恋を叶えて

ゆーゆー

一歩の距離 (晃一&カスミ)

「まったく、姉貴のヤツ…」

 俺は思わずそう呟いた。朝一番でかかってきた姉貴からの電話が全ての始まりだった。昨日、久しぶりに実家に戻ってきた姉は、今朝になって仕事に必要なカバンを忘れたから持ってきてくれと俺に電話頼んできた。仕事に間に合うように、八時までにという時間指定付きで。

 せっかく日差しのよい休日の朝ぐらいゆっくり休んでいたいものである。おかげで、のんびりコーヒーを飲む時間もなかった。

「いいじゃん、こうでもしないと晃一は一日ダラダラしているでしょ?それに私は水貴ねぇちゃんに会えて嬉しかったよ?」

 俺の呟きを拾ったカスミが黒くてロングの髪をなびかせてご機嫌で話しかけてくる。左耳の横に丁寧な編み込みをしているのが印象的だ。隣を歩く彼女とは家が隣同士で、俺が八年前にこの町に引っ越してきてからの幼馴染だ。

 小・中・高校とずっと一緒で、十七歳になる今年を含めて八年間同じクラスという

正に腐れ縁というやつだ。


 今朝、俺がかったるい気持ちで外に出ているのを見つけた彼女は、事情を聴きだすと自分も行くと言って同伴してきたのである。

 ・・・姉貴が結婚をしてから半年。実の姉のごとく慕っていた「水ねぇちゃん」に

久しぶりに会える、と言うのはカスミにとってもまたとない機会なのだろう。

「…に、したって、さらにそこからお使いを頼むか普通?」

 俺は両手に持った一升瓶を目に落として呟いた。

 ・・・そう、姉貴に無事にカバンを渡したまではよかったのだが、話はそこで終わらなかったのである。

 姉は忘れ物を受け取り『カスミちゃん、また可愛くなったね~♪』とお世辞を述べると、『ちょっと待ってて』と言って何故か奥から一升瓶を持ってきたのだった。

 そして、『丁度いいわ、晃一、あんた暇でしょ?帰りに山王神社にお神酒を届けてほしいのよ』と当たり前のように言ってきたのである。


 …何故、俺が暇だと確信しているのか?そして俺が暇であれば自分のすべきタスクを押し付けてもいいという考えは如何なものか?


 ・・・・そんな俺のささやかな抵抗など、もちろん聞く耳を持ってくれなかった。

『いいじゃない、カスミちゃんとデートだと思って』

 ・・・と姉貴は戯言と共に酒瓶を押し付けると、さっさと仕事に向かってしまった。

 ・・・そんなこんなで、行きの時よりもさらに重たい荷物を抱えて、今まさしく山王神社へと歩いているというわけだ。

「いいじゃない、道すがらじゃない♪」

「なら、この酒瓶、持ってくれよ。一升瓶を2本だぜ?」

 俺は、相変わらずご機嫌なカスミに両手の紙袋を掲げて見せる。

「あら?こ~んなか弱き乙女にそんなこといっちゃう~?」

 カスミは茶目っ気たっぷりの、少しいたずらな笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。

「~ったく!」


 …一瞬、ドキっとしてしまいそうな思いを反射的に毒づいて隠す。


 春の陽気の中、のんびりと土曜日の朝の町を二人で歩いていく。フッと吹いた風が隣を歩く彼女の髪をなびかせる。…綺麗だな、と思った。

 そして、その姿を見てカスミが最近誰かに告白された、という風の噂を思い出した。

 ・・・気になっていたけれど、もしもカスミが誰かと付き合ったなら、いの一番に知るのは自分だろうし、その話を聞いてから一週間。特段変わった様子も無いし、きっと噂か断ったか、なのだろう。

 正直なところ、自分とカスミの関係はすごく繊細と言っていいだろう。誰よりも一緒にいて、それがナチュラルになっている。


 ・・・好きと言えば、そうなのかもしれない。カスミといると心がじんじんして、ワクワクして、それだけで毎日が楽しいって感じがしている。

 けれど、ずっと二人一緒だったからか、肝心な『あと一歩』を踏み込むタイミングが中々掴み切れないでいた。

 最も、お互いにこの『付き合ってはいないけど、友達とは言うにはあまりにも近すぎるこの距離感』も好きってのはある。

 そして、そのワクワク感に浸っているうちに、いつの間にか周囲から冷やかされることにすら慣れっこになっていた。


「??どうかした?」

 カスミが大きな瞳でこちらを覗き込んできていた。

「いーや、なんでも!重たいし、さっさと行こうぜ」

 俺は自分の考えまでのぞき込まれる気がして、咄嗟に手に持っている酒瓶を持ち直して明るく答えた。


 ・・・ふわっと吹いた風は気持ちよく、ふと横目に見えた花がゆらゆらと気持ちよさそうに揺れていた。

 ・・・二人でいろいろと話をしながら住宅街を歩いていくと、目的となる山王神社はもう目の前だった。

「相変わらず綺麗だねぇ~♪」

 カスミが鳥居の方を見て呟く。綺麗に染まった朱色のそれは鮮やかさと共に重みを感じさせた。

 古い、と言うよりは歴史を感じる作り。いつも小ぎれいで地元の人々から愛されている。ここ山王神社には『恋を叶える神様』がいると言われている。

 毎年6月初旬になれば町ぐるみで盛大な祭り【山王祭(さんのうさい)】が三日間に渡って開かれる。田舎の町にとっては大きな楽しみの一つだ。

 丁度今、俺たちが歩いている通りも一週間後には出店が所狭しと並ぶ場所だ。

 ・・・この山王祭にはジンクスがあって、祭りの本祭の日に参りに来たカップルは、この恋の神様に愛されて末永く幸せになると言われている。

 ・・・特に最後の打ち上げ花火は神様の祝福とも言われ、カップルで見ることは若者たちのある種の憧れのようになっている。

 …恋愛関係の神社にありきたりな噂話だが、思いのほか市外・県外からも人が訪れ、この田舎町を盛り上げる要因になっている。

 もちろん青春真っ只中の学生たちにとっては格好のテーマで、毎年多くの学生たちがこの本祭に向け告白を重ねている。もはや、山王祭の本祭にデートに誘うのは『告白』を意味するに直結している節さえあるほどだ。

 ・・・丁度、この本祭一週間前の今日辺りが毎年の告白ピークの時期だった。


 …ただ、それが必ずというワケではなく、例外は必ず存在する。俺とカスミがいい例だ。カスミとは毎年二人で山王祭を回って花火も見ているが、告白したり、付き合ったり…という兆候は見られない。

 そもそも祭りのジンクスであって、町内の多く人達が老若男女を問わず訪れるのだから、誰しも恋を叶るために参加するとは限らない。

 ・・しかし、常に噂の対象になっているカスミと自分の姿は周囲に「いつ付き合うんだ」という眼差しで見られてしまうのも致し方が無いことではあった。

 この時期になると冷やかされる数も増えるのだけど、それすら「もう慣れっこ」という具合に落ち着いてしまっている。

 まぁ、今年もカスミと一緒に回れることを楽しみにはしている。お互いに言葉にはしていないが、毎年お互いに用事も空けているし。

 ・・・その【当たり前ではないことが当たり前】になっているということが、かえって踏み出すきっかけを失わせていることに、この時はまだ気づいてもいなかった。


 あるいは、神様も自分とカスミが、今の関係を楽しんでいるのを知っているのかもしれない、と鳥居をくぐりながら思った。


「あ!晃一君、カスミちゃん!!」

 白玉砂利を歩いていくと小柄な巫女が一人こちらに手を振って歩いてきた。この神社の一人娘の立花 緋色(ひいろ)だ。

「あぁ、緋色~!」

 カスミが手を振って答えた。

「ごめんねぇ~、連絡聞いたよ~!突然お神酒を運ばせてごめん!」

 緋色は小気味よく二人の元にかけてくると、手を合わせてウィンクをした。小柄な彼女は晃一とカスミの一つ下の学年だ。キュっと縛られた髪。愛嬌がある彼女はこの神社の看板娘だ。…山王祭りも一週間前となり、彼女も忙しい毎日を送っている。


「いいのいいの♪お安い御用だよ!少しでも力になれれば♪」

「…運んだのは俺だけどな~?」

 俺の呟きは、『何を当たり前のことを?』と言わんばかりにカスミに黙殺された。


「ふふ、お疲れ様!中でお茶でも飲んでいってよ♪」

 緋色は相変わらずの笑顔でそう言ってくれた。


 ・・・優しいよなぁ。隣の幼馴染に爪のアカでも飲ませてやりたいぐらいだ。


 …俺たちは緋色に案内されて神社の奥まで進み、客間に上がった。障子が開けられた座敷からは綺麗に選定された庭が見えている。池の周りには桔梗の花が咲いていて、風情を感じさせた。

「…粗茶ですけど♪」

 緋色がスっと俺とカスミの前にお茶を出してくれた。淀みのない一連の動きだ。おそらく普段から客人にも接しているのだろう。この歳でこの所作が出来る子はいないんじゃないか?


 …親戚に会った時に、親に言われるまま茶菓子の用意をするだけの自分とはえらい違いだ、思った。


 頂いたお茶は熱すぎず、ぬる過ぎず…正しく『味わえる』状態だった。


 ・・・しばらくは三人で他愛ない世間話に花を咲かした。学校のこととか、最近町で流行っているモノのこととか。緋色も年頃の女の子だから、流行にはそれなりに敏感で、俺にはよくわからない香水の話でカスミと盛り上がっていた。


「へへ・・・そういえばさ…?」

 話がひと段落した頃、緋色が聞いてきた。

「?」

「今年も二人は山王祭、来てくれるんでしょ?」

 緋色は意味深な表情を浮かべている。…何を言われるのかは何となく察しがついた。

 ・・・思わずカスミと顔を見合わせる。

「まぁ・・・」

「今のところは、だよねぇ?」

「だなぁ…」

 毎年一緒に行くのは二人の暗黙の了解だったけど、これを機にお互いに確認を取ってみる。…どうやら今年もカスミと行くことは確定している、ようだ。


 ・・・毎年のこととは言え、今の確認で、ちょっとホッとしたり、嬉しかったりしたことはおくびにも出さないようにした。


「今年こそは二人がくっついて参拝しに来て欲しいんだけどなぁ~私♪」

 緋色は両手で頬杖を付きながら呟いた。この神社の看板娘である緋色にとっては、俺たちがくっつかないのは不満のようだ。


「去年も同じこと言ってたよねぇ、緋色?」

 カスミがかぶりを振る。…からかわれた時の通常通りの振る舞いだ。


 …俺は一瞬だけ「カスミはこの言葉にどんな風に、どんな表情をみせるんだろう?」と気になったけど、敢えて自分でその思いに蓋をして俺も『いつも通り』を演出していた。

 そんな俺たちの様子を見た緋色は笑い半分、不満半分と言った表情だ。


「だってぇ~、毎年毎年、来てくれているのにさぁ・・・うちの神様も待ってると思うんだけどぉ?」


 緋色の言葉を受けて、俺とカスミは思わず笑った。

 その仕草が可愛らしかったからだ。ひょうきんで、明るく、看板娘として愛されていることが納得の表情だった。


 ・・・外から俺たちの気持ちの同意をするように、ウグイスが鳴いた。


 ・・・俺だって、隣でお茶をすする幼馴染が【特別】であることは感じている。

 一歩…いや半歩踏み込むだけでいろんなことが大きく変わるってことも。


 ・・・ただ、ある種、周りのそう言った期待と言うか、茶々を入れられる度に余計に貝殻を閉ざすように頑なになっているんだよな。


 その内に引っ込みがつかなくなって…気持ちを素直に認めるきっかけを見失ったんだろうな・・・と自己分析。


「万が一、そうなった時は報告しにくるよ」

 俺はこういう時のいつもの通りの対応として、肩をすくめて答えた。

「そうねぇ、晃一がついに頭を下げに来たってね?」

 俺の言葉を受けたカスミがにぃ~、っと上から目線な言葉を放つ。

「逆だ逆。カスミが、だろ?」

「なにぉ~??」

 お互いに不敵ににらみ合う。…これも平常通りのやり取りだ。今まで何度も何度もやってきたやり取り。


「・・・ハハ、どっちでもいいけど、楽しみにしているね♪」

 毎年のことに緋色は、あぁ、今年もかなぁ・・・という表情を浮かべた。

(どっちかが素直になれば直ぐにくっつくのになぁ・・・)

