第4話 希望

 三日目の朝を迎えた。徐々にこの環境にも体が慣れてきた。

 今日までしか時間が無い。朝イチから推理を始めなければ。

 とりあえず手がかりはほぼ無い。強いて言うのであれば、チャーハンを食べているあの時。

 僅かに、手がかりとなるヒントが近くにあるような、そんな感じがした。

 このままではまずいと思い、推理は一旦任せて

海斗くんと僕で特効薬を探しに行った。

 海斗くんが言うには、ほとんど全ての部屋を見て回ったが一つだけ行っていない場所があるという。 そう、それは……

「……職員室だ。あそこだけはちょっと入れそうにない」

 確かに職員室に入り込むのは困難だ。一人でいい。僕が海斗くんのどちらかでいいのだ。

……となると作戦は「アレ」がいいだろう。

 海斗くんは特効薬を探している際に見つけ出したガスバーナーを使い、理科室に火を放った。

 警報ベルの音が鳴り響く。思惑通り先生達は消火へ向かう。

その隙に僕は職員室に侵入することに成功した。

 えーと、高良先生のデスクは……。

あった。入ってすぐの場所だ。

 デスクの上、引き出しの中、引き出しの奥、本や資料の隙間。

至る場所を探した。

「……見つからない」

 特効薬はどこにも無い。ここには教室にあるたった一つの特効薬、本当に特効薬はあれしかないようだ。

 何人かの足音が聞こえる。

……かなりまずい。既に鎮火してしまっていた。

今ここから出ると間違いなく先生に見つかる。

 見つかったら恐らく一時推理には加担できない。

かといってずっと身を潜めている訳にもいかない。

……どうする。

「ガチャッ」

 海斗くんが放送室のドアを開けた。

海斗くんがこんな状況で無意味にそんな行動をするはずがない。

 しかも中には入らず、僕に何か指示をしている。

何を伝えたいのか……? どうすればいい……?


……なるほど、そういうことか!

 凄い。放送室のドアを開けると、僕の位置は先生から丁度死角になっている。

 これでバレずに職員室から出ることが出来るって魂胆か。流石海斗くんだ。

 そんなこと、普通思いつくわけがない。海斗くんを仲間に加えて大正解だった。

 そんなこんなで何とか海斗くんと合流した。

互いに面倒に巻き込まれることも無く、無事に職員室の捜索が終了した。

 お目当ての特効薬は未だ見つかっていない。

しかし、僕は職員室でいいものを見つけたのだ。

「……海斗くん。僕、凄い物見つけちゃった」

 何を隠そう、僕は職員室から「拳銃」を見つけたのだ。

テレビとかでよく見るような回転式拳銃(リボルバー)だ。

「これは海斗くんが持っていて欲しい」

 僕はそう言った。何故ならば海斗くんは大のミリオタで、銃の事にはものすごく詳しい。

 時々僕も教えて貰ったりするけれど、何を言っているかさっぱり分からないのだ。

しかしこの状況では実に頼もしい。あのサイコパス教師の命を奪えるチャンスなのだから……。

 弾丸は二発のみか。出来ることなら一発で仕留めて欲しい。とりあえず、今はこれをカバンに閉まっておこう。


 お昼のチャイムがなった。制限時間は明日の〇時までと仮定してあと十二時間。

 その間に特効薬を見つけるか、特効薬を使うべき人を当てるかしなければならない。


 しかしどちらも目に見えるほど難題だ。とりあえず、一度合流するとしよう。

 僕らは急いで三階の教室に向かった。


「ソーマくん! 海くん! おかえり」

 香ちゃんが僕らを出迎えてくれた。

「なにか見つかったか?」

「残念ながら何も見つからなかった」

 何が起こるか分からない。リボルバーのことはみんなには内緒だ。

「そうか……」

「三人は何かわかった?」

「すまないが……なにも」

 やはりそうか。そんな簡単に分かるわけが無いのだ。こういう時は視野を広げるべきだろう。

 例えば、教室にある物。連想していけばヒントに繋がるかもしれない。

 花瓶、黒板、机、椅子……だめだ、ヒントになりそうなものが見つからない。

 ただ刻々と。時は止まることなく過ぎていく。


 あれから何時間だっただろうか。誰もが希望を失っていた。

そんな中、昨日や一昨日のように高良先生が夕飯を運んできた。

 僕らは頭を使いすぎてお腹がペコペコだ。

間違いなくいつもの授業よりは頭を使っている。


「……うまい。やっぱり高良の料理はうまいぜ」

 昨日のように何かに引っかかる。

共通点は食事。食事といえば……。


…………そういうことか! やっと謎が解けた。

「味」だ。この謎を解く鍵は間違いなく味にある!

 飲んだ物が違えば僅かに味にも違いが出るはずだ!

 どうしてこんな簡単な事にすぐ気づけなかったのだ。自分が情けなく感じる。


「分かったぞみんな! 最初に飲んだ水の味だ! 解決の鍵はそこにある!」

 闇に満ちた教室の中に一筋の光が射した。

僕が飲んだ水……。味を思い出すのはとても難しい。

 しかしここは全神経を集中させて思い出そう。

あの水は苦かった。となると一人だけ苦味を感じていない人がいるかもしれない。

「みんなが飲んだ水はどんな味がした? 僕のは苦かった!」

 全員の意見が一致した。

…………なぜだ? なぜ全員が苦味を感じるのだ?

 飲む物が変われば味は絶対に変わる。

「苦味の中でも種類があるんじゃない?」

 と香が言った。

 なるほど! 僕は、確かグレープフルーツのような苦味を感じた気がするな……。

「僕は確かグレープフルーツのような味がした!」

「私も!」

「うちも!」

「俺もそんな感じだぜ!」

 僕ながらいい例えだったかもしれない。この作戦は大成功だ! これで特効薬を飲んでいない一人が炙り出てくるはずだ!

「俺はちょっと違う気がする……」

「すまない、俺もだ。グレープフルーツって感じじゃなかった」

 なんだと……。二人も該当者が出てきてしまった。

 しかし逆に言えば二人まで絞り込めた。これはとても大きい。

 そして広樹くんと星太くんのどちらかに使う事は決定したが、どちらにしようか。


「あ、あのさ! 確かヒロくんって理世先生から嫌われてる、みたいなこと、言ってなかった?」

 そういえばそうだ。……となるとここは広樹くんに特効薬を使うのが得策だ!

「恐らく広樹くんで間違いないな」

 皆の意見が一致した。

 明日までには時間も長くない。早めに特効薬を飲んでもらおう。

……ない。特効薬がない。どういうことだ?

 初めから動かしていないはずなのに……。

「悪いな。俺は死にたくない。すまないが特効薬は飲ませてもらったよ」

 何を言っているのだ。このままでは広樹くんが本当に死んでしまう。かなりまずいことになったのではないか……?

「……甘いよ。この俺が気づいていないとでも思ったか?」

 と海斗。こんな状況でもまだ策があるというのか?

「あの位置に置いてあると特効薬を強引に奪って飲む奴がいるかもしれないだろ? 高柳。お前みたいにさ」

「だから二日目の時点で本物の特効薬とその辺にあったタブレットをすり替えておいたんだ」

「ほらよ時雨沢。早く飲め」

 そんなところまで視野に入れていたのか。

海斗くんは未来が読めてるのではと思ってしまうほど気が利く。彼は本当に凄い。

 たった今ものすごく焦ったがとりあえずは何とかなったようだ。この三日間は本当に精神が削られた。

「ゴクリ」

 水を飲む音が耳に入った。

「……これで終わりだな」

 と広樹。やっとおわったのか。僕は一安心した。ここまで、ものすごく長い道のりだった。

 一人でも欠けていたら誰かが死んでいたかもしれない。みんなそれぞれ足を引っ張った所もあったが、みんながいたからここまで来れたのだ。

「みんな、ありがとう」

 六つの声が共鳴した。

平和な世界が戻ってくる。

 そう思うと口元がにやける。それは僕だけではなかった。

「そろそろ寝ない?」

 丁度いい。僕はとても疲れた。今すぐにでも寝たかったのだ。

 明日はきっと誰一人死ぬことはない。

明後日位には皆で遊びにでも行こうかな……。

 そんなことを考えているうちに僕は深い眠りについた。


「ん」


 夜中に突然目が覚めた。同じタイミングで紅葉ちゃんもだ。

 当たり前だが、他の四人は起きていない。

「あ、あのさ! ソーマくん……。この三日間、誰よりも頑張ってたね。カッコよかったよ」

 紅葉ちゃんが耳元で囁いた。

僕はあの時、あの夢をふと思い出した。

……そういえばあの夢はなんだったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る