第3話 僕らの中のカタストロフィ

 そんな夢をみつつも、日付が変わってしまった。

 時は非情だ。ただ刻々と過ぎていく。こうしている間も一秒、二秒、三秒と……。

 そろそろ本当にやばい。今日こそは何か一つでも……。

「みんな、ちょっと考えてみよう!」

 僕は五人に向けてそう言い放った。

「そうだな。考えてみようぜ」

「うん。私もそうする」

「俺はいやだね。どうせ死ぬのは俺じゃない」

「俺ももうめんどくさくなってきた。お断り」

「うちはちょっと疲れちゃった……。少し休ませて」

 なんということだ。昨日までのみんなじゃない。

昨日まではあんなに協力的だったのに。

 僕は悪夢を見ているのか……?

 幸いにも広樹くんと香ちゃんだけは僕の力になってくれそうだ。そこに頼るしかない。

 僕だって本当は疲れているのに。そんな弱音を吐きそうになった自分を思いっきり一発叩いた。


「広樹くん、香ちゃん。何か分かったことある……?」

 僕はダメ元でそう聞いた。

「分かったことでは無いけどさ、コップって机の上にあったじゃん。ということは先生は確実に誰が死ぬか分かってるんじゃないか?」

 盲点だった。確かに言われてみればそうだ。ということはつまり……

「となると死ぬのは先生の恨みをかった人……とか?」

 僕が言おうとしていた事を香ちゃんが代弁してくれた。

 恨みをかっていないにしても何かしら殺したいと思わせるようなことをした奴に違いない。そうなると誰だ? 

 こればかりは聞いてみるしか無さそうだ。

 僕と広樹くんと香ちゃんの三人で、クラスメート全員に聞いた。しかし誰一人として心当たりがない。

 頭を抱えたその時。

 ドアが開く音が聞こえた。

あのサイコパス先生だ。

「約一日ぶりね。みんな元気してる? と言ってもそんなわけないよね〜」

 高良先生の軽快な口調が僕達に怒りを与える。

「私から君達に大ヒントをあげるわ」

「今この状況を打開しようとしてる六人が居るみたいだけどね。その中の誰かが死ぬわよ。せいぜい頑張ってね」

 そう言い捨てるとさっさと去っていった。

「うそ……だろ……?」

 僕ら六人の中で死人が出るというのか?

つまり僕は六分の一の確率で死ぬのか……?

 僕のメンタルが持ちそうにないことは自分がよくわかっていた。過去に友達から言われたことがある。お前のメンタルは豆腐かよ、と。

 まさにその通りだ。僕のメンタルは豆腐なのだ。今にも絶望しそうなのだ。

……しかしここで怯んでは居られない。

滲み出た涙を拭き、立ち上がった。

「あのさ紅葉ちゃん、星太くん、海斗くん。僕たちみんなさ、六分の一の確率で死ぬんだよ。分かってる?」

 僕は怒りと焦りで口調が乱れてしまった。

まずかっただろうか。謝るべきだろうか。そんなことを考えていた。

 その瞬間。

 僕の頬に激痛が走った。一回。二回。三回。

僕の理解が追いつかない。何が起こっている……?

「いい加減にしろよ……」

 広樹くんの声だ。相当怒っているように聞こえる。

 僕は呼吸を整え、周りを見渡した。

どうやら僕は星太に殴られたようだ。

「どうせお前なんかには解けねえよ。だから諦めろ。生き残りますようにって神様にでも祈ってろよ」

 昨日までの星太くんはもう居ないのだろうか。まるで冷静ではない。

 星太くんはチームから外すか……?

