後編
翌日。
いつも蒼香が使う路線で、朱美は電車に揺られていた。
蒼香の話では、神様の不思議な力により、同じように電車で寝過ごせば、昨夜の場所に辿り着く手筈になっているらしい。
それを聞いた上で、
「あなたは心配せず、デートを楽しんでらっしゃい。神様たちの相手は、私がやっておくから」
と言って、蒼香の身代わりを引き受けたのだった。
蒼香は「でも私が行かないと、ほくろが……」と渋っていたが、そこは上手く丸め込んだ。
さらなる再訪を約束して、ほくろは次回に返してもらうよう言っておけばいい。もちろん、その時は蒼香自身が出向く形で。
そのようなプランを、朱美は蒼香に伝えたのだ。
しかし内心では、少し違うことも考えていた。
「場合によっては、あの子のほくろ、私がもらっちゃってもいいのよね」
乗客の少ない電車の中で、朱美は小声で独り言を口にする。
「だって、私も……」
今でも趣味で音楽は続けているし、同じ双子なのだから、才能は妹に負けていないはず。朱美の中には、そんな自負があった。
大学受験の時は、たまたま試験官の嗜好に合わなかっただけだ。神様の前で歌って、妹と遜色ないと認められるのであれば、それこそが正しい評価なのだ。
ならば、自分が『蒼香』になっても構わないではないか。
「いつまでもピーナッツじゃ嫌だもんね」
明るい未来を思い描きながら、電車の心地よい揺れに身を任せ、朱美は眠りにつくのだった。
「こんにちは! 約束通り、また来ました! 私の歌、聴いてください!」
昼間なのに妙に薄暗い無人ホームを経て、鬱蒼とした林の中を歩くと、蒼香から聞かされた通り、おかしな格好の男たちが集まっていた。
朱美は早速、歌い始めようとしたのだが……。
「なんじゃ、お前は?」
朱美を迎えたのは、聞いていたイメージとは違う、怒気すら感じられる声だ。これでは萎縮して、歌えなくなってしまう。
「えっ? 私は、昨日の……」
とりあえず、それだけ言うのが精一杯。恐怖と混乱を感じながらも、まだ「昨日の蒼香も、こんな気持ちだったのかな」などと考えるだけの余裕は残っていた。
そんな朱美に対して、男たちの非情な言葉が飛んでくる。
「わしらの目を誤魔化せると思ったのか?」
「神をたばかろうとは不届千万!」
「無許可で我々の領域へ足を踏み入れた上に、そのような悪さをするのであれば、黙って帰すわけにはいかんなあ」
「芸が無理ならば、代わりに……」
歌わせてもらえる雰囲気ではなかった。
「あっ、あの……。でも……」
自分でも意味不明の言葉を漏らしながら、朱美は、今さらのように思い出す。
そういえば、昔話のこぶとりじいさんでも、二人目のじいさんが新たにこぶをつけられるのは、芸が上手くできたからではなかった。逆に下手だったからこそ、二度と来るなという意味で、こぶを与えられたのだ。
ならば自分も、もう歌えなくて構わないから、ほくろだけもらって帰りたい。
そのように心変わりする朱美だったが、どうやら現実は、昔話とも違うらしい。
「やっぱり私、最後まで、おつまみのピーナッツなのか……」
朱美が最期に目にしたのは、人間なんて一口で丸飲み出来るほど、大きく開いた口だった。
(「ほくろとり娘」完)
ほくろとり娘 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★209 エッセイ・ノンフィクション 連載中 298話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます