第10話 そういえば
二週間後、やっと切りがついたからと維花にキャンプに誘われた頃には既に11月に入っていた。
紅葉を見ながら、久々に維花とじっくり過ごすプライベートは楽しく、何でも維花と一緒に取り組む楽しさを満喫できたキャンプだった。
「わたしにはもう立夏ちゃん以上の相手は見つからないよ。立夏ちゃん大好き」
並んでたき火の前でゆったりと夕食を食べながら、半分以上は体を触れ合わせてのいちゃつきも入っていた。
霜が降り始める時期になったこともあり、キャンプ場も人はまばらで、隣の火が点っている場所まではそれなりに距離もあり、二人の会話など聞いてる存在はいないだろう。
「その割にはまだ一度も家に呼んでもらってないですけど」
「えっ……そう、だったね。ほら、いろいろ忙しかったし」
「でも来て欲しくないんですよね? ほんとはこの前だって維花さんの部屋でいろいろサポートしてあげたかったんです」
チューハイの缶を開けたことで、立夏は多少酔いも回っていて維花に管を巻く。
「うーん。うーん」
「ほら、やっぱり嫌がってる」
「来ても面白いものじゃないよ?」
「でも維花さんはそこで暮らしているんですよね」
「ほとんど寝に帰ってるだけだから」
「私は実家なので、維花さん家にお泊まりだってしたいです」
「…………じゃあ来てもいいけど、絶対別れないって誓ってくれる?」
そこまで決意が必要なものなのかと立夏は思ったものの、肯きを返す。
「浮気さえしてなかったら大丈夫ですよ」
「してるわけないでしょ」
「じゃあ呼んでください」
立夏の力押しに押し負けて、維花は肯きを返した。
「来週行きますね。キャンプの片付けも手伝いたいので」
「……はい」
維花の返事のトーンは限りなく低い。
やはりゴミ屋敷なのかもしれないと立夏は覚悟を決めて翌週を待った。
土曜日の昼前に教えてもらった最寄り駅に着くと、既に維花が改札前に迎えに出てくれていて手を繋いで歩く。会社以外では男物を着て見た目が中性化しているため、こういう時は役得だと立夏は遠慮をしないことにしていた。
「今日は仕事は大丈夫なんですか?」
「何とか昨日の夜の内に終わらせたから」
「じゃあ良かった。今日は夜までいても大丈夫ですね」
「……うん」
曖昧な返事は維花の腹はまだ括られていないことを立夏に伝える。
「絶対、絶対別れるって言わないでね?」
「もう、なんでそんなに怖がってるんですか」
その問いには維花からの返事はない。
駅から数分で維花の部屋に到着し、1フロアに扉が6つずつ並んだ3階建ての建物が維花の住んでいる場所らしかった。
建物の敷地の奥側には、確かに維花の車らしきものも目に入る。
「ここがわたしの部屋」
1階の角部屋の扉を解錠し、維花はドアを開く。
玄関にあるのは仕事用に履いているヒール靴で、下駄箱らしき場所にも靴は収められているだろうが余計なものがないすっきりした玄関だった。
お邪魔しますと口に出した後、細い廊下を維花に続いて歩いて行くと、すぐにメインの部屋らしき扉に辿りつき、維花がドアを開く。
「えっ?」
想像外の部屋だった。
ゴミ屋敷でなかったことには安堵したが、これは……
「倉庫?」
黒いスチールのラックが壁面に並び、ぎっしり段ボールが突っ込まれている。それだけかと思いきや逆側には入りきれなかったのだろうと思われる箱が高く積まれていた。
後はキッチンとクローゼットらしきものがあるだけの部屋で、人が住む部屋には思えなかった。
「……そう言われると思った」
「維花さんの部屋じゃないんですか?」
「わたしの部屋です」
「どこで寝てるんですか?」
ベッドがあるわけでもなく、布団を敷けるスペースもない。
「車で寝たり、ここに寝袋敷いて寝たり、かな」
想像外の返事だった。まさかのここが0(off)だったかと立夏は衝撃を受ける。
「維花さんってベッドとか布団で落ち着いて寝られない人ですか?」
少なくとも三度立夏は維花と同じベッドで寝たことがあるが、そういった素振りは維花にはなかった。
「そうじゃないんだけど、なんか物増えて寝る場所なくなったから、まあいいかなって思って」
「思わないでください」
我が道を行く的なことがある人だと思っていたが、ここまで自由な人だと思わなかったという思いがあるものの、それにより維花が誰かを傷つけたわけでも迷惑を掛けたわけでもなく責めきれなさはある。
「もう少し広い場所に引っ越すとか考えなかったんですか?」
「なんかそういうのってきっかけないとなかなか、ね。寝る場所あるし」
維花的にはあるのだろうと深く溜息を吐く。普通はこの状態、人が歩くスペースがかろうじてあるだけの物置に人は住めない。
「…………わかりました」
そこで一旦区切って、少しだけ考えてから立夏は口を開いた。
「一緒に暮らしましょう、維花さん。私は維花さんが疲れてこの部屋に帰るって思うと嫌です。来ても一緒にいる場所もなくて、何もしてあげることもできないのも嫌です。だから、私と一緒に暮らしてください」
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