何度生まれ変わっても君に巡り合いたいから命を賭しました

中村悠

第1話



途中で視点が変わります

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 高校に入学して季節はすでに初夏。

 クーラーの効いた図書室を利用するのは、塾の時間まで静かな部屋で睡眠を貪りたい寝不足の生徒ばかり。

借りる生徒がいない図書室の、図書委員の仕事のひとつである受付業務はもはや名ばかりで、カウンターの内側に座る私にとっては至極の読書時間だった。


 中学時代から現在の高校一年生まで、自分から図書委員を買って出て、委員会に行けば自分から進んで当番を引き受けた。

ほとんど人のこない静寂の空間に、気づけば毎日図書室にいるのが私の日常だった。

 そして私の存在を認識している幼なじみのゆうちゃんも昼休みも放課後も図書室に来ては本を読んで過ごしている。違うのは私が小説を読んでいるのにゆうちゃんは物理や数学化学といった理系の本ばかり読んでいると言うことだった。



 そろそろ閉館の時間となる頃、ゆうちゃんは決まって窓際の席を立ち受付カウンターにやってくる。

この日もいつもと同じようにやってきたその陰に気付き顔を上げた私に、ゆうちゃんは微笑みかけると、私の手元の本を見て言った。



「この頃はそういった本まで読むようになったんだな。中学までは料理の本ばかりだったのに」



 私の目の前には表紙に可愛いヒロインとイケメンヒーローのイラストが描かれている小さめの本が数冊積まれている。そして手の中にはこれまた美しいヒロインを数人のイケメンが取り囲んだ少し大きめの本。


 高校の入学に合わせスマホなるものを親に買ってもらい小説の投稿サイトに出会った私は、「生前読んでいた小説の中に転生する」という恋愛小説の存在を知った。そしてそこから、貪るようにその類の話をウェブで読み、それでは飽き足らずアナログも買い、とひたすらに読みあさった。いわゆるラノベってやつで、図書室にもないわけではないけれど私の読みたいジャンルのものは置いてなかったから、自前の本を学校に持ち込んで読んでいた。



「高校生になってかなーり大人になった私は、料理の知識だけじゃダメなんだって知ったの」


「お前は知識だけじゃなく、料理の腕だっていいだろ?」


「ええ?うちのお母さんのさぁ、料理がすごく美味しいじゃん。自分でもあそこまでなりたいなって思ってるんだよ。それにもし、生まれ変わるなら日本料理が上手な人でと思ってるからさ」


「生まれ変わるならって、お前は小さな頃からそればっかりだな」


「だって、転生したらさ、必要でしょ、スキル。手に職があったほうがいいと思うんだ」


「あのなあ、次の人生より今を大事にしろよな。んで、昨日までの約一ヵ月間、今まで読んで来なかったラノベを読んで何の知識を得てるわけ?」


「それはなんと!!本の中にまで転生できる事を知ったんだよね!てっきりさ、それぞれがそれぞれの生の中で、それぞれの生の徳を積み次の生へと繋げる、それが転生と私は思っていたのだけどどうも違うみたいで。だけどまあ、とりあえずラノベで傾向は掴んだ」


「ははは、なんだそりゃ。んで、今日はどうしてそんなの読んでんの?ラノベブームは去ったのか?お前の思考も嗜好も不安だ」


 ゆうちゃんは私の手の中の本がよっぽど気になるらしい。昨日までのラノベは今の今まで完全スルーだったのに。


「どうもね、ゲームの中にも転生できるらしいんだよね。だけど私、ゲームしないじゃんか、できないし。なら攻略本読んどけばいいかなぁと思って。あと恋愛小説もさっき何冊か面白そうなの見つけたしそれも読んでおくつもり。だってどれに転生するかわかんないよね」


「お前の話は本当にいつも転生ばっか」


「そういうゆうちゃんだって、いつも理系の話しかしてないじゃん。小さい頃から算数とか理科とかずっとだよ。

私の転生の話なんてここ何年かの事だけど、ゆうちゃんは幼稚園のころからいっつも、ぶつぶつわけわかんない公式とか呟いてるんじゃんか」


「俺はいろいろと計算してんの。それにお前と違って人生だって謳歌しているし、謳歌する為のもんでもあるし」


「どこが?昼休みも放課後もいつだって図書室に来て本とか読んでるだけじゃん。うちに帰っても勉強してるし、挙句私にも勉強を押し付けてさ。どこが謳歌してるっていうんだか」


「俺は俺なりに楽しいからいいんだ」


「じゃあ、私も私なりに楽しいからいいの!ちなみに〜、ゆうちゃんのおすすめ小説なんてある?転生しそうなやつでさ、あ、でもゆうちゃんはそんな本読まないか〜」


「ある、よ」


「わかってるって、そんなの読まないよね」


「お前相変わらず人の話聞かないな。あるって言ってんだろ」


「え?あんの?意外、超意外、びっくりだわ〜」



 まさかゆうちゃんが理系の本意外のものを読むなんて思ってもいなくて、心底驚いた。口調も驚きから若干からかいのニュアンスが混ざってしまう。

ゆうちゃんはリュックから一冊の本を取り出すとカウンターの上に無造作に置いた。わたしに揶揄われたのがわかって、いつもよりぶっきらぼうな仕種だ。


「パラレルワールドもの、SFだよ。おまえが楽しめるのか、そもそも理解できるのかはわからないけどな」


 最後は傲慢な感じに、はっと笑って私を見た。

ええ、ええ、どうせ文系脳の私は、科学の細かい設定や解釈なんてわかりませんよーだ。だけど、ゆうちゃんが普段から持ち歩いている本ならきっと面白いに違いない。



「いいのいいの、話が面白ければ、細かいことまで理解しなくてもね」


「理解すれば面白さ倍増するのにな」


「何事もフィーリングだから!」


「負け惜しみだな」


「そんなこと言うなら、昨日作った杏仁豆腐食べさせてあげないから。せっかく放課後食べて貰おうと家の冷蔵庫で冷やしてあるのに」


「うそうそ、細かい設定理解してなくても十分楽しめる話だと思うよ。良く作り込まれてるからさ」



 途端に作ったような笑顔で私に合わせてくるゆうちゃんは、本当に調子がいいんだから。でもそれにあえてのっかってあげる私は優しいの。



「でしょ?物語はね、描写によって登場人物に共感できるかどうか、だよ。周りの設定はさほど関係ない。感情移入すればするほど、楽しめるよね」


「ああ、なら、感情移入しまくりで楽しめるのは間違いない。転生するには面白い話だ。だけどさ」


「だけど?」


「杏仁豆腐は日本料理じゃないぞ。おまえがマスターしたいのは、日本料理だろ?」



 せっかく合わせてあげたのに結局こうやって突っ込まれて、理系脳は細かいところに拘るんだからといつものことだけど、それすら嬉しい。だって、私の話をちゃんと聞いてくれてたってことだもんね、だけど



「もうっそんなこと言うなら、食べなくていいです!せっかくゆうちゃんの好きななななんでも、ない」


「料理の前に日本語マスターしろ。な、が多すぎだ」


「わ、わわかってる」


「わ、も多いな」


「ああああ、もうほんと、うるさい。杏仁豆腐まじでやんない」


「じょーだんだって、おまえが可愛くってつい揶揄っただけ、許して」


「か、可愛い?」


「か、も多いな」


「!!まじで腹立つ、一人で帰る!」


「ごめんて。怒った顔も可愛いから、家まで送らせてよ」


「それただ、私ん家が帰り道なだけじゃん、しかも数軒先に自分ちじゃんか」


「送っていくのは変わりないだろ」


「私が送ってるって言っても良いぐらいだよね」


「お前ん家で杏仁豆腐食べるから、そうは言えないな」


「本当、昔から杏仁豆腐好きだよね?」


「そうだな。お前が言う転生があるなら、次の生を受けても好きだと言いきれるくらいに大好きだ」


「次も杏仁豆腐の作れる国に生まれ変われれば良いね」


「ああ、それと和食はマスト。でも人間に生まれ変われるかはわかんないしな。つか、魂が昇華して生まれ変わらないかも、だろ」


「転生はあるんだよ!きっと生まれ変わるよ。次は小説の中だと思う!」


「はいはい、じゃあ頑張って読書してね」


「ゆうちゃんのおすすめ本もすいすいって読んじゃうんだから」




 そのままいつも通り一緒に下校して、我が家で杏仁豆腐を食べて、二人で課題をこなして、と言っても私がいつものごとくゆうちゃんに数学や化学を教えてもらって、こうやって日常が過ぎていく。





 一週間くらいかけてようやくゆうちゃんのおすすめ本を読み終わった私は嬉々として、ゆうちゃんに話しかけた。もちろん放課後、図書室での閉館間際。



「なんだ、あの本ちゃんと読んでたんだ。学校で読んでるの見ないからてっきり…」


「家で、しっかりと読んだよ〜。すっごい面白かった!ああいう本てさ、今まで全く理解出来ないし想像も出来ないから苦手だったんだけど」


「理解出来ないから想像も出来ないんだろ」


「ぐぅっ、そうなんだけど。でも私には今、スマホという文明の利器があるからさ、検索しながら読んだら、面白かった!一回目はわからないままストーリーの流れのまま勢いで読んで。二回目は単語調べながら読んで。三回目は、いろいろイメージしながら読めた!大満足〜」


「なら学校で読めば良いのに」


「学校でスマホ、堂々と弄れないじゃん」


「そんなこと言って、俺に揶揄われるのが嫌だからだろ」


「わかってるんなら、言わないでよ。それより、あの本、本当に面白かったからさ、ネットでポチッとしておいたから、家に届くまでもうちょっと貸して置いてね。多分、明日くらいには届くはず」


「そんなのいつまでだって貸すのに。理解するまでっていうなら戻って来なさそうだけど」



 ははは、と笑うゆうちゃんに私は、溜息混じりで返す。



「文系脳の私には、やっぱり複雑でさ。パラレルワールドについて理解したいし、その方が転生した時にも役に立つでしょ」


「また、転生かよ。今生を謳歌しろよ」


「だーかーらー、私は私なりに楽しんでいるんだってば」



 そうなのだ、私は今現在だって楽しいのだ。なんで気づかないのかな。ゆうちゃんとこうしてなんでもない日常を送れることが、私にとって最高に幸せだって思っていることに。



 だって前世の私たちは、中華風ロミジュリだった。もちろんロミジュリを知ったのは今の生でだけど。ロミジュリの映画がテレビで流れていたのを見て、前世の私とゆうちゃんみたいだなって思った。

どういう仕組みかはわからないけれど、転生するたびに毎回ゆうちゃんと出会うのだ。結ばれないまま寿命が尽きたこともあったけれど、私が恋をするのはどの生でも変わらなかった。


 自分が転生の記憶持ちだと気づいたのは六歳の誕生日。幼稚園の園庭で突然の記憶の濁流に飲み込まれてパニックになっていた私の腕をゆうちゃんは掴んで言ったのだ。


「今日の給食、杏仁豆腐だって。あんにんどうふ、知ってる?」



 ああ、そうだった。ゆうちゃんは前世で杏仁豆腐大好きだったな、辛いものや脂っこいものが苦手で、食事に苦労したんだった。

この世界で過ごすにつれて、ゆうちゃん好みの食生活の国で良かったと安心した。

そんな私の心配に気がつくわけでもなく、ゆうちゃんは子ども向け科学本を目を輝かせて読んでいた。






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 彼女は全てを覚えていないだろうけれど、俺が杏仁豆腐が好きだったのは前々世の話。中華風ロミジュリだった。

そして、その次の生は今より少し前の日本だった。彼女の家と今回は敵対することもなくスムーズに結婚した俺は、彼女の美味しい家庭料理を堪能したのは言うまでもなく。


 転生の全てを記憶している俺からすれば、次の世はきっとこの世界がさらに進化した時代、もしくはこの生のパラレルワールドあたりだろう。小説やゲームの中に転生するなんて、ラノベのファンタジーでしかないだろう。


 だけど、次の生も俺の為に過ごそうと一生懸命になっている彼女は可愛いし、見ているだけで幸せだ。




「何度生まれ変わっても私達一緒になろうね。私たちは必ず結ばれるのよ」



 つきあってから、彼女は何度も俺にそう言って笑いかけた。

 彼女が俺の手を握って息を引き取ったその時も。今でも鮮明に思い出せる。


この輪廻の環は、その昔魔法と呼ばれた古の秘術によって結ばれた。今は消えてなくなった理によって途切れることも結ぶこともできないことを彼女は知らない。



いつか、徳を重ねた二人を天上からの迎えが来るまで、俺は彼女の無邪気さを堪能しようと思う。




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ゆうちゃんが私を見てニマニマしている。こういう時のゆうちゃんは、私に対してよくないことを企んだりしているんだよね。


古の秘術をこっそり研究してた時もそう。



「何度生まれ変わっても私達一緒になろうね。私たちは必ず結ばれるのよ」



 私の言葉に大魔導師となったゆうちゃん、ユウ・フォ・ルビア様は輪廻の環を結ぶべく文字通り心血注いだのだ、精霊王の娘である私と結ばれる為に。

だけど術を発動させるためにはゆうちゃんの魔力が足りていないことに気づいた私は、自分の命と引き換えに術を完成させたのだ。



 私の転生の記憶が曖昧なことには、聖女の生で気づいた。多分、ゆうちゃんが私の魂のかけらを術式に組み込んだうえに私が自分の魂を重ねたためによる不具合なんだと思う。


 生まれ変わる度に魔力と記憶が薄くなっている私達。私が聖女に生まれ変わった時が修復の最後のチャンスだったけれど、綻びを直すことはしなかった。


 私の知らないゆうちゃんがいるのはちょっと嫌だけれども、ゆうちゃんしか知らない私がいるっていうのは案外と悪くないから。

それにゆうちゃんが私を毎回溺愛してくれているのはわかっているしね。

 いつか古の理が及ばない生が来るだろうけれど、その時もまたきっとゆうちゃんと幸せな人生を送ることを願わずにはいられないんだろうなって、思ってる。







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