中編

   

 コンパが終わって、二次会へ行こうという誘いを振り切って、一人帰路についた蒼香。

 居酒屋のあった繁華街から、朱美と蒼香のマンションまでは、電車で三十分くらいの距離だ。だから、すぐに帰り着くと思ったのだが……。

「ちょっとお酒、飲みすぎたのかな? 電車の中で、つい居眠りしちゃって……」

 思いっきり乗り過ごしてしまったらしい。目が覚めた時には、ドア全開で停車しており、車内は真っ暗で、乗客は全て降りた後だった。

「終点まで行っちゃったのかしら? 蒼香が使う路線だと、埼玉の山の中まで行くのよね?」

「うん。私も最初、そう思ったんだけどね」

 電車からホームへ出てみると、想像以上に寂しい駅だった。

 まず駅員の姿が全く見えない。それだけならば田舎の無人駅とも考えられるが、照明が一切ないのが不自然であり、不気味だった。

「点灯してないんじゃなくて、そもそも電灯がないの。文明開花以前の昔にタイムスリップした気分でね。でも振り返れば、電車という文明の利器が視界に入るし……。とにかくおかしな状況だったの」

 スマホが使えなかったのも、蒼香の頭にタイムスリップが浮かんだ理由の一つだったかもしれない。今時どんな田舎でも、電車が走っているような場所ならば、スマホの電波くらいは入るはず。

 そんなことを考えながら、月明かりと星明かりだけを頼りに、暗いホームの上を歩く。じっとしていられる心境ではなかった。

「誰か見つけて、助けを呼びたかったの。あんな場所で一人っきりなのは嫌で……」

 ホームの端まで歩いたところで、人の声が聞こえてきた。それだけで、心の中が温かくなる。

「駅の右側にある、林の中からだったの。そっちに人がいるんだって思ったから、とにかく、そっちへ向かったんだけど……」


――――――――――――


「なんじゃ、お前は? どこから来た?」

 それが蒼香を出迎えた第一声だった。

 林道を十五分くらい歩いた先にある、木々に囲まれた広場だ。数人の男たちが焚き火の周りで、酒盛りをしていた。

 都会の真ん中ならば、ホームレスの集まりだと思ったかもしれない。だが場所が場所だったし、彼らの服装も浮浪者らしくなかった。

 時代劇に出てくる、山伏とか修験者とかの格好だ。いや現代でもそれらは存在するのだろうが、蒼香にとっては現実感に乏しく、先ほどタイムスリップを思い浮かべた影響もあって、余計に「時代劇に出てくるような」と感じてしまった。

「あの、私……」

 ただ戸惑うばかりで、蒼香は満足に答えられなかった。だが彼女の態度から、男たちは察したらしい。

「どうやら、ただの人間のようじゃな」

「迷い込んだのであろう。しかし困ったな。我々の領域に足を踏み入れてしまうとは……」

「どうする? このまま帰してよいのか? 記憶だけでも消しておくか?」

「いやいや、記憶消去だけでも頭の中に損傷を与えるぞ。何も悪さをしていないのに、おかしくするのは可哀想だろう?」

 男たちは、口々に意見を述べ始める。物騒な言葉も含まれており、蒼香は背筋が寒くなった。

 すると、最初に彼女に質問してきた男が、その場を取りまとめる。

「せっかくだから何か一つ芸をしてもらう、というのはどうじゃ? それが対価ということで、人間が神の領域へ入り込んだ件については不問とし、おとなしく帰してあげようではないか」


――――――――――――


「神の領域ですって? その連中、自分たちのことを神様だって言ったの?」

「うん、そうみたい。直接『俺は神だ』って宣言したわけじゃないけど」

 眉間にしわを寄せた朱美は、眉に唾をつけたい気分だった。

 しかし実際に蒼香がほくろを取られて帰ってきた以上、人智を超えた存在と遭遇したのは間違いないのだろう。神様というより、天狗とか妖怪のたぐいに思えるのだけれど。

「それにしても……」

 無人のホームのくだりは怪談や都市伝説みたいに思えたが、こうなると、むしろ昔話のこぶとりじいさんではないか。

「……おとなしく帰す、なんて言っておきながら、結局はほくろ取られちゃったのよね?」

「うん。私が歌ったら、その人たち、満足してくれたんだけど……」

 満足の度合いが行き過ぎてしまい、また明日も来るように言われた。その時に返すから、ということで、ほくろは質として奪われた……。

 そう説明する蒼香を見ながら、朱美は「ますます、こぶとりじいさんだ」と思う。ただし、昔話とは異なる点もあった。

「明日の宴会は昼からやってるんで、それくらいの時間に来い、って言われちゃった。どうしよう、お姉ちゃん。土曜日だから学校はないけど、でも明日は、大切なデートがあるのに……」

   

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