第二十節 名乗れ
都心部に出現した高熱の赤い巨人の話は、すぐさま仁達の耳にも届いた。科学研究棟の研究員を逃がしつつ、仁は表に出た。遥か彼方からでも角が見える。
「何ちゅうデカさやねん…」
義太郎が呟く。仁はポケットのスマートフォンに手を伸ばした。アマカゼの皆は大丈夫だろうか。だが、強烈な熱のために電波が繋がらない。星牙と皐姫の安全も気になる。
振り向き、零に催促する。
「そいつを今すぐ俺に!」
「まだテストもしていない。あの熱に耐えられるかどうか…」
零の視線は溶け落ちるビルに向く。だが、仁は台車に乗ったユニゾンギアを手に取った。
「『できるかどうか』じゃねぇ。『やるかどうか』だろ」
しかし、零はその手を剥がそうとする。
「君は指揮官だ!保証も無い賭けをして、皆を不安にさせるんじゃない!」
「あいつらが大変な時、傍にいない方が指揮官失格だろうが!」
「でも──」
「行かせろ」
遊月が口を挟む。
「保証なら俺がしてやるよ」
零の手を静かに離す。そして、零の瞳を見て言った。
「志藤仁は俺の生徒。これ以上の理由はねぇだろ?」
零は黙り、ユニゾンギアを凝視した。
「…避難は僕らに任せろ。その代わり…絶対勝て」
仁は躊躇わずユニゾンギア『ビルドネクサス』を装着し、
「おう」
と言葉を残し、科学研究棟を去った。義太郎が派手に笑い飛ばす。
「やっぱ豪快やなぁ、仁はんは」
鉄の輝きを放つ装甲を眺め、日向は遊月に語りかける。
「誰に似たのかしらね?」
遊月は悪戯な笑みを浮かべて返した。
「いい師匠でも持ったんだろうよ」
「猪突猛進って言うんですよ、ああいうのは」
悪態をつく零の頬は緩んでいた。膝に手をつけ立ち上がり、
「さて、僕達は彼等の後ろを──」
避難および救助活動に出向こうとしたところ、
「あの…アマカゼさんの関係者ですか…?」
法廷を荒らした三人組が、いやに低姿勢で遊月達に尋ねた。義太郎が身構える。だが、三人組は義太郎の思った反応とは異なり、目を輝かせて喋り出した。
「実は私達、あれ以来すっかりファンになってしまいまして…!」
そう語るのはベレー帽を被った女。
「あんなキレキレの奴、初めてで感動しちまった!」
パンクファッションの男。
「叶うならお手伝いをしたいなと…どう『かなう』…?何つって…!」
巨漢。
呆気に取られた義太郎の代わりに、日向が答えた。
「助かるわ。避難と救助の手は、あるに越したこと無いものね」
三人組は跳びはねて喜んだ。
「じゃあ、他の奴等と一緒に今すぐ行きますね!」
意気込むベレー帽の女の言葉に、遊月は首をかしげた。すると、刑務所のある方角から大勢の影が近づくのが見えた。
「何だありゃあ!?」
面食らう遊月に、パンクファッションの男が朗らかに説明した。
「牢屋の奴等(ラバーズ)にも加勢してもらったぜ!アマカゼさんがピンチの時にゃ俺達が駆けつけるってな!牢屋の機能が落ちてたからよ、脱獄も楽だったぜ!」
「ホントは脅したんだけどね…そしたらあいつら言ったんだ…お『おどうし』よう…何つって…!」
義太郎は苦笑した。
「…現金っちゅうか何ちゅうか…」
「と、とにかく…」
巨漢のギャグがツボに入ったのを堪えつつ、零は変貌した。
「心強い」
各々、変貌する。
「麗しのアーティスト、ゴールデンプロポーション!」
「切り裂き大王、カットマン!」
「デカい腕…ビッグアーム…!」
三人組は何らかの番組よろしく、ポーズを取りながら名乗りを上げた。
「こんなんに法廷荒らされたんや思うと泣けてくるわ…」
義太郎が愚痴をこぼす。
「そこはダジャレじゃないんだ…」
零は少々期待を裏切られた気分だったが、気を取り直して全員に呼びかけた。
「よし、皆いくぞ!全ては生命(われらがかぞく)のために!」
「我等が家族のために!」
大勢の雄叫びが、雨模様の空に響いた。その光景を見て、遊月は日向に語りかけた。
「…誰に似たんだろうな?」
穏やかな笑顔で返事する。
「さぁね」
ユニゾンギアの性能に、仁は驚いていた。身体が異様に軽い。アスファルトの大地を素早く駆け抜け、建物を跳び越す。脱兎のごとくとは、まさにこのことだと思った。
非常時ながら高揚感を覚えるのと同時に、目に涙が浮かんだ。これが、架純の見ていた景色か。
「さすがだね、あの三人」
身体の内側から、澪士の声がした。仁の心臓が僅かに締まる。
「レシーバーズと同等の力を引き出すって言っていただろう?だから僕が出てきた。不思議じゃないと思うけど」
納得した。潜在的にレシーバーズとしての力を宿した仁がユニゾンギアを装着すれば、コアの力を引き出して表れるのがその力なのは自明の理というわけだ。
「確か、受け止める力だったよな?」
「そうだね。僕の力なら、高熱でも吸収できるはずだよ」
「確定じゃないのか?」
「その辺の塩梅は、君のコア次第になるかな。元がレシーバーズじゃないから、大それたことはできないと思っておいてね」
仁の面持ちが複雑になる。これだけの力をもってしても、アマカゼの助けになれない可能性が高いのか。
「自分を責めなくていい。そのために彼等がいるんじゃないか」
「ダメだろ、そんな考え方…」
本当なら誰も巻き込みたくなかった。自分一人でやれるなら、それが一番に決まっている。他人を命懸けの戦いに巻き込むなんてどうかしている。しかし、力を得た今なお、そうせざるを得ない。情けない。
「俺だけでいいんだよ…!」
「…今は、前を向こう」
レッドブレードが見えてきた。仁の目が鋭くなる。
「わかってる。疾走(はし)るさ、俺は」
ユニゾンギアの出力が上がる。アマカゼ記念公園の上空を通り、笑うレッドブレードの頭部めがけてキックの体勢をとった。
伝わる。笑いの意味が。『受け止める』力ゆえか、そうでないかは定かではない。しかし、仁の心の中は怒りが渦巻いていた。
鋼鉄の脚が雨を裂き、高熱の赤鬼と激突する。反動で宙返りして着地した。
「何だッ…テメーッ…!?」
蹴りによって食い込んだ破片のある部分を撫で、レッドブレードは眉を潜める。ブラックリブラは甲の上に座り、興味深そうに仁を眺める。
「面白い客人ですね。小生、サプライズは好きです」
視界に映るのは、遠く飛ばされ瓦礫に埋もれた明良、リッキー、剛。父の死を前に泣く乙。そして、命を燃やし尽くした甲。
仁の足が甲の方角に伸びる。ブラックリブラは問いかけた。
「あなたも小生と戦いたいのですか?鉄屑さん」
「どけ」
凄む仁に失笑する。
「話、聞いていました?戦いたいのかどっちかですよ?普通イエスかノーで──」
「どけよ」
ブラックリブラはおもむろに立ち、全身の血管を浮かび上がらせた。
「コミュニケーション取りましょうよ、クソ猿…!」
瞬きをする直前に、ブラックリブラは仁の懐に入っていた。金の腕甲を嵌めた黒い拳が唸る。決まった。ブラックリブラが確信したその時、仁は横にステップを踏んでかわした。
「照準、狂っちゃいましたかね?」
目を擦る。
「もう一度!」
今度こそ。しかし、これも当たらない。どころか手でいなされ、顔面に裏拳を決められた。
人で言う鼻の部分を触り、ブラックリブラは笑った。
「生意気な猿ですねぇオイ…!」
仁はほんの数秒の時間を拙いながらも操り、確かな感触を得た。これなら時間を稼げる。
「皆、聞こえているなら返事しろ!指揮官命令だ!」
ブラックリブラの攻撃を間一髪でかわしながら、隊員達に呼びかける。
「リッキー!戦うのは俺の役目じゃねぇんだろ?剛!いつものゴーカイさはどうした!乙!泣き終わったらすぐに来い!明良!皆で戦うのがアマカゼの芯なんだろ!」
息を深く吸う。
「アマカゼ!今こそ疾走(はし)るぞ!」
瓦礫の中で、リッキーは思い出した。仁の強さに憧れて、アマカゼに入ったことを。優しさという強さを胸に、今日まで立ち上がってきたことを。
剛は思い出した。守ることが自分の生きる意味だと。そのためにずっと鍛えてきたことを。今度こそ、誰も死なせない。
膝をついて泣きじゃくる乙は思い出した。自分は戦士なのだと。泣くのはやめよう。父に誇れる娘であろう。それがきっと、父への弔いになるはずだから。
明良は音を聴いた。甲の音。同じゾアの細胞を分け合ったからだろうか。ゾア──ミストゲイルが細胞を通して結びつけてくれたのだろうか。何だっていい。音が聴こえる。
「音は独りにしない。音は…独りじゃない」
瓦礫の海の底に光が射す。手の平を照明灯(たいよう)に透かしてみる。血管が見えた。生きている。甲がくれた二度目の命だ。無駄にはしない。
光を握りしめるように、拳を作る。
「諦めません…!絶対!」
全身から渦潮が巻き起こる。瓦礫は吹き飛ばされ、更地に立つのはただ一人の、青い鎧を纏いし少女だった。
「水の…ゾアーッ!」
レッドブレードが吼える。次々に瓦礫を除け、涙を振り払い、立ち上がる。
「何なんだ、テメーらはッ!」
リッキーが変貌し、名乗り上げる。
「オレは叶野(かのう)リッキー!またの名を、マージナルセンス!」
剛が続く。
「覚えとけ!俺の名前は甲斐剛(かい たけし)、アイアンバスターだ!」
乙も叫ぶ。
「私は宇佐美甲(うさみ こう)の娘、駒沢乙(こまざわ おと)!シャッフルタクト!」
そして、明良。
「私は駒沢明良で、潜明良で、クリスタルダイバーで、ゾアです。けど、何より私は…いえ、私達は!」
雨風吹きすさぶ空に届くよう、四人は宣言する。
「アマカゼの戦士!」
レッドブレードは体内の熱を更に引き上げ、雨水さえ消すほどの炎を身体中から噴き出した。まるで北欧の神話に登場する巨人、スルトのごとき姿であった。
「面白れぇッ!オレ様が直々にぶっ倒してやるよッ!奇跡の申し子─アマカゼ─ッ!」
炎の大剣を創り出す。明良は大地を濡らす大雨を素材に、自分の分身を構築した。中央で神経を繋ぐ明良と同じ姿勢をとる。その下で、三人が構える。
「私達が止めます。絶対に!」
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