第11話 新居

「えと……嬉しい、けどいいの?」


「悪いのは維花さんですよ?」


「はい。反省してます」


それは今までに見たことのない身を小さくした維花の姿で、可愛いと思ってしまうところはあった。


「この荷物は持っていってもいいですけど、本当に必要なものですか?」


「買ったけど結局ほとんど使ってないものも多少はあるかな」


「じゃあそれは処分してください」


「はい」


有無を言わさない立夏の口調に維花は承諾を返すしか最早なかった。興味を持つと新しく買い込んでしまうのは維花の悪い癖であることは維花自身分かっていたが、追い詰められなければ人は動かないものだ。


「立夏ちゃん、本当にこんなわたしでいいの?」


「仕事してる時は格好いいけど、プライベートはちょっと危なっかしいのはもう知ってますから。それに思いとどまらせるなら、もっとつきあい始めた頃に言っておいてください」


「……別れられたら嫌だから黙っていたんだもん」


「その思惑にまんまと私は填まったわけですね」


「ごめん……」


「呆れてますけど、怒ってません。だって、これが維花さんを嫌う原因にはなりませんから。改善は求めたいので、もう私が何とかするしかないかなって思ってます」


「ありがとう、立夏ちゃん」


「でも、維花さんが誰かと暮らすことがストレスになるのであれば、無理はしないでください」


「ストレスになんかになるわけないじゃない。立夏ちゃんと毎日一緒にご飯を食べて、一緒に寝られるなんて、これ以上のことはないわ」


維花の笑顔に立夏は頬を赤らめる。自分がなんとかしなければと思わず大胆なことを言ってしまったことに今更ながらに恥ずかしさを覚えた。


「でも立夏ちゃん実家は出られるの?」


立夏は今までずっと自宅から仕事に通っていることを維花も知っていた。


「多分大丈夫だと思います。もう心配される年でもないですし」


自分で食べていくだけの稼ぎもあり、もう立夏も30になったのだ。元々過保護でもないため、それ程問題視はしていなかった。


「挨拶行く?」


「な、なんの挨拶ですか」


「お嬢さんをくださいって」


「そういうのは人並みに生活を送れるようになってから言ってください」


「わかった、そうする」


満面の笑みで維花は立夏を抱き寄せ、愛してると唇を奪った。





そこからはまず場所に当たりをつけて、お互いに物件を調べて情報を交換し合い、いくつか目星をつけた上で翌週のデートはリアルでの物件探しとなった。


話し合った結果2LDKの部屋を借りようということで、不動産屋に条件を伝えて何軒か内覧させてもらい築浅のマンションの5階に決める。


家賃は揉めたものの2:1で維花の方が多く持つことで決着し、半々を主張した立夏だったが給料が違うでしょうという一言に折れるしかなかった。


引越に際して維花の家の家電はライフサイクル的に買い換えるものがほとんどだと一新することになり、同時にベッドも二人で決めた。


立夏は衣類と身の回りのものだけ持って行けば後はわざわざ持って行くほどのものはないと、維花の車で簡単に引越は済ませ、維花は苦渋の決断で部屋を埋め尽くしていたキャンプグッズの半分を売り、後は業者の手で新居に運びこまれた。


2LDKの新居は一部屋が二人の寝室で、もう一部屋が維花のキャンプグッズ置き場兼、家で仕事をする場合の仕事部屋になり、ようやく一通りの荷物を運び終えたのは、12月も半ばのことだった。


12月のキャンプは年末年始の休みにしようと話をしあって、新居での生活をまずは優先させる。


二人での生活を始める上で維花が立夏に条件を出したのは、仕事が辛い時は家事をさぼってもいいということだった。


「立夏ちゃんよりもわたしの方が大抵忙しいから、つい立夏ちゃんが頑張り過ぎちゃうと思うの。でも、手を抜いてもいいから。わたしができる時はわたしがするし、どっちも忙しくてもなにかを手を抜けば回るから」


それを極限まで最適化し、0(off)にしまくっていたのが引越前の維花の部屋で、流石に最低限だけは自分が押さえようと立夏は思っていた。


「わかりました」


「立夏ちゃんのこの家での最優先事項はわたしといちゃいちゃすることだからね」


「プライベードはほんっと可愛いですよね、維花さんって」


「えー、立夏ちゃんの方が可愛いよ」


しょうがない人だなと維花の言葉を聞き流していると、背後から維花が抱きついてくる。


「立夏、あなたのいる場所がわたしの帰る場所だからね」


「キャンプよりも?」


「もちろんキャンプよりも」


「じゃあ、何があっても私のところに帰ってきてくださいね」


「可愛い、立夏ちゃん。今からしよう」


同意を待つことなく維花の唇が立夏の首筋に落ちる。


「駄目ですよ。維花さん、まだ片付けの最中なんですから」


「大丈夫、なんとかなるよ」


スイッチを入れてしまったことに気づいても、最早維花は止まらないことは知っていた。


ベッドへ行こうと誘われるまま真新しいベッドに向かい、維花に身を委ねる。


「立夏ちゃん大好き」


この人のスイッチを入れてしまったのは立夏で、もう立夏が責任を取るより他ない。否、それは望んでスイッチを入れてしまったのかもしれないと思いながら見下ろしてくる維花の髪を手で梳いた。


「後でちゃんと片付け手伝ってくださいね」


もちろんという心許ない返答にいったんは騙されておくことにし、立夏は維花の口づけを受け入れた。



EOF(end)


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最後までお読みいただき有り難うございました。

ゼロイチはこれで完結となりますが、この後を引き続き別の話で公開予定です。

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ゼロイチ 海里 @kairi_sa

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