……今なんて言った? 神様にでも祈ってろ……? 確か星太くんは僕が神様が嫌いってことを知っているはずだ。それなのに……。

「お前……本当にいい加減にしろ!」

 僕も冷静さを失った。頭の中では意味が無いって分かっているのに僕は星太の頬を殴ってしまった。

 僕と星太くんの喧嘩が始まった。よりによってこんな時に。

 いや、こんな時だから起こったのだろう。

四人が止めに入っているのが分かる。分かっているのに僕は星太の頬を何発も何発も力を込めて殴っている。

 そしてまた、僕も殴られている。

 殴り疲れ、目線を下に落とすと教室の床は紅く染っていた。

 三十分くらい経ったのだろうか。お互い疲れ果て、喧嘩は自然に収まった。

 しかし星太くんとはもう話せなさそうだ。

星太くんのことは諦め、推理を始めようとしたその時だった。

「あの……うちが死ねば選択肢縮まるかもしれないし、もしうちが特効薬を飲んでいなかったら、誰も死なずに済むんじゃないかな」

 何を言っているんだ……? 僕には理解が出来なかった。

「紅葉ちゃんが死ぬ必要はないだろ」

「そ、そうだ。死ぬ必要はない!」

 僕は星太が正気を取り戻したと確信し、内心喜んだ。

「香ちゃんが死ねばいい」

 は……? 何を言っているんだ?

「香ちゃんってさ、病気持ってたよね。病死する可能性もあるんだって? だったら香ちゃんが死ねばいいんじゃないの」

 これ以上はだめだ。やめてくれ。

「確かにそうだね……。私病気持ちだし。私が死ねばいいんだよね……」

 香ちゃんは涙を浮かべてそう言った。

もう推理をするのは不可能だ。まともなやつは居ない。僕は教室の角へ行き、呼吸を整えた。

 それと同時に涙を流した。

数分後、僕は意識を失った。



 ここはどこだ……? 広い草原に太陽の光が強く射している。

 そして目の前には数年前に亡くなった妹の姿がある。

「お兄ちゃん、諦めちゃダメ。お兄ちゃんならきっとみんなを救えるよ!」

 亡き妹が僕にそう訴えた。

 僕は妹が好きだ。シスコンと言われても仕方がない。僕はずっとここに居たい。妹と一緒に過ごしたい。そう思った。

 しかし瞬きをした瞬間教室の角から見た景色が広がった。

「……くん」

 かすかに声が聞こえる。

「ソーマくん。起きて」

 この声は……紅葉ちゃんだ。

「ねぇ、ソーマくん大丈夫?」

 と香ちゃんが一言。

「ソーマくんね、あれから意識失っちゃってさ……。四時間も目を開けなかったんだよ?」

 僕は驚いた。

「星……太くん……は……?」

「大丈夫! 星ちゃんなら今酷いことをしたって泣いてるよ……!」

 よかった。今度こそ本当に正気を取り戻したのか。

「ショータくんったらさ、うちにもかおりにも、ソーマくんにも何百回もペコペコしてたんだよ?」

 僕は星太くんが何度も頭を下げている所を想像出来ず、笑いが込み上げた。

 そして、香ちゃん、紅葉ちゃんも笑っていた。

「ソーマ、起きたのか! さっきは本当に悪かったよ……俺、反省した!」

「うん。聞いたよ。また一緒に推理手伝ってくれる?」

「もちろんだぜ!」

 これで喧嘩は完全に収まった。

 今度こそ解決してやろう! 僕、紅葉ちゃん、星太くん、広樹くん、香ちゃん。五人で……。

……そうだ。海斗くんが居ない。

「海斗くんはどこに行ったの?」

「それがさ〜。突然教室を飛び出してどっか行っちゃったのよ」

 ん? 教室から出られるのか。となると高良先生が鍵を閉め忘れたか?……違う。問題はそこではない。

 海斗くんのことが問題なのだ。

 この学校は無駄に広い。三年になった今でも時々迷子になるほどだ。

 そんな中で海斗くんを見つけるのはかなり厳しいだろう。部屋の隅にでも座っていたらほぼ不可能に近い。

 ここは戻ってくるのを待つべきだ。戻ってくるまでに僕達はすこし推理をしていよう……。



 さっき先生が言っていたことを振り返って見よう。

僕達の中に特効薬を飲んでいないものが居る……か。そうなるといくつか疑問が浮かぶ。


 何故それを僕達に教えた?