 なんて、彼女が心の中で苦笑いをしていたことは後から聞いた。


「そういえば・・・カスミちゃん?」

 緋色が思い出したようにカスミに聞く。

「ん?」

「告白されたって噂を聞いたけど、本当?」

 緋色の言葉に思わず心が反応する。聞きたくても直接カスミには聞けなかったことだ。

「そういえば・・・俺も聞いたぜ?」


 ・・・俺も話に乗っかる。さも「どうでもいいこと」を装いながら。

 …この機に乗じてちゃんと聞いておきたいと思った。


「ああ、一つ下の子にね?」

 カスミがあっけらかんと答える。それこそ「どうでもいいこと」のように。


「その感じだと…やっぱり断ったんだカスミちゃん?」

「え、だって、突然知らない人から告白されても困るっしょ?」

 緋色の問いにカスミはきょとん、とした表情でまたしても当たり前のように答えた。

 ・・・最もな意見。と、同時にそれならば自分はセーフかな、と一瞬考えてしまう。知らない仲では無いし…一緒にいることは多いし…。


「ふふ、安心しなって?」

「・・・何が」

 気付くとカスミが俺の顔をニヤニヤと覗き込んできていた。思わずぶっきらぼうに答える。…こういう時、まるで心を読んでいるかのようなことを言うんだ、カスミは。

「・・・ふふ♪男子の心を鷲掴みにしてしまう…罪作りな女ね、私♪」

「…なんだぁ、そりゃ?」

 呆れたように返す俺に、一度カスミはお茶をすすってから笑う。にぃっと。

「鷲掴みにされた一人目でしょ?晃一は?」

「・・・っ!んっなわけあるかよっ!!」

「・・・♪♪」

 思わず声が大きくなる。そして、こんなんだから、いつまでもこの関係なのだ、とも痛感する。

 …カスミの言葉はどこまで本気か分からない。最近、特にそう感じるのは俺がカスミを意識しすぎているからか?


 緋色はこのやり取りを笑いながら見守っている。…大層満足そうに。それから、ゆっくりと口を開いた。

「フフ、でもカスミちゃんが告白を断ったのは晃一君がいるからでしょ?」

「―――――・・・」

 ・・・一瞬、しん、っとした静寂が訪れた。


「・・・へぇ?そうなのか、カスミ?」

 俺はさっきの仕返しと言わんばかりに強気でカスミの方を見る。自分の心は知られぬようになるべく自然体で。


 カスミは一瞬、何ともつかみ取れない表情でこちらを見てきた。

 心臓がドクん、と跳ねるのを感じた。


「…ふふ♪晃一がそう思いたければ、それでもいいよ♪」


 ・・・と、カスミは真剣とも、ふざけていると取れる返事を返してきた。


 ・・・あぁ、やっぱりわからない!


 カスミが自分の事をどう思っているのかも、自分がカスミをどう思っているのかも!

「はいはい・・・」

 俺は心の動揺を悟られまいと平常通りに受け流してお茶をすすった――――――――――。

 

 ――――――――――――


 ・・・・・・・・・

 あれから、神社を後にした私と晃一は商店街を一緒に歩いていた。

 丁度、お店が次々と開いていく時間帯。ブラつくにはもってこい。

 老若男女、様々な人がのんびりと歩いていた。


 …小さなこの町の商店街は、まだ活気がある。もちろんコンビニや大型のショッピングセンターなんかもあるのだけど、多くの人がこの商店街を利用している。

 田舎ながらに小奇麗に整備されていて、雑貨屋に本屋、ファンシーな店…そこにそれなりにおしゃれなパン屋だの、駄菓子屋だのが並んでいる。一息入れる場所は子どもたちがそれなりに遊べる遊具が設置されている。…何組かの親子が遊んでいるのが目に入った。


 休日、と言うこともあって、それなりに学生の姿も見える。

 丁度、自分と晃一の隣を学生服を着たカップルが楽しそうに通り過ぎていった。


 心の中で、フゥ、っとため息をつく。自分たちはどう見られているのかな?

 ・・・なんて思う。

 

 きっと、今まで通り『いつものカップル未満』と言われて、それをハイハイとやり過ごすのがハッキリと脳裏に浮かんだ。


 この関係が心地よいと感じながらも、違和感を感じ始めたのはいつ頃だろうか。

 

 私だって、隣にいる幼馴染がただの『友達』と言うには無理があると思ってはいる。

 緋色の『告白を断ったのは晃一君がいるからでしょ?』の言葉には心臓がドキっと跳ね上がった気がした。

 ・・・その通りだ、と思う。もちろん自分の「知らない人に告白されても困る」も本当ではあるけど…、一番の理由は晃一がいるからだってことはとっくに分かってる。


 ・・・ただ、正直にそう言うことが出来なくて『晃一が思いたければ、それでもいいよ♪』なんてズルい返答になった。


 長い時間の中で少しずつ形作られてきた、この『距離間』が、安々とは縮まらないだろうと実感はしている。・・・多分、お互いに。


 ・・・・・

「あ、確かに緋色の言うとおりだな!」

 晃一の言葉に思わずドキっ、とする。何が言う通りなのよ・・・。と、そこまで考えて、彼の目線の先に【新発売てんこ盛り苺クレープ】の旗がなびいているのが目に入った。添えられている写真はこれでもかと言うほどの苺がクリームと一緒にもりもりになっている。…なんだ、クレープのことね…。


 …改めてここに足を運んだ理由を思い出す。


 ・・・そう、ここに来たのも、緋色からお神酒を運んだお礼として、パフェのただ券をもらったからだった。

 新作パフェと言うことで話題を作るのも兼ねて足を運んだのだ。


「・・・こりゃあ一人では食べきれないよねぇ・・・」

 私は思わず言葉を漏らす。

「ま、シェアして食べればなんとかなるだろ?」

 晃一がさも当たり前、と言う風に言ってくる。


 …ちょっと、嬉しかった。普通、女子と当たり前にシェアなんてしないでしょ?


「了解♪一人で食べないでよね?ちゃんと半分にしてよ~?」

「カスミが太らないようにするための配慮なのに・・・」

「よ・け・い・な・お世話!」

 晃一の肩を叩く私と、へへっといたずらな笑顔を向ける彼。


 このやりとりも、まんざらじゃないなぁ・・・なんて思う。楽しくって仕方がないから。

「行こうぜ、カスミ!」

「うん♪」

 私たちは二人で顔を見合わせてカウンターに向かうと、さっそく新作の苺パフェを注文した。甘さ対策にブラックコーヒーもね。

 馴染みの店員さんは私達の顔を見ると『やぁ!お二人さん』とフランクに声を掛けてくれた。『相変わらず仲がいいね』と、にやにやしながら一言添えて。


 ・・・・余計なお世話、とまではいかないけど、多分こうして横から突っつかれるうちに今の関係が出来上がってきたんだろうな、なんて思った。


 今ではこの手の冷やかしをあしらうのにもすっかり慣れたけれど、それでも少し放っておいてほしい時ってのはあるよ・・・。


 まぁ、そんなことはいつものことだから、気持ちも直ぐに切り替わる。今日は天気もいいから店の外の席で食べることにした。心地のよい風が吹いていて、パフェを待つ時間も心地よかった。


 ・・・・・・・・

「・・・うわ、これすっごいねぇ・・・」

「写真もすごかったけど・・・実物を見ると中々、だな」


 運ばれてきた高さ30cmのパフェを見て思わず二人で声を漏らした。クリームと色とりどりのカラフルなソース。そして、そこにこれでもかとイチゴが山盛りになっている。その迫力は天高くそびえる塔のようだ。


「・・・昼ご飯はいらなさそうだね?」

「・・・だな、二人で食べるのが正解だよ、これは」

 

 ・・・圧倒されながら、そっと、二人でつつく。取り合えず一口。イチゴにクリームを絡めて口に運ぶ。

 ・・・・・・

「・・・あ!」

「これ、うまいな」

 二人で顔を見合わせる。苺の甘酸っぱさにあうクリームとソース。あっさりとしていて、冷たくて…すごくおいしかった。

 ・・・そのまま手が止まらなくなり、二人でパフェを夢中でつつく。

 時折口に運ぶブラックコーヒーがいい具合に口をリセットしてくれた。


 ・・・あまりの美味しさに、気づいたら二人ではしゃぎながらパフェを頬張っていた。 

 ・・・・・・・

「カスミの方のソースもおいしそうだよな!」

「ん、じゃあどーぞ・・・はい♪」

 晃一が私のすくったクリームを見てご機嫌で言う。私はそのままスプーンを彼の口元に運ぶ。

「へへ、サンキュ♪」

 晃一がごく自然に私のスプーンに口をつける。

「・・・うまいな、このソース」

「でしょ!晃一のソースも頂戴よ♪」

「ああ!」

 私も彼の差し出したスプーンに口をつける。苺にレモンソースが混ざって、爽やかな甘酸っぱさが口内に広がる。


「晃一の方のソースもおいしいじゃん!」

「だろ?」

「うん!」

 私は大きく頷いた。気持ちのいい青空で、おいしいものを食べて、大満足だ。


 一人だったらここまで楽しくもないだろうな、と晃一を見て思う。

 若干の不覚はあるけれど、コイツと一緒にいるから…これだけ楽しんだろうね。


 ・・・二人でやいのやいのしながら口をつけたスプーンで交換し合う。

 

 これを『日常』として行えるあたり、やっぱり私たちの関係は普通の友達じゃないとは思う。


 そして多分、お互いにうっすらと分かっている。

 この甘くて楽しい関係には責任がなくて、そこに甘えているということも――――。


「あー、晃一先輩とカスミ先輩だ~!」

「!」

 知り合いの声に、思わず二人で振り向いた。セミロングのさらさらな髪の毛に愛嬌ある小顔。現れたのは私たちの後輩。藤野彩(あや)だった。

 彼女は先ほどあった緋色とも仲が良くて、たまに私や晃一も含めた四人で遊ぶこともある仲だ。

 こんなところで会うなんてなぁ・・。

「彩ちゃん」

 晃一が返事をする。私にとっても晃一にとっても可愛い後輩であることは変わりはないんだけど・・・

「休日も二人でデートですか?いいなぁ~」

「ハイハイ、わかって言ってるでしょ、ソレ?」

 晃一が呆れ半分で返す。彼も先程までの「二人の空気」は片づけてあった。

 ・・・そう、私たちの関係は二人でいる時と、周囲に知り合いがいる時ではモードが違うのだ。

「・・・とか言ってますよ~カスミ先輩♪」

 彩ちゃんがいつも通り天真爛漫な笑顔でからかってくる。


「・・・まぁ、私たちの通常営業だからねぇ~」

 ・・・私も笑って答える。そう、【通常営業】だ。私たちの関係も、こうやって冷やかされるのをサラリとかわすのも。

「彩ちゃんこそ、可愛いんだから彼氏みつけなよ~引く手数多でしょ?」

 通常営業のまま私は彩ちゃんに声をかける。

 ・・・言い方にちょっと含みがあるのは自分でもわかってた。

「えー、私はいつだって晃一先輩狙いですもん♪カスミ先輩と一緒です♪」

 彩ちゃんは相変わらずの無邪気な笑顔でそう答えてきた。

 ・・・こういう言い方が一番対処しずらい。認めるでも、否定することもできないから。

 …なんとも突かれて痛いところを的確に返されたような気分だった。


「・・・ハイハイ、ありがとね」

 彩ちゃんの言葉を受けた晃一が苺を口に入れながら素っ気なく答えた。

「えー、ひどいなぁ~、本気なのに!」

 晃一の態度に彩ちゃんがふくれっ面を作る。悔しいけど、その仕草も可愛かった。


 ・・・正直、晃一の彩ちゃんへの素っ気ない言い方に少しホッとしている自分がいた。


 晃一は、彩ちゃんのことを、どう思っているんだろう?うまく彼女の好意を受け流しているのは、私がいるからなのかな。もしも、【後輩がからかってきているだけだろう】と感じているなら、そのニブさは国宝級だと思う。


