鳥にはならないで
きと
鳥にはならないで
男が気がつくと、病院のベットの上だった。
目を覚ました男は、最初は
聞くところによると、男は交通事故にあったらしい。
昼間の十二時。車の運転手の前方不注意が原因だったそうだ。
意識を失ったとはいえ、それも短い時間で、怪我も命にかかわるものではないということだ。
ただ、一週間は入院することになるという。
その話を聞いて、男は
それからは、男の仕事の上司や友人たちがお見舞いに来てくれた。
正直なところ、上司には気を遣ったが、お見舞いに来てくれるのは、とても嬉しかった。
普段は分からない、自分のことを誰かが大切にしてくれているということ。
それを強く実感できて、とても嬉しかった。
目を覚まして、数日後。
男の病室を訪れる人影があった
「お、いたいた。失礼しまーす」
のんびりとした声の調子で入ってきたのは、男と昔からの友人関係、いわゆる腐れ縁の女友達だった。
「お、来てくれたのか。悪いな、遠いところから」
「ううん、気にしないでー。私が、好きで来たんだし」
女性が住んでいるのは、病院から二時間はかかる場所だった。
わざわざ時間をかけて来てくれたことに、男はとても嬉しかった。
「で? どうなの? まだ傷が痛んだりするの?」
「いや、それはほとんどないよ。このままいけば、予定通りに退院できるって、お医者さんが」
それなら良かった、と言い女性は微笑んだ。
そこからは、たわいもない会話が続いた。
ここの病院食は美味しいのか、とか。
病室でどんな風に暇をつぶしているのか、とか。
なんてことない会話だが、ただベットで寝ていることが多い男にとっては、とても楽しい時間だった。
「それにしても、事故に
「まぁ、そう思うよな。お医者さんから話聞くときまで、俺も家族も不安だったし」
「だよね。目を覚ましたとは言え、その後の後遺症とか気になるもんね」
うんうんと女性は頷いたあとに、続ける。
「そう言えば、事故に遭った時の記憶って残ってるの?」
「うん。目を覚ました時は、はっきりしなかったんだけど、時間が経つと思い出したよ。車が突っ込んできて、気づいたら全身痛いなって感じ。このまま、死んじゃうのかなって思ったよ」
「うわー怖い。私も気をつけよう……」
別に男も気を抜いていたわけじゃないが、なんというか無粋な気がして、言及するのは止めておいた。
「ねぇねぇ、生まれ変わったら、何になりたい?」
「なんだよ? 急に?」
「別にただの雑談だよ? お見舞いも似たような話ばっかりでしょ? 怪我は大丈夫なのかーとかさ。こういう雑談も恋しいんじゃないかなって」
女性の言う通り、お見舞いでの話はテンプレートに沿ったようなものだった。
男はよく分からないが、お見舞いはこういうものだと思っていた。
だが、似たような会話だったのは事実である。
気遣いを無下にするのもどうかと思い、女性の会話に乗ることにした。
「そうだな。俺は、いっそのこと、人間じゃなくて動物がいいな。ライオンとかチーターとか良いな。」
「うわー。なんか少年の心を忘れてない感じのラインナップだね」
「別にいいだろ? そう言うからには、いい答えを言ってくれるんだよな?」
自らの答えを煽られた男は、女性ににやりとした笑みを浮かべて返答を待つ。
女性は、少しだけ考えると。
「私は、犬がいいな」
「ほほう。理由は?」
「だって、君、犬好きでしょ?」
そう言われて、疑問が浮かぶ。
確かに男は、犬が好きだ。
それが何の関係があるのだろう?
「犬になれば、君とまた友達になれるかなって」
「な、なるほど?」
自分にこだわる理由は分からないが、納得はした。
「ねぇ」
「なんだよ?」
「生まれ変わっても、鳥にはならないでね」
女性は、窓の外に目を向けて言う。
「……は?」
言っていることが良く分からず、またしても疑問符が浮かぶ男。
女性の顔は、窓の外を向いているので、表情は分からない。
「……鳥になっちゃったらさ。大空で大好きな人見つけるのは、さすがに大変だと思うからさ」
男の顔が急に熱くなる。
大好きな人。
それは、どういう意味なのか。
「じゃあ、またね!」
ぐるぐると頭を回転させている男を取り残して、女性は病室を去った。
その顔は、赤く染まっていたように見えた。
鳥にはならないで きと @kito72
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