第二十二節 滴(わたし)がいて、海となる
マグマの太陽は猛烈な熱を発した。雨は否応なしに干され、辺り一帯、自然発火によって火の海と化していた。
アマカゼも立つことすら困難の状況下、中でも深刻なダメージを負っていたのは、明良だった。雨水で構築された巨大な身体は燃え、全体に張り巡らせた神経に、熱と痛みが伝わる。なまじ大きいだけに、痛みを受ける範囲は通常の何倍にも達していた。
明良はそれでも踏ん張り立ち向かおうとするが、耐えきれず悲鳴をあげた。水が飛散し、地にうつ伏せになった。全身から黒い煙が噴き上がる。
「明良!」
ユニゾンギアで引き出した能力でも受け止めきれない熱を前に、仁も倒れ伏して叫ぶことしかできなかった。
その頭を踏み、ブラックリブラが蔑んだ目で見る。
「散々おちょくっても、所詮そんなものですか」
ブラックリブラは仁を蹴たぐり、煮えたぎった地面の上で転がし続けた。
「簡単には死なせませんよ!小生をコケにした罰です、存分に苦しみなさい!」
息を吸うのも困難な熱波、触れることすら命取りの大地に囲まれる。各々、立とうとしても身体が言うことを聞かない。
肌を焼く音が明良の耳をつんざく。視界もぼやけてきた。蜃気楼ならば有難かったのだが、どうやら身体が限界を迎えたらしい。脚は痙攣を起こし、指も震えが止まらない。
立て。立て。いくら心で命じても、身体は応えてくれなかった。
上空から勝ち誇った笑いが聞こえる。
「これが運命だッ!決して変わらねぇ、決して曲げられねぇッ!絶対の力だッ!」
マグマの太陽は炎の嵐を巻き起こした。アマカゼは受け身も取れないまま吹き飛ばされた。それぞれ、違った場所へ飛来する。明良が落ちたのは、アマカゼ記念公園だった。
花畑に包まれ、明良は思った。嫌だ。諦めたくない。身体よ動いてくれ。ここで動けなかったら、一生後悔する。
尚も身体は微動だにしない。その時だった。彼方から声がする。
「頑張れ!」
「負けるな!」
不思議だった。決して動かなかったはずの身体が、途端に軽く感じたのだ。力が溢れてくる。明良はおもむろに身体を起こした。
立ち上がる明良の視界に、流奈が映る。
「ずっと…待っていたんですか…?」
流奈は頷いた。直後、爽やかな風が流奈を覆った。風は流奈の周囲を駆け巡りながら形を作り、やがて一人の少女の姿となる。その容貌はさながら、7年前の英雄のようだった。
「あなたは…」
流奈に歩み寄る。風は流奈に手を差し出すよう促し、明良の手を繋ぐ。遥か遠くの声が、一つ一つ伝わってきた。これだけの人やレシーバーズが、アマカゼの背中を押している。明良は目頭が熱くなった。
「とても…あったかいです…」
その声は流奈を介し、他のアマカゼの隊員や仁にも伝わった。
「皆、オレ達を待っている!」
「いい加減、ケリつけてやろうぜ!」
「寝るのも飽きましたしねー…!」
「そうだ、俺達は背負っている!命を!こんなとこで終われるか!」
目の前で起きた奇跡のような出来事に、明良はただ、胸の熱さを感じていた。そんな明良に向き合って、風は確かに言った。
「疾走(はし)れ、クリスタルダイバー」
明良は踵を返し、レッドブレードのいる場所まで走った。もう身体のどこも痛まない。熱くもない。胸に響く声の熱さに比べれば、この程度のことは何でもなかった。
アマカゼが再び集結する。
「いい加減しつけぇぞッ!」
レッドブレードが激昂する。明良は大胆不敵に微笑んだ。
「それが取り柄ですから!」
啖呵を切る明良の肩を指で叩き、リッキーは提案した。
「さっき照準を合わせていた時、あいつの首から破片を見つけたんだ。そこを狙えば、あいつを倒せるかもしれない」
乙は甲が投げた破片のことを思い出した。甲が命と引き換えに作った弱点。必ず当てる。
「でもよ、俺の弾丸じゃさっきみてぇに溶かされちまうぜ?」
「…私が作ります」
すっかり渇ききった大地の上で、明良は言った。その意味は全員が理解していた。
「それは…賛成できない」
リッキーが首を横に振った。
「君が死んだら意味ないだろ…」
明良は、目を背けるリッキーの手を握った。
「大丈夫、生きますよ」
「でも…」
「信じてください。前だって約束、守ったじゃないですか」
朗らかな笑顔を浮かべる明良を前にして、リッキーはため息をついた。
「ズルいよ。そんな顔されたら、嫌でも信じちゃうじゃないか」
そして、仁が話を切り出す。
「よし。作戦はこうだ──」
「責任重大ですねー…」
「心配すんな。間違っても外さねぇから」
「…絶対、生きよう」
「もちろんです。またピクニック、しましょう」
アマカゼはマグマの太陽を見上げ、
「作戦開始!」
仁のかけ声と共に走り出した。すると、ブラックリブラが剛の前に立ち塞がる。
「あなたが作戦の肝みたいですね、潰します!」
「させるか!」
仁が飛び蹴りを加え、ブラックリブラを横転させた。
「行け!」
「ありがとう、ダンナ!」
剛が持ち場へ行ったのを確認して、仁は体勢を立て直したブラックリブラに対峙した。
「お前の相手は俺だ」
ブラックリブラは首を鳴らす。
「いい加減しつこいですよあなた…!」
互いに拳を固め、パンチを繰り出した。