「今年の山王祭、私でよかったらいつでも空いてますからね?晃一先輩♪」

 彩ちゃんは晃一に一歩近づいて、もう一度アプローチを掛ける。


 ・・・彩ちゃんの言い回しはいつもこんな感じだから、彼女がどこまで冗談か本気なのか分からないのもまぁ…分からなくはないか、と思った。これも彩ちゃんの魅力だし。・・・自分には無い魅力に、ちょっと嫉妬は感じるけど。

 

「やめといたほうがいいと思うよ~このスケベだけは」

 私は、晃一が何か言うより先に、ブラックコーヒーを口しながら、至って冷静に彩ちゃんにアドバイスを送る。

 ・・・言葉の中に、見え透いた想いがあるのが見え見えだった。

 素直に言えばいいのに。「晃一は私と山王際に行くの」…って。


「オイ!カスミっ!誤解を生むようなこと言うなよな~!!」

 慌てる晃一に、私はジッと彼の方を見る。

「なぁ~にが誤解よ?晃一のスマホの中身、彩ちゃんに教えてあげようか?」

「なんでカスミが俺のスマホの中身を知ってんだよ!」


 ・・・知ってるわよ。どれだけの付き合いだと思ってんのさ。


「フフ、私はいいですよ?晃一先輩なら♪」

「!?」

 彩ちゃんはそう言って、にぃーっと可愛らしい笑顔を浮かべた。

 ・・・思わず同性の私もドキっとするような花が咲いたような笑顔だ。

 ・・・男子が落ちるのも、分からなくはなかった。


 ・・・そして、よく分からないけど、とりあえず晃一の足を踏んづけてた。

「いってぇっ!何すんだよカスミっ!?」

「彩ちゃんは冗談でいってるに決まってるでしょうが。鼻の下伸ばしてんじゃないわよ、バカ」

「伸ばしてなんかねぇよ!」

 ・・・私は晃一の抗議にソッポを向く形で答える。

 ・・・なんかムカついたの!


「もぉ~、仲良すぎですよ、先輩たち~」

 彩ちゃんが冗談交じりに言った。


 ・・・きっと、彩ちゃんは私よりずっと素直なんだろうな、って思った。


 ・・・そして、晃一はさっきの彩ちゃんの笑顔をどう思ったんだろ?


 ・・・このまま彩ちゃんがグイグイきたらどうなるのかな・・?

 その時、自分はどうなるんだろう?


 ・・・いろんな想いが錯綜する。同時に、どうして自分は彩ちゃんみたいに素直になれないんだろうってモヤモヤした。


「そう言えば、先輩たちはこの後予定あるんですか?」

 彩ちゃんは相変わらず人懐っこく聞いてきた。

「んー、いや・・・」

 晃一が私の方を見る。

「・・・特にない、ねぇ?」

 私も晃一を見る。・・・本当のことだ。

「あ!じゃあ一緒に私もついていっていいですか?」

 それを聞いた彩ちゃんは明るい笑顔をさらにパァっとさせ、手を合わせて聞いてきた。

「まぁ、いいよな、カスミ?」

「うん・・・まぁ、私はいいよ?」


 ・・・断る理由は用意できなかった。そりゃそうだ。こういう時、私たちはこう答えるしかないものね。


 ・・・ま、いっか。たまには三人なのも、悪くはないよね。二人の時には二人の、そうでない時にはそうでない時の楽しみ方や過ごし方はもう知ってるから、ね。


「へへ・・・やった!」

 私たちの返答を聞いて、彩ちゃんが嬉しそうに声を上げた―――――。


―――――――――――

 ‥‥‥

「お、この仔すごく元気ですよ、晃一先輩!」

 彩ちゃんはご機嫌でそう言うと、柵越しの仔ヤギに人参を渡す。彼女の前には5,6頭のヤギたちが何とか餌をもらわんと、フェンスから口を突き出している。

「・・・ハイハイ、今いくよ」

 俺は10mほど先で盛り上がっている彩ちゃんに答えた。


 ・・・あれから、商店街をブラついた俺たちは中央公園へと足を運んでいた。

 公園と言っても動物園に近い感覚だ。牛に馬、ヤギにサル・・・多くの動物たちが飼育されている。・・・設置された大型遊具や池は子どもたちで賑わっていた。俺とカスミも数年前は一緒に遊んでいた場所だ。


 ここに来たのも彩ちゃんの提案だった。別に悪い気もしない。彼女の言う通り、予定もなかったから。三人でいるのも面白かったし、学校のことや、下らないことで盛り上がった。カスミもいい顔をしていたし、たまにはいいな、って思った。

 休日の中央公園は家族連れとカップルの姿がよく目についた。その中で、「動物ふれあい広場」で子供に負けずにはしゃいでいるのが彩ちゃんだった。


 それを俺とカスミは、まるで保護者のように彼女の後を追っかけて歩いていく。


「彩ちゃん、ホント元気だよねぇ~」

 カスミが呟く。呆れているというよりは微笑ましい笑顔で。

「ああ、全くだよな」

 俺も肩をすくめて返事をする。二人で見合わせて、へへっと笑う。


 ・・・ああ、こう言う些細な場面でも素の自分たちになれるんだな、って思った。

 ・・・なんか嬉しかった。誰かといても、ふとした瞬間に訪れるこの空気が。


 そういう意味では彩ちゃんのおかげなのかもしれない。


 ・・・俺たちはヤギの所できゃーきゃー言っている彩ちゃんの元に感謝しながら足を進ませる。すぐ横にはアジサイの花が色鮮やかに咲いていた。


「…んで?山王祭、彩ちゃんといくの?」

 カスミが正面を見たままどこか冗談めいて聞いてきた。・・・さっきの話か。

「…そんな予定を入れたら、カスミが可哀そうだろ?」

 あっけらかんと返事をする。それはつまり、彩ちゃんとはいかない、カスミと二人で行くという答えだ。カスミもそれを分かっているのか、こちらを一瞬見て笑った。どこか嬉しそうに。

「あら?晃一が私と行きたいんでしょ?素直にそう言いなさいよ♪」

「…カスミこそな?心配なら素直にそういえよな♪」

 にやにやしながら言ってくるカスミに俺も負けじと言い返す。


 …そりゃ、確かに彩ちゃんは可愛いけど…


 俺が一緒に行きたいのはカスミとだ。

 

 ・・・カスミがフフっと笑った。

「お互いさまだね?」

「ああ♪」

 何を、とは言わない。何となく伝わるから。


 ―――以心伝心。心を以って心を伝える――――。

 言葉が無くても、伝わり合う『何か』それはすごく便利だ。

 こうやって言葉にしなくても、素直にならなくても、山王祭の約束ぐらいは交わせる。

 それは俺たちが培ってきた関係なのかもしれない。


「・・・でも―――」

 カスミが一瞬視線を落とす。

「・・・?」

 彼女の言葉に、なんだろうと目線を向けると、カスミは顔を上げて、そっと俺の方を見てきた。いつも通り大きくて綺麗な瞳で。彩ちゃんとはまた違った魅力的な笑顔だ。

「……本当に、いつまでこうしてるんだろうね?」

「…—―—―」


 それは、どこか俺の様子を伺うような、心をつつくような表情。心臓がキュっとなったのを感じた。


 ‥‥‥カスミの今の言葉。それは、何を意味するのか?

 …今日の三人で楽しんでることなのか、お互いに恋人も作らず毎年一緒にいく山王祭のことなのか。


 それとも――――。


 ・・・俺たちのこの関係のことなのか。


 ・・・以心伝心。言葉が無くても伝わり合うのは便利だけど、俺たちはそれに頼りすぎているのかもしれない。


 ・・・ふと、そんな思いが頭をよぎった。


 真実をつかみきれずにいるうちに、カスミはその表情を崩し、いつも穏やかな笑顔で笑った。

 ・・・それはまさしく俺を『鷲掴みにしてきた』笑顔だった。

「なんてね!…さ、私たちもニンジンあげてこようよ♪」

「あ、おい・・・」

 ・・・カスミはそう言うと一歩先に駆け出した。

「晃一にそっくりで食べ過ぎるヤツいたじゃない?きっとお腹空かせてるよ?」

「あのなぁ・・・!!」

 カスミが言うのは半年前に生まれた仔ヤギのことだ。以前二人できた時に

『食い意地が晃一にそっくり♪』と言っていたのだ。


 笑顔のカスミの後を追いかける。さらにその先には彩ちゃんがいて『遅いですよ~!』とカスミに声を掛けた。カスミは「ごめん!」と言ってニンジンを手に取ると、曰く俺に似ているらしいヤギにエサをあげ始めた…。


 ・・・やれやれ――――。


 彩ちゃんとカスミ、二人で楽しそうに餌をやる姿を横目に、俺は財布から百円玉を取り出して餌売り場に向かった――――。

 ・・・・・・・・


 ———————————

 ・・・・・・

「ボールいただき♪」

「…わっ!」

 ……勢いよく飛んできたボールをカットすると、俺はそのまま仲間の男の子にパスを繋げる。


 ・・・何をしているのか?サッカーだ。


 ふれあい広場で俺に似ているという仔ヤギにしこたま餌をやって盛り上がった俺たちは、園内を歩いていく内に広場で知り合いの小学生にあった。そして誘われるままにサッカーに付き合ってやっている、と言うワケだ。


「晃一にぃちゃん!!」

「佳太、ナイス!」


 佳太からのパスを受け取る。彼はその知り合いの小学生。俺に声を掛けたのも彼だ。チームは俺と佳太 対 カスミ・彩ちゃん・・・そして、佳太の友達の真衣ちゃんという、男子対女子の構図である。


 …負けたチームがジュースのおごり、という試合だ。


「カスミねぇちゃんお願い!」


 真衣ちゃんの声。ドリブルを掛けようとした俺の前に、先を読んでいたカスミが立ちはだかる。


「行かせないから♪」

「どうかな?」

 足を伸ばすカスミをあしらう。常にボールは股下に。

「この~!」

 少し強引にカスミが身体を入れてくる。

 俺は足腰にしっかりと軸を作ってカスミの動きを阻む。

 ・・・動く度にお互いのどこかしらが接触する。


 微妙に触れて感じるカスミの身体の柔らかさと、動きに混じるいい匂いに心がムズムズする。

 

 ・・・意識をしないこと。平常心。


「カスミ先輩、援護します♪」

 そうこうしている内に彩ちゃんが追い付いて二対一の形になる。


 彩ちゃんは俺のサイドに回り込んできた。


 ・・・カスミはともかく、彩ちゃんには加減をしないと・・・。


 下手に動いて怪我でもさせたら大変だしな。


 ちなみに、俺は『ボールを扱っていいのは左足だけ』と言うルールだ。自分から言い出したと言え、なかなか余裕がない。

 

 チラっと佳太の方を見るが、彼には真衣ちゃんがディフェンスについていて、パスは出せそうには無かった。


 ‥‥女子チームは三点先取。男子チームは7点先取で決着。現在二 対 五。ここで点数を取られると負けが決まる場面。

 

 ・・・ここは負けるワケにはいかねぇ。


 突破するならサイドの彩ちゃん側だろう。


 目線と足で一瞬のフェイントをかけて、彩ちゃん側の隙間から突破を図る。

 …が。

「お見通し♪」

「ぬわっ!?」

 うまく突破しようとしたところにカスミの足が滑りこんでいた。

 ボールを絡め捕られてバランスを崩す。カスミにも彩ちゃんにもぶつからない様にしようとした結果、コケて芝の上を転がった。


 その隙にカスミがいとも簡単にボールを前線まで運ぶ。佳太は真衣ちゃんに阻まれていて、がら空きのゴールラインはあっという間に突破された。

 

