第45話

「気が抜けないわ……」


雨森が何やら呟く。


「いいですか先輩!そうやってホイホイと向坂先輩について行かないでください!」


「いや、いいだろそれくらい——」


「よくありません!いいですか!先輩は向坂先輩を信用し過ぎなんです!向坂先輩はもっと危険で、言うなれば猛獣なんです!」


「おいおい、それはさすがに——」


「言い過ぎではありません!それくらいの危機管理能力は持ってください!」


後輩ははぁと一つ嘆息して、今度は向坂美鈴の方を向く。


「向坂先輩もあんまり五条先輩を誑かすのはやめてください!」


「え~誑かしてなんかないし~」


「思いっきり誑かしてましたよ!」


「いやいや~あれは二人が仲良くやっているようだったから~私たちは邪魔かなぁって思っただけだしぃ」


「どこをどう見たらそんなことが言えるんですか!」


「え~、だってぇ、いつきんもそう言ってたしぃ」


「本当ですか?」


後輩からぎろりと睨まれる。


「ん?まあそうだな」


すると、失礼なことに後輩は大きなため息を吐いた。


「おい。それは失礼だろ」


「どの口が言っているんですか。こんな女と仲良し認定する以上に失礼なことなどあるのですか」


「ええ、私もこんなチビと仲良しだなんて嫌よ。まあ、樹君がどうしてもっていうならなってあげなくもないけど」


「……このメス豚」


「あら、何か言ったかしら、メスガキ」


「むーっ」


「なにかしら」


「「ふん!」」


互いにそっぽを向く。

なんだ、やっぱり仲がいいじゃないか。


「先輩、仲良くなんてありませんからね」


後輩が睥睨した。


(キーンコーンカーンコーン)


「お、もう帰る時間か」


確かに長々と説教されていたもんな。


俺は帰ろうとカバンを背負い、扉に手をかける。

ああっと、そうだった。


「雨森、帰るぞ」


すると雨森は満面の笑みで


「うん!」


と頷いた。


その笑顔はやはり昔の友に似ている。

あいつが性転換をしたらまんまこんな感じになりそうだ。


そうそう、あいつとの出会いは——


「どうしたの?」


いつの間にか間近まで迫っていた雨森由奈が、俺の顔をのぞき込む。


「いや、何でもない」


俺は出掛かった記憶にふたをして、靴箱へと急いだ。



***************************************




俺と雨森はぽつぽつと会話をしていた。


そろそろお互いを知り尽くしたと言ってもよいであろう俺たちは、そのため話す話題などがあまりなかったのだ。


「ふーん、涼宮ハルヒの憂鬱ってそんなに面白いのねぇ」


「ああ、面白いぞ。『東中出身涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』っていうセリフを見た時は『おいおいこれがヒロインで大丈夫か』と、不安にもなったが読み進めて行ったら案外面白くてな」


「へぇ」


それっきり沈黙が続く。


まあ、といっても俺たちの仲だからそれももう気にならないのだが。


「しかし意外だな」


「何が?」


「いや、雨森が『冴えない彼女の育て方』をアニメで見ていたなんて。あれって、こう言っちゃなんだがオタクの、しかも男の人用って感じだろ?」


「あー、それは樹君が見てたから、かな?」


「……ふーん」


まあ俺は雨森にそれを見ているとかいう話をした覚えはないが、多分幸助辺りと話しているうちにぽろっと出たんだろう。

それでその作品に興味を持ったってわけだ。


そんなことを考えている間に、駅が目の前にそびえ立った。


「じゃ」


俺は雨森に別れを告げる。


「今日はありがとう!」


そう言って雨森は、矢張り満面の笑みになった。

そして、やっぱりそれは既視感が伴う。


その元凶は“ユウ”という、昔の俺の友達で。


そうそう、あいつとの出会いはあの小さな公園で。


あいつと泥だらけになって遊んだりもしたな。


あいつと街を探検もしたな。

見知らぬ人の家に入っては、良く怒られていたっけ。


でもあいつは、そうだ、いつも夕方になったら迎えに来る親から聞いた“ユウ”というあだ名を持つあいつは、俺の数少ない、とても大切な友達だった。


でも、ある日からめっきり来なくなっちまったんだったな。


ああ、あいつは元気にしているだろうか。


「ユウ」


俺は思わず声に出してしまった。


不図、素に戻って辺りを見渡す。


そこには唖然とした顔の雨森がいた。


「ん?どうし——」


「ごめん!私帰るから!」


雨森は駆けて行ってしまった。






=====================================

後書きです。


本当はこの勢いのまま、雨森エンドで終わらせようとしました。


ですが、できなかったみたいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰もが羨ましがるハーレム主人公は俺の友達のはずなんだが…… Black History @jhfjerfiphsihjkvklhsdfar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