四ノ縁・プライバシー?どこの星の言葉?(下)

この世界の暦で、九五四年。

真幌沢まほろざわ学園高等学校の入学式が行われた日。



日の傾きが角度を増し、空が茜色に染まり始めた頃、


「……というわけで、どう? 新聞部は。入部する?」

真幌沢学園の中の一室、“新聞部”と書かれた札のかかった扉の向こう、レトロモダンな雰囲気の部屋の中――


間にテーブルをはさんで、向かい合うかたちで並んだ、2つのソファー。

そのうちの一つに座る、3人のうちの1人――勝気そうな印象の眼鏡の少女が、反対側に座る2人に向け、尋ねた。


「いや、なにが“というわけ”なんだ!?」

そして、その反対側に座る、長いアホ毛の少年が、吼えた。


「なんかもう、グダグダになっちゃったから、ストレートな勧誘を試してみた!」

「最初っから、そうしてたほうが良かったんじゃないのか……?」

「アタシも、最初はそのつもりだったんだけど……まぁ、いろいろあって、変更したのよ」

「いろいろ……って?」

「男なら、細かいことは気にするな。尾乃道おのみちよ」

尾乃道と呼ばれた少年、尾乃道 祝詞のりとは、あからさまにムッとしたが、眼鏡の少女はどこ吹く風といった様子だった。


しかし、その眼鏡の奥の瞳が、ほんの一瞬だけ、目の前にある世界ではなく、どこか遠くを見ていたことを、

「くそぉ……やりづらい相手だ……!」

祝詞も、

「えっとぉ……ど、ドンマイ……?」

その隣に座る、気弱そうな印象の、オレンジのメッシュの少女……杏樹あんじゅ なつめも、気づいていなかった。


「そもそもさ……、よく知らない人たちに、連れてこられただけじゃんか、オレたち」

「うんうん」

愚痴をこぼすように、祝詞が語りだし、なつめは、それに対し、とりあえず相槌を打ち始めた。


「それで、入部がどうとか言われてもな……。っていうか、こういうのって、ちゃんと紹介の場が設けられてるもんなんじゃないのか?」

「うんうん」

「…………」

「…………」

「…………」

後輩から、凄まじいまでの正論をぶつけられ、先輩3人は、黙り込んだ。

最初から黙り込んでいた先輩が1人いたが、それはさておき。


「新入生向けの部活動紹介って、たしか……、あ!明日だねぇ……。」

とりあえず相槌を打っていた、なつめが、ふと思い出して発した言葉は、図らずも、沈黙を打ち破った。


「あー……。そうだったな、たしか。……なんだ、明日まで待てばいいだけじゃ――」

「明日じゃ遅い!!」

祝詞の発言を遮るように、眼鏡の先輩が声を張り上げた。


「明日じゃ……遅い」

そして、一呼吸おいてから、同じ言葉を、同じ人物が、違うトーンで繰り返した。


「“高校生アタシたちの時間”は、普通の時間とはワケが違うの。だから……、1秒だって、止まっていられないのよ!!」

その場にいた、眼鏡の少女以外の4人が、黙って話を聞いていた。だが――、


「…………!?」

祝詞だけが、他の3人とは違う理由で、言葉を失っていた。


「これ……、この言葉って……、なんで……なんで?」

そして、やっと口を開いて出た言葉も、誰の耳に入ることもなく、長い吐息となって消えた。


それから数秒の間をおいて、3人の先輩のうち、ずっと黙っていた1人が、

「…………」

ぽん。と、眼鏡の少女の肩を、静かに叩いた。

「え? 何?」

「…………」

無言で自分の肩に手を置く少年を見て、眼鏡の少女は、きょとんとしていた。


しかし、すぐにその意図を理解し、

「あぁ……。そっか、ごめん……」

「…………」

軽く頭を下げてから、すぐに、自分たちを不思議そうに見ている後輩2人へと、向き直った。


「ちょっと、話がそれちゃったわね……。アンタたちにも、ごめんね」

「あ……、えっと……」

「こちらこそ、なんか……、ごめんなさい」


「さて、ここは一旦、仕切りなおさなきゃね……」

そう言って、眼鏡の先輩が、大きく吸い込んだ息を、長く、ゆっくりと、吐き出した。

そして、他の先輩2人も、それにならった。


「まぁ、たしかに、名前ぐらいは、名乗っておいたほうが良かったかもね、最初に」

「では……、今からでも、自己紹介と参りましょうか?」

「…………」


後輩2人は、内心、自己紹介してくれるのは、ありがたいなと思っていた。

しかし、それを今、あえて口に出す必要もないなと思い、無言で首肯しゅこうしていた。


先輩1人も無言だったが、どんな意図があったかは分からなかった。


「じゃあ、まずは、アタシから――」

最初に、眼鏡の先輩が、勢いよくソファーから立ち上がり、その際にズレた眼鏡の位置を、右手でクイっと直しながら、

「アタシこそが、この新聞部の部長……、祭夜まつりや 神楽かぐらよ!」

声高らかに、名乗った。

漫画なら、これでもかと集中線が使われていそうな図だった。


「では、次は、わたくしが――」

次いで、お嬢様のような印象の先輩が、優雅にソファーから立ち上がり、優雅に微笑みながら、

「わたくしは、無城崎むじょうざき 榑葉くれはですわ。以後、お見知りおきを」

優雅に名乗った。

漫画なら、周りに花が舞っていたり、キラキラとしたエフェクトが描かれていそうな図だった。


そこまで、黙って先輩たちの自己紹介を聞いていて、口をはさむ気もなかった、なつめと祝詞だったが、

「む、“無城崎”って……まさか、あの!?」

「同じ苗字ってだけ……なワケないか。これだけ珍しい苗字だ」

この国における、最大規模の財閥の経営者一族と同じ苗字を聞いては、さすがに黙っていられなかった。


驚愕する後輩2人に、榑葉は、またも優雅に微笑みながら首肯し、

「わたくし自身は、まだ何者でもない、ただの1人の高校生でしかありませんけれどもね」

そう付け足した。


「さて、お2人とも? まだ自己紹介は終わっていませんわよ?」

榑葉のその言葉に、祝詞が、

「…………」

なつめが、

「…………」


「…………」

初めて会ってから、今の今まで、ただの一言も言葉を発していない先輩へと、視線を送った。


「では、お次お願いいたしますわ。水滝みずだきさん」

「男らしく、最後はビシッと決めな! 霧明きりあ

2人の女子部員に促された、1人の男子部員は――、


「…………」

無言でソファーから立ち上がった。


皆、いちいち立ち上がる必要あるのか?と、なつめと祝詞は思ったが、とりあえず黙って、自己紹介を待った。

そして、先輩1人が、静かに息を吸い込み、その口を開け、その喉の声帯を震わせ、その振動を声として、今まさに、外に出そうとして――、


「すいませーん! 新聞部さんいますかー?」

できなかった。

突然、部室の入り口の扉の向こうから聞こえてきた、大きな声に、自己紹介を中断された男子部員は、

「…………」

先ほどまでと同じように、ただただ黙って、ソファーに座りなおした。


「いるわよー! 何か用ー? 入って来ていいわよー!」

「はーい! 失礼します」

神楽に促され、入室してきたのは、部室内の他の5人同様、真幌沢学園生徒だった。


その生徒は、開口一番――、

「突然で申し訳ないですけど、ちょーっと手助けプリーズ」

一切申し訳なくなさそうに、頼んできた。


「何かあったの?」

「いやね、今日って、入学式じゃないですか? んで、桜もめっちゃ咲いてるじゃないですか?」

「あー……そうね」

そこまで聞いて、神楽を含め、新聞部の3人は、この後に何を言われるのか、だいたい察しがついた。


「それでですね、新入生たちの記念写真の撮影、頼まれてくれないかなー……? なんて」

