六ノ縁・本物の巻き込まれ系は、こんなこと言わない。(下)
記憶をたどり、昨日、何が起こったのか、何故、自分たちが顔見知りなのか、アホ毛の少年・
そして、最初から覚えていた、
***
昨日――、写真部の手伝いのために、新聞部の先輩3人とともに、部室を後にした、なつめと祝詞。
移動中に受けた説明によると、新入生たちが写真撮影で集まりそうな場所は、主に2か所あり、新聞部(と、なつめと祝詞)が二手に分かれ、写真部の助太刀に行く……とのことだった。
「……すげーナチュラルに、オレたちもカウントされてるのな」
「部員じゃないのにぃ……。巻き込まれただけなのにぃ……」
正直に不満を漏らした、後輩2人に、先輩の1人の、眼鏡をかけた女子が、少し申し訳なさそうに、語りかける。
「正直、これはアタシも想定外だったわ……。ごめん。後で何かおごるから」
新聞部部長・
しかし、それは一旦、見て見ぬふりをして、神楽は続ける。
「それでね、二手に分かれるわけだけど、
霧明と呼ばれた、無口な先輩・
「えぇ、お任せください。 わたくしと水滝さんなら、大丈夫ですわ」
「…………」
部長と後輩2人を見やり、言葉でも了承、もしくは、もう一度、無言で首肯した。
「まぁ、たぶん、それがベストな割り振りなんだろうな。たぶん」
「よ、よろしくお願いします……。部長さん」
「えぇ! 部長に――、アタシについて来い!!」
そうして、二手に分かれ、霧明・榑葉は、満開の桜が咲き誇る、校門周辺へ、
神楽・祝詞・なつめは、夕日に照らされ、周囲一帯が茜色に染まる、中央の中庭へ、それぞれ向かった。
「ここが中庭……。思ったより広いな」
「そして、人もたくさんいるねぇ……」
祝詞の言うように、中庭は、一般的な学校のグラウンドほどの広さがあり、なつめの言うように、その広い空間のあちこちに、人の群れができていた。
「それで? 部長。 手伝うのはいいけど、具体的には何すりゃいいの?」
「アンタたち2人は、この人だかりを、ちょっと誘導してくれればいいわ。 撮影はアタシが引き受ける」
「誘導か……。それなら、まぁ、なんとかできそうか」
「でも、おかしいわね……」
祝詞が、安堵の息を漏らした直後、怪訝そうに、辺りを見渡した、神楽。
そんな、眼鏡の部長の様子に、なつめと祝詞もまた、怪訝な表情を向けた。
「おかしいって、何が?」
「写真部よ、写真部。 1人くらいは、こっちにも来てるはずなんだけど……」
「写真部ってくらいだから、カメラ持ってる人だよな……。たしかに、見当たらない……」
神楽と祝詞、そして、なつめが、それぞれ辺りを見渡した。
「あれ? あの人じゃないかな……?」
そして、なつめが、一番早く、それを見つけた。
「とりあえず! 落ち着いてください! フィルムは! まだ! ありますから!」
写真を撮ってもらおうとする、生徒たちの群れに埋もれかけている、カメラを持った、生真面目そうな印象の少女の姿を。
“必死”という言葉を、今まさに体現している、その姿を。
「あ、ホントだ。……こりゃ大変だな」
「見たことない子ね……。誰かしら?」
「と、とにかく、助けに行った方がいいのでは……?」
「だな。 よし、
「アタシも、撮影準備しなきゃよね。……そっちは任せたわよ、アンタたち」
「ま、任されましたぁ……」
そこからは、見物人にとっては面白く、当人たちにとっては地獄のような、怒涛の展開となった。
まず、誘導・待機列の形成等を、なつめと祝詞が行っていたのだが……、
「はい、そこ! 花壇の上には乗らないで!」
「壁をよじ登って、屋上まで行かないでぇ……!」
「動画サイトやSNSに……? 勝手にやるのは、ダメだと思うぞ、たぶん」
「ちょっと!? 実況始めないでぇ……!」
皆、テンションがおかしなことになっているのか、やたらとはしゃいでいて、ろくに指示が通らなかった。
ただ、さすがに皆、高校生ということで、少し悪ノリした後は、指示通りに動いてくれた。
動いてくれたが、そもそも、人数が多いので、誘導にしろ、列形成にしろ、困難を極めた。
そして、写真撮影を担っていた、神楽と、カメラを持った生真面目少女もまた、次から次へと押し寄せる生徒たちの対応に追われていた。
「逆光になる? 逆に考えるのよ。これはこれで、味があるわよ」
「日当たりの問題で? 校舎の位置変えろって? 寝言は寝て言いなさい!」
「
「この眼鏡? えぇ、度は入ってないわよ。 よく分かったわね」
先輩である神楽は、まだ、かろうじて対応できてはいたが……、
「あ、待ってください! フィルムが切れそうです! 取り替えさせてください!」
「デジタルは便利ですけど、フィルムにはフィルムの良さというものがですね!」
「朝はパン派かごはん派か? 今聞く必要あります!? ごはん派です!」
「ちょっと!? それっぽいBGM流さないでください!」
