ノ縁・真面目な話と、そうでない話の中間くらいの話。

この世界の暦で、九五四年、ノ月。

真っ白な雲が漂う、青い青い空の下――、


真幌沢まほろざわ学園高等学校の、とある教室――、

「オレ……、オレは!」


新1年生たちのクラスとしてあてがわれた、教室の1つで――、

「生徒会、見てみたいですッッッ!!」

尾乃道おのみち 祝詞のりとは、長いアホ毛を盛大に揺らし、吼えた。

シャウトした。

拡声器でも使っているのかと思えるほどの、大声を轟かせた。


要するに、やらかした。


時は少しさかのぼり、茶髪のアホ毛少年が、やらかす前――、周囲のクラスメイトたちが、己の鼓膜の頑丈さに感謝する前――、

新入生たちにとって、最初のホームルームの時間、そこで担任が放った、何気ない一言が、

「それじゃあ、まぁ、とりあえず……」

全ての始まりだった。


「とりあえず……、皆で自己紹介でもしようか」



***




朝、生徒たちの登校時間を迎えた校門付近は、早朝とは比較にならないほどの、人の群れ……というより、人の波が、嵐の日の海のように、荒れ狂っていた。


ただでさえ、この時間帯の校門付近は、人でごった返してしまうのに、そこに、右も左も分からないような新入生たちも加わるとなると……、


「いやー……、地獄だわ、こりゃ」

屋上でカメラを構えた眼鏡の少女、新聞部の部長である、祭夜まつりや 神楽かぐらが、ポツリと漏らしたように――、地獄絵図だった。


「アタシたちも通った道よ。……通過儀礼ってやつね、新入生たちの」

カメラのファインダー越しに、新年度最初の通学風景を見ていた神楽は、かしゃん、と静かに一度シャッターを押し、

「ま、頑張んなさいよ」

その地獄をくぐり抜けてきた者たちの、喜びや焦燥などが混じり合った声を背に、ゆっくりと歩き去っていった。


一方――、

「なんか……、外が騒がしいな?」

「何ナニなに!? 暴動でも起きてるのぉ!?」

朝早くから登校していたため、地獄を見ずにすんだ、尾乃道おのみち 祝詞のりとと、その隣の、淡い栗色の髪に、オレンジメッシュの少女・杏樹あんじゅ なつめは、のんきに並んで歩いていた。


「これはおそらく、新年度の通学時の風物詩……、“大渋滞”でしょうね」

そして、2人の少し後ろを歩いていた、薄い青緑色の髪を肩の位置で二つ結びにした、生真面目そうな印象の少女・努良ぬら 有実果うみかが、呆れ気味に言い放った。


「嫌な風物詩だな……」

「まぁ、今日くらいでしょう、ひどいのは。数日もすれば、だいぶ落ち着きますよ」

「ずいぶん詳しいんだねぇ……」

「……実は、留年してて、オレたちの1こ上とか?」

「そんなわけないでしょう……。先輩に知り合いがいるので、そこらへん詳しいだけですよ」

「へぇ、先輩に知り合いが……」

しばらく3人で、話しながら歩いていた、祝詞たちだったが、


「おっと、いけない……。そろそろ、クラスに向かわなければ」

有実果のその一言で、完全に記憶の隅に追いやっていたことを思い出し、急いで、所属クラスの確認のために動いた。


……といっても、わざわざ広場の掲示板を確認しに行くようなことは、しなかった。

そもそも、その必要がない。


なつめと祝詞、そして、有実果の3人はそれぞれ、生徒手帳の前面部をタッチし、起動させた。

そして、まだぎこちない手つきで、操作していき、それぞれの所属クラス情報を閲覧していった。


その結果――、


「オレは……参組さんくみか」

「わたしは、肆組よんくみだねぇ……」

「あ、私も肆組です」

男子1人と、女子2人に、きれいに分かれた。


それから、祝詞たちは、それぞれの教室へと向かうため解散したが、その際、

「それじゃあ、またな」

「えぇ、また後で」

「……あ、うん。また後で……ね」

挨拶を交わした3人の中で、気弱そうな橙メッシュの少女だけが、少し落ち込んだ様子だったが――、

そのことに、祝詞は気づいていなかった。



***




「……ここが、オレが1年間過ごすクラスか」

高校生としての、初めてのクラスに、尾乃道おのみち 祝詞のりとは、感慨深げにつぶやいた。


周りには、小学校や中学校からの付き合いなのか、とても親しげに話し合う者たちや、物珍しそうに、周囲を見渡す者、相手が初対面の人間なのか、がちがちに緊張しながらも、話しかけている者――、