 ・・・やられた―――。

 

 俺が彩ちゃん側から抜くことを察していたのなら、カスミの読みは抜群だ。

 寝ころんでいると、芝の特有の自然の匂いが鼻をかすめ、チクチクとした葉っぱの感触を背中に感じた。


「大丈夫ですか、先輩?」

 俺の大げさな転び方を心配したのか、彩ちゃんが俺の傍に来て声を掛けてくれた。

「・・・平気だよ。二人にやられたよ―――――」

「ジュース、奢りですね♪」

「・・・全く、だなぁ―――」

 俺は、しゃがみ込む彩ちゃんと同時にゆっくりと身体を起こそうとする―――。

 その瞬間。


 ・・・・別に故意だったワケじゃない。


 只々、男子のサガだった。彩ちゃんがしゃがみ込む瞬間。そのスカートの中を視線が意識してしまった。

 ・・・・薄い水色のパンツが視界に入る―――

「あっ・・!!」

 …次の瞬間。彩ちゃんはハッとした表情を俺に見せると、サッとスカートを抑えた。


 ・・・・うわ・・バレた。


 ・・・男がバカなのだろう。この至近距離と目線。気づかれないワケがないのに。

 本能を、いや煩悩を恨めしく思う。


 彩ちゃんは少し上目遣いで恥ずかしそうに、じぃっと俺の方を見つめてくる。


 ・・・これは、マズい・・いや、気まずい、か。


「・・・もぅ、晃一先輩…エッチなんだからなぁ…」


 ・・・彩ちゃんは少し顔を赤くしてこちらを見ながらそう呟いた。

 非常に不謹慎だけど、その言い方の破壊力は抜群だと思う。

 ともあれ、嫌われたワケではないことに胸を撫で下ろす。

「…カスミ先輩に言いつけちゃいますよ?」

「あ、いや・・ごめん」

 気まずさがあるのだけど、その言い方に少しドキッとする。


「・・・ふふ・・・見たいですか?」

「・・・へっ!?」

 彩ちゃんがニッと笑う。照れながらだけど、その目はどこまで冗談なのか分からない。

「…いいですよ?ちゃ~んと、セキニン取ってくれるんなら♪」

「あ、いや・・・その・・」

 スッと、わざとらしく足を動かす彩ちゃん。

 色白の太ももがなめまかしい。

 冗談でも男子をバカにしちゃいけないと思う。

 わかっていても、コントロールできないんだから。

 目線は太もも、そしてもう一度あの水色を求めようとしている。


 ・・・そんな時だ。

 

「・・・なるほど、打ち首獄門。そこの池にでも晒しておけばいいのかしら?」

「・・・カ、カスミ!?」

 明らかに怒気を含んだ声に思わずドキッとして後ろを振り返る。そこには片目をぴくぴくさせているカスミが立っていた。

「・・・ち、違・・・」

「何がよ!このスケベ!!!!」

「あぎゃッ!」

 ――言い訳御無用と言わんばかりに思い切り足蹴にされる。

「いっってぇ!」

「ほんっとにもう!アンタってやつは!!」

 俺のことを散々に叩いてから、カスミは彩ちゃんの方に矛先を向ける。

「全く!彩ちゃんも、あんまりからかってると、本当に泣くことになるよ!?」

「いいですよ♪私、泣くのは好きな人の前って決めてますから♪」

 彩ちゃんは相変わらずどこまで本気かわからない、おちょくる笑顔だ。

「・・・~~!!本当にもうッ!最っ低!!」

 眉をつり上げて怒るカスミ。俺の方をもう一度睨んでくる。


 ・・・ったく・・・なんだよ・・・


 そりゃ俺に非はあるけど、カスミにこれだけ言われるのは心外な気もする。彩ちゃんに言われるならいざ知らず。

「なんで、カスミが怒ってんだよ!!」

「——―ッ!」

 思わず言ってしまった言葉に、カスミの目がキッとなる。


 その瞬間、長年の勘が警報を鳴らす。

 地雷を踏んだ。キルゾーンに入った、と。


 何故、俺は売り言葉に買い言葉でこんなことを言ったんだろ?

 ・・・自分だって分かっているクセにな。


「・・?何かあったのか、カスミねぇちゃん??」

 遠くから桂太が駆け寄ってくる。

「・・・なんでもないよ、桂太くん。こんなヤツみたいになったらダメだからね!?」

 カスミはまるで汚いモノでも見るような冷ややかな目を俺に向けてくる。


 ああ、これはマジで怒ってる・・・


「・・へ?どういう・・」

「・・・こら、桂太。カスミねぇちゃんに迷惑かけないの」

 真衣ちゃんがそう言って桂太の服の裾を引っ張る。まだ話を理解しきれない桂太に対して、真衣ちゃんが事態をややこしくしないようにフォローを入れてくれた形だ。


 やっぱり女の子の方が心の成長は早いのだろう。

 桂太と、そして自分を省みてそう思う。


「・・・晃一、みんなのジュース奢るんでしょ?私の分はいいから」

「え、お、おい!」

 カスミはそう言うと俺の方を見ずに、サッサとこの場を離れていった―――。

 ・・・・・・・・

 ――――――————―


 ・・・・・

 あれから、私は少し離れた場所にある自販機まで来ていた。


 ・・・正直、イライラはまだ収まらない。


 ・・・晃一がスケベなのは知ってる。男の子ならまぁ、普通でしょうよ。彩ちゃんみたいに可愛ければ、そりゃねぇっ?

 ・・・それに、私たちは別に付き合ってるわけじゃないから私が怒ってるのもお角違いなのも分かってる。


 ・・・でも、でもさ!?正しいのと感情って別じゃないっ!?


 なによ!さっきの鼻の下伸ばしてるだらしない顔はッ!?

 オマケに『なんでカスミが怒るんだよ!』とか、そんなことも分かんないわけっ!?


 ・・・私だって・・・晃一なら――――


「・・・なに考えてんだ、バカみたい」

 自分でも可笑しくなってくる。ほんと、何考えてんだろ…


 ・・・自分に怒る権利なんかないのも…少し悔しいんだよね、きっと。


 そんな風に感情を爆発させたり冷ましたりしていると、後ろからその原因に声をかけられた。


「・・・カスミ」


 晃一の声だ。・・・でも、後ろは振り返らない。私はそのまま自販機に小銭を入れてスイッチを押す。・・ゴト、っという音と共にレモンティーが落ちてくる。


「…なぁ…」

「なぁに?みんなのジュース、さっさと買いに行きなさいよ?」


 私は相変わらず振り返らない。素直じゃないモードだから。


「…俺が悪かったって…」

 晃一が頭を下げてくる。私もここいらで、落ち着けばいいのに、謝られたらそれはそれで意地っ張りが出てきてしまう。

「・・・なんで晃一が謝る必要があんのさ?」

 私は自販機からレモンティーを取り出すと、彼の顔を見ることなく蓋を開けて口をつけた。


「いや・・カスミ怒ってるし…一人でそっぽ向いていくし」

「こっちにしかこの紅茶なかったから。単純でしょ?」

 晃一の方を見る。・・・その表情はいつものおちゃらけている彼とは違っていた。

 その表情を見ると、今度は自分が情けなくて、こんなことでイライラしてしまう自分にムカムカしてしまう。


「………カスミ―――」

「うるさいなぁッ!」


 思わず声を荒げてしまう。一度火のついた心は攻撃の矛先が晃一に向いてしまう。


「晃一が誰のスカートの中を見てようが、知ったこっちゃないってばっ!!」

「・・・・・!」

 ・・・晃一の顔が歪むのが分かった。でも、止められない。

「私なんか構わず、彩ちゃんにでも優しくしてあげたら!?」

 自分の言ってることと、態度の矛盾。言っていて恥ずかしくなる。それも含めて怒りへと変換されていく。

「よかったじゃん?彩ちゃん可愛いし、晃一にゾッコンじゃん!好きなだけスカートの中でも裸でも見せてもらいなよ?セキニンってやつを取ってさ!」


「・・・カスミ」

 私の攻撃的な言葉にも晃一は落ち着いて話をしようとしている。


 ・・・分かってる。彼の本当の思いも。


 なのに、私は自分の暴走する想いを止められなかった。


 ・・・そして、言ってはいけない言葉を、発する。


「山王祭だって、彩ちゃんと行けばっ!!?」


「———―‥・・・」


 ・・・シンっとした空気が訪れる。


「・・・ふざけんなよ」

 ハッとする。晃一の顔が怒っている・・・いや、真剣になっている。


 …分かってる。それだけは言っちゃいけなかったんだ。

「俺はッ・・・!」

 晃一が強く言葉を発しようとする。その時。


「・・・おーい、先輩~!?」

 ・・・丁度、彩ちゃんがやってきた。

 ・・・きっと私たちの様子を見に来たんだろう。

「晃一先輩・・・?」

 私たちの状態が普通でないことに気付いた彩ちゃんは心配そうにこちらを見てくる。


「・・・・彩ちゃん」

 晃一が、静かに彩ちゃんの方を見る。

「——―—・・・」


 ・・・晃一が何を思っているのか、そして彩ちゃんに何を言うのかが怖かった。

 

 ――――だから、私は自分から逃げることを選んだんだ。


「…彩ちゃん、今年の山王祭は晃一のことよろしく!」

「へ!?カスミ先輩??」

 彩ちゃんがきょとんとした表情をする。

「こいつ、スケベだけどセキニンは取るやつだと思うよ!」

 それだけ、呟いて踵を返す。

「カスミ!」

「ついてこないで!!!」

 晃一が追いかけようとした気配を感じたけど、咄嗟に拒否をする。

 そして、そのまま猛ダッシュをした。


 ・・・あれだけ晴れていたのに、空には雨雲が浮かんできていた・・・・。

 そして、私の心にも…。


 とにかく、もう自分を含めた何もかも嫌で、私は息が切れてしまうところまで走り続けた――――――


 ——————————―


 ・・・・・・


「・・・で、怒りが収まってきたら、今度は悲しくなってきたわけかぁ~」

 私の話を聞いていた緋色は、やれやれと肩をすくめた。

「・・・悲しくはなってない」

 私はソッポを向いて答えた。

 あの後、半泣きで走っているところを、買い出しに出かけていた緋色に出くわした。

 私の様子が余程だったのか、緋色は有無を言わさず私を神社まで連行した。

 連れてこられた私は、ボソボソと中央公園でのことを話していたわけである。


 今朝と同じ座敷に座り、外を眺める。丁度、山王神社についた辺りからポツポツと降り出した雨は、今やすっかり大降りになっていた。

 

 ・・・来週の山王祭は晴れるだろうか?


