第263話「愛と金」
【熱川 カノン】
──あの方に会って、弁明を聴きたかった訳ではない。謝罪を聴きたかった訳でもない。嘘も真実も、理由も背景も私は求めていなかった。
では、何の為に自分は走っているのか……それはきっと、ただ順番が逆なだけ。
悲しみ、怒り、後悔、期待……色んな感情が入り混じって、泥で濁ったような胸の内は、自分自身でも見通せない。
だからこそ、直接会えば分かる気がしたのだ。自分が何を求めているのかを。
だから走った。社長の監視ガラスを振り切って、もう使うまいと心に決めていた魔法を使って、邪魔な眼帯を取り払って、無我夢中で……彼の、テンの元へ。
そして見つけた彼は、傷だらけで闘っていた。必死で、私には見せたこともないようなこわい顔で、まるで獰猛な獣のように。
けれど相手は強く、力の差は歴然だった。それでもテンは一歩も引かず、意識を失う最後の最後まで闘った。
「──その方達から、離れて下さい」
結局私は、最後まで見届けることは出来なかった。ならば、きっとこれが答えなのでしょう。
目の前で傷つくテンを見て、妹さんを護ろうと必死で闘ったテンの姿を見て……私の心を1番ざわつかせた想いは──
「……誰だぁてめぇ」
今まさに、テンの妹さんに手を掛けようとしていた男が振り返った。
「
「おいおい角まで生やして穏やかじゃねぇなぁ……つーか熱川って、ゾンビ女の部下だろ嬢ちゃん。何で邪魔しやがる」
「その方を、愛しているからですの」
──言葉に出して、完全に踏ん切りがついた。テンが魔女狩りでも、エミリアを殺した仇だとしても、それでも私は彼を愛している。
だから、たとえ世界中が彼の敵だったとしても、私は彼の味方になる。そのせいで、私が世界を敵に回すことになったとしても……。
「あーめんどくせぇことになっちまってんなぁ……けどよぉ、俺もプロだぜ」
「ええ存じておりますの。ですから、お互い意見は力で押し通す事にいたしましょう……」
「……ったく、女に手ぇ出すのはポリシーに反するんだがよぉ……まぁ、手じゃねぇ方ならいいかぁ」
壮年の男は、タバコを咥えて左手を突き出した。彼の手首から先は鉤爪になっていて、テンの血がベッタリと付いていた。
「いくぜぇ嬢ちゃん〜」
「……育ちが知れますの」
* * *
【マゼンタ・スコパ】
──エミリアを殺った連中を捕まえる作戦。それがまさに今日実行された。
組織の形式上、表立って魔女狩りの相手をする訳にはいかないってのがネックだったけど、そこはヴィヴィアンが手を回してくれた。
アイツの紹介なんだから、腕は信用してた。“傭兵の魔女”といえば、私でも聞いた事くらいはあったしね──
〜魔女協会本部 盟主の間〜
「──で、手ぶらということは、何も成せずにおめおめと帰ってきたということかしら?」
ローズがいつもの和やかな面持ちでそう言った……けど、目が全然笑ってなかった。私がこっそり秘蔵の紅茶を飲んだのがバレた時と同じ目……つまり、かなりキレてる。
そして、そんな冷ややかな目線の先にいるのは、随分とボロボロに汚れた傭兵の魔女とその眷属だった。
「クハハ、面目次第もないとはこのことだな。前金はきっちり返金しよう」
「あー、待て待て。このバカの話はいったん置いといてだなぁ……まぁなんだ、文句を垂れんのは好きじゃあねぇけどよぉ、ちぃっとイレギュラーが多すぎだぜぇ盟主さん」
「……というと、なんの事かしら?」
「俺たちよりも先に別の魔女がターゲットを襲撃していやがったんだよ。このバカが手こずるくらいの奴がなぁ」
「ああ、久方ぶりに骨のある相手だったな。倒しきれなかったのは
身長2メートル越えのデカ女が、仁王立ちでクハハ! と笑った。色々と迫力がすごいわね。それにしても今の話って──
「……敵の強さはバンブルビー級、ってこと? そんな奴、いったいどこから湧いてきたのよ」
いや、どうだろうか……先日ヴィヴィアン達を襲撃した魔女狩りの中にも飛び抜けて強い魔女がいた。
エキドナだ。アイツがまた別の分身を送り込んできたとか……そういうことなの?
「相手はどんな魔女だったのかしら」
ローズがおもむろに紅茶セットを用意しながらそう言った。やっぱり考えてる事は同じよね。
「灰銀の髪に赤い瞳の魔女だ」
ローズと顔を見合せた。回収したエキドナの遺体とは特徴が一致しない。……だったらどこのどいつが──
「あと、ライフル型の魔剣を使う変わった奴だったな。魔法は氷と、よく分からんが転移魔法も……」
「……待って。あんた、今なんて……」
「それ、この子じゃなかったかしら?」
ローズはほんの少しだけ考えて、引き出しから資料を取り出して見せた。
「髪は短くなっていたがコイツで間違いない。
(……なにが、どうなってんのよ)
死んだはずのエミリアが、自分を殺した魔女狩りを襲撃したってこと? そんな馬鹿な話いくらなんでも……。
「ちなみに、俺んとこに乱入して盛大に邪魔してくれやがった奴はゾンビ女の部下だったぜぇ。たしか熱川 カノンとか言ったかぁ」
再びローズと顔を見合わせた。呆れたような、困ったような目をしてる。多分私も同じだ。
「……そう、カノンちゃんが」
「もう、ただでさえややこしいのに何してんのよあの子は……」
めちゃくちゃだ。エミリアのことでも意味がわからないのに、その上あの子が……ウィスタリアの一人娘が魔女狩りを助けたなんて、そんなのいよいよ収拾がつかない。
「つーわけで、これで前金を返すなんてあんまりだと思うんだがよぉ……なんなら迷惑料貰ってもいいくらいだぜぇ? 腕もこんな事になっちまってよぉ〜」
眷属は左手をチラつかせてそう言った。手首から先がごっそり欠損している……けどこれ……。
「……あんたそれ、もともと鉤爪だったでしょ」
「……その鉤爪がボッキリ折れちまってんだろぉ」
「……そうね。今回の失敗の責はどうやら私達にもあるようだし、前金はそのままでいいわ。後で追加の手当も送っておきます」
「さすが
「前金だけでもかなりの額だったが、追加手当も貰えるのか。ありがたいな」
「ビールが恋しいぜぇ〜」
新たな問題を抱え込んだ私たちと違って、報酬の目処が立ったこいつらは随分と気楽な態度だ。ほんと、こういうとこはまさにヴィヴィアンの紹介って感だわ。
「……アンタらこのご時世に傭兵なんてして、何か理由でもあるわけ?」
全然興味なんてないけど、今は何だかどうでもいい話で深刻な話を中和したかった。
「金に決まっているだろう」
「だから、その金の使い道の話よ」
「ああ、そういうことなら保釈金だ」
「保釈金?」
「
「俺ぁセイラムのやろうは別にどうでもいいんだがなぁ。関わるとろくな事がねぇし」
「……これ、言っていいのかしら……その、セイラム・スキームの引き受け人はバブルガムじゃなくてバンブルビーだと思うわよ……」
「………………なに?」
「あと、セイラム・スキームなら最近出所したって聞いたわ。たしか
私とローズの話を聞いて、ヒルダはしばらく固まった後、わなわなと体を震わせた。
「……それは、いつの話だ」
「え、あれいつだった? 仮釈放? みたいなのは先週からだっけ?」
「そうね、ヘリックスから話を聞かされたのが……たしかそのくらいよね。もう出所祝いのパーティーも済ませたって言ってたわ」
この時期になると、ヘリックスが囚人の身元を引き受けろとしつこいのだ。私とローズも1人づつヘリックスにはぶち込んだ魔女がいるから、今年もその事で話はあった……その時にセイラムの話は聞かされたんだけど、まさかバブルガムが囚人まで使って金儲けしていたなんて……ほんと情けないんだから、もう。
「……つまりラムのやつ、出所したのに連絡の一つもよこさずにシャバを満喫しているのか……人の気も知らずになんて呑気なッ……!!」
「……うわ、超怒ってんじゃん」
「……だが、そこが好きだッ!!」
「あら、めちゃくちゃ好きなだけみたいね」
ヒルダはご機嫌な様子でローズからセイラムの話を聴き出し始めた。数百年単位でバブルガムに詐欺にあってた件とかどうでもいいんだ……すごいわね。
ヒルダとその眷属が帰ったあと、部屋には私とローズと、紅茶の香りだけが残された。
「……休憩は終わりね。で、どうするの?」
「あら、それってエミリアの件? それともカノンさんの件かしら?」
私はため息を一つ吐いて、紅茶を一気飲みした。
「両方に決まってんでしょ──」
魔女と眷属〜普通の高校生だけど助けた魔女の眷属に成りました。尚、その後入った魔女組織には俺しか男がいない模様〜 寿司猫 @sushineco
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