第9話 サポート

9月は仕事をして寝るだけの毎日だったが、10月に入ると突然それは軌道に乗り出し、テストの消化件数もいつの間にか計画値を超える日々が続くようになった。


一方で維花は最近社内にはほとんどいないことが多く、客先か共同開発先の会社に詰めるが続いていた。


「A社の方結構やばめらしいよな。年末から全サブシステム結合してのテストなんて始められるんかな」


プロジェクト全体の状況を聞く場には立夏も一汰も参加していないが、それでも多少は耳に入ってくる。今日も一汰はどこかでその情報を仕入れてきたのだろう、隣にいる立夏に直接話かけてくる。


「みたいだね、最近叶野さんがほとんど社にいないのもそのせいみたいだし」


「ほんと、大変だよな。PMって」


「一汰はいずれはPMになりたい?」


「まあできればな。叶野さんにこのまま着いて行ったら、確実に伸ばせそうなんだけどな」


「環奈にちくっとこ」


「あのな、そういうんじゃなくて、エンジニアとして尊敬してるって意味だぞ」


もちろん分かっていたが、立夏だけではなく後輩が目指したい先輩像である維花がなんだか誇らしかった。



 @rikka 10月もキャンプ中止でお願いします。ごめん。


 @yuika そんなのいいから、ちゃんと休めてる?


 @rikka 最低限の睡眠時間は確保してるから心配しないで。



 それは立夏に心配してくださいと言っているようなものだ。



 @yuika 週末も仕事?


 @rikka A社でね。ちょっと遠いから面倒なんだよね、あそこ



週末に会えないかと思っていたが、それも難しいかと一度は諦めたものの、不意に思い立った案を維花に提案してみる。いいの?と好感触な返事が返ってきて、立夏は準備を始めた。




金曜の夜、立夏は定時で退社をして、そのまま家とは別方向に向かう電車に乗り込んだ。初めて降りる駅で降りて、目的の場所に向かう。


できれば家に行ってサポートしてあげたいと思っていたが、その件はまだ維花との間で決着がついていないため、今それを言い出すのは維花のストレスにしかならない。だからこそ、こういう手段を取ることにした。


今終わったというメンションが来たのは22時を回った時刻だった。場所だけを返信して立夏は時間潰しがてら手にしていた本に戻る。


しばらくしてチャイム音があり、それに応じて立夏は入り口まで駆けて行く。


「お帰りなさい。あっ……お疲れ様だった」


部屋に入って扉が閉まるのを待つ間もなくスーツ姿の維花が立夏に抱きついてくる。


「立夏ちゃん~」


「お疲れですからあっさりした食べ物買って来ているのでそれを食べるか、それとも先にお風呂に入りますか?」


「そこは私にしますか? って言って欲しいな」


「えーっと、維花さんがそれがいいなら……」


スーツを着ているものの完全に甘えモードだな、と立夏は苦笑を零しながらも維花を甘やかす。どういう形でもいい、維花のストレスを癒すために今日は立夏は待っていたのだ。


「ものすごくそっちがいいけど、まずシャワー浴びてくる」


立夏に軽くキスだけして、維花はバスルームに消えて行く。すぐにシャワー音が聞こえ、立夏は再び先程座っていたイスに戻った。


土曜も日曜も詰めると維花に聞いて、立夏が準備したのはA社近くのホテルだった。

ビジネスホテルよりは少しだけお洒落なホテルにしたのは仕事関係の人とすれ違わないためで、ツインの部屋を二泊で予約した。

ここに泊まれば維花は毎日仕事で帰宅時間が遅くなっても通勤時間はないに等しく、立夏も疲れて帰ってきた維花のサポートをすることができるからと提案したのだ。


それに二つ返事で維花が頷いたのは、それだけ維花にも余裕がないということだと立夏は感じていた。


「すっきりしたぁ」


備え付けのバスガウンを着て出てきた維花は、小さなテーブルを挟んだ隣にあるイスに腰掛ける。


「ビール飲みますか?」


「それは今日はいいかな。即寝ちゃいそうだし」


「寝ていいですよ」


「だめ。せっかく立夏ちゃんがここまで準備してくれたんだから、立夏ちゃんで癒されたい」


「もう……」


プライベートでこうして二人で会うのは一月半ぶりだった。

疲れている維花に更に疲れるようなことはして欲しくないものの、先月触れることで癒された自分がいることを立夏は知っていたため、強く否定することはしない。


「明日、何時からですか?」


「10時までに集合だから、9時に起きれば何とかなるかな」


念のためにとその場で立夏はスマートフォンのアラームを9時にセットする。


じゃあ、と二つ並んである内のベッドの片方に立夏は手を引かれ素直に従った。


「疲れてるのに無理しないでくださいね?」


「大丈夫。立夏ちゃんが来てくれたから滅茶苦茶元気出た」


「明日の仕事に差し支えない範囲ならいいですよ」


維花からのキスに応えると立夏はそのままベッドに押し倒され、すぐに維花が被さってくる。


まだ維花とは二度目のはずなのに、立夏に照れはなかった。この人を癒したい、そのためなら自分はどんなことでもしてしまうだろうと思うまでになっていた。




それから情熱的に求め合ったが、やはり維花は疲れていたのだろう日付が変わる頃には立夏の手を握ったまま眠りに落ちていた。立夏も一緒に眠りにつき、次に目が覚めたのは差し込む朝の光でだった。


「おはよう、立夏ちゃん」


「おはようございます、維花さん。まだ7時なのでもう少し眠っていても大丈夫ですよ」


だが思いとは逆に維花は立夏を自らに引き寄せる。


「それなら昨夜の続きしよう」


「もう……」


「ありがとう立夏ちゃん。本当に、本当に嬉しい」


キスを交わし合っている内にすぐに体の火が点る。素肌のまま体を隙間がないほどくっつけ合わせて互いの熱を伝え合う。


高めすぎない程度に緩く長く素肌を重ねていると、昨晩立夏が設定したアラームが二人の交わりに無情の終焉を告げる。


「時間切れですね」


「残念。今日はできるだけ早く、できれば19時には戻ってくるから。それとお風呂には入らないでおいて欲しいな。一緒に入りたい」


「わかりました。夜ご飯はどうします?」


「じゃあ何か買って来る」


維花は昨晩立夏が維花の夕食にと買って来たサンドイッチを囓ってから、さっと出かける準備を済ませた。


「いってらっしゃい」


入口の前でキスをして、このままベッドに戻りたいという維花を宥めて立夏は甘えモードの恋人を送り出した。

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