 そんな風にぼうっと思うと、さっきの自分の言葉を思いだした。・・・今年は晃一とはいけないかもしれないって事実を再認識する。


 晃一にひどいことを言ってしまったことへの後悔が、胸が一杯に広がる。


 ———―どうして私ってこんなに、向こう見ずなんだろう…


「・・・本当に素直じゃ無いなぁ、カスミちゃんは・・・ハイ、どーぞ♪」

 緋色はそう言うと、自家製のシソジュースを出してくれた。なんでもレモンやら炭酸に、緋色曰く精神安定に効き目のあるハーブなんかを加えた特製品らしい。

「・・・どうせ素直じゃないよ、私は」

 差し出されたジュースを口に含む。独特の酸っぱさが広がる。


「……まぁ、カスミちゃんの気持ちも分からないでもないけどねぇ?」

 緋色は私の方を落ち着いた眼差しで見ながら言葉を続ける。

「好きな人が他の子に目移りしてエッチなこと考えてたら嫌だもんなぁ」

「・・・別に私———―」

 そこまで口にして思いとどまる。


 ほら、そう言うところだ。素直じゃないのは。


 そう、やきもちだ。晃一が他の女の子に色目を使っていたことへの。それでやけっぱちになって晃一に当たり散らしたんだ。


「・・・・・」

「私・・・晃一に頼りすぎだよね」

 私は小さく呟いた。冷静になればなるほど、自分の心が明るみになる。

「いつも肝心なことは言葉にしないで、態度で意味ありげにして、分かってもらおうとしてさ・・」


 そう、そうなのだ。言葉で伝えなくて、そのクセに自分のことを分かってもらおうとしてる卑怯者だ。


「…すっごく甘えてるよね」

 思わず、吐き捨てる。あぁ、本当に嫌だ、こんな自分。


「・・・カスミちゃん、言えなくなっちゃったんだよね?きっと」

 緋色が茶菓子を食べながら静かに口を開いた。

「いつもかも仲良しでさ、どこから好きになってた、なんてわかんなくて。でもずっと一緒にいたくて。」

「・・・————―」

「それでいて、周りはいっつも冷やかすもんだから、それを否定している内に、さらに言い出せなくなった・・・違う?」


 緋色の言葉はスゴく的確で、私と晃一のここ数年の関係を見事に表していた。

「まぁ、私たちにも責任はあるけどね?周囲が余計な茶々を入れすぎたから」


 ・・・・違う、それを選択してきたのは私たち自身だ。その茶々すらどこか楽しんでいた節があるもん。


 ・・・その誤魔化し続けたツケが今になってやってきているんだ。


「カスミちゃん、これ以上引っ張ることも誤魔化すこともできないなら、もう今しかないんじゃないの?」

 ・・・・緋色の言葉。何を言おうとしているのかは十分に伝わってくる。


「・・・そう、なんだけどさ・・・」

 

 まだ心に引っかかるモノがある。

 ・・・ここまできたら、そのすべてを吐き出してしまおう。


「・・・付き合ってもさ、ずっと同じ関係が続くとは限らないじゃん?」


 私は言葉を吐き出す。


 ・・・そう、恋人になれるかなんてわかんないし、なったところで、ガラリと変って失望してしまうことだってあるだろう。お互いに。


「そうなると、ちょっと致命的。晃一がいなくなるとか・・・私、絶対無理」

 自分でも言ってておかしくなる。なんてワガママなんだろうね?


「私は晃一と長く一緒にいすぎたのかも」

「・・・・・・」


 ・・・緋色は私の言葉を静かに聞いていてた。

 それから、優しく口を開いた。


「・・・でも、もうこのままでもいられないんでしょ?」

「…————―」

 緋色の全く以てその通りの言葉に押し黙る。少し外をジッと眺めると相変わらず雨がシトシトと降っている。…木々が雨に濡れ、雫が落ちる音が聴こえてくる。


 ・・・今朝はあんなに気持ちよく晴れていたのに。

 ・・・まるで私の心みたいだ。


 ・・・晃一と彩ちゃんはどうしているかな?

 ・・・・・晃一…


 やっぱりこんな時に考えるのは晃一のことバッカリだ。


 怒ってるかな?彩ちゃんと一緒にいるのかな…?


 よからぬ妄想が頭をよぎる。


 ひょっとして、彩ちゃんと山王祭の約束をしちゃったのかな?


 それはつまり、二人は付き合うってことで―――。


 あるいは―――二人で雨に濡れて、一緒に晃一の部屋とかに行ってそのままセキニン、ってやつを――――――…

 

 ・・・うわ、ダメだ。涙が浮かんでくる。晃一のバカ、スケベだもんなぁ・・・


「はいはい、妄想はそこまで」

 緋色がぴしゃりと声を掛けてきて、ハッとする。


「カスミちゃんの言う通りさ、全部がうまくいく保障なんて無いけど・・・」

 

「・・それも二人で作っていったりするもんなんじゃない?」

 

「私、カスミちゃんと晃一くんなら、大丈夫だと思うけどな??」

 緋色は少し間を取ると真っ直ぐに笑顔で私の方を見てそう言った。


「・・・そう、かな・・・」

 

「カスミちゃん。うまくいく、いかないとか全~部抜きにして、晃一くんのこと、どう思ってる?」

 緋色は自信なく呟く私に、ズバリと踏み込んで聞いてきた。


 ・・・この話の一番大切なところ、要は私は晃一をどう思っていて、望むのなら、どうなりたいか…ってところだ。


「・・・それ、今更聞く?」

 …思わず、苦笑い。…みんな分かってることでしょ?

「今までずっと誤魔化して、ちゃんと言葉にしなかったからこうなったんでしょ?」

 緋色がピシャリと言う。

「そ、そりゃぁ・・・」

 ぐぅの音も出ない。ずっと見ないように、気付かない振りをしてきたんだもんね。


「一度、ちゃんと言葉にしてごらんよ?そしたらちゃんとスイッチが入るから」

「・・・・・」

 ・・・緋色の言葉に自分の想いを改めて見つめる。

 そう、つまるところ、それは決意なんだと思う。


 ・・・だって、答えはとっくに決まっていて、後は踏み出すかどうかだけなんだもん。たった一言。言葉にすれば二文字。それを自分で認めるかどうかってこと。

 ・・・長い間してきた足踏み。でも、ようやく一歩踏み出せそうな気がしている。


…そりゃ、怖いけど…それでも。


それでも‥‥…


「・・・・私、晃一とずっと一緒にいたい。できれば、彼女として」

 ボソっと、だけど力強く呟いた。

「・・・うん、それはつまり?」

 緋色が頷いて、そっと優しく促してくれた。


 ・・・一呼吸置く。たった二文字なのに随分と重みがあるなぁって思った。

 長い間、しまい込んでいたからかな?


 ゆっくりと、心の扉を開けて、その想いを喉元まで運ぶ。


「——―—私、晃一のことが好き」


 ・・・言葉として出た瞬間。その声は改めて自分の鼓膜を振動させ、脳にハッキリと自分の想いを刻んでいく。


「・・・うん。私、晃一のことが好きなんだ」


 もう一度、言葉にした。そう、そうなんだ。

 その瞬間、踏ん切りと言うか、タガが外れたような感じがした。

 

 ・・・開き直ったような感じかな?


「彩ちゃんには悪いけど・・・晃一は渡せない!」

 自分で言っておいて、恥ずかしい。へへ、っと照れ笑いを浮かべる。

「それ、晃一君に伝えてきなよ。何年寝かした言葉かしらないけどさ?」

 いつも通りの明るくておどけた笑顔を向けてくる緋色。

「うん!いってくるよ」

 私はもう一度、力強く頷いた。

 外は、雨がやんで、青空が見えていた。


 それを見て、思わず吹き出した。


 ———―—私の気持ちみたいだな、って――――――


 ・・・そして、私は力強く歩き出した――――


 ――――――――――――

 ・・・・・・

 俺は走っていた。

 場所は天古の高台。うちの町内が一望できる場所だ。

 息を上げながら、坂道を駆ける。さっきまでの雨もすっかりと上がってくれたおかげで、傘を差す必要はない。

 前に進み、酸素を肺に取り入れる度、雨に濡れた草花の自然の香りを感じる。息が弾む度に思い浮かぶのは幼馴染の顔。


 ・・・・・なぜ、こんなことをしているのか?


 あの後——―—つまり、カスミが走っていってから、俺はとりあえず佳太と真衣ちゃんの二人にジュースを渡した後、彩ちゃんと公園を出た。

 流石に佳太も何かあったんだろうと気づいたようで「何かあったのか?」と尋ねてきた。俺は「ちょっと、虫の居所が悪かったんだよ」とだけ答えた。

 真衣ちゃんは勘が働くようで、去り際に『ちゃんとカスミねぇちゃんと仲直りしてね』と言ってきた。

 ・・・ただ、だからってどうすることもできなかった。とりあえず何の当てもなく歩いて、公園からすぐ近くにある栗見ケ池(くりみがいけ)についたのだった。

 中央公園から歩いてすぐ近くにある、市内でも大きなこの池は、ぐるりと周りを歩けば2㎞程になる。散歩やランニングコースにはうってつけの場所だ。自然も豊かで生態系も整っているらしく、よく小学校の課外授業なんかでも訪れた記憶がある。


 ・・・カスミがいない状態で歩くのは久しぶりだったし、まして、彩ちゃんと二人っきりとは、なんだか妙な気分だった。


 ・・・一度カスミが怒ってしまうと、一旦頭を冷やすまで放っておくことがセオリーではある。今までもそうだった。

「・・・晃一先輩、よかったんですか?」

 隣を歩く彩ちゃんが聞いてくる。・・・何のことか、は聞くまでもない。

「カスミがああなったら手が付けられないよ。少し頭を冷やさないと・・・」


 ・・・笑顔で答える。そう、今までも何度もあったことだ。


「・・・そういうモノなんですかねぇ・・・」

「そういうモノなんだよ、俺たちは」

 彩ちゃんの言葉に、苦笑いで答えた。


 二人で池の周りに咲く花々を見ながら歩いていく。あやめの花が慎ましやかに咲いていた。綺麗ではあるが、気はやはりそぞろで、それ以上の感性が働かない。空にどんよりと出てきた雲は俺の気持ちを表しているみたいだった。

 

 ・・・手が付けられないからと言って、カスミのことが気にならないワケじゃない。今あいつがどこで、どんな顔をしているのか…気になって仕方なかった。


 『山王祭も彩ちゃんといけばいいじゃない!』


 正直、この一言は、心にざっくりと突き刺さった。・・・毎年、カスミと行くのが定番の祭り。・・・この言葉はかなりショックだった。


 ・・・最も、その原因を作ったのは他でもない俺自身なんだけど。


「・・・曇ってきましたね」

「・・・だね・・・」

 

 そんな感じで口数も少なく歩いていくと、池の周りを半分ほど歩いたところで彩ちゃんは急にピタっと足を止めた。


「・・・??・・・どうし・・・」

 何かあったか尋ねようとしたけど、思わず言葉を飲み込んだ。


 …彩ちゃんが今までに見たことのない真剣な表情をしていたからだ。


「……ズルいですよ、晃一先輩」

「……へ?」

 思わぬ突然の言葉に、きょとんとする。彩ちゃんは少しだけ口角を上げて肩をすくめた。

 ・・・そして、真剣で、どこか少し咎めるような、気づいてほしいような・・・そんな顔を俺に見せた。


「いつまでもカスミ先輩とくっつかないから、カスミ先輩は甘えるし、私だって希望を持っちゃうんですよ?」


 思わずドキっとした。いつものおどけている感じとは違って、真剣で本心をさらけ出しているようなその雰囲気。


 彩ちゃんが何を言おうとしているのかが、すごく伝わってきた。


「・・・・・」

 返す言葉が見つからずにいると、ポツリ…と雨が頬を濡らした。


「……そろそろ、先輩に決断してもらわないと、こっちが持ちそうにないや」


 ・・・彩ちゃんのその言葉、その表情に心音が高まるのを感じる。一粒感じた雨は、次第に俺たちの身体の濡らしていく。周囲は静かで、ポツポツ…という雨音だけが鼓膜を打った。


「…降ってきましたね」

 彩ちゃんは一度目を空を見てから、少し離れた場所にある小屋を指さした。


「雨宿り、しませんか?」


 そういう彩ちゃんはいつも通りの笑顔だった―――――。

 ————―——―—―

 ・・・・・・・・

「本格的に降ってきましたね?」

 彩ちゃんが窓から外の様子を見て呟いた。

 訪れた休憩所小屋には申し訳程度の木製の机とベンチがおいてあった。天気のせいもあって室内は薄暗い。ほんのりと隅の方で自販機が光を灯していた。


 ・・・・サァーっという雨音が響く。俺たちは幸いそれほど濡れることは無く、休憩小屋に入ることができた。外の様子を見るに健康維持のランナーたちは退散したようで、外にも、そして小屋の中にも俺と彩ちゃん以外の人影は見られなかった。


 まさしく、この空間に彩ちゃんと二人っきり、だった。

 

