最終節 手のひらを太陽に
「──やられたね、彼」
混沌の間の玉座に座るヨハネスが、頬杖をしながら呟いた。ホワイトライダーは強敵の出現への狂喜を抑えて尋ねた。
「確認ですが、レッドブレードでしょうか?」
ホワイトライダーの腕の疼きに気づいたヨハネスは笑みをこぼした。
「そうだが…露骨だね、君も」
「ホンマやで!」
ホワイトライダーの向かいに座るブルーシックルが身を乗り出す。
「仲間がやられたっちゅうのに冷たすぎんか?」
豪傑さながらにホワイトライダーは大笑いした。
「我ら四騎士を破る者が現れたのだぞ?これを喜ばずして何とする!新しきゾアに違いない!そして間違いなく、我が友も関与している!」
「志藤仁、だったかな?」
ヨハネスが問う。ホワイトライダーは丁重に頷いた。
「いやはや、さすが我の認めし戦士だ」
「そう決まったわけでもないやろに」
感慨深そうに呟くホワイトライダーに、ブルーシックルは口を尖らせた。
「大体、ご主人もアンタも話題がおかしいやろ。何でレッドブレードとブラックリブラの話せぇへんの?心配にならんのですか?ご主人は」
ヨハネスはにべもなく答えた。
「約束も守れない奴に心配される資格は無いよ」
「危うく契約不履行となるところであったからな」
腕を組み、相槌を打つ。すると、ばつの悪い表情でブラックリブラが帰還してきた。ブルーシックルは朗らかに話しかける。
「どうやった?あっちは」
「うるさい!」
怒鳴るブラックリブラに対し、ブルーシックルは弱々しく俯いた。それを見たホワイトライダーが瞬時に、ブラックリブラを組み伏せた。
「言われたこともろくに果たせず、挙げ句当たり散らすとはな。高潔の対極とは貴様を指すのか?『下位互換』よ」
ブラックリブラは真上に座るホワイトライダーを睨んだ。
「あの木偶の坊が悪いのです。奴が勝手なことをしなければ…!」
言い訳をするブラックリブラを、ホワイトライダーは冷たく見下げた。
「だが、貴様も遊んだのだよな?我が友と。遊んだ末逃げ帰るとは、騎士の名折れ以外の何物でもない」
「あなただって、そのお友達とやらにほだされてデリートを拒んだくせに…!」
ホワイトライダーが深いため息をつく。心底、呆れ果てた様子で。
「同じ源泉より生まれし者で、こうも異なるとはな…これ以上、我が主に恥を塗りたいか?」
「やめろ」
ヨハネスの一声で場が静まる。
「ホワイトライダー。その話は二度としないように」
ホワイトライダーは即座に頭を下げた。
「ブラックリブラ。チャンスを与えよう。じき、志藤仁はかの世に行く。彼の後をつけるんだ。ただし、契約の範囲内で動くように」
ブラックリブラは口を閉ざし、静かに頷いた。
「かの世って確か、昔行ったトコやんな?あんま覚えとらんけど」
ブルーシックルがホワイトライダーに確かめる。
「ヤマトの仕業で、神の隠れ家ともども干渉できなくなったがな。恐らく我が主ヨハネスの意図は、我が友のオーダーとしての力を利用せよとの事だろう。あれならば世を渡れる」
ヨハネスは拍手を送った。
「さすがだ」
「光栄にございます」
席を立ち、ヨハネスは卓上に浮かんだ。
「じゃあ解散だ。私はまた創っておくよ、レッドブレードを」
と言葉を残し、ヨハネスは消えた。ホワイトライダーも席を立ち、ブルーシックルが後を追う。独り残されたブラックリブラは呟いた。
「所詮、『見栄』や『嫉妬』など、見向きもされませんよね」
立ち上がり、気だるげに言葉を続けた。
「さて…会いに行きますか。『先輩』に」
そしてブラックリブラも姿を消した。
一隻の船が大海を泳ぐ。剛は潮風を吸い込んだ。
「今頃どうしてっかな、皆」
レッドブレードを倒した40日後、ようやく水滴が降り止んだ頃、アマカゼで大きな事件が起きた。仁のタカマガハラ出張である。
科学研究棟にて、仁が修理したユニゾンギアを装着したのが、事のきっかけとなった。澪士と対話した仁は、ゾアの存在を確認したのだ。
「ゾアは同じ時代に生まれないんじゃ…」
「何かが…いや、誰かが関わっているだろうね。どっちにせよ、またとない機会だよ」
だが、日向によるゾアの基準──変貌せずとも力を発揮できる人間変異型のレシーバーズ──を満たす者は、噂すら聞きつけられなかった。
その様子から、義太郎は推理した。
