五ノ縁・本物の巻き込まれ系は、こんなこと言わない。(上)
この世界の暦で、九五四年、肆ノ月。
その日も、前日に引き続き、天気は快晴で、暖かな春の日差しが、世界を照らしていた。
そんな、日の光に照らされた世界の中、真幌沢学園へと続く、通学路に、
「うーん! 今日もいい天気だな!」
長いアホ毛を揺らしながら、のんびり歩く少年が1人いた。
先日の反省から、時間に余裕をもって登校している少年だったが、通学路には、他にも生徒の姿が、ちらほらとあった。
「知らないやつばっかりだな……。まぁ、当然なんだが」
これから始まる学園生活への、期待と不安が入り交じった感情を抱え、少年は歩みを進める。
そんな中――、
「ん? どうしたんだ? 皆、何か見てる……?」
校門をくぐり抜ける生徒たちが、そろって何かを横目で見ていることに、少年は気づいた。
それと同時に、昨日、この付近で起こった出来事を思い出し――、
「……いや、まさかな。さすがにないだろうよ、2日連続で……」
おそらく当たっているであろう、自分の嫌な予想を振り払うように、その場で
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガ……」
「…………」
しかし、予想通りの現実を、目の前で見せられたことで、全て無意味となった。
「おーい、
「ガタガタガタガタガタガタ……って、あ、
杏樹 なつめと呼ばれた、
「何やってんだ……? 昨日の今日で」
「だってだってだってぇ~!? 入学2日目とはいえ、まだまだ知らない人ばっかりじゃん!? 緊張するよねぇ!? 上手く馴染めるかなぁ!? 何か失敗したりしたら、どうしようかなぁ……!?」
「失敗なら、現在進行形でやらかしまくってるから、大丈夫だ」
「……大丈夫じゃないよねぇ!? それ」
「大丈夫じゃないな」
「…………」
「ほら、もういいから、行こう」
なつめをなだめ、連れて行く祝詞を、ある生徒は感心しながら、ある生徒は呆れながら、それぞれ見送っていった。
なつめと祝詞を含む、新入生たちが、入学2日目の最初にやることは、すでに決まっている。
まず、所属することになるクラスの確認。
これは、学園の中心に位置する、広場にて確認できる。
だが、なつめを連れて、祝詞が進む方向は、広場とは違う方向だった。
「クラスも気になるけどさ、まずは“アレ”だろ! やっぱり」
「“アレ”って……?」
「今の時代、小・中学生が、高校生に憧れる理由の上位に来るモノ……だ!」
「あぁ……、“アレ”かぁ」
学園から、生徒たちへの支給品であり、なつめや祝詞が、“アレ”と呼ぶものを受け取りに行く。
なつめと祝詞は、そちらを優先することを選んだ。
そして、他の新入生たちもまた、同じ考えだった。
この時間から来ている新入生は、まだ少ないたが、祝詞たちの後方には、短いながらも、新入生の列ができ始めていた。
「すいませーん! お願いしまーす!」
「はいよー……って、昨日の2人!?」
「あ、昨日の先生だぁ……」
受付の場所にて、昨日、遅刻してきてから、学園内で初めて顔を合わせた教職員となった、男性教師と再会して、なつめは少し気まずそうな顔をした。
「今日は遅刻しなかったか。 昨日の失敗から学んだか?」
「まぁ、そんなところです……。同じ失敗は、繰り返したくないですからね」
そう言いながら、祝詞は、横目でちらりと、なつめを見たが、ものすごい速さで、目をそらされた。
「ほう……、良い心がけだな。感心感心」
「えへへ……! どうも。……っと、それは置いといて」
照れ笑いから、一瞬で真顔に戻り、物を遠くに置くジェスチャーをした祝詞。
置くというより、放り投げる、雑に捨てるといった表現の方が合っていたが、それはさておき。
「あぁ、そうだったな。新入生が、ここに立ち寄る理由って言ったら――、これだよな」
そう言って、先生が差し出してきた物を、祝詞は、瞳を輝かせて見つめ、なつめは、物珍しそうに眺めた。
「っと……、渡す前に、名前聞いておかないとな。2人とも、名前は?」
「尾乃道 祝詞です!」
「あ、杏樹……、杏樹 なつめですっ……!」
「杏樹に、尾乃道ね……。ちょっと待ってろ。えーっと……」
2人を手で制した先生は、見やすい位置に置いておいたケースを手に取った。
ケースの中には、一見、全く同じようだが、細部が微妙に異なるカードが、びっしりと入っていた。
そして、先生は、その中から、2枚のカードを抜き取り、先ほど渡そうとしていた物と一緒に、なつめと祝詞に、1つずつ手渡した。
「おぉ……!これが……!」
「本物、初めて触ったよぉ……!」
程度の差はあれど、共に感動を表した、なつめと祝詞。
そんな2人の手の中にあるのは、それぞれの名前が刻印されたカードと、板状の、手のひらサイズの機械――、
「これが……、電子生徒手帳!」
九五四年現在、ほぼ全ての高等学校で導入されている、生徒用のデバイス――、一般的に、電子生徒手帳と呼ばれている物だった。
「これって、カードセットしないと、使えないんだよねぇ……。えいっ」
生徒手帳に、自分の名前が刻印されたカードを差し込み、設定の
「あぁっ!? オレが先にやりたかったのに……」
祝詞が、その横で、少し悔しそうに見ていた。
そうして、しばらく盛り上がっていた2人だったが、
「…………」
突然、なつめの右肩と、祝詞の左肩が、ぽん、と叩かれ、2人は同時に振り向いた。
そして、なつめは、自分の右肩に左手を伸ばしている人物を、祝詞は、自分の左肩に右手を伸ばしている人物を、それぞれの目で見た。
「盛り上がっているところ、申し訳ありませんが……、後ろがつかえていますので、一旦退いていただけますか?」
計4つの目が見つめる先、両手を伸ばす、生真面目な印象の少女に、丁寧に諭され、
「あ……、はい。……ごめんなさーい」
「またやっちゃったぁ……」
祝詞と、なつめは、ばつが悪そうに、そそくさと退散していった。
「さて……、これで私も、名実ともに、
先ほど、後ろに列ができている中、盛り上がっていた2人を諭した少女が、生徒手帳を手に、しみじみとつぶやいている横で、
「えっと……、おめでとぉ……?」
「……って、なんでいるの!? アンタ」
諭された方の2人は、困惑していた。
「“アンタ”ではありません。 私には、
「……これは失礼、オレは、
「わ、わたしは、
何故か、自己紹介をしあった3人の中で、気真面目な印象の少女――、努良 有実果が、再び口を開く。
「尾乃道さんに、杏樹さん……、ですか。 はい、記憶しました。」
「は、はい……。記憶されました」
「それで? その努良さんが、なんでオレたちといるの?」
有実果のペースにのまれ気味の2人だったが、祝詞は、なんとかそれだけ聞くことができた。
生真面目少女は――、
「いや、それなんですけど……、あなたたち、私と、以前どこかでお会いしましたか?」
返答ではなく、新たな質問を返してきた。
「え? そんなわけ……って、あれ?」
一瞬、面食らっていた祝詞だったが、
「言われてみれば、会ったことある気がする……。たぶん」
不意に湧き上がってきた違和感、疑問を、素直に口に出した。
「ですよね? でも、どこで……? 学校説明会のときでしょうか?」
「いや、オレは説明会出てないんだよ。 だから違う」
「え? これから入る……、結果的に、もう入っているわけですが……、志望校の説明会なのに?」
「あぁ、うん……。まぁ、その……いろいろあって」
「…………?」
有実果には、祝詞が一瞬、とても悲しそうな顔をしたのが見えたが、その意味するところが分からず、ただ首をかしげるだけだった。
「えーっと……、2人とも、覚えてないの……?」
そんな中、祝詞の顔が見えていなかった方の女子が、本当に不思議そうに、口を開いた。
「覚えてない……? 何を?」
「もしかして、私たちが、どこで会っていたか……ですか?」
「えっと……そう、です。はい」
アホ毛の少年と、生真面目な少女を前に、気弱な少女は、弱々しく語りだす。
「学校説明会のときでもなければ、入学式のときでもない……よぉ」
「いなかったもんな、オレたち。 入学式のとき」
「そうでしたね、そういえば」
「じゃあ、いつ会ったのかというと……」
「会ったのかと?」
「いうと?」
興味津々に、身を乗り出して話を聞く2人に、なつめは軽く引きながらも、答えを告げる。
「昨日だよぉ……」
「んん?」
「え?」
2人の反応を見て、なつめは、より詳しい説明が必要だと判断し、再び口を開く。
「昨日だよぉ、昨日」
なつめの言葉に、祝詞と有実果は、必死に記憶をたどり、昨日の出来事を思い出そうとして――、
「入学式のとき……なわけないから、その後か……?」
「軽い校内見学に、各施設の説明に、それから……」
「見学も説明も、オレたちは別だったから、それも違うよな……」
「となると、あとは――、」
「あとは――、」
もう、いっそのこと、答えを言ってしまおうかと、なつめが考え始めた頃、
「あっ!? そうか!」
「あぁっ! あの時か!」
2人ほぼ同時に、それを思い出した。
(下)へつづく……。
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