「・・・なんか、こうして晃一先輩と二人っきりって初めてかも」

 彩ちゃんが呟きが休憩小屋の中に響く。声のトーンはいつもと変わらないけど、少し落ち着いているようにもみえる。

 ・・・先ほどの彩ちゃんの言葉と表情は脳裏にこびりついている。

 俺の動揺もそのままだ。


 外を眺めていた彩ちゃんは、ゆっくりと俺の方を振り向いた。


「晃一先輩はいつもカスミ先輩と一緒だったから」

 ・・・笑顔。ただ、やっぱりいつもとは少し違った雰囲気を纏っている。

「・・・言われてみれば、そうかもね」

 返事を返す。思えば、彩ちゃんとこんな風に二人っきりになることは初めてだ。


「さて・・・」

 彩ちゃんは言葉を漏らすと、ふーっと息を吐き出した。

「晃一先輩」


 名前を呼ばれてドキッとする。薄暗く、少し雨に濡れて二人っきり。真剣だけど朗らかな瞳は俺を打つには十分だった。

 

「私、どんなに仲が良くても『好きだ』って認識をしているのと、そうでないのはぜんっっぜん、違うことだと思ってます」

「・・・」

 彩ちゃんの声は凛としていて、透き通っていた。


「どんなに仲が良くても、他の誰かと付き合っちゃえば、それまでですもん」


 ・・・誰のことを言っているのは明白だった。そして、それは俺とカスミが『平気だろう』と思いながら、見ぬふりをしてきたことだった。

 

「だから、晃一先輩やカスミ先輩がお互いに自分の気持ちに気づかないふりをして、お互いに言い出すのを待っているなら、まだ私にもチャンスがあると思ってます」

「・・・彩ちゃん」

「なんか、成り行きみたいだけど…今しかチャンスがない気がするんですよ」


「多分、私だけじゃなくて、晃一先輩もカスミ先輩も」


 ・・・彩ちゃんの言葉に胸が打たれる。確かにチャンスなのかもしれない。

 今まで有耶無耶にしてきた、いろいろなことを明確にするための。


 ・・・彩ちゃんはスッと顔を上げる。愛嬌のある笑顔のまま。でも真剣に。


「・・・私、晃一先輩のこと、好きです」

「————―・・・」

 彩ちゃんの言葉の意味。分からないワケ、ない。・・・心がビリビリする感覚。呼吸が浅い。カスミとのことを冷やかされることには慣れっこでも、知り合いから告白されるなんてことは初めてだった。


「私と付き合ってください、先輩」

「・・・彩、ちゃん・・・」


 彩ちゃんは相変わらず俺をジっと見ている。その瞳は大きくて綺麗で…それでいて少し潤んでいて…まるで…心を見つめられているような気がした。


 ・・・彼女のこの表情を見たことのある男子っているのだろうか?

 なんとも可憐で、思わず抱き留めたくなるような、この表情を。


「・・・先輩」

「・・・!」

 彩ちゃんは俺を呼ぶと、そっと俺に歩み寄って、身体を預けてきた。


 ・・・その何もかもが、普段の彩ちゃんからは想像もつかない。


 ——―静かすぎる静寂。耳が痛くなる程の。心の中にはただただ、彼女の言葉だけが響いている。


 ちょうど彩ちゃんのおでこが俺の首の下辺りにきている。

 女子特有の甘くて爽やかな匂いが鼻をくするぐる。シャンプーだろうか。


「晃一先輩」

 もう一度、彩ちゃんに名前を呼ばれる。心臓がドキッと跳ねる。


「私はカスミ先輩の代わり、なんて言いません。私は私だから」

 彩ちゃんはピシャッっと言い放つ。


「でも、私は晃一先輩が好きです。カスミ先輩みたいに誤魔化したり、うやむやにはしません」

 

 ・・・彩ちゃんの言葉が鼓膜を打ち、その体温と感触が肌から伝わる。


「私は真っすぐに言うし、真っすぐに受け止めますから」


  一つ間を置く彩ちゃん。・・・そして―――


「・・・だから、私と付き合ってください」

「—————…」

 彩ちゃんの必死さ、真剣さが響く。俺と触れている部分から直接、肉に、骨に…心にまで。・・・彩ちゃんの言葉に自分の想いが交差する。・・・自分と彩ちゃんのことや、カスミとの関係のこととか。


 ・・・カスミと俺のあと一歩を踏み出さない関係。すごく心地よいし、お互いに惹かれているのは間違いがない、と思う。

 お互いのどちらかが「好き」と言えば、恋人という関係になれるような気はする。


 ・・・でも、その決定的な何かが訪れることが無ければ、ずっとこのままなのだろう。


 ・・・彩ちゃんのことが、嫌いか?そんなことはない。


 むしろ魅力でいっぱいだ。そりゃ今は心の底から惚れているわけではないかもしれないけど、彩ちゃんは可愛いし『そうなろう』と思えば、時間はかからないと思う。


 付き合ったら、この愛嬌ある笑顔と一緒に過ごし、今までよりも少し踏み込んだ距離で新しい関係を築いていくのだろう。


 そして、次第に彩ちゃんの事を深く知り、好きという気持ちを育てていく。


 ・・・そのうちロマンチックだったり、少しやましい気持ちなんかもあって・・・大人の階段を登って、セキニンってやつを取って―――――。

 

 ・・・・・?


 その時、突如、得体のしれない気持ち悪さが心を「ぞわっ」となぞったような気がした。


 ・・・なんだ、この違和感は・・・?


 何か違っているという気持ちが思考の中に生まれていく。


 このまま彩ちゃんを受け入れたとして、俺は…彩ちゃんと一緒に過ごしていって・・・


 ――・・・そして、俺は・・・・


 ――――カスミの事を、忘れていくのか?———―


 ふと浮かんだ思考にハッとする。

 ・・・そして、それと、同時に思い浮かぶ未来。


 その時、カスミはどんな顔をしているのだろう?


 最初は傷つくのかもしれない。泣くのかもしれない。

 それでも・・・・


 俺が彩ちゃんと付き合うように、カスミ他の誰かと一緒にいるようになり、キスをして、身体を重ねて・・・。


 ――――そして、俺の事を忘れていくのか…?——―—


 ゾッとするような…氷の入った冷水を心臓にぶっかけられたような感覚。

 でも、そういうことなんだ。・・・ここで彩ちゃんの申し出を受けるということは。


 ・・・そして、それだけは受け入れられそうにないと自覚する。


 ―――今まで考えずに来たこと。


 カスミと一緒にいられないことがこんなにも、辛くて、冷たいなんて。

 

 そして、自問自答する。なぜこんなにも辛いのか。俺はカスミと、どうしていたいのか。


 ―――――俺は―――――――

 

 明確な答えが心の内に訪れる。いや、意識する。

 皮肉にも、彩ちゃんに告白されることによって。


 一つの決意が生まれると、現実の感覚が戻ってくる。

 そして、今、自分が何をしなければいけないのかも。


「・・・彩ちゃん」

 俺は口を開く。ゆっくりと。

「——―はい」

 彩ちゃんは少し肩を強張らせて返事をする。それを聞いてから俺は彼女の肩に手を置いて、一歩後ろに下がった。


 ・・・それだけで意味は伝わったのかもしれない。でも、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。


「・・・俺、彩ちゃんの気持ちには応えられない」

 ハッキリと口にする。自分の想いを。


「———―—・・・・」

 彩ちゃんは俺の言葉をジッと聞いている。相変わらず、真っすぐに俺を見つめて。

 ・・・俺も彼女を見て、言葉を続ける。

「カスミがどう思っているのか分からない。また誤魔化されるのかもしれない。」


 そう、だとしても――――


「それでも、俺は・・・」

 そこまで口にして一度言葉をためる。


 ・・・言葉にしよう。そして決意をしよう。 

 ずっと、心の奥にしまっていた想いを。


「俺は、カスミの事が好きだから」


 そう。そうなのだ。彩ちゃんが悪いわけじゃない。こんなにいい娘は俺には勿体ないぐらいなのだろう。この朗らかさと愛嬌、そして愛らしさ。魅了される男子は多いハズだ。


 ・・・でも、それでも俺は。


 ・・・カスミが・・・好きだ。


 ――――それが全てだ。


「…そう…ですか」

 彩ちゃんは表情を変えず、そう呟いた。

「うん・・・ごめん」


 彩ちゃんの目が一瞬離れ、彼女は下を向く。・・・少し、肩が震えている。

 俺は目をそらさずにそれを受け止める。

 ・・・カスミを選び、彩ちゃんを傷つける。これは、俺が自分で選んだことだ。それこそ責任は持たないといけないって思った。

「・・くやしいぁ~!」

 少しして、彩ちゃんはそう言って顔を上げた。

「今ならいけるんじゃないか、って思ったのに♪」

 彩ちゃんはいつもの調子で冗談を言う。若干、その大きい瞳は…潤んでいたけれど。


「…正直、かなりドキっとした。彩ちゃんスゲー可愛かったから」

 ・・・そう、一瞬未来を想像してしまうぐらいに。

 それを聞いた彩ちゃんはハハって笑った。

「…ありがとう、先輩♪」

 にぃ、っと彩ちゃんはいつも通りの天真爛漫な笑顔を作る。

 

「…それでも…カスミ先輩なんですよね?」

「・・・ああ。・・・ごめん」

 …そう訪ねてくる彩ちゃんは、少しだけ名残惜しそうに見えた。


「もし、晃一先輩の好きな人がカスミ先輩じゃなかったら…私を選んでました?」

「・・・そうだね。きっとそうだと思う。」

 正直に、素直に言葉にする。・・・うん、カスミだからこそだと思う。

「そっか♪・・・なら、ちょっとだけ誇れるかな?」

 それを聞いた彩ちゃんは少しだけ納得したような表情を見せて、肩をすくめて笑った。


「・・・そろそろ雨、やみそうですね?」

 彼女は窓の方を振り向いてそう呟いた。・・・確かに先ほどより随分と小振りになって、空からは陽が差し込んできている。


 ・・・彩ちゃんはこちらを振り向かず、外を眺めたまま俺に向けて言葉を放つ。


「行かなきゃいけないところ、伝えなきゃいけないこと・・・ありますよね?」


 彩ちゃんの声は…少し震えていた。その言葉の意味は分かっている。彩ちゃんの想いを断って、その後に自分がしなきゃいけないことなんてただ一つだ。


「カスミ先輩に伝えといてくださいね。私、もっと魅力いっぱいになるから、あんまりボヤボヤしてると、今度こそ晃一先輩をかっさらう…って♪」

 そんな風に冗談を言いながら彩ちゃんはこちらを振り向く。


 …笑顔だけど、頬が濡れていた。


 ・・・・俺はなんて贅沢なんだろうな…ってそう思った。


「…伝えとく。彩ちゃんが魅力的になるのも楽しみだし、焦るカスミも見てみたい」

 俺も冗談で返した。

「…もぅ!結局カスミ先輩なんだからなぁ~っ!今度からはスカートの中はカスミ先輩に見せてもらって下さいね?」

「・・・あ、えっと・・・」

 思わずドキっとして言葉に詰まる。あの瞬間が脳裏に浮かぶ。

「その・・・ごめん…」

「ふふ・・・今回は貸しですよ?本当は彼氏になって欲しかったんですからね?」

 そう言って、少し顔を赤くしながら笑う彩ちゃん。それに俺も笑って返す。

「…マジでごめん。まぁ・・・何かの形で返すよ」

「・・・ま、カスミ先輩も私の憧れだから…二人がちゃーんと結ばれたこと、報告するってことで!」

 ケラケラと笑う彩ちゃん。きっと、今彼女の優しさに救われているんだろうな、って思う。

「・・・わかったよ」

 お互いに顔を合わせて、笑い合う。日差しがここまで差し込んでいた。

 ・・・丁度、そのタイミングでスマホが振動する。

「カスミ先輩、ですか?」

「・・・みたいだ」

 LINEを開いてみるとカスミから【天古の高台で待ってる】

 と淡泊な一文が乗っていた。


 天古の高台・・・いつも、喧嘩をした時には仲直りをする場所だ。


「・・・行ってください♪報告、楽しみにしていますから」

「・・・うん、ありがとう」

 顔を見合わせて、静かにお互いに頷く。彩ちゃんの瞳にはまだ雫が溜まっていたけれど、笑っていた。

 俺はゆっくりと小屋を出て、約束の場所へと走り出した―――――――。

 ・・・・・・・・・

 ————————―――――――


 ・・・・今から八年前のことだ。


 天古の高台と呼ばれる、町を一望できる場所に女の子と男の子がいた。

 …二人は初対面だ。普段見覚えのない男の子に、女の子は声を掛ける。

『ねぇ、どうしたの?』

『・・・・』

 男の子は黙っている。ムスッとした顔で。

『・・・ひょっとして、引っ越してきたの?』

『・・・・・』

 女の子は男の子のツンとした様子にもめげず、相変わらず興味津々の様子だ。

 黙っていた男の子はそっけなく口を開く。

『こんなところ、来たくなかった』

 …男の子が女の子の方を振り向く。どこか斜(はす)に構えた感じだ。

『そう?なんで?』

『面白い施設もないし、田舎じゃん。前に住んでいたところの方がよっぽどいい』

『そっか・・・』

 男の子の言葉に女の子は静かに頷くと、目を大きく開いて男の手を取った。

『…じゃ、私が紹介してあげるよ』

『へ・・・?』

『この町のいいところ!どのみちこの町に住むんでしょ?なら、見つければいいでしょ!』

 女の子は天真爛漫に男の子の手を引いて歩き出した。

『え・・・おい!』

 女の子に手を引かれて、男の子は戸惑いながら歩き出す。


『私、木下カスミ。君は?』

『・・・俺は――――――』


 ・・・・・・・

「・・・結局、散々遊んで、最後に住所を聞いたらうちの隣だったんだからねぇ?」

 私は高台から町を見ながら呟いた。

 ここは八年前、私が彼と出会った始まりの場所だ。あの時と同じように、町全体が綺麗に見えている。


 ・・・ここはケンカをしたら仲直りをする場所。それが、お互いに暗黙の了解になっていた。


「いつから、かなぁ?」


 ・・・・思い出す。彼との毎日。

 ・・どれも、すごく楽しかったし嬉しかった。

 ケンカもしたし、泣いたりもした。


 全部、大切な思い出だ。


 ずっと一緒にいたのに、いや、ずっと一緒にいたからこそ分からなくなってしまっていたこともある。


 ・・・いつから、晃一のこと、好きになっていたんだろうな?


 思い浮かぶ、晃一の顔。


 …優しくて、おどけたりふざける姿が少し可愛くて。

 …お互いに気が合って、バカなことしてさ。


 いつの間にかちょっとガッシリしていて、頼れるようになっていて…。


 …なんか中学のあたりから、ちょっとエッチになってきたけど。


 でも、いざって時には私の事を考えてやってきてくれて…

 …ちょっとドキッとすることも増えて…


 たまに、「カッコいいな」なんて思ったり。


 あ、今日みたいに、他の女の子といると、ちょっとモヤモヤもしてたっけなぁ?

 ————————―

 ・・・ああ、どれも楽しかったな。やっぱり私、彼のこと好きだ。

 

 ・・・・風が吹いて、同じように背後からゆっくりと足音が聞こえてきた。


 彼とケンカした時、いつもこうしている。私が高台から町の景色を眺めていて、彼が来てくれる。


 ・・・出会った時と反対の構図。


「カスミ――――――」

 名前を呼ばれて、私は彼の方を振り返った―――――――。


 ・・・・・・・・


 俺は切れる息を整えながら彼女の背中を視界に捉える。

 彼女は、いつもと同じように街並みを見つめていた。

「カスミ―――――」

 彼女の名前を呼ぶ。・・・一瞬の間があって、それから彼女は俺の方を振り向いてくれた。

 ロングの髪がふわっとなびく。表情は一時間前とは違って、もう眉は吊り上がっていなかった。かわりに、いつも仲直りをする時みたいに少し戸惑ったような、気恥ずかしいような顔をしていた。


「・・・遅いよ、晃一?」

 カスミが少し上目遣いで、呟いた。


「わりぃ、走って来たんだけどな」

「もぅ、少したるんでんじゃないの?私が待ってるって言うのにさ?」

「・・・かもな。鍛えなおすよ」

「・・・よろしい♪」

 

「・・・・はは!」

「・・・・へへ」

 可笑しくて二人そろって吹き出してした。多分安心したのもあるんだと思う。

 『もうお互いに怒っていない』ってのが伝わり合ったから。


 俺たちが仲直りするときは、いつも・・・こうだ。


 ・・・雨上がりの匂いがする。ひゅうっと涼しい風が吹いて彼女の髪をなびかせる。


「…あのさ…」

 まず口を開いたのは俺から。

「その…さっきはごめん」

 カスミの目を見て、しっかりと謝る。カスミを傷つけたことや、そのほか、いろいろの気持ちを込めて。

「……晃一が謝る必要はないんだってば。悪いのは私でしょ?勝手に怒って逃げ出したんだから」

「…だから、私の方こそ…ゴメン」

 カスミが頭を下げて顔を上げる。お互いに頭のてっぺんを見せて、心から謝る。

 

 …いつもなら俺たちの仲直りはこれで終わるんだけど…

 今日は、ここで終わらせるわけにはいかなかい。

「カスミ」

 俺は頭をあげて彼女の名前を呼んだ。喉の震え具合から、自分でも緊張しているのが分かる。


「・・・うん」

 返事をするカスミ。彼女もゆっくりと顔を上げた。

 ・・・俺は一呼吸おいてから彼女の方を見つめる。

 ・・・カスミも俺の方を見つめてくる。心臓が飛び出しそうな、熱くてジンジンする感覚。・・・少し震える唇で、言葉を紡ぐ。


「俺、今年の山王祭、カスミと一緒に行きたいんだ。・・・その、今年は彼氏彼女の関係として!」


「‥‥…———―!」 

 ・・・・・・少しの時間。呼吸が浅い。顔と肩がぴりぴりする。ただただカスミの方を見て、彼女の言葉を待った。


 ・・・数秒が、これほど長く感じたのは初めてのことだと思う。


 カスミは少し息を飲んで、照れているような少し怒ったような表情を見せた。


「・・・いいの?そういう関係になったら、私のことだけを見なきゃいけなくなるよ…?今日みたいなことがあったらメッチャ怒るよ…?」


 じぃ、っと上目遣いで俺のことを見てくるカスミ。照れているのが分かる。


 …めちゃくちゃ可愛かった。


 もう、言葉にするのを我慢することはできなかった。


「俺、カスミのことが好きだ。カスミしか見ないから・・・付き合ってください!」

 ・・・・想いを言葉にした。・・・しっかりと頭を下げる。

「私…——―」

 カスミの声がする。ちょっと恥ずかしそうにしているのが声から伝わってくる。

「私、今年の山王祭は絶対に晃一と行きたいです。彩ちゃんといったらダメ」


 彼女の言葉に思わず顔を上げる。祭りを一緒に行ってもいい。…その意味は一つだ。


「私、晃一のことが好き…誰より何よりも…大好きです!」


 カスミはそう言うと、俺の方に駆けて、きゅっ…と抱き着いてきた。

「…一緒に山王祭の打ち上げ花火も見ようね!」

 カスミの言葉。同時に甘くて、いい香りが訪れる。嬉しさで身体が破裂しそうだった。


 ・・・俺はしっかりと抱きしめ返す。かすみの存在が身体中に伝わる。

 愛おしくてたまらない。彼女が腕の中にいることが最高に嬉しい。


 絶対に離すもんか。…そう思った。


「…晃一…————―」

 カスミがそっと顔を上げる。うるんでいる瞳と赤い頬。心臓どころか、自分の全てが鷲掴みされる。


 …そして、お互いにまるで吸い込まれるように顔を近づけていく。


 …今まで進むことができなかった「あと一歩」・・・それをゆっくりと、お互いの唇を合わせることで踏み出す。


 ・・・ふにゅっとした、柔らかくて暖かい感触が訪れる。

 彼女の唇の感触。心臓の高鳴る鼓動。肌に感じる雨上がりの空気や匂い・・。


 全てが脳裏に焼き付いて一生忘れないだろうな、って思った。


 ・・・長く感じられた数秒の時間。ゆっくりと唇を離して見つめ合う。


「…この一歩を踏み出すのに随分かかったね?」

 カスミはへへ…っと照れくさそうに笑う。

「……ここから先の距離を縮めるのはあっという間かもしれないぞ?」

「・・・アホ」

 俺の冗談にカスミはそう言うと、もう一度瞳を閉じて俺の顔に近づけてくる。


 もう一度、キスをした。

 ・・・・・・・・

「あ!それから・・・!」

 カスミは思いついたように声を上げると、スッと俺の胸に顔をうずめる。

 恥ずかしさを隠すように。

「・・・?」

「き、今日の彩ちゃんのヤツ・・・使ったらダメ…だからね?」

 ・・・カスミの言葉に一瞬、疑問符が浮かんだけど、直ぐに意味が分かって思わず吹き出しそうになった。


「つ、使うって何にだよっ!?」

「だ、だって!晃一スケベだし!!男子ってそーゆーの大変なんでしょ!!?」


 …随分と思い切ったこというなぁ。

 ・・・いや、でもまぁ、確かに。


「ほらぁ!ちょっとやましい気持ちがあるんでしょっ!?」

 カスミがむーっとした表情を見せる。付き合った傍からは流石にねぇっつーの!


「しないって!!それに俺にはもうカスミがいるだろ!!」

「・・・へッ!?」

 咄嗟の俺の言葉を受けたカスミは素っ頓狂な声を上げてから、顔を真っ赤にした。

 ・・・その様子を見て俺もハッとする。


 ・・・・売り言葉に買い言葉で返したのはいいけど、これって相当恥ずかしいこと言ってるよな?


「~~!何言ってんのさッ!!バカ!エッチ!!」

「カスミが言い出したんだろっ!俺こそどーすりゃいいんだよ!!」

「知らないよ、もぅッ!!」

 ・・・お互いに目線を逸らすけど、直ぐに笑いあう。

 付き合ってもいつも通り、バカやって、楽しくて・・・

 全く俺たちらしい。


「・・・これからもよろしくね、晃一」

 カスミがじっと見つめてくる。

「こちらこそ、カスミ!一緒に山王祭、行こうぜ!!」

「…うん!」

 カスミが元気いっぱいに頷く。まるでヒマワリのような笑顔だ。


「・・・いこっか?今日、夕飯作るよ」

 カスミが笑って言ってくれる。仲直りをした時は、いつも彼女が手料理を作ってくれる決まりだった。

「やりぃ、麻婆豆腐食べたい」

 ・・・俺は即断して答える。カスミが初めて作ってくれてから、「彼女の」麻婆豆腐は俺の大好物だ。

「了解♪彼女として腕によりをかけてつくるからね!」

 二人で笑いあって歩き出す。向かう先はもう一度商店街だ。


 ・・・途中、さりげなく手を繋ぐ。お互いに何だか恥ずかしいのが伝わる。目線だけを合わせて、へへ、っと笑った。カスミの手は小さく、温かかった。


 ・・・よく考えたら、手を繋ぐのも初めてのことだよな。


 この、今まで踏み込めなかった一歩の距離って、すごい意味のある一歩なんだなぁって思った。


「晃一…ほら!」

 カスミが「あっ!」と何かを見つけたような声を上げる。・・・その指先の方向、空を見上げる。

「おぉスゲェっ!」

 思わず声を上げる。透明感のある七色の虹が、雨上がりの空に大きく広がっていた。

 ・・・・俺たちは手を繋いだまま、その虹めがけ、まるでその中をくぐっていくように歩いた。一緒に彼女と歩ける喜びをかみしめながら。

「・・・へへ」

「・・・はは」

 俺たちは顔を見合わせて笑い合う。一旦立ち止まって、そのままもう一度キスをあする。それからお互いに繋いだ手をリズムよく大きく振り、歩調を合わせて歩き出した。

 虹大空に美しい七色を描く中、どこからか鳥の羽ばたきが聞こえてきたのだった―――――。

 ・・・・・・・・・・・・・


 ―――エピローグ――――

 ・・・・・・

「・・・」

 俺は自分の家から約5m先、隣の家の玄関で彼女を待っていた。

 昨日あたりから、皆気がそぞろで、浮ついた空気感が町中に漂っている。

 時刻は17時30分。学校の帰りの時から、浮足立った学生たちの姿があちこちに見られていた。

 