「とすると、多分ゾアはタカマガハラにおるんちゃうか?」
「可能性は高いわね。海外でのレシーバーズの目撃情報が今も無い以上、考えられるのはそれしかない」
「でもどうやって行けばいいんだ?タカマガハラに」
仁が尋ねると、日向は手を差し出した。
「オーダーはこことタカマガハラを行き来できる唯一の存在。けど、こうして手を繋げば、二人までなら連れて行けるわ」
仁は考え込んだ。アマカゼの中から連れて行こうにも一人余る。そもそも、アマカゼの隊員を引き抜けば国内の防衛自体が不安定になる。いっそ一人で行こうか。
迷っている仁に対し、義太郎は挙手した。
「ワシ行かせてくださいな。もともと根無し草なんやし」
「いいのか?」
「案内役は要りますやろ。ワシとしても帰郷っちゅうことになるから、お互い様ですわ」
ということで、義太郎は決定した。あと一人連れて行ける。
「日向は行かへんのか?」
義太郎の質問に、首を横に振った。
「ごめんなさい。今の私では戦力になれない。それに、私にはやるべきことがあるから」
決意の眼差しを見て、義太郎はそれ以上何も問わなかった。思い悩む仁の耳に、突然物音が入り込んできた。驚いて音の先を向くと、アマカゼの三人が倒れていた。どうやら、盗み聞きしていたらしい。
「マナー違反だぞお前ら」
「ごめんなさい」
謝罪の直後、リッキーが仁に駆け寄った。
「オレ、行きます。一緒に」
仁は視線を逸らした。
「ダメだ。誰が皆を守るんだよ…」
「私達にお任せあれー!」
場違いな陽気さで、美加達三人組が現れた。仁は目を丸くした。
「実は、今日からアマカゼさんで働くことになったんですよ!」
「マジ?聞いてねぇんだけど俺」
「サプライズって言ってましたからね。しかし市民のために戦うのを条件に釈放って、お役人も頭がキレてるよな。そうすりゃ俺達は食いっぱぐれないし、政府も首輪繋いでおけるし」
「『ワン』ストーンツーバーズ…『犬』だけに…何つって…!」
勲の切れ味の悪いダジャレに雄二郎は、
「さすがに苦しいわそれ」
と突っ込んだ。美加が咳払いをし、話を戻す。
「とにかくそういうことで、お話は私達も聞いていたんです。で、レジェンドお三方様…!と会議をしまして。誰が指揮官様…!のお側に行くべきかと…まぁ私達が相応しくないのはわかっていますけども、一応…!」
途中から興奮して早口になっていたが、骨子は伝わった。
「それで選ばれたのがリッキーってことか」
三人組が激しく頷く。剛が補足した。
「言っとくけどダンナ、俺達は初めからリッキーを推すつもりだったぜ」
「五感の鋭いリキさんなら、命の危機は少ないでしょうしねー」
乙の言葉に、日向と義太郎は苦笑した。一体どんな魔境だと思われているのだろうか、故郷(タカマガハラ)。
「でもな…」
尚も煮え切らない仁に、突如部屋を訪れた遊月が割って入った。
「察してやれよ。弟分が兄ちゃんと一緒にいたいって話だぜ?受け入れねぇ方が失礼じゃねぇか」
リッキーの眼差しを確かめる。腹をくくった者のする目をしていた。仁も決心がついた。
「…じゃあ、よろしくな。義太郎、リッキー」
リッキーはあからさまに表情を明るくした。そのわかりやすさに全員が笑った。
こうして、まだこの世の人類の見ぬ地へ旅立つメンバーが決まった。レッドブレードの件もある。苦難の無い道だとは思わない。死ぬことだってあり得る。どの地でも、同じことかもしれないが。
別れ際、リッキーは剛に言った。
「守ってね。オレ達の世界」
「任せとけって。守るのは得意だからよ」
仁によって『世を繋ぐ架け橋』の扉が開かれる。
「それから」
足を踏み入れる直前、リッキーは剛と乙に問いかけた。
「あの子の名前、決めた?」
二人とも、笑って答えた。
「そりゃあもう」
「一つしかないでしょー」
リッキーは微笑んだ。
「…それもそうだね」
踵を返し、扉に顔を向ける。
「行ってきます」
「…おう」
剛はリッキーが背中を向けていてよかったと思った。この泣き顔を見られずに済んだのだから。出会ってからの数年間、ずっと同じ釜の飯を食べてきた相手だ。どうせなら、笑って見送りたい。リッキーも涙を拭きながら、同じことを思った。
旅立ちは仁達だけに起きたものではなかった。遊月と日向も、奏雨と共に海外へ発つことにしたのだ。
「私達の研究成果を世界で共有するの。そうすれば、少しでも日本やレシーバーズに対する風向きを変えられるはずだから」
「それだけじゃねぇ。授業を受けたくてもできねぇ奴等に、無償で教えていく。そうやって俺は色んな奴と向き合いてぇ。そうやって暁のしたかったこと、やっていきてぇんだ」
「あたしは前までと同じことを続けていく。戦わなくたって、助けが要る人はたくさんいる。そういう人達を助けて、少しでも笑顔を増やしていくよ」
真は奏雨に泣きついた。
「やだよ!置いてかないでくれ、姉ちゃん!」
「アマカゼの皆と一緒は嫌?」
「そうじゃないけど…俺は奏雨姉ちゃんがいなきゃダメなんだよ…!」
奏雨はしゃがんで真を抱きしめ、頭を優しく撫でた。
「あんたはもう、誰かを笑顔にできる。ちゃんと一人で立てる。それぐらい強いよ、あんたは。あたしが保証する」
真は涙を拭い、目を腫らした顔を震わせた。
「楽しみにしているよ。次に会う時は、どんな大人になっているかな」
そして、三人はそれぞれの旅路へと向かうのであった。
スマートフォンで『特別密着取材!礼閃所長の手腕に迫る~科学が導く世界のこれから~』と題されたネットニュースを一瞥し、物思いに更け、船の手すりにもたれる。そんな剛に乙が近寄る。
「らしくないですねー、タケさんがそうしてるのー」
「うるせぇよ」
剛は笑った。
「あれから何年経ったと思ってんだよ」
乙が剛の隣に立つ。
「皐姫お姉さんの子供がクラブどうするかってぐらいですもんねー」
「早すぎるよな。昨日のことみてぇに思い出せるぜ、あの日々」
目を閉じて、仁の下で明良やリッキーと共に笑い、戦った日々を思い返す。目頭が熱くなる。
「ホントホント、あっというまだよね」
どこからともなく声がする。小さな風の塊が、二人の後ろに立つ。
「そんなことするぐらいなら何で来なかったんだよ、流奈」
力を使って交信する流奈に、剛が呆れ気味に対応する。
「おじさんがのれないならちっともたのしくないもん」
「やっぱり無理言ってでもあのお寺にするべきだったんじゃなーい?」
便乗する乙に、剛が反論する。
「『赤鬼崩し』の周年記念パーティーに皆をあそこに連れて行けるかよ…お偉いさんぶちギレんぞ?出資してくれてんのに」
レッドブレードを倒してからというもの、毎年の同日、アマカゼメンバーを迎えての豪華な宴会が開かれることとなった。場所は参加者の投票、もしくはアマカゼメンバーの希望で決められるのだが、今年は剛のリクエストで客船によるパーティーとなったのだった。
「まぁおじさんさわがしいのきらいだしね」
流奈は恐らく酔いが回っているであろう三人組を想起した。案の定、風の塊の後ろ、大広間の方では即席カラオケ大会が行われていた。
「それに…あいつ好きだろ?海」
乙は剛の耳が赤くなるのを見逃さなかった。
「なるほどなるほどー。これは親バカコース決定ですねー」
悪戯な笑みを浮かべる乙に続き、事情を察した流奈が、
「そういうこと~!たけしさん、あいされパパ~!」
「からかうなよ二人とも…」
赤くなる剛の頬を、乙が指でつついた。
「素敵だと思いますけどね」
すかさず乙はそっぽを向いた。
そこへ、一人の少女が駆けてくる。剛は緩んだ顔で注意した。
「船の上で走っちゃダメだぞ、『明良』」
明良は屈託の無い笑顔で言った。
「だって面白いんだもん、海の上」
潮風を感じる。波の音が耳を通る。
「気持ちいい…」
そう呟く明良に、突然声が聞こえた。
──君の音、届いているよ。
辺りを見渡す。意識もしない内に、口から名前が漏れていた。
「甲さん…?」
不思議そうにする明良の顔を、剛が覗く。
「どうした?」
「…何でもない!」
明良は乙を指さす。
「真っ赤だよ、お耳」
震え声で乙はとぼける。
「な、何のことかなー?」
煌めく太陽が海を銀色に染め上げる。明良は空を見上げて、手をかざした。
「私も真っ赤!」
元気よく叫ぶ明良に、三人は笑った。そして、声を揃えて歌う。奇しくも、大広間からも同じ歌が聴こえてきた。
「僕らはみんな生きている 生きているから笑うんだ 僕らはみんな生きている 生きているから嬉しいんだ──
レシーバーズ 晶の章 風鳥水月 @novel2000
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