生真面目少女は、その忙しさに、文字通り、目を回していた。
そんな、混沌とした状況の中――、
「えっと! 写真部の人? あと少しで終わりだ! 頑張ろう!」
「誰かは知りませんが、はい!」
アホ毛少年と生真面目少女の間で、そんなやり取りがあったが、当の本人たちは、あまりの忙しさに、そんなことは覚えていられなかった。
そうして、全ての生徒たちを、さばききった頃――、
「今日……、ここであった事は……、きっと忘れない……。アンタのことも……、忘れない……」
「私だって……、忘れませんよ……。というか……、忘れられるわけがありませんよ……」
1つの大きな戦を終えた、1人の少年と、1人の少女は、ボロボロに疲弊しきりながら、そんな言葉を交わしていたが――、
結局、人に言われるまで、完全に忘れていた。“ものすごく忙しかった”ということ以外、記憶の中から抜け落ちていた。
***
「あー……、うん、忘れてたな……。うん」
「忘れられるわけ……、ありましたね、はい」
回想を終えた、
それを見ながら、
「いやさ、オレ、あの後のこと、全然覚えてないんだよ……。気づいたら、家に帰ってて、部屋にいてさ……」
「私もです……。どうやって、自分の部屋まで帰ったか……」
「尾乃道くんの方は知らないけど、努良さんは、普通に歩いて帰っていったよ? すごくフラフラしてたけど……」
なつめのその言葉に、祝詞と有実果は、同じ方向に首を傾げた。
「なんで知ってるんだ?」
「なんで知っているんですか?」
そして、2人同時に、同じ質問を、目の前の少女にぶつけた。
ぶつけられた少女は、
「あー……、そこも覚えてないんだね……」
少し呆れ気味に、短く説明を加える。
「同じ寮に、一緒に帰ったんだから、そりゃあ、知ってるよぉ……」
「寮生だったのか!?」
「寮生だったんですか!?」
なつめの説明に、祝詞と有実果は、またしても、同じように驚きを表した。
この2人、息ピッタリだなぁ……。と、なつめは思ったが、言わなかった。
言いたくなかったので、言わなかった。
「あれ? でも、ちょっと待てよ……?」
胸の内に、複雑な感情を抱えた、なつめをよそに、祝詞は頭に疑問符を浮かべた。
一瞬、アホ毛が疑問符の形をしていたように見えたが、誰もツッコまなかった。
「新入生の寮生の入寮って、何日も前だよな?」
「5日前ですね。 遠方から来られた
祝詞の疑問が何かは分からないながらも、有実果が補足説明を入れた。
その説明を聞いて、祝詞は改めて、疑問を口に出す。
「それなら、なんで……? なんで昨日、遅刻したんだ?」
その場にいる3人の中で唯一、その答えを知っている1人が、とてもばつが悪そうに、答えを知らない2人に向け、
「えっとぉ……、それなんですけど……」
そう前置きしてから、その答えを、ゆっくりと語り出す。
「実はね……、寮を出たのは、結構早い時間だったんだよぉ……。でもね……」
そこまで聞いた、祝詞の脳裏には、一つの考えが浮かんだ。
そして、なつめの発言の合間に割り込むかたちで、おそらく正解であろう、その考えを口に出す。
「ネガティブな考えが暴走して、オレが通りかかるまで、ずっとうずくまっていた……、なんて、そんな……」
そんなことないよな? 祝詞は思ったが、言わなかった。
言う前に、頬を赤らめ、俯いた、なつめの姿を見て、自分の考えが正しかったのだと知り、それ以上言えなかった。
「……大丈夫か?この人」
代わりに、そんな言葉だけを、なんとか言えた。
なんとも言えない微妙な雰囲気の中、しばらく、沈黙が続いたが――、
「……まぁ、大丈夫かどうかは分かりませんが――、」
有実果が最初に口を開いたことで、終止符が打たれた。
「また、何かやらかそうとも、尾乃道君がいますし……、私もいますから」
「……そうだな。1人より2人の方が、安心だよな。お目付け役は」
「えぇ。……一応、言っておきますが、
「どういう意味だよ!?」
「言葉通りの意味ですよ。お目付け役が必要なのは、杏樹さんだけではないということです」
「んなっ!?」
ほぼ初対面とは思えない、仲の良さそうなやり取りを繰り広げる、祝詞と有実果の横で、
「ま、まぁまぁ、とにかく、こうして知り合ったのも、何かの
「改めて、よろしくねぇ……! 努良さん、尾乃道くん」
「“
「えぇ。よろしくお願いします。尾乃道君、杏樹さん」
3人の新入生の間で、新たな関係性が生まれた頃――、
本来の登校時間を迎えた生徒たちが、ちらほらと、校門をくぐり、学び舎へと集い始めた。
晴れやかな青空の下、朝の日差しに照らされる学園で――、
桜の花びらが、また1枚、風に舞っていった。
『本物の巻き込まれ系は、こんなこと言わない。』 ―完―
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