 僕たちの中の一人を殺そうとする目的はなんだ?

 別のアプローチも試みよう。

全員にそれぞれ特効薬を使った場合を考えてみるんだ。


 僕に使った場合。僕は確実に生き残るが他の誰かが死ぬかもしれない。

 紅葉ちゃんに使った場合。紅葉ちゃんは確実に生き残るが……って、誰に使っても同じだ。

 その人は確実に生き残るが他の誰かが死ぬかもしれない。

「なあ颯馬。前から思ってたんだ。お前といるといつも不幸なことが起こるってさ」

「この騒動が終わったら俺、お前の友達やめる」

……言われてみれば確かに僕の周りでは頻繁に災難が起きている。

 例えば小二の時。

 僕の蹴ったサッカーボールが近くを通ったバイク乗りにぶつかってしまい、一緒に遊んでいた広樹くんに向かってバイクが飛んできて全治八ヶ月の大怪我を負わせてしまった。

 広樹くんと関わるのはこれ以降辞めよう、そう決意した。


……とりあえず今は推理に集中しよう。

 待てよ。先生が嘘をついている可能性もある。

 もしも僕らの中に特効薬を飲んでいない人が居ないとしたら。

 もしも最初から誰も死ななかったとしたら。

はたまたここにいる全員が死ぬのかもしれない。

「……みんなはどう思う」

 僕は思っている事全てを四人に話した。


「これじゃあ、振りだしどころかその前まで戻っちゃったわね……」

 まさにその通りだ。

とりあえずこの六人のうち誰かに特効薬を使う。これが得策だろう。

 誰に使うか? 六通りだ。八十三%の確率で誰かが死ぬ。勘で選ぶにはリスクが大きすぎる。

「……わりぃ。遅くなった」

 居なくなった海斗くんが戻ってきた。

「どこいってたんだ?」

 僕が聞くよりも早く星太が尋ねた。

「この学校の何処かに特効薬がまだあるんじゃないかと思って学校中を探し回ってたんだ。沢山あれば難しい推理しなくても全員に飲ませるだけで死人はでないだろ?」

 なるほど。それはかなり得策かもしれない。

「で、どうだったんだ?」

「……残念だけどよ、どこ探しても見つからなかった」

 さすがにそんな簡単には見つかる訳がないか。

「とりあえず、みんなが高良先生に悪い印象を与えたようなことがあれば話してくれ。もしかしたら少しのことでも手がかりになるかもしれない」

 気が遠くなるような作業だが、これしか今は方法がない。

「……実は私、病気のことで理世先生にとてもお世話になってるの。いろんな病院も探してもらったし、体育の授業とかいつも私のことを見ていてくれているの」

「だから……もう私が邪魔になっちゃったのかも……」

 なるほど。申し訳ないが確かに可能性としては考えられる。そんな風には考えたくないものだが……。

「他には」

「聞いた話なんだけどね。理世先生はヒロキくんのことをあんま良く思ってないんだって。理由は特に分からないんだけどさ……」


「なんだそれ……。それじゃあ俺が死ぬってか……?」

 広樹くんは困惑した様子だった。

そんな時、またあの先生が夕飯を持ってきた。

 今日はチャーハンを作ったようだ。

「……高良の作る飯はやっぱうめえんだよな」

 星太の言う通り高良先生の作るご飯は本当にうまい。

「ヒロキもさ、飯食えよ。まだお前が死ぬって決まったわけじゃない。明日本気で推理すればいいさ」

「そうだな……」

 広樹くんはそう言い、美味しそうにチャーハンを食べた。

 僕は何かに引っかかった。解決に繋がりそうな要素があるような気がする。しかしまだそれが何かわからない。

 とりあえず明日までは考えるのをやめよう。

 高良先生が作ったチャーハンをぺろりと平らげ横になった。

 一日に一食はやっぱりお腹が空く。

早くこの生活も終わりたいものだ。そんな事を思いながら眠りについた。

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