あまり話したことのないクラスメイトのNTRビデオレター(?)が送られてきた

nullpovendman

短編

 花子が行方不明になって二週間が経過した土曜日の朝、郵便受けに小包が入っていた。

 中身は一枚のブルーレイディスクであった。

 小包に宛て名はないが、送り主の名前はきっちり書いてあり、住所も書いてあり、何なら電話番号も書いてある。

 いたずらの犯人にしては律儀なものだと感心しつつも、何が収録されているかは見当もつかない。

 とりあえず再生するか、と軽い気持ちでブルーレイを再生したことで、俺の運命は変わったのだった。


 再生が始まって、映像が映し出された。

 ハンディカメラで撮影されたホームビデオらしい。

 どこかの広い室内のようだ。

 どうにもきらびやかな様子であった。

 そこへ何やら聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきた。


「ああっ、こんなの初めて!」


 普段聞いたことのないような嬌声である。


「いいわ! そう! いいわっ!」

「ハァッ! ハァッ!」


 花子の声がする。


 カメラの視点が移動する。

 これは……

 そうか、これはNTRビデオレターというやつか。(ブルーレイだけど。)

 映像の中では女の子がもみくちゃにされている。


「すごいわ! 本当にすごい!」

「ハッ、ハッ! ハッ、ハッ!」


 女の子がペロペロされてうれしそうにしている。


 クソがっ!

 そこは俺の場所なんだっ!

 ふざけやがってッ!


 俺は怒りがおさえられなかった。

 NTRビデオレターを見せられるとこういう気持ちになるのか、勉強になるな。

 怒りに震えつつも、どこか冷静でいられたのは、花子の無事が確認できたからだろう。


 ブルーレイを中断し、取り出して小包に入れ直す。

 スクールバックに詰め込んで、外に飛び出し、自転車で走りだした。

 とっさにカゴにブーメランを入れたものの、荒事になったときに役に立ちそうにはない。


 ただ、一刻も早く花子に会いたかったのだ。

 向かうのは送り主の住所。

 すなわち、花子に・・・もみくちゃにされて喜んでいた、クラスメイトの紋城もんじょう胡蝶こちょうの家だ。


 自転車をこいでいるうちに、だんだん怒りは和らいできた。

 冷静になってみると、あまり話したことのないクラスメイトのあられもない姿を見せられていた理由がわからなくなってきた。

 そういう趣味だったのだろうか。

 とりあえず、花子に早く会いたいから自転車はこぎ続けた。


 紋城家は豪邸だが、門の前にSPがいるとか、そういうことはさすがになかった。

 チャイムを鳴らすと紋城本人の声がした。

 俺の名前(鈴木すずき光希みつきという)を告げると、「やっぱり来たのね」とだけ言って門のオートロックを解除した。


 そのまま玄関まで急ぎ、自転車をわきに停める。

 ライオン顔のドアノッカーを叩いてしばらく待った。

 メイド服ではなく和服姿の年配の女性がドアを開けてくれたので、会釈して中に入った。

 お手伝いさんと呼ぶべきか、まあ、とにかく彼女に案内されて客間に進む。


 玄関から客間までの廊下がやけに長く感じたが、物理的に長かったのか、俺の気持ちの問題なのかはわからない。

 客間に顔を出すと、花子の楽しそうな姿と、やはり学校では見たことのない笑顔の紋城胡蝶が二人でたわむれていた。


「花子! 無事だったんだな!」

「ワンッ!」


 ゴールデンレトリーバーの花子は、俺の姿を見て、尻尾を振って駆け寄ってきた。


 花子をなでた俺はもうすっかり冷静になった。

 勢いで紋城家に乗り込んでくるのはやりすぎに思えてきた。


 ビデオレターを送って来るお嬢様より、あまり話したことのないクラスメイトの家に押し掛ける同級生の男の方が、よっぽど不審者ではないだろうか。

 いや、ビデオレターを送って来るお嬢様もたいがいだな。

 それにしても、紋城はどうして俺にビデオレターなんて送ってきたんだろうな。


「こんにちは、鈴木君。この子は花子というのね」

「ああ、うちの犬だ。保護してくれていたんだな。ありがとう、紋城。だがなんでビデオレターなんて送ってきたんだ?」

「あなたの犬じゃないかと思ったのだけれど、違ったらかわいそうじゃない? だから一応、映像で確認してもらおうと思って……」


 なるほど、ビデオレターは単なる善意からだったか。


「そうか。あられもない姿を見られて興奮する変態かと思って悪かった」

「え!? ちょっとばあや、どんな映像を届けたの!?」

「ブルーレイは持ってきてあるんだ、一緒に見るか?」

「え、うん」


 客間に置いてあるでかいテレビで、紋城と花子のきゃっきゃうふふ(死語)