それらが皆、同じように、これからの学園生活への期待や不安を抱えている、今ここにしか存在しない、独特な、初々しい雰囲気に包まれた教室に――、


「おっ、もう皆そろってるみたいだな。うんうん。良い事だ」

チャイムとともに、このクラスの担任である、男性教師が入室してきた。


それから、新入生である、クラスの全員への祝辞に始まり、担任の簡単な自己紹介、これから1年間の、担任としての意気込みなどが語られた。

そして、その流れで、

「それじゃあ、まぁ、とりあえず……」


クラスでの最初の挨拶としては、至極真っ当な流れであり、担任としては、何一つ間違った行いではないが――、

「とりあえず……、皆で自己紹介でもしようか」

結果的に、尾乃道 祝詞が盛大にやらかす原因を作ってしまった。


最初こそ、ごくごく普通に自己紹介は進行していった。

それぞれの名前、趣味・特技、これからの1年間の意気込みなど、多少の個人差はあれど、だいたい皆同じような内容のことを語っていった。


だが、何人目かの順番になった際、

「部活とか委員会とかは、まだ決めてないけど……」

そのクラスメイトの、

「生徒会には、少し興味あるかも」

その発言を聞いた瞬間――、

「!!?」

それまでのクラスメイトたちの自己紹介が、祝詞の頭の中から、スッ飛んだ。


“生徒会”という単語が、頭の中で、ずっと反響しているような、そんな状態になっていた。

そして――、

「ん? ……おーい、そこのアホ毛の人、次は君の番だよー?」


クラスメイトの1人に声をかけられた、次の瞬間には、

「オレ……、オレは!」

無意識のうちに立ち上がっていて、


「生徒会、見てみたいですッッッ!!」

無意識のうちに、つぶやいていた。

……いや、吼えていた。

シャウトしていた。

拡声器でも使っているのかと思えるほどの、大声を轟かせていた。


要するに、やらかしていた。


一瞬にして、静寂に包まれたクラスの中で、最初に言葉を発したのは――、

「……え? ……あっ! あー、えっと……」

他でもない、祝詞自身だった。

「お、お騒がせしましたー……。なんて……」


本当にお騒がせしたアホ毛少年は、とりあえず無難な自己紹介をし、次のクラスメイトに順番をまわした。

その間、当然のことながら、変な空気のまま進行していった。


そうして、クラスの全員の自己紹介が終わり、担任が軽く挨拶をし、半ば自由時間となったクラス内で、

「もしかしなくても、オレ……、やっちまった!?」

「やっちまったね。でも、まぁ、いいんじゃない? 確実に有名にはなったよ?」

「別に、有名になんてなりたいわけじゃない」

「そう? でも、ほら、クラスの皆から名前覚えてもらえたって考えれば、悪くはなくない?」

「……こんな経緯じゃなきゃな」

さっそく、クラスメイトが、祝詞との会話を楽しんでいた。

交友というより、好奇の感情の方が強そうだったが、それはさておき。


「ていうかさ、あれ、無意識で言ってたよね? たぶん」

「あぁ、うん……。無意識じゃなきゃ、もうちょい声量落としてたよ」

「そっかそっか……。ってことはさ――、」

「ってことは?」

「それだけ強い思い入れがあるってことだよね? 生徒会にさ」

「…………」

祝詞の、無言による、実質的な肯定の意をんで、クラスメイトは、無言で何度か頷き、


「なるほどね……。そのうち理由、聞かせてくれるかな?」

「……気が向いたら……、いつかは」

「約束だよ?」

うつむいた祝詞と、満足げに微笑んだクラスメイト。

これを友情と呼べるかはさておき、また一つ、新たな関係性が生まれた。新たな“縁”が、たしかに生まれた。


一方、その頃、2年生のクラスとしてあてがわれた、教室の1つで――、

「なんだったのでしょうか……? 先ほどの声は」

「…………」

神楽と同じく、新聞部の部員の、無城崎 榑葉むじょうざき くれはと、水滝 霧明みずだき きりあは、突然轟いた声に、首をかしげていた。


「なんとなく、ですけれど……、先日、部室にいらっしゃった、尾乃道さんの声と似ていたような……?」

「…………」

「後で、ご本人におたずねしてみましょうか」

「…………」

「こういう時、同じ部に所属していますと、便利ですわね。部室に行けば、お会いできるわけですから」

「……違う」

「え?」

「彼は、まだ部員じゃない。彼と一緒にいた女子も、まだ部員じゃない」

「……え?」



凪いだ水面のような、静寂の空間で――、

時計の秒針が奏でる音が、静かに響いていた。




『真面目な話と、そうでない話の中間くらいの話。』   ―完―

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