六ノ縁・本物の巻き込まれ系は、こんなこと言わない。(下)

記憶をたどり、昨日、何が起こったのか、何故、自分たちが顔見知りなのか、アホ毛の少年・尾乃道おのみち 祝詞のりとと、生真面目そうな印象の少女・努良ぬら 有実果うみかは、ようやく思い出した。


そして、最初から覚えていた、オレンジメッシュの少女・杏樹あんじゅ なつめも加えた3人で、回想を始める――。



***




昨日――、写真部の手伝いのために、新聞部の先輩3人とともに、部室を後にした、なつめと祝詞。


移動中に受けた説明によると、新入生たちが写真撮影で集まりそうな場所は、主に2か所あり、新聞部(と、なつめと祝詞)が二手に分かれ、写真部の助太刀に行く……とのことだった。


「……すげーナチュラルに、オレたちもカウントされてるのな」

「部員じゃないのにぃ……。巻き込まれただけなのにぃ……」

正直に不満を漏らした、後輩2人に、先輩の1人の、眼鏡をかけた女子が、少し申し訳なさそうに、語りかける。

「正直、これはアタシも想定外だったわ……。ごめん。後で何かおごるから」


新聞部部長・祭夜まつりや 神楽かぐらの口から、“おごる”という言葉が出た瞬間、後輩2人の目の色が変わった。

しかし、それは一旦、見て見ぬふりをして、神楽は続ける。


「それでね、二手に分かれるわけだけど、霧明きりあ榑葉くれはが、コンビで行ってもらって、アンタたち2人は、アタシと一緒に来てもらえる?」

霧明と呼ばれた、無口な先輩・水滝みずだき 霧明きりあと、榑葉と呼ばれた、お嬢様のような雰囲気の、実際にお嬢様なお嬢様先輩・無城崎むじょうざき 榑葉くれはは、一度、無言で首肯しゅこうしてから、


