俺は、君の絵が好きだよ
暖かいお茶を啜りながら、春巳はそう語る。
「どうせさ、僕の絵なんかその程度のもんなんです、僕は、僕の絵を好きになれない。」
「…そう、思うならなぜ絵を描き続けているの?」
こんなに苦しい思いをしたにもかかわらず、春巳が絵を描く事がどうしても気になってしまった。
「絵は、僕の全てなんです」
「全て、」
「趣味とか、そんなものじゃない。絵を描くことが、僕の生きてる証です。もう絵しか、僕にはないんだ」
「春巳くん…」
湯呑みを強く握り、必死に訴える姿が、どうしようもなく細くて、今にも消えてしまいそうな気がした。
「僕には、何もないから。絵が、描けないと…存在する意味すらない…でも、だれにも、見てもらえない。その程度の絵だ…」
岸本は思わず彼を抱きしめた。
つなぎとめなければ、消えてなくなってしまう。そう思ったから。
「俺は、君の絵が好きだよ」
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彼の絵を見た時、あんなに柔らかくて、優しいのに、すごく寂しそうな、儚さのある絵にどうしようもなく惹き付けられてしまった。
「君は自分の絵を低く見てると思うけど、それではいけない」
自分の絵を愛してあげなさい、岸本はゆっくりと伝えた。春巳は意味がわからないと、首を傾げる。
「どれだけその絵を見てもらいたいと思っても、どれだけの人が見てくれたとしても、まずは自分が自分の描いた絵を愛してあげなければ、その絵はただの紙だ。」
どれだけいい紙に、いい画材で、いい絵を描いたって。
そこに思いがなければ、それは絵にならないのだ。
「まだ、分からないかもしれない。でもそういうものなんだ。だから俺は、君に君の絵を愛して欲しい。」
それは、君自身を愛することと同じだ。
岸本はそう伝わるように、腕の力を強めた。
それから暫くして、春巳は絞り出すような声でこう言った。
「岸本さんは、自分の絵好きですか。」
岸本は大きく頷いた。
「俺は誰よりも、自分の絵を愛してるさ」
「…ああ、だからあんなに素敵な絵を描くのか」
春巳は目の前に飾られた岸本の絵をみて涙を流した。
冷めてしまったお茶は、何故か今まで飲んだ中で1番美味しかった。
そばで眠る君を待つ 楠木佐久 @kusunoki_0
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