おまえを嫌いなおれを嫌いなおれ

michi-aki

おまえを嫌いなおれを嫌いなおれ

 ウィリアムはクソださいから嫌いだ。肌の色はピンクっぽいのに、いつも黄土色のパーカーと、くすんだ黄緑のトレーナーに、裾の破れたジーンズか、裾を折って調整したカーゴパンツを履いている。マジでダサい。全部ぶかぶかで、骨っぽい華奢な骨格が悪目立ちしてて、貧相極まりなくて無理。

 ウィリアムは貧乏で家で飯を貰えてないから、学校の給食をめちゃくちゃ食べる。あまりにも食い意地を張っているので、面白がって周りのやつらは次から次へとこれを食えこれも食えと寄越す。遠慮することなくニコニコ笑顔で受け取って、特に袋詰めの菓子パンが出た時なんか、腕か溢れんばかりに抱えていつもぼとぼと落としては拾ってる。カバンとかつかえ頭つかえ馬鹿。

 ウィリアムはどんくさくて体育の100m走ではいつもドンケツ。サッカーではボールを蹴るために振り上げた足がもうひとつの足に絡まって転ぶ。みんな大笑い。ウィリアムも大笑い。嗤われてることに気付かねえでいつまでもケタケタ笑ってるのが、めちゃくちゃムカつく。


「ポピーっていっつも本ばっか読んでるよね」


 そんな貧乏鈍くさ花畑野郎のウィリアムは、こんなに、こーんなに嫌ってるのに、なぜかおれを構う。


「うるせえ構うんじゃねえ」

「今日はなにを読んでるの? 『愚か者の定義』……なんか難しくて面白くなさそうな本だね」

「話しかけんな寄んな」

「ねえねえ、さっき保健室の先生が湿布と絆創膏を分けてくれたんだよ! うちではもったいなくてなかなか買えないから、ありがたいなあ」

「口に貼って匂いで悶えて死ね」

「え~~口に貼るのははがすときに痛そうだから絶対やだ!」

「もういいから黙れよ……」


 相手するのもめんどくせえ。本を投げて布団に潜り込むと、布団を剥がそうと引っ張ってくる。まじでうざい。ほんとに嫌いだ。


「ねえ、出てきてよポピー、ほら、湿布いっこあげるから……」

「いらねえ! くせえ!」


 顔の前に差し出されたしっぷを叩くように振り払って、いら立って枕を振り上げるが、ひょいと身軽に交わされて、首から顔にかけて血が昇ってく感じで、くらくらして、いらいらする!


「こら、ポピー、乱暴しないの!」


 部屋に戻ってきた先生に叱られる。なんで? こいつが嫌って言ってるのに構ってくるのに! ほんと嫌いだ!


「ウィル。ポピー今日は熱があるの。おとなしくしなきゃいけないから、ウィルはもう教室に戻りなさい」

「そうなの? ポピー、熱があるんだね……きづかなかった。ごめんね」

「こっち向くんじゃねえ。さっさと消えろ」

「ポピー!」


 ウィリアムがくるといっつも先生はおれを叱る。おれは悪い事してないのに。


「またくるね」


 にこっと笑って帰るウィリアムのくそダサいトレーナーをにらみつけて、また布団に潜った。






 おれは人より心臓が弱くて、体にメンエキがないから、よく胸が苦しくなるし、熱が上がるんだと先生は言う。授業も大して出られないから保健室でクソつまんねえ教科書を見ながら宿題をして、体育は絶対見学、大抵はやっぱり保健室のベッドから校庭を覗く。

 母さんはよく笑い、たまに泣く。たまに泣いてるときは、「丈夫に生んであげられなくてごめんね」って泣く。母さんが泣いているのを見ると、よく痛くなる心臓のどっか別の場所が、いつもと違う感じで痛くなる。だから、「おれは将来作家になって母さんにたらふく飯を食わせてやるから心配すんな」っていつも笑ってる。

 父さんはあまり帰らない。仕事が忙しいんだって、大きな病院に将来的に移って心臓を取り換えられるように金を貯めてるんだって母さんは言うけど、おれはそんなの別にいらない。学校はマジでつまんないし友達もいないけど別にさみしくなんてない。本読めるし飯も食える。だから父さんにまた小さい頃みたいに肩車してほしいのに、父さんはおれが寝てから帰ってきて、おれが起きる前に家を出る。

 おれは授業をちゃんと受けてないし、体育だって出てないけど、テストはいつも100点で頭がいいし、運動なんてできなくてもへっちゃらだ。






「ポピー……ポピー? 寝てるの?」


 またうるさい奴がきた。頭がガンガンクラクラして、息がくるしい。今日のは心臓じゃなくて、熱のほう。おれの体はポンコツすぎて、心臓が痛いのと熱が出るのがいつも交互にやってくる。

 しぶしぶ目を開けると、大嫌いなウィリアムが目をうるうるさせてこっちを覗き込んでる。なんでお前がそんな顔してんだ。つらくてくるしくて泣きたいのはおれの方だ。


「ポピー、あのね、ポピーがくるしそうだったから、ポピーがくるしくなくなるように、ぼく、お花持ってきたんだ」


 そう言って両手をおれの顔の前に差し出す。叩き落したいけど動く気力もなくて、仕方ないから見てやる。オレンジの花。茎には赤いリボンが結ばれている。歪な形で結び目が縦になってる。


「先生に聞いたら、おみまいには、お花がいいって言われたから。学校終わってから、お花屋さん近くにあるでしょ? それで、お花、買ったんだ。この花、ポピーっていうんだって。ポピーと同じ名前だよ。きれいなお花だよねえ」


 おれの胸元にそっと置かれた花をじっと見つめる。ゲキダサのウィリアム。貧乏のウィリアム。給食代だってろくに払わない親、小遣いなんてないに決まってる。その癖こいつ、おれがいつもみたいに保健室でくたばってるだけなのに、おれの名前の花があったからって、それを買って、もってきやがった。


「リボンね、ぼくががんばって結んだんだよ。ちょうちょ結び、苦手なんだけど、たてになっちゃったけど、ほら、ちゃんと結べたでしょ?」


 ほんとはわかってる。ウィリアムは貧乏だけど、ぜんぜんダサくなんかない。ウィリアムは骨みたいな体で貧乏のくせに、クラスのやつらにすごく好かれていて、いつも食べ物を貰って、それも当たり前みたいな顔しないで毎回めちゃくちゃよろこぶから、みんなこいつにもっと食べ物をやりたいって思う。

 ダサいのはおれだ。いつも保健室にいてばっか、教室で勉強もできない、体育はいつも見学、心臓も体もボロボロ、母さんを泣かせる、父さんが帰らない、優しいウィリアム、ウィリアムだけがいつも保健室のおれに会いにきてくれて、たくさん話しかけてくれるのに、ひどいことばっか言う、最低のおれ。


「ううう。うううー」

「わっ、ポピー! つらいの? くるしいの?」


 涙がとまらない。とめられない。ウィリアムが慌ててるのにも構えない。胸元に添えられた花をそっとつかむ。オレンジの元気な花。おれはこいつにだって負けてる。


「ポピー、つらかったね。くるしかったね。毎日すごいよ、学校にきて、ぼくたちよりずっとさきの勉強をして、むずかしい本だってたくさん読める」

「ぜんぜんすごくない。さいていだ。おれ、さいていなんだ……」

「ポピーはさいていなんかじゃないよ。ポピーはすごいんだよ。なかないで……」


 やさしいウィリアム。元気なオレンジのポピー。おれも、こんなふうになりたかった。ほんとはうらやましかった。ずっとずっと、うらやましくて、仕方ない。


「ねえポピー。ぼく、いっつも、ポピーが窓から体育みてるの、知ってるんだ。ポピーがきらきらした目でいつもぼくたちを見ているの、ぼく、こっそり見てたんだ」

「ぐすっ。っず」

「ポピーが頭いいの、クラスのみんなが知ってるんだよ。みんな、ポピーとお話してみたがってるんだけど、ぼく、ポピーがみんなと仲良くなるのがちょっと嫌で、内緒で保健室、勝手にいつもきてたんだよ。ごめんね」


 ウィリアムもなぜか泣きべそかいてて、鼻水たらしてて、ほっぺと鼻は赤くなってて、正直、めちゃくちゃブサイクで、思わず笑っちゃった。「笑った!」慌てて布団で顔を隠そうとするけど、手の中のポピーが擦れそうで、諦めて、またウィリアムの顔を見ると、相変わらず鼻水が垂れてて、すげえブサイクで、また笑う。


「ぼくね、ポピーとお友達になりたくて。ポピー、ぼくと友達になってくれる……?」


 やさしいウィリアム。泣き虫で、服がダサくて、貧乏で、笑顔が眩しいウィリアム。ウィリアムと一緒にいたら、最低なおれも変われて、母さんが泣かなくなって、父さんも帰ってきてくれるのかな。


「しょうがねえから、なってやる」


 こんな言い方しかできないおれに、ウィリアムは満面の笑みを浮かべて、「ありがとう」、なんてさ。









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