そこまで聞いて、察していなかった残りの2人も、その生徒の意図を理解した。


「ちょっと待った。そういうのって、写真部の役目じゃないの?」

新聞部部長が、疑問を正直に口に出した。

部員ではない後輩2人が、写真部もあるのか、と思っていたが、あえて口には出さなかった。


「そうなんですけどね……。皆、考えることは同じというか、なんというかね」

「もしかして……、皆が皆、写真撮影頼んだから、写真部の人手が足りてない……とか?」

「そうです。正解。その通り」

「あー……、そっか。そうなるわよね、今の写真部は……」

途中から、苦虫を噛み潰したような表情になっていった、神楽を、


「…………?」

「…………?」

なつめも祝詞も、怪訝な表情で見ていたが、2人とも何も言わず、成り行きを見守ることを選んだ。


「……どうする? 霧明、榑葉」

新聞部部長が、部員2人に、短く問いかけ、

「どうするも何も、わたくし達も、祭夜さんと同じ考えですわ」

「…………」

部員2人は、短く答えた。実際に言葉で答えたのは、1人だけだったが、その意志は、2人とも同じだった。


「よし、じゃあ……、行くか!!」

「え? ちょっと待って! オレたちは……?」

話を進めていく新聞部に対し、祝詞は、どうにかそれだけ言えた。


神楽は、そんな祝詞と、その隣に座る、不安そうな表情の、なつめを見やり、一度微笑んでから、

「ついてくるのもいいし、適当にその辺ぶらぶらしてから帰るのもいい。……あとは、アンタたち次第よ!」

2人を、より怪訝な表情にするセリフを、カッコよく言い切った。


「オレたちのこと、勧誘したいんじゃなかったのか? 新聞部にさ」

「だよね? なのに……帰っていい、って」

「なぁ、杏樹あんじゅはどうする……?」

「わたしは……うーん、どうしよう……? 尾乃道おのみちくんは、どうするつもりなのぉ……?」


ひそひそと、声を潜めながら会話をする、なつめと祝詞。

その間、頼みごとをしに来た生徒は、一言お礼を言い、すたすたと退室していった。


「オレは――、」

話している2人の様子を見ることもなく、立ち上がり、やけにゆっくりと歩き出していた、新聞部の先輩3人に――、

「…………」

数秒間、瞳を閉じ、思考を巡らせた祝詞は――、

「オレも……、オレたちも!」

再び瞳を開くと同時に、立ち上がり、腹の底からの声を出した。


それにより、やけにゆっくり歩いていた先輩たち3人は、足を止め、隣に座る同い年の少女は、目を丸くした。


「ふっ、そうか……。なら、ついてきな!」

前を向いたまま、祝詞たちの方を振り返らず、神楽は言い放った。その際、

「ふふ……っ、計画通り!」

ものすごく悪そうな顔をしながらつぶやいたが、なつめにも祝詞にも、見えても聞こえてもいなかった。


「ですわね!」

見えても聞こえてもいた、榑葉が、実に楽しそうに同意した。


「…………」

見えても聞こえてもいたが、何も言わない1人は、何も言わずに歩いていたが――、

「…………」

そういえば、自分の自己紹介だけ、中断されたままだったことを思い出し、足を止めた。


「…………?」

「…………?」

そして、遅れて歩き出した後輩2人に追い抜かれ、

「水滝さん? どうかなさいましたか?」

「何やってるのよ? 霧明、早く来なー」

同じ新聞部の部員2人に声をかけられ、

「…………」

再び歩き出した。


「……まぁ、いいか」

夕日が差し込む校舎の中を歩く、水滝みずだき 霧明きりあのつぶやきを聞いていた者は、誰もいなかった。




『プライバシー? どこの星の言葉?』 ―完―

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