第二十一節 善も悪も、溶けていく

 自衛隊員の一人と零が、長蛇の列に呼びかける。

「避難所はこちらです」

「できるだけ間隔は詰めてください」

 自衛隊と零率いるラバーズ達の活躍もあり、避難所には次々に人が集まった。

 とはいえ、数が数である。密集した閉鎖空間では、正気も長くはもたない。時間との戦い。守るべき相手が正気を失い、集団パニックを起こす前に、全てを終わらせねば。しかし、熱波は加勢を許さない。

「歯痒いなぁ…」

 義太郎は避難所の壁に張りついて唸った。日向も壁にもたれ、腕を組む。

「仕方ないわよ。あの熱さじゃね…」

 時間を操る性質上、気温という空間に干渉されると相性が悪い。せっかく目覚めさせてくれたのに。日向は唇を噛んだ。

 遊月は辺りを右往左往しながら呟く。

「あいつら大丈夫か…?やせ我慢なんかしてたらシャレになんねぇぞ…!」

「親ですかあなたは」

 ゴールデンプロポーションこと林美加(はやし みか)が遊月の進行方向に立つ。その後ろで、ビッグアームこと槙原勲(まきはら いさお)が薄く笑った。

「『おやおや』…何つって…!」

 遊月は頭を搔いた。

「教師ってのはそういうモンなの!」

「大丈夫大丈夫!アマカゼさんはぜってぇ勝つよ!キレキレだからな!」

 カットマンこと岸田雄二郎(きしだ ゆうじろう)が遊月の肩を叩く。手を払いのけ、遊月は口を尖らせた。

「無責任だろ、そういう言い方。ファンだってんなら、言葉には気をつけろよな」

 日向がため息まじりに口を挟む。

「けど信じる他に無いんじゃない?近づくことすらできないんだから」

「でもなぁ…」

 すると、避難所の列から大声がした。

「奏雨姉ちゃん!」

 真と零は、閃光と共に突如現れた奏雨に目を丸くした。列から離れ、奏雨は二人に気さくに挨拶した。

「どうしてここに…?」

 零が尋ねる。

「あんなニュース観て駆けつけない方がおかしいでしょ。あたしにもやれること、あるかもしれないしさ」

「けど、マグマと同じくらい熱い空気が漂ってんだろ?いくら姉ちゃんだって…」

 不安を露にする真の額を、奏雨は指で押した。

「諦めちゃダメ。できること、ちゃんと探さないと」

「そうは言っても、何があるんだ?」

 零の疑問はますます深まる。加勢できないのにわざわざ都心部までやって来た理由は?

 そんな疑念を汲み取るように、奏雨は言葉を続けた。

「あたしさ、色んなトコ行って回ったんだ。その時に思ったんだよね。励まされると、人もレシーバーズも関係なく、凄い力が湧いてくるなって。だから届けよう、あたし達の声」

 真の顔が明るくなる。

「いいじゃんそれ!やろう!」

 しかし、零の表情は尚も渋い。

「電波障害は君の力でどうにかできるとして…機材はどうする?」

「私に任せてくれ!」

 列の中から一人の男が近づいてきた。最高裁の法廷で、アマカゼを糾弾した検事だ。真はしかめっ面をする。

「何だよオッサン」

 毒づく真を奏雨が窘めた。

「ダメでしょ、そんな口の利き方」

「でもさぁ…」

「その子の言う通りです。私は彼等に守られていながら、彼等のことを疑い罵倒しましたから…」

 頭を下げる検事の背中をさすり、奏雨は言った。

「あの状況じゃ仕方ないですよ。皆、不安でしたから」

 検事は奏雨にお辞儀をし、話を切り出した。

「私、自分で言うのもなんですがコネはある方でして…それで、私のツテで機材の方を集められるんじゃないかと思いまして」

 そして、検事は真に目一杯の土下座をした。

「お願いします、私を使ってください!私も、彼等の力になりたい!彼等の真実に、彼等の芯に懸けたい!」

 真はしゃがみ、

「顔上げてくれよ」

 手を差し伸べた。

「使わねぇ。仲間だもん、一緒に頑張ろうぜ!」

「また上からこの子はもう」

 奏雨が真の肩を軽く叩く。

「帰ったら敬語の使い方、ちゃんと勉強しなきゃね」

「勉強って…嫌な響きだなぁ…」

 四人の顔がほころぶ。

「じゃあ早速、人を集めよう!」

 零が話をまとめようとしたその時、大きな音と共に、避難所の方に向かう巨大な影が見えてきた。列が乱れる。

「落ち着いてください!」

 自衛隊員も必死の形相で逃げ惑おうとする人々を食い止める。零は影の主と面識があった。

「シャットシェル!?」

 義太郎もその正体に気づき、

「あんさん何してはんねや…!」

 と、止めに入った。焦りを見せるシャットシェルに、義太郎は訳を尋ねた。

「そないに急ぎはってどないしてん」

「お前こそなんだ、ウサがいない時に!」

「言うたやろ、記念公園行くでって!」

「その記念公園にいないから慌てているんだわしは!」

 義太郎は驚き、舌を伸ばした。

「んなアホな…」

 身体を震わせ、義太郎は流奈を捜すべく駆け出そうとした。だが、目に入った光景が足を止めた。空から降り注ぎ、人の居場所を焼き尽くす、燃え盛るマグマの流星群。それが、避難所めがけて飛んできたのである。阿鼻叫喚が響き渡る。

 零はすかさず変貌し、最も地上から離れた火球に全ての火球が収束するようにした。だが、とめどなく降る炎の雨は止まない。

「キリがない…!」

 日向も変貌し、時間を止める間になるべく多くの人々を避難所から遠ざけた。しかし、残り半分を連れ出そうとした瞬間、時が動き出してしまった。

 変貌が解け息を切らし、膝をつく日向は悟った。もう、力を満足には使いこなせないのだと。7年という眠りは元々、大きすぎた力の代償。それを夢現で無理やり解き放ったのだ、何かしらの反動は来るだろう。

「夢は醒めるものね…」

 日向は悔しさに顔を歪ませた。何も、こんなタイミングで来なくてもいいだろうに。流星群は徐々に速度を上げ、確実に避難所へ近づく。残酷な光が地上を照らす。

 真が奏雨に提案する。

「姉ちゃんの速さならいけるんじゃない!?」

「皆の脳がペチャンコになっちゃうよ!」

 三人組が泣きながら互いに抱き合う。

「神様仏様ー!お慈悲をー!」

 遊月も歯軋りをする。

「未来をこの目で確かめてぇってのに…!」

 誰もが死を覚悟した。刹那、シャットシェルの足は避難所に向かって動いていた。

「どこ行くねん!」

 義太郎の問いにも答えず、シャットシェルは巨体を活かし、避難所の前方を覆った。火球が落ちる。その時、

「その心意気、俺が買った」

 刀が火球を斬り裂いた。粉微塵となった火球は雨に濡れて炎を消す。幸い、避難所周辺に落ちたのはこの一撃だけだったようで、他は違った場所へ飛んでいった。

 避難所から離れ、シャットシェルは刀の持ち主を見て驚いた。見覚えのある小さな銀狼が立っていたから。

 刀を納め、星牙はシャットシェルに語りかける。

「身を挺すのは結構だが、命を粗末にするのは関心しないな」

「そうですよ」

 シャットシェルの背後から皐姫が顔を出す。

「守られる側も悲しいですよ?助けてくださった方が失くなられてしまわれたら」

「すまない。気がついたら動いていた」

 その言葉を聞いて、皐姫は微笑みを浮かべた。

「ですが、心意気は素敵だと思います」

「ああ。大したものだ」

 星牙が深く頷く。お前はシャットシェルの行動より自分の妻の言うことに頷いていないか、と釘を刺したい気持ちを抑え、遊月は星牙に尋ねた。

「今までどこにいたんだよ」

 星牙の代わりに、皐姫が答える。

「御店の補償手続きをはじめ色々です」

「こんな短期間に…?」

「切り盛りというのは時間との勝負でございますから」

 皐姫は快い返事をした。遊月は面食らうばかりだった。

「それより」

 星牙が鼻を動かす。

「お前達、何か企てがあるな?そういう匂いがする」

 零が説明に入った。

「実は──」


 レッドブレードの身体から放たれた火炎の流星群は街に飛来し、焼き尽くした。豪雨に晒されても勢いの衰えない炎の海を見て、明良は歯を食い縛った。

 炎の剣が水の巨人を襲う。痛みが明良の全身を駆け巡った。レッドブレードが笑う。

「何を守るっつってたっけなぁッ!?全部焼けちまったよッ!」

「全部じゃない!」

 リッキーが下から叫ぶ。剛の後ろにつき、照準を合わせる。

「物は焼けても、オレ達のしてきた事までは焼けない!」

「そうだぜ!ここでゴーカイに踏ん張りゃあ、いつか次に繋がるはずなんだ!」

 鉄の弾丸がレッドブレードの額めがけて一直線に飛ぶ。しかし、熱は鉄を即座に溶かしてしまう。

「オレ様という力には誰も抗えねぇッ!運命ってやつだッ!」

 すると、レッドブレードと明良の位置が突如変わり、レッドブレードはあらかじめ上空に溜めてあった大雨の塊を喰らった。身体の火が微かに弱る。

「その運命を破ったのが私のお父さんだから!私達も後に続く!」

 乙の叫びと共に、明良は腰を深く落とし、水の拳を固める。レッドブレードは体内の温度を上昇させ、再び炎を猛らせる。

「半端者が勝てるかよッ!」

 炎の剣が振り上げられる。

「中途半端かもしれないけど!」

 剣を掻い潜り、パンチが炸裂した。

「私達は立っているんです、善も悪も溶かして!だから、運命なんて怖くありません!」

 遂に、レッドブレードの身体が地についた。

「ゾア、侮れませんね…」

 仁と交戦中のブラックリブラも、この事態には手を止めた。一瞬の隙を突いて仁の回し蹴りが決まる。

「…無粋すぎません?」

「悪いな。見得を切る世代じゃない」

 ブラックリブラは思った。嫌な奴だ。コアも大したことはない。攻撃だってさほど効かない。だというのに、こちらの攻撃は当たらない。じれったい。かといって、ただの人間に等しい存在相手に宇佐美甲と同じだけの、つまり半分も力を費やすのは癪である。

 考え事をしていたブラックリブラの顔面に、鉄拳が入る。

「よそ見できるほど強いのか?」

 仁の挑発を聞き、ブラックリブラは激しい怒りを覚え決心した。使おう、半分の力。

「後悔しても知りませんよ…!」

 何なら全力で叩きのめしてやろうか。そう思った次の瞬間、レッドブレードが吼えた。コンクリートは捲れ、地中に眠るマグマが噴き出し、レッドブレードを宙に押し上げる。やがてマグマはレッドブレードを包み込み、太陽のような業火の球体へと姿を変えた。

 ブラックリブラが呟く。

「本気ですか、彼」

 直径およそ1000メートルの球体が放つ熱は先刻の比ではなく、雨雲までもが蒸発しかねない勢いであった。アマカゼも仁も、超常すら超えた熱波に苦悶する。

 各地が燃え、海上までも発火する。その様子を見て、レッドブレードは高らかに笑った。

「焼け散れ、被造物(ガラクタ)どもッ!これがオレ様の裁きだッ!」

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