一方、持ち場についた剛は、明良を守るようにして前に立った。剛の肩に手をつけて、リッキーがスコープの役割を果たす。
「──見つけた!」
「弾、出来たか?」
明良は胸の中から砲弾を取り出し、息を切らしながら剛に手渡した。
「一応、限界まで練りました」
「…ぜってぇ当てるからな」
砲台を構える。リッキーの指示に従い、誤差を修正する。
「そこだ!」
合図と共に乙が配置転換し、マグマの太陽に限界まで近づいた状態で剛は水の弾丸を撃ち放った。弾は一直線にレッドブレードの首へ飛び、マグマの太陽へ入った。
しかし、破片へ届く直前、弾丸はレッドブレードの持つ炎の剣にいなされた。
「だから諦めろってんだバカどもがッ!」
マグマの太陽から炎の剣が投げられる。地上へ落ちていく剛を貫かんとしたが、直前で剣と剛の位置が入れ替わる。
「それを待ってましたよー…!」
凄まじい吐き気を堪えつつ、乙の口角が上がる。九死に一生を得た剛は、『次弾』を装填した。
「いけ、『明良』!」
鉄に包まれた二発目の弾が、砲台から放たれた。マグマの太陽が内側から燃やし尽くそうとするも、分厚く覆われた鉄が熱を一身に引き受ける。そうして、明良は太陽の中央に構えるレッドブレードの懐に潜り込んだ。
「届きました…!」
明良はレッドブレードの首に手の平をつけた。レッドブレードが振り払おうと踠くが、明良の四肢は離れない。
「何しやがるッ!」
身体中から湯気が立つ。水の膜越しから、明良の肌が焼かれる。レッドブレードは問いかけた。
「お前じゃない命を守るのが、そんなに重要なのかッ!?」
「当然です!」
「何故だッ!」
苦悶の中、明良は答えた。
「海は…滴の集まりです。一滴でも足りなかったら…全然違う海になります。命も…同じです。一つだって…欠けちゃダメなんです!」
内部の熱が上昇する。膜は剥がれ、業火の中で肌が剥き出しとなった。それでも明良はしがみつくのをやめない。
「汚ねぇ水もかッ!」
「全部あって命です!価値に差なんてありません!」
明良は体内の水分を引き出す。既に限界許容量の1%は使った。あとはいかに耐えられるかどうか。死線を踏み越えぬよう、踏ん張れるかどうか。
体内から溢れ出す水が明良を囲う。1、2、3%。まだ止まらない。もう神経の一本も身体を動かすことに費やせない。だが、明良は水の放出をやめなかった。全て、使い果たすまで。
徐々にマグマの太陽が、水の月に喰われ始めた。月の浸食は新月から三日月、半月まで進む。
「何だッ…何なんだテメーはッ!」
「何度でも言います。私は…クリスタルダイバー、潜明良です!」
マグマの太陽は水の月に喰い尽くされ、水滴が弾け飛んだ。空から降る水滴は渇いた大地を潤し、海上を鎮火させた。熱波も嘘のように退き、止む気配も無く降り続ける水滴を見て、ブラックリブラは拳を止めた。
「そんな、馬鹿な…」
息も絶え絶えの仁は膝をつき、両手を掲げた。落ちる水滴を一身に受ける。温かかった。
「勝った…!明良ちゃん、やったんだ…!」
リッキーが涙を流す。
「サイコーにゴーカイだぜ!」
剛は天に吼え、喜びを爆発させる。
「お父さん…やったよ」
乙は水滴の音を聴き、染み入る想いの丈を呟く。
遠く離れた避難所にも、その報せは届いていた。アマカゼの皆が勝ったよ。風の便りに、誰もが湧き立った。
「やったー!」
「アマカゼ最高!」
「俺達のヒーローだ!」
人も、レシーバーズも、ラバーズも、全員が肩を抱き合い喜んだ。
「あぁ~もう言葉にならんわぁ…」
涙で顔が崩れる義太郎に、奏雨がハンカチを渡す。真は検事とハイタッチする。三人組は零に抱きつき、
「アマカゼさんやりましたよ兄さん!」
と興奮しきった口調で叫んだ。零も照れながら、
「誰が兄さんだよ…」
と眉を潜めつつも、三人組を抱き寄せた。
大盛況の中、遊月がシャットシェルに、静かにもたれかかる。
「誰の声なんだろうな、今の」
笑みを浮かべて語りかける。
「不思議と信じられる声だった。何より…懐かしい声だった」
「ウサだ」
シャットシェルが唐突に言う。
「あの声はウサだ。間違いない」
「根拠は?」
「7年も面倒を見ればわかる」
「勘かよ」
遊月は吹き出した。
「…ま、嫌いじゃねぇぜ。そういうの」
遥か彼方、日向は水滴の降りしきる空を仰いだ。
「レシーバーズ、ね…言い得て妙だわ」
届いた報せを受け取った日向の、満面の笑顔が日に照らされた。
一方で、リッキーはいち早く異変に気づいた。
「あれ?明良ちゃん…降りてこない…」
アマカゼの間に緊張が走った。
「全部終わったはずだろ!?」
「やだよ…そんな…」
気が動転した三人を、仁が窘めた。
「レッドブレードは倒したんだ、お前らが信じないでどうする!」
とはいえ、仁の胸中にも不安はあった。何故、まだ落下してこない?落下速度を考えれば、既に地上に着いていないとおかしい。何故、まだ空にいる?
アマカゼ一同の不安が募る。その時、巨大な水晶が、肉眼で捉えられるほどの速度で落ちてきた。四人で受け止める。水晶の中で、一人の赤ん坊が寝ていた。
「これは…」
秋風が四人の頬を撫でる。夏が終わろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます