第5話 絶望

 四日目の朝を迎えた。

 僕は無事に起床した。紅葉ちゃんも起きた。

僕らの推理は当たっていたようだ。次々に起きてくる。

 おかしい。星太くんだけは起きない。何故だ。ありえない。

 僕らの推理は完璧だったはずだ。

……心音がしない。最悪だ。


 星太くんが亡くなってしまった。


「……ごめん。俺のせいだ」

 特効薬の使用者である広樹くんはそう言った。

「まって! 広樹くんは何も悪くない!」

 と慌てて僕は叫んだ。

……遅かった。罪悪感に苛まれた広樹くんは三階の窓から飛び降りて、木の枝に貫かれていた。

 僕の周りには不幸なことがよく起きる。既にこうして二人も死んでしまった。

 二人の死を目の当たりにした香ちゃんはショックで涙している。

 しかしこうなった今はもうどうしようもない。過去には戻れないのだから。

 僕だって過去に戻れるのなら変えたい過去は幾らでもある。僕の妹だって……。

……そんなことは今はどうでもいい。

 とりあえず、敵討ちになるかは分からないが、あの「人殺し」を殺そう。

そして僕らも「人殺し」になるのだ。

「仕方ない。四人で行くぞ……」

 僕らは教室を飛び出した。

三階の廊下を駆け抜け、階段を降りて二階に着いたその時だった。


 香ちゃんの様子がおかしい。患っていた心臓病の容態が悪化したようだ。

 よりによってこのタイミングでだ。

 神様というのは本当に非情である。なんとか神様への苛立ちを抑え、香ちゃんの背中をさする。

 しかし、無駄だった。ここまで六人で行動してきて、あっという間に三人が他界した。

 あまりにも呆気ない死を幾度も目の当たりにして僕らは気が気ではなかった。

 今日は厄日だ。流れに乗ってこのまま僕も死ぬのかもしれない。

 それどころか六人全員死ぬのかもしれない。

それならまだいい。この世ではないどこかでまた、この六人で平和に過ごせるのなら。

 しかし、あの女だけは殺さなければならない。なんとしてでも必ず……。

「黒宮、ほら立てよ。夜桜も」

 海斗くんの言う通りだ。立たなければ。

亡くなってしまった香ちゃんをそっと床に寝かせ、 僕らは先を急いだ。

 階段を駆け下りるとすぐに職員室がある。そこにあの女は居る。

 海斗くんはそっとリボルバーを取り出した。

そして静かに弾丸を二発、シリンダーに弾を込めた。

 紅葉ちゃんは少し驚いた様子だったが、直ぐに察した様子だった。

 三人の心音が聞こえる。三人の心音が重なった瞬間……。今だ!


 海斗くんは一気に床を蹴って職員室に乗り込んだ。

 続けて紅葉ちゃん、そして僕も。

 海斗くんは瞬く間に銃を構え、正確に二発、脳天に弾丸を命中させた。

「やった……!」

……海斗くんの様子がおかしい。

 倒れた高良先生の手にはリボルバーが握られていた。

 そして海斗くん。心臓あたりを正確に一発。もう一丁のリボルバーによって弾丸が撃ち込まれていた。

 まだ起床してから一時間も満たない。それなのに四人もの人間が死んだ。

 いや、高良先生も含めると五人だ。僕と紅葉ちゃん。生き残ったのは二人だけだった。

 珍しく紅葉ちゃんが絶望している。

それもそうだろう。目の前で四人もの友達を失ったのだから。

 僕はそっと紅葉ちゃんを抱いた。

しかし、何故か僕には悲しみという感情がなかった。

 紅葉ちゃんを抱き抱え、学校からすぐ側の公園へ足を踏み込んだ。

 ベンチに座り、紅葉ちゃんは冷静になった。

ふと空を見上げると、太陽が眩しかった。雲ひとつない空から僕たちを照らしている。

 しかし、僕たちにはそれすらも憎く、心悲しく感じた。

「ねえソーマくん……」

 震えた声で紅葉ちゃんが僕に問う。

「一日目にしたうちとの約束。覚えてる……?」

 僕は一瞬考えたが、すぐに分かった。

「うん。覚えてるよ。今から行こう」

「やったあ!」

 周りから見ればただの羨ましいカップルだろう。

僕達の心は僕たちにしか理解ができない。

 幼馴染を一度に四人も失ったこの気持ちを理解できるのは僕と紅葉ちゃん。僕ら二人だけなのだ。

 とぼとぼと歩く僕らはある事に気がついた。


「そういえば明日って卒業式だ……」

 僕達はすっかり忘れていた。

 狂った教師に血まみれの廊下。こんな学校にはもう二度と行きたくない。


 僕の手を握る紅葉ちゃんの力が僅かに強くなった。その瞬間、溜まっていた涙が溢れ出した。


 その日の夜、僕の家に紅葉ちゃんを泊めた。

二人で横になりながら、四日間の出来事を振り返った。

 四人の幼馴染の両親は今頃どんな思いで居るのだろうか。いつまでも帰りを待っているのだろうか。

 そう思うと胸が苦しくなった。

ふと、一つの写真が目に入った。

 幼稚園の頃、六人で遊んでいる写真だ。

「そうか。あの頃も僕達六人で過ごしていたのか……」

 僕は運命のようなものを感じた。

紅葉ちゃんはもう眠りについたようだ。僕はそっと手を握り、眠りについた。



あの時の草原。亡くなった妹が居る。

「お兄ちゃん、お疲れ様。頑張ったね」

 妹を見つめていると、奥の方から四人の姿がうっすらと見えた。

 毒ガスによって中毒死した星太。

それを見て自殺した広樹。

 途中で病死してしまった香。

先生に銃殺された海斗。

 ここは恐らく死後の世界と干渉できる、そんな場所なのだろう。

 四人の目線が僕から外れた。不思議に思い隣を見てみると、紅葉ちゃんが居た。


 僕もみんなの元へ行きたい。しかし神様はそれすらも許さない。神様はいつも平等ではない。

 しかし神様には敵わない。一対一で喧嘩をすれば一瞬にしてやられるだろう。

 そうだとしても……



僕は何度だって言ってやる。




……僕は神様が嫌いだ。

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セクステット クロム〆 @chromium2430

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