シミュレーション・クレーマー

渡貫とゐち

しつちょーとシャルル女史

「たっ、助けてくださいっ、超絶しつこい変態ストーカーがッッ――」


「ちょうど良いところにきたな、シャルル女史――、

 今から面白いものを見せてやる、しばらく付き合え」


「いや、あの、ストーカーが、」


「そんなどうでもいいことに時間を使うのはもったいない。あと回しだ……、緊急性の高い用件なら、すぐさま警察に連絡しろ。そこまでするほどでもないとアンタが考えているなら、最優先に解決するべきことではないってことだ――切り替えろ。私の研究所を選んだのなら、最優先するべきは、出てきた『課題』をこなすことだ、分かったか?」


 金髪碧眼の留学生、シャルル女史は溜息をついて――『彼』に従った。


 大学の一室を使い、ある実験をおこなっている……見た目から年齢まで、そのまま中学生の少年――。大学関係者の孫、だったか……。誰にも咎められずに好き勝手に施設を利用できるところを見ると、理事長あたりの孫なのだろうか……。


 頑なに彼自身が答えを明かさないので、推測することしかできなかった。


「……それで? 今日はなにをしているんですか? しつちょー」


「室長だ。発音がおかしいぞ、留学生だからって日本語がまだ慣れていません、って状況に甘えるなよ? こっちがアンタに合わせる義務はないわけだ――。

 アンタから希望して日本にきている以上、日本語ぺらぺらの状態で初めてこの地を踏むべきなんだ。なのにそれを怠って――。最低限の言語くらいはマスターしてこい。アンタが困るだけならいいが、我々の手を煩わせないでほしいものだね」


「はいはいソーリーです。いいから今日の課題を、」


「すみません、もしくはごめんなさい、だ。sorryを使って楽をするな、バカめ」


「……すみませーん」


 デスクの前に座っている彼の椅子は、最大の高さになっている……、それでディスプレイと顔を合わせるにはちょうど良い高さなのだった。

 そのため、彼の足はぶらんぶらんと、床にはついていなかった。


 半ズボンに白い靴下、綺麗な運動靴……、そして袖を余らせたオーバーサイズの白衣を羽織っている。ぴったりのサイズがないから、とは言え……、小さめのサイズで作ってもらうことくらいできそうなものだし、そういう立場にいるのでは? と思うシャルル女史である。


 彼が望まない以上、作られていないだけなのだろうけど……。


 彼に限らず室長はみな、身なりをおろそかにする人ばかりだ。


 サイズの合わなさ具合に、若干のもやもやが残るシャルル女史だったが、それを忘れるためにも、彼の今日の『課題』を把握することに努める。



「これは?」


「シミュレーション実験だ」


 特定の状況を設定し、


 多量の情報を入力した『アバター』がどう動くのかを見る『実験』である。



 たとえば震度七の地震が起きた時、建物の中にいる人間はどう行動するのか?


『せっかち』な人は――『臆病』な人は――『正義感が強い』人は――この状況下でどういった行動を起こすのか、ということを見てみる――である。


 建物の状態も設定することで、地震による被害を導き出すことができる。もちろん、それがそのままの通りに現実で起きるわけではないが、情報を増やしていけばいくほどに、精度は上がっていくだろう……。


「ある悪質クレーマーの情報を入力した。性格から、好き嫌い、生い立ちから、緊急時においてどんな行動をするのか、隅々までな。

 偶然、そのクレーマーの身内が構内にいたから、根掘り葉掘り聞いてやった。で、集まった情報から、ある状況下に放り込んでみようと思い立ったんだ」


「どんな状況下ですか?」


「クレーマーは、クレームを入れるまでの過程に、どんな障害があれば言わずに諦めるのか、もしくはどんな障害までなら踏破してクレームを入れるのか、だな」


「……ちょっと興味あります」


「ん? 珍しいな、シャルル女史が乗り気になるなんて」


「だってあいつらっ! どうでもいいことにいちいち文句を言ってきて……っ、口頭ならまだしも、電話までして文句を言うって暇なんですか!? クレームを言う一分一秒、他のことに使った方が絶対にいいはずですよねえ!? 

 のんびりお風呂でも入って、夕方のドラマの再放送でも見ながら軽くお昼寝でもすれば、健康的で幸せな時間を過ごせるのに、他者を傷つけて文句を言って――ええまあっ、言えばスッキリするかもしれませんけど、比べるまでもなく前者の方が絶対に人として幸せだと思いませんか!? ねえっ、そう思うでしょ、しつちょーッッ!!」


「あ、熱くなるなよ……、嫌な思い出でも?

 日本慣れしていない留学生に、ここまで日本語をぺらぺらにさせるとは、クレーマーへの怒りは日本語を覚えるのに最適な習得法だったり……?」


「それ、実験しなくていいですからね!?」


 まあ、必要に駆られれば手早く言葉を覚えるというのは確かにあり得る。


 覚えなければ命に関わる、と知れば、脳だって意識して覚えるはずなのだ。


 気を抜けば、まだ言葉に穴があるシャルル女史だが、日本にきてまだ日が浅いにしては、ぺらぺらに喋れている方だろう……、それに、限定的だが、難しい言葉も知っているようだし。


「さて、じゃあ試してみよう――クレーマーはどこまでの障害を許容するのか」


「……でもこれ、クレーマーと言うより、アバターとして入力したその『彼』の思考によると思いますけどね……」


「今後、別の人間で実験を繰り返すさ。今は個人の許容範囲を測るだけになってしまうが、後々は『クレーマー』が諦める『障害』がなんなのか、導き出せるはずだ――。

 手っ取り早く正解が出てくると思うなよ、シャルル女史」


 ―― ――



 結果、だ。


 クレーマー……もとい、対象となった『彼』は、二時間かけて山を登ったとしても、クレームの電話を入れる、らしい。

 ……条件が変遷してきて、おかしな状況下になっているが、電話ボックス(しかない状況)が山の頂上に設置されており、麓から頂上まで約二時間……、労力もそこそこかかる環境で、しかし彼はクレームを入れる、という結果が出てしまった。


 山の高さや、かかる時間を変えても彼はクレームを入れる――その結果は変わらなかった。

 そこまでしてクレームを入れたいのであれば、それが悪質なそれであっても、なんだか拍手をしてしまいたくなる……。


 なんの手間もなくクレームを入れられるとこっちも苛立つが、しかし、ある程度の労力を割いてでもクレームを入れてくるなら、こっちもこっちで真剣に向き合ってみたくなるものだった――あの怒り心頭だったシャルル女史が感心したのだから、クレームを入れられた側が嫌なのは、注文をつけてくる『手軽さ』にあったのか?


 極端な話。


 クレームを入れるためには課金をする必要がある、という仕様にすれば。


 入れられた側の嫌な気持ちも、少しはマシになる……?


「ま、私なら、どんなに態度が悪い店員がいる店にもクレームはいれないけどな」


「それはしつちょーだからです。クレームを入れるくらいなら実験をしたいと考える人が、手間暇かけてクレームなんて入れるわけないじゃないですか。

 ちなみにわたしも入れません。疑問などを問い合わせをすることくらいはありますが……」


「シャルル女史は泣き寝入りしそうだな」


「ちゃんとした攻撃にはちゃんとした反撃をしますよ!」


「なら、さっき言っていたストーカーを条件に入れてみよう」


 はい? とシャルル女史が首を傾げる。


「実は構内でも、ストーカー被害が最近は多くてね、シャルル女史が見たそれと同一人物かは分からないが……まあ、集めた情報を入力して、シミュレーションしてみよう。

 どんな障害があれば、このストーカーは対象を諦めてくれるのか――」


 ごくり、と生唾を飲むシャルル女史。


 入力した情報(彼女が分かったのは背丈や見た目など)が、シャルル女史が知るストーカーと一致したのだ。つまり、同一人物だ、とシャルル女史は確信に近いものがあり……、

 この結果によっては、希望を見出せるし、絶望を知ることにもなるわけで――。


「さて、始めよう――」



 …………結果が出た。


 このストーカー、


 どんな障害があっても引かない……、かなり執念深い。


「な、なんで……? わたしを追いかける理由が、なにかあるの……っっ!?」


「だから、アンタが見たストーカーとは言っていないが……だがまあ、ここまで追いかけてくるということは、理由なんて分かり切っているじゃないか。

 言葉などいらず、行動で示しているだけだろう?」


「……え、もしかして――……嘘でしょ!?」


「大人の恋愛はまったく分からない……けど、絶対に諦めないって、『愛情』の強さはこのシミュレーションで証明されたわけだ。あとはアンタが答えを出す番だよ、シャルル女史――」


 ―― ――


「まあ、ついでだし。焦って答えを出す前に、アンタとストーカーが上手く付き合えるか、シミュレーションでもしてみる?」




 ―― おわり ――

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シミュレーション・クレーマー 渡貫とゐち @josho

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