第2話

 車で、職場までつく間に、30分間の放送枠があるラジオ一つが聴き終わった。


 30分間運転するのは疲れる。


 これが毎日続くとなると憂鬱だ。今日、職場に着いたらぜひ退職届を用意しよう。そしてのし紙と一緒にご丁寧に社長様に送りつけてやる。


 一応、自分は羽村市という都内(笑)に住んでいて、職場は埼玉県入間市。それでも街の景色は変わらず、正直いえばこちらの方が都会なのではないかと思ってしまう。相変わらず17号線は混んでいて、この車たちは一体どこへ向かっているのか不思議だ。


 その中で僕は、とあるドラッグストアに車を止める。


 ドラッグストアマルイ。入間店。これが今日から僕が店長として働く新しい職場。


 別に歩いたわけでもないのに息が上がっている。緊張しているのだ。


 確か、ここは数年前までスーパーがあった。そのスーパーが廃業になり、それから2年ほど空き地。そして去年、新しくこの店舗ができた。


 まだ出来てからそこまでの時が経っていない。


 新店ということもあり、木目調の壁は綺麗である。バンクシーさんも遠慮しちゃうレベル。


 そんな壁に落書きをしたい。汚したい。


 深呼吸をする。ここに今日から働く。今日から働く……嫌だな。


 まともに人と喋れない自分というのは就職する時、大変苦労をした。


「一部上場、大手企業、女の子にモテるところで働きたいです」


 僕が大学の進路担当の人にそう相談すると


「(^ ^)」


 と返答。せめて、日本語喋れ。仕事放棄するな。ただ笑顔になるだけなら僕でも出来る。お前は何もしてくれない神様か。


 そんな大学まで充実した学生生活を送ってこなかった僕は、就職活動は完全に詰んでいた。頭金の詰みである。羽生さんにここから逆転の一手を指してくださいと言ってもお手上げしてしまうレベル。


 そんな僕がどうしてこの会社に就職することになったのか。


それはエージェントから「人手不足で絶対に受かる会社がありますよ」と電話があったから。こんな短い文書で怪しさをどっぷり演出するのは凄い。そう思った。


 まともな人ならこんな企業、敬遠するだろう。いや、まともな人じゃなくても避けるに違いない。こんなブラッグ企業ホイホイ。


 しかしその電話が来た時には、もう既に紅葉は散って肌寒くなっており、季節は冬の準備が入っていた。ゼミの人たちの中からは就職活動という言葉が消えていた。卒業旅行どこに行く? そんな会話ばかりである。最も僕はそんな誘い来ていないので関係などない話ではあったが。


 つまり、何としてでも就職をしなければならなかった。


 残念なことに僕の親は資産家でもなければ、どこかの会社のお偉いさんというわけでもない。むしろその逆で、30代で部長に歯向かい、本社勤務から子会社の平社員に降格してしまった、窓際社員に近いような存在であった。そんな家庭に僕を養う財産も体力もない。だからニートなどを許してくれないだろう。もし裕福な家庭ならニートという選択肢もあったが。


 ということでその電話に二つ返事で「はい、お願いします」と言ってしまった。


 まぁ、その会社は全国チェーンで有名であるということもあった。もしそれでブラック企業だったら冥土の土産に何とか新聞とかに内部告発して会社を潰してやろう。そんな考えもあった。


 となわけで、そのままその会社に面接を受ける。あっさり過ぎるぐらいに合格。


 それどころか、今すぐ内定承諾書を書いてください。そうしないとこの内定なかったことにします。ちなみに、内定承諾書を書いたらもう取り消し出来ないのでじっくり考えてください。あっでも、明日中には郵便局に行ってこの住所に郵送お願いします。


 そのようなことを言われた。


 なるほど。必死過ぎる男はモテないと巷で言われる理由が分かった。何か重たいわ。すごくヤンデレに聞こえる。あっ、ちなみに内定承諾書というのは法的拘束力はないので企業が何と言おうが取消しできるはずである。


 さてそれが間違いであった。うっかりDV彼氏ならず、DV企業と付き合った。毎日(上司から)明日空いている? と電話来るし、逐一こちらの予定を把握しようとしてくる。また「この日、記念日(会議や研修)だから絶対に開けてよ?」とか「今日一日中(開店から閉店まで)一緒にいないと嫌だ」と束縛が酷い。束縛系彼女である。


 今思えば、どうしてドラッグストアなんだ。小売りで働くにしてももっと、色々な会社があるのではないか。自分は薬など興味ないのに。確かに制服が白衣でカッコイイと思ったことはあったが、でもただそれだけじゃないか。


 そしてこの会社はどうして自分みたいな人を採用した。そして店長にまで昇格をさせた? 一体何を企んでいる?


 長い長い、ため息が出る。


 仕事を辞めたい。だけど辞めれずここまで来てしまった。


 体が痛い。頭が痛い。

 

 ぼんやりと、開店前だからまだ開かない自動ドアの前に立っているとその奥から女性がやってきた。

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世界は死んでくれないし、僕は死にはしないし、彼女はアホだし、僕もアホだし 山桜桃 由良 @hanasaki0852

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