世界は死んでくれないし、僕は死にはしないし、彼女はアホだし、僕もアホだし
山桜桃 由良
第1話
何度も何度も鏡を見る。髪型はクシャクシャである。前にエリアマネージャーに髪型を整えろと怒られたことがあった。でもこれはしょうがないことなんだ。今まで身なりを意識したことがない自分は髪型のセットの仕方など知らない。
足し算やら、引き算はわかる。それは義務教育で習うから。だけど、身なりの整え方など義務教育では習わない。そして頭さえ、あればそれを疎かにしても大学まで問題なく進学することができる。
好きな女子ができたり、男と遊んだりして、周囲の整った身なりに合わせようとする。それで服の着こなし方を学ぶものである。しかし自分はというと残念なことにいつも1人で暮らしていたせいでそのようなことに関しては尊かった。
大丈夫かな? 大丈夫だよね? いや、大丈夫じゃないな。
だから何度も何度も、頭を濡らして、ドライアーで乾かして、セットをしなおしたがどうしても髪がクシャクシャになってしまう。
半袖から見えてくる腕は、枝のように細く、少し力を入れただけで折れてしまいそうだ。
洗面所の奧にはどこからか、大粒の雨が戸を叩いていた。確かに昨日の天気予報では1日中雨になるといっていた。
いつもこうだ。自分の生まれた時も大雨だったらしいし、高校3年間、体育祭、修学旅行はことごとく雨だし……。そして初出勤の今日だって1日中大雨。東海道新幹線は珍しく運休をしている。
あーあ。神様なんていらない。僕を贔屓してくれない神様などいらない。
だって、神様って一体何の仕事をしているの? ただ天の上で世界を見ているだけじゃないの? それなら僕でもできるよ?
それどころか、僕には人時生産計画書を作ることできるし、発注も出来る。大学だって四大出ている。
僕を見守っている神様は、どうせ大学なんて出ていないし、発注もできないし、実は世界の哲学者たちの言葉の意味など理解していない。そうに違いない。
だから本当は僕の方が遥かに優秀なのだ。立場があちら様の方が上なだけで。
よくお客様は神様ですとかいうけど、それなら何もしてくれない無能ではないか。事実、神様はこの通り僕を救ってくれない無能なわけなんだし。
まぁ、話が逸れた。
鏡の中の自分は頼りなく、泣き出しそうである。いや、泣いている。
あーあ、どうしてこんな辛いのだろう。
死にたいと、冗談で友人に言ったら、「京浜東北線に飛び込むのはやめてや。俺が困る。電車に飛び込むのなら芸備線にしてくれ。そっちの方なら誰も困らない」などと言っていた。いや、芸備線でも運休になったら困る人いるでしょ。(東城駅〜備後落合駅 平均1日乗車人数8人ぐらいらしいけど)
というか、僕が自殺することを止めろや。白状やな。
……話を戻そう。多分、多分だけどこれでも自分はマシになったんだよ。中学の時なんて通学の途中に、親が死んだのかという勢いで泣きながら登校していた。あまりにも泣くので自分は俳優が似合うのではないかと思ったことだってある。顔がアレだけど。
だから泣きそうになっているだけの自分はまだ優秀である。誰か、頭を撫でて。
また、今はある程度、喋れる。
昔など、自分は吃音症を持っていて人と会話をするのが苦手というか、喋ることが出来なかった。そのせいで小学校にまともに行くことなどできず「きこえとことばの教室」に通っていた。
それが今、こうしてどこかの店舗の店長をしている。それだけで十分じゃないか。偉いじゃないか。
だけど社会は褒めてくれない。まるで変わっている自分が悪いと言わんばかりである。
はぁ。はぁ。はぁ。
頼むよ。世界。死んでくれ。
はぁ。はぁ。はぁ。
スマホが鳴り出す。出勤時間になった。行かなくては。
僕は車に乗る。そして職場へ向かう。
当然、車を運転することを褒めてくれる人などもいない。
神様が死んでくれないのならこちらから、殺すしかない。
だけど僕は神様を殺せないし、明日も世界は生きている。
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