 もちろん、それは俺たちも一緒だった。

 ・・・山王祭を行く約束。毎年一緒に行っていたけど、今年は気合が入っている。


 彼女が、着付けに時間を掛けているのもその証拠だ。


 ・・・俺も、何と言うかソワソワして、少しの間を待つのも気がそぞろだ。


「・・・お待たせ」

 玄関が開き、彼女——―カスミがそっと姿を見せた。

 白色の浴衣に撫子の綺麗な赤い柄が鮮やかだった。髪の毛はアップでまとめられていて、その姿は思わず息を呑むほどキレイだった。…花も恥じらう、とはこのことだろう、と思う。

「・・・どう、かな?」

 少しこちらを伺うカスミ。・・・定番のセリフに思わず『デートなんだなぁ』っと実感する。

「…スゲー、似合ってる。めっちゃ可愛い」

 …素直に感想を告げる。…今日こんな可愛い彼女と一緒に歩けるとか、俺は世界一の幸せ者だ。

「…よかった。私たちのことを知った母さん、張り切っちゃったから・・・」

 カスミも照れながら素直に喜びを表している。


 ・・・先日、俺たちのことを知ったオバさん・・・つまりカスミの母さんは喜び勇んで、今日のために娘の浴衣を新調した、という話をカスミからは聞いていた。その話を聞いて、とりあえずカスミの母さんには歓迎されていることに俺は胸を撫でおろしていた。

 

「カスミの可愛さに最高にマッチしている」

「・・・もう、いつからそんなセリフ吐くようになったのさ?」

「カスミが彼女になった時から♪」

 ・・・いつの間にやらこんなセリフが言えるようになっている。一週間前からは想像もつかない変化だ。

「もう・・嬉しいけど」

 …カスミの笑顔。お互い様みたいだ。

 お互いにへへ、っと笑う。

「・・・さ、いこっか」

「・・・うん!」

 二人で山王神社に向けて歩き出す。カスミが歩きやすいように歩調を合わせて…。

 

 ・・・・・・・・・

 ・・・・

「相変わらず、スゴい賑わいだねぇ~」

「ああ…はぐれんなよ?」

「うん!」

 しっかりと手を繋ぐ。顔を見合わせてお互いにはにかむ。

 ・・・一番の目的は神社でのお参りだ。

 ・・・山王神社に続く道路は歩行者天国になっていて、左右には所せましと屋台が並んで活気を見せていた。


『お!ご両人!!ついにくっついたんだって!おめでとう!!』

『カスミちゃん、可愛いよ~、晃一くんとお幸せに~♪』

『りんご飴、サービスだ、持っていきな~!』

 

 ・・・神社に向かう途中で、出店の人たちに次々と声を掛けられる。

 この町の暇なところである。一週間で、俺たちのことは町中に広まっていた。

 屋台のあちこちで『お祝い』と称して、りんご飴やら、たこ焼きやら、フランクフルトやら随分とご馳走してもらった。財布の中身は減っていないのに、腹はいっぱいだ。・・・ちなみに、『お祝い』の中には避妊具を渡すうつけモノまでいて、カスミは顔を真っ赤にしてうつむいていた。・・・とりあえず笑ってゴマしながらポケットにしまった。


 ・・・ともあれ、二人で楽しみながら路地を歩いていく。

 それはまさに『デート』だった。

「・・・去年までと全然違うね?・・あれだけ冷やかされて『違う~』って言ってたのにね?」

 カスミがりんご飴を食べながら聞いてくる。

「ついこの間まで、だろ?」

「ふふ・・・だね♪」

「・・・カスミと付き合えてよかったよ」

「・・・へへ、私も♪」

 …一週間前に、一緒にお神酒を持ってくぐった鳥居を再びくぐる。玉砂利の中を進んでいく。

「あ!晃一君~!」

 声の先を見ると緋色がいた。彩ちゃんと一緒だ。境内の中央から少し離れた場所で二人はラムネを飲んでいる。…休憩で一服しているのだろう。

「緋色に彩ちゃん♪」

 カスミが手を挙げて返事をする。二人の元に駆けよっていく。

「カスミ先輩、浴衣似合ってる~!!」

 彩ちゃんが目をパァっと輝かせている。カスミの浴衣姿は性別問わず、目を引くものがあるよな。

「晃一くんのために新調したっていう噂の浴衣だねぇ~?可愛い~!」

「…へへ、ありがと♪二人とも」

 少し照れながらはにかむカスミも可愛かった。

 

「彩ちゃんは今年は山王祭のバイトだっけ?」

 俺は彩ちゃんの方を見て訪ねた。緋色の手伝いをするとかいう話は聞いていた。

「はい♪好きな人にフラれて今年の山王祭は孤独だったんで♪」

 ・・・俺の方を意味ありげに見て答える彩ちゃん。でも、その顔は暗い感じじゃなくて、いつも通りのウィットな感じだ。

「…ハハ、悪い」

「ま、いいですよ…やっぱりお似合いな二人だもん♪」

 彩ちゃんが笑って答える。

「へへ、ありがと…♪」

 カスミもご機嫌だ。

「でも、カスミ先輩…またウジウジしたら、またかっさらいにくるかもしれないですよ?私♪」

 彩ちゃんがにぃ、っと笑う。俺は苦笑いしか返せない。

 すると、カスミも彩ちゃんに対抗するように笑顔を返す。

「今度は私も受けて立つよ♪晃一のハートは渡さないから♪」

 カスミはそう言うと、俺と繋いでいる手をそっと腕を組む形に変える。


 ・・・触れられた腕が敏感に反応する。心と連動して胸も高鳴った。


 …これ、何気に破壊力があるな。


 腕に当たる胸の感触だけじゃなくて、触れられるってこと事態が・・・なんかトキめく。

「もぉ~、見せつけてくれるなぁ~!!」

 彩ちゃんが声を上げる

「ほんとほんと、何か奢ってもらわないとやってらんないよね~!」

 緋色もそれに便乗する。・・・なんだぁ、そりゃ?

「ふふ・・・だって?晃一♪」

「なんで俺なんだよ?」

「可愛い彼女と後輩たちが言ってるんだよ?」

「・・・ったく、綿あめぐらいなら・・・」

 やれやれとパーカーから財布と取り出そうする・・・。


 その瞬間、指にカシャ、っとこすれるような感覚があってポケットから『何か』が地面に落ちる。


 最初、なんだっけ?と思ったのだが、すぐに思い出してヤバい、と思った。

 そして、運悪く緋色が気づいて「ソレ」を拾い上げる。


「…晃一君、何か落とし―――…あっ!」


 …緋色は、手に取ったモノの正体に気づき、顔を赤くする。マズい。

「なに?どうしたの…って!!」

 彩ちゃんが固まる緋色の手元を見て目を見開く。…ふたりともコレのことを知っているぐらいには大人だ。


「・・・え、二人・・・どうしたの?」

 唯一、この状況に気づいていないカスミだけが首をかしげる。


「…これは私、カスミ先輩には勝てないなぁ~」

 彩ちゃんが呟く。にやにやと笑いながら。

「へ?」

「セキニン、取ってもらわないとですね♪ハイ!」

 彩ちゃんはそう言うと、満面の笑顔で緋色から受け取った「アレ」をカスミに差し出してきた。

「・・・だから何・・・??・・・・っ!!!」

 ・・・カスミの身体が硬直するのを感じる。

 顔を真っ赤にして、恥ずかしいやら戸惑っているような表情のカスミは可愛かったけど、ともあれ、事態を説明するのが先だった。

「…こ、これは違うんだって!!さっきりんご飴買った時に渡されたんだよ!!」

「・・・ふぅ~ん?ホントかなぁ~??」

 彩ちゃんがジト目&ニヤニヤした顔でこちらを見てくる・・・これは信頼されてない。

「・・・緋色、山王神社でお客人が止まれるスペースあったけ?」

「‥‥え、えっと…聞いてみようかな」

 緋色もまだ少し恥ずかしそうにしているけど、どっちかって言うとノリノリだ。


「よ、余計な心配しないの!二人ともっ!!」

 カスミが声を大きくする。相変わらず顔を真っ赤にして。


「・・・そっかそっか♪カスミ先輩と晃一先輩、家お隣でしたもんね?」

「・・あ・・・じ、じゃあ、晃一くんとカスミちゃん・・・この後…?」

「だぁかぁらぁっ!!勝手に話を進めないのっ!」


 三人がキャーキャーと盛り上がっている。俺は当事者ながら、少し離れたところからそのやり取り見ていた。カスミは可愛かったし、彩ちゃんと緋色も今まで通りなのが、少し嬉しかった。

 ・・・ひとしきり盛り上がった後、緋色と彩ちゃんは仕事に戻ることになった。

 俺たちも改めて、お参りへと足を勧めた。混んでいるところを少しずつ前に進んでいく。やっぱり離れない様に二人で手を繋いで。

「もぅ・・・晃一のバカ」

 途中、カスミが恥ずかしそうに呟いた。さっきのことを言っているのだろう。

「…あ、いや…半分不可抗力…」

 目を合わせずに会話を進める。言葉の雰囲気から怒っていないのは…分かる。

「……その、ちゃんと雰囲気を大事にしてよね?」

 そう言って先ほど彩ちゃんから受け取ったままになっていた「アレ」を恥ずかしそうに渡してきた。

 

「なぁ・・それって…」

 ついニヤけながら聞いてしまう。…下心はもちろんだが、カスミの反応が最高に可愛くて。

「そーゆー鼻の下伸ばして聞いてくるところがダメ!!」

「・・ええっ!?」

「もぅ!本当にエッチなんだから!ソレ、さっさとしまっておいて!!」

 プイっと顔を逸らすカスミ。・・・ニヤニヤするのはカスミが可愛すぎるからなのになぁ。


 そんなやり取りをしている内に参拝の列が前に進み、自分たちのお参りの番がやってくる。

 取り合えず、アレはしまっておいて、賽銭を取り出す。


 俺たちは二人で一緒に鈴を鳴らして手を合わせる。・・・神様に感謝を。

 ―――――神様、俺たち、想いを伝えあうことができました。


 …私は手を合わせながら神様に誓う。

 ――――私たち、時には喧嘩もすると思うけど、仲良く二人で歩いていきます。


 ・・・二人の想いが重なる。


 ————だから、どうか俺たちのこと―――—

 ――――私たちを見守っていてください――――


 ・・・丁度、気持ちのいい風が吹いた。人の賑わいの雑多さを吹き飛ばすようなさわやかな風だ。


 ・・・これを、神様の返事と受け取るのは都合がよすぎるだろうか?

 

「・・・いこっか?」

「・・・ああ!」

 二人で頷いて、参列を後にする。やっぱりはぐれない様に手を繋いで。

 ・・・打ち上げ花火を見るために、二人で毎年の場所に向かい、腰を降ろした。


 …そっと隣にいる最高に可愛い彼女の方を見る。それから繋いでいる手に少しだけ力を込めた。


 ‥‥この手は絶対に離さないから――――


「どうしたの?」

 カスミがこちらを見てくる。俺を鷲掴みしてきた笑顔で。

「いーや、なんでも!ほら、花火始まるぜ?」

 俺は照れを隠しながら、そう答えた。


 ・・・本っ当に可愛いよな。…


 二人で静かに空を見上げる。

 ・・・優しい空気に包まれているような気がした。


「晃一・・・」

 カスミの声が聞こえる。

「ん?」

「・・・大好きだよ」

 彼女の柔らかい唇が俺の頬に触れる。思わず口元がニヤけた。


 そして、次の瞬間。——―夜空に神様の祝福を示す大輪が色鮮やかに咲き誇り始めたのだった―――――。  

                           END

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恋を叶えて ゆーゆー @miniyu-yu-

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