「えぇ、お任せください。 わたくしと水滝さんなら、大丈夫ですわ」

「…………」

部長と後輩2人を見やり、言葉でも了承、もしくは、もう一度、無言で首肯した。


「まぁ、たぶん、それがベストな割り振りなんだろうな。たぶん」

「よ、よろしくお願いします……。部長さん」

「えぇ! 部長に――、アタシについて来い!!」

そうして、二手に分かれ、霧明・榑葉は、満開の桜が咲き誇る、校門周辺へ、


神楽・祝詞・なつめは、夕日に照らされ、周囲一帯が茜色に染まる、中央の中庭へ、それぞれ向かった。


「ここが中庭……。思ったより広いな」

「そして、人もたくさんいるねぇ……」

祝詞の言うように、中庭は、一般的な学校のグラウンドほどの広さがあり、なつめの言うように、その広い空間のあちこちに、人の群れができていた。


「それで? 部長。 手伝うのはいいけど、具体的には何すりゃいいの?」

「アンタたち2人は、この人だかりを、ちょっと誘導してくれればいいわ。 撮影はアタシが引き受ける」

「誘導か……。それなら、まぁ、なんとかできそうか」

「でも、おかしいわね……」


祝詞が、安堵の息を漏らした直後、怪訝そうに、辺りを見渡した、神楽。

そんな、眼鏡の部長の様子に、なつめと祝詞もまた、怪訝な表情を向けた。

「おかしいって、何が?」

「写真部よ、写真部。 1人くらいは、こっちにも来てるはずなんだけど……」

「写真部ってくらいだから、カメラ持ってる人だよな……。たしかに、見当たらない……」

神楽と祝詞、そして、なつめが、それぞれ辺りを見渡した。


「あれ? あの人じゃないかな……?」

そして、なつめが、一番早く、それを見つけた。


「とりあえず! 落ち着いてください! フィルムは! まだ! ありますから!」

写真を撮ってもらおうとする、生徒たちの群れに埋もれかけている、カメラを持った、生真面目そうな印象の少女の姿を。


“必死”という言葉を、今まさに体現している、その姿を。


「あ、ホントだ。……こりゃ大変だな」

「見たことない子ね……。誰かしら?」

「と、とにかく、助けに行った方がいいのでは……?」

「だな。 よし、杏樹あんじゅ、周りの生徒の誘導いくぞ!」

「アタシも、撮影準備しなきゃよね。……そっちは任せたわよ、アンタたち」

「ま、任されましたぁ……」


そこからは、見物人にとっては面白く、当人たちにとっては地獄のような、怒涛の展開となった。


まず、誘導・待機列の形成等を、なつめと祝詞が行っていたのだが……、

「はい、そこ! 花壇の上には乗らないで!」

「壁をよじ登って、屋上まで行かないでぇ……!」

「動画サイトやSNSに……? 勝手にやるのは、ダメだと思うぞ、たぶん」

「ちょっと!? 実況始めないでぇ……!」


皆、テンションがおかしなことになっているのか、やたらとはしゃいでいて、ろくに指示が通らなかった。


ただ、さすがに皆、高校生ということで、少し悪ノリした後は、指示通りに動いてくれた。


動いてくれたが、そもそも、人数が多いので、誘導にしろ、列形成にしろ、困難を極めた。


そして、写真撮影を担っていた、神楽と、カメラを持った生真面目少女もまた、次から次へと押し寄せる生徒たちの対応に追われていた。


「逆光になる? 逆に考えるのよ。これはこれで、味があるわよ」

「日当たりの問題で? 校舎の位置変えろって? 寝言は寝て言いなさい!」

に華がないなら、アタシのような美少女を添えてみる?」

「この眼鏡? えぇ、度は入ってないわよ。 よく分かったわね」

先輩である神楽は、まだ、かろうじて対応できてはいたが……、


「あ、待ってください! フィルムが切れそうです! 取り替えさせてください!」

「デジタルは便利ですけど、フィルムにはフィルムの良さというものがですね!」

「朝はパン派かごはん派か? 今聞く必要あります!? ごはん派です!」

「ちょっと!? それっぽいBGM流さないでください!」

生真面目少女は、その忙しさに、文字通り、目を回していた。


そんな、混沌とした状況の中――、

「えっと! 写真部の人? あと少しで終わりだ! 頑張ろう!」

「誰かは知りませんが、はい!」

アホ毛少年と生真面目少女の間で、そんなやり取りがあったが、当の本人たちは、あまりの忙しさに、そんなことは覚えていられなかった。


そうして、全ての生徒たちを、さばききった頃――、

「今日……、ここであった事は……、きっと忘れない……。アンタのことも……、忘れない……」

「私だって……、忘れませんよ……。というか……、忘れられるわけがありませんよ……」


1つの大きな戦を終えた、1人の少年と、1人の少女は、ボロボロに疲弊しきりながら、そんな言葉を交わしていたが――、


結局、人に言われるまで、完全に忘れていた。“ものすごく忙しかった”ということ以外、記憶の中から抜け落ちていた。



***




「あー……、うん、忘れてたな……。うん」

「忘れられるわけ……、ありましたね、はい」

回想を終えた、尾乃道おのみち 祝詞のりと努良ぬら 有実果うみかは、それぞれ、自分自身に呆れているやら、恥ずかしいやらで、2人とも同じように、顔を赤くしていた。

それを見ながら、杏樹あんじゅ なつめは、何とも言えない表情をしていた。


「いやさ、オレ、あの後のこと、全然覚えてないんだよ……。気づいたら、家に帰ってて、部屋にいてさ……」

「私もです……。どうやって、自分の部屋まで帰ったか……」

「尾乃道くんの方は知らないけど、努良さんは、普通に歩いて帰っていったよ? すごくフラフラしてたけど……」

なつめのその言葉に、祝詞と有実果は、同じ方向に首を傾げた。


「なんで知ってるんだ?」

「なんで知っているんですか?」

そして、2人同時に、同じ質問を、目の前の少女にぶつけた。


ぶつけられた少女は、

「あー……、そこも覚えてないんだね……」

少し呆れ気味に、短く説明を加える。

「同じ寮に、一緒に帰ったんだから、そりゃあ、知ってるよぉ……」


「寮生だったのか!?」

「寮生だったんですか!?」

なつめの説明に、祝詞と有実果は、またしても、同じように驚きを表した。


この2人、息ピッタリだなぁ……。と、なつめは思ったが、言わなかった。

言いたくなかったので、言わなかった。


「あれ? でも、ちょっと待てよ……?」

胸の内に、複雑な感情を抱えた、なつめをよそに、祝詞は頭に疑問符を浮かべた。

一瞬、アホ毛が疑問符の形をしていたように見えたが、誰もツッコまなかった。


「新入生の寮生の入寮って、何日も前だよな?」

「5日前ですね。 遠方から来られたかたなどは、1日2日前後しますが。」

祝詞の疑問が何かは分からないながらも、有実果が補足説明を入れた。


その説明を聞いて、祝詞は改めて、疑問を口に出す。

「それなら、なんで……? なんで昨日、遅刻したんだ?」


その場にいる3人の中で唯一、その答えを知っている1人が、とてもばつが悪そうに、答えを知らない2人に向け、

「えっとぉ……、それなんですけど……」

そう前置きしてから、その答えを、ゆっくりと語り出す。

「実はね……、寮を出たのは、結構早い時間だったんだよぉ……。でもね……」


そこまで聞いた、祝詞の脳裏には、一つの考えが浮かんだ。

そして、なつめの発言の合間に割り込むかたちで、おそらく正解であろう、その考えを口に出す。

「ネガティブな考えが暴走して、オレが通りかかるまで、ずっとうずくまっていた……、なんて、そんな……」

そんなことないよな? 祝詞は思ったが、言わなかった。


言う前に、頬を赤らめ、俯いた、なつめの姿を見て、自分の考えが正しかったのだと知り、それ以上言えなかった。


「……大丈夫か?この人」

代わりに、そんな言葉だけを、なんとか言えた。


なんとも言えない微妙な雰囲気の中、しばらく、沈黙が続いたが――、

「……まぁ、大丈夫かどうかは分かりませんが――、」

有実果が最初に口を開いたことで、終止符が打たれた。


「また、何かやらかそうとも、尾乃道君がいますし……、私もいますから」

「……そうだな。1人より2人の方が、安心だよな。お目付け役は」

「えぇ。……一応、言っておきますが、きみも大概ですよ?」

「どういう意味だよ!?」

「言葉通りの意味ですよ。お目付け役が必要なのは、杏樹さんだけではないということです」

「んなっ!?」


ほぼ初対面とは思えない、仲の良さそうなやり取りを繰り広げる、祝詞と有実果の横で、

「ま、まぁまぁ、とにかく、こうして知り合ったのも、何かのえんだし……」

オレンジメッシュの少女は、弱々しく語り掛ける。

「改めて、よろしくねぇ……! 努良さん、尾乃道くん」

「“えん”……か。あぁ、よろしくな! 杏樹、努良」

「えぇ。よろしくお願いします。尾乃道君、杏樹さん」


3人の新入生の間で、新たな関係性が生まれた頃――、

本来の登校時間を迎えた生徒たちが、ちらほらと、校門をくぐり、学び舎へと集い始めた。


晴れやかな青空の下、朝の日差しに照らされる学園で――、

桜の花びらが、また1枚、風に舞っていった。




『本物の巻き込まれ系は、こんなこと言わない。』 ―完―

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