5 Behind

 一度立ち止まることにした。

 もしかしたらただの勘違いかもしれない。いつもより暗いし、変な夢も見てしまっている。理由もなく何らかの恐怖に絡め取られているだけで、全ては私の思い込みだという可能性だってあるのだ。いや、可能性があるのではない。きっとそれが真実であり、それが答えだ。そうでないと――。

 不安定な呼吸を正すために軽く胸に手を当てて、深呼吸をする。足りていなかった酸素が、体内のあらゆる箇所に巡っていくのがわかる。新しいものを手に入れたときのように、心が軽くなるのと比例して空気が身体を満たす感覚。

 大丈夫、私なら大丈夫。きっと誰かにつけられているだとか、狙われているだとかそんなものは小説や漫画の読み過ぎで、現実にあるようなことではないから。

 ほら、もし本当に私を殺そうとする人がいるなら、それはつまり私がその人に何か悪いことをしたってことになる。けど私は何もしていない。したとして、友人へのいじりだとか身内での遊び程度のこと。男子に恨みを売るようなことも、知らない男に付け狙われるようなこともしてはいない。だから、私は大丈夫。

 呼吸が整った頃に私は、一応、ゆっくりと背後を確認することにした。怖くてたまらないけれど、これで誰もいなければ私の安全は保証されるし、それで安心して家に帰ることができるだろうから。

 バクバクとうるさい鼓動を無視して、私はゆっくりと後ろを向く。しかし。

「ねえねえ、どうして僕から逃げるのかな?」

 いた、彼がそこにいた。黒い笑顔を浮かべたあの男が、いたのだった――。



逃げる→7へ『Go away』

https://kakuyomu.jp/works/16816700426841578850/episodes/16816700426843334729


立ち向かう→8へ『For him』

https://kakuyomu.jp/works/16816700426841578850/episodes/16816700426843432216

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