三ノ縁・プライバシー? どこの星の言葉? (上)
この世界の暦で、九五四年の肆ノ月――。
太陽に照らされた校舎の影が、東に伸び始めた頃、
1人の少女と、1人の少年の影があった。
「えっと……これからどうする?」
「せっかくだからさ、部活の見学っての、行ってみたいかな。」
「あー……。行ってみたい部活とか、あるの?」
「いや、今んとこ無いな……。
並んで歩きながら話す、肩まで伸ばした薄い栗色の髪に、
杏樹と呼ばれた少女、
「……全然考えてなかった。……部活動っていうものには、興味はあるよ?けど……」
「けど?」
「なんていうか……、自信なくて。」
どんどんとトーンダウンしていく、なつめを、心配そうに見つめながら、少年は話を続ける。
「自信って……何の?何に対しての?」
「なんていうか、こう……全部?」
「なんだそりゃ……?」
心配しつつも、呆れたような表情の少年に、なつめは、俯きがちに語りだす。
「人間関係上手くいくかな……?とか、部活動の内容にもよるけど、わたしで上手くやれるのかな……?とか」
「…………」
「実際は、わたしが心配しすぎなだけかもしれないけど……、でも、どうしても、自信なくて……」
そこまで聞いていた少年は、ピタリと歩みを止めた。
そして、少し先に進んだ、なつめの小さな背中を見つめ、
「……?どうしたの?
ゆっくりと息を吸い込み、不思議そうに自分に振り向いた少女に向け、
「見学行こう!部活の!一緒に!」
声高らかに宣言した。
「えーっと……、話聞いてましたか?」
なぜか敬語になった杏樹 なつめに、
「どこでもいいから、一緒に見学行こう。部活見学」
「だから、わたしは……」
「自信がないなら、それでもいい。でもさ」
なつめの言葉をさえぎるように……その迷いを振り切るように、祝詞は続ける
「でもさ、あくまでも、“見学”だから。そんなに気ぃ張る必要はないだろうよ」
「それは……、そうだろうけどぉ……」
困り顔の少女に、熱弁をふるう少年。
はたから見れば、ナンパの場面に見えなくもないが、幸い、見ている人間はいなかった。“その場には”、いなかった。
「それに、言っただろ?一緒に行こうって」
「え?うん、言ったねぇ……?」
「1人で行くわけじゃないなら、その分、気が楽になるだろう?」
「うーん……。それはそうかもだけどぉ……」
なんとも煮え切らない態度の、なつめへ、祝詞は、ゆっくりと、しっかりと、語りかける。
「オレはさ、頭使うのは苦手だし、体力だって、そこまであるわけじゃない」
「…………?」
疑問符を浮かべた、なつめから、顔を背けるように、
「身体能力も、たぶん……杏樹より低い。でも、それでも……」
ひょっとしたら、泣きたいような顔で、言葉を紡ぎながら、
「それでも、進み続けるのが、オレなんだ……。それが、オレが選んだ道……約束なんだ」
その心情を吐露した。
「……尾乃道くん」
どんな言葉をかけていいかもわからない、なつめにできたことは、ただ名前を呼ぶことだけだった。
そんな、なつめの瞳には、目の前にいながら、どこか遠くにいる少年の表情は見えていなかった。
その表情を見ていた人間は、1人だけだった。
「……なるほどね」
遠くにいながら、目の前にいるかのように、少年の表情を見ていた人間が、
「これはまた、一波乱ありそうだわ……」
ファインダー越しに、一連の場面を見続けていた少女が、カメラと眼鏡のレンズに日の光を反射させながら、つぶやいた。
直後、かしゃん、とシャッターを押す音が、静かに響いた。
「……でさ、誰かが一緒に来てくれるって、それだけで、結構力になるんだよ。無理にとは言わないけどさ、杏樹が前に進むための手助けが、オレにもできるのなら……、そう思ってさ」
どこか無理したような笑顔とともに、振り返った祝詞に、
「えっとえっと……、せっかくだから、部活見学行くのはいいけど……、どの部活行こうか?」
なつめは、まだ疑問が拭えないながらも、どうにか話を続けた。
「うーむ、そうだな……そもそも、どんな部活があるんだっけか?」
そして、祝詞も、それに乗った。
「いや、知らないの!?わたしもだけどさぁ……」
「なんか、面白そうな部活、ないかな?」
「面白そうな部活って……?」
「こう……“学校の歯車”的な部活とか?」
「なにそれ……?」
2人は、気の抜けたやり取りをしていて、気づいていなかった。
「…………」
自分たちに近づいてくる、足音に。
「…………」
「…………」
合計3つの、異なる足音に。
だから、
「そこのお2人さん!」
「少し、お話よろしいでしょうか?」
「…………」
突然、自分たちに声をかけてきた3人に、驚いて固まる以外の反応ができなかった。
実際に声をかけてきたのは、2人だったが。
***
“新聞部”と書かれた札がかけられた扉の向こう。
レトロモダンな雰囲気が漂う部屋の、お洒落な部室のソファーの上に、
「…………」
「…………」
尾乃道 祝詞と、杏樹 なつめの、2人が座っていた。
そんな2人の前には、
「ようこそ、新聞部へ!」
「ですわ!」
「…………」
先ほど、突然声をかけられて呆然とする2人を、部室へと案内してきた、3人の先輩が座っていた。
「いや、ようこそ、じゃなくて……なんなんですか!?アンタたちは!?」
未だに状況を飲み込めていない、なつめに代わって、祝詞が吠えた。
「なんなんですか、って……、新聞部で、アンタたち2人の先輩。以上!」
「ですわ!」
「…………」
3人は、さも当然そうに答えた。
実際に喋っていたのは、2人だけだったし、まともに答えていたのは、1人だけだったが。
「いや、先輩ってことも、新聞部ってことも、なんとなく分かってましたよ?でも……」
「わたしたち、なんで連れてこられたんですかぁ……!?」
祝詞の言葉を引き継ぐかたちで、ようやく状況が飲み込めた、なつめが、口を開いた。
「だって、部活の見学したかったんでしょ?だから、新聞部の部室に連れてきたのよ」
「あぁ、そういう……。……いや、納得しかけたけど、おかしいだろう!?」
完全に納得した様子の、なつめが驚いて、祝詞の方を見た。
祝詞は続ける。
「なんで、部活見学したいって知ってんですか!?」
「途中から聞いてたから。アンタたちの話し。欲を言えば、最初から聞きたかったけど、さすがに無理だったわ」
「……途中とか、最初からとか、まるで、ずっとオレたちのやり取りを見てたみたいな言い方ですね?」
「最初から見てたし、途中から聞いてもいたわよ?あ、写真も撮ったわね」
そこまで聞いて、祝詞も、なつめも、とんでもない連中と関わってしまったのではないか?という不安に駆られ、
「盗撮に、盗聴……でも、してたんですか?」
「なにを言っているの?アンタは」
「あ……そうだよな、さすがにそんなこと……」
「盗撮に、盗聴よ。まぎれもなく。そんなことは、明らかじゃないの」
「…………」
すぐに、それは確信へと変わった。
「……プライバシーって、知ってます?」
「そんな言葉、我らが新聞部の辞書には無い!!」
「返品してこい!そんな辞書!」
「保証期間が過ぎているから、それは無理ね」
「だったら、買い替えるなりしろ!」
「いいけど、その代わり、費用はアンタ持ちね?」
「じゃあいいや!!」
収拾がつかなくなりかけた状況を打破しようと、先ほどから、一言も発していなかった先輩――
「…………」
ではなく、お嬢様のような口調の先輩が、口を開く。
「まぁまぁ、お二人とも、落ち着いてくださいませ」
良かった、この人はまともっぽい……。なつめは思ったが、口には出さなかった。
「数ある部活動の中から、尾乃道さんと杏樹さんは、わたくしたちの新聞部を選んでくださったのです。これは、素晴らしい事ですわ」
口に出さなくて良かった。間違った考えだったのだから。なつめは、何も言わず、少し俯いた。
そんな、なつめの心境を知ってか知らずか、なつめの分まで、祝詞は反論する。
「いや、選んではいねぇよ!?ワケも分からず、連れてこられただけだよ!?」
「あら?そうでしたかしら……?」
「そうだっけ?」
「…………」
あからさまにとぼけた、先輩3人に、後輩2人は、呆れ顔を作った。
とぼけるそぶりすら見せなかった先輩が1人いたが、それはさておき。
「……高校生って、大変なんだなぁ……」
どこか遠くを見つめながら、なつめがつぶやいた。
「いや、これはイレギュラー中のイレギュラーだと思うぞ……」
祝詞は、それを訂正するように、つぶやいた。
そして、同じように、どこか遠くを見つめていた。
(下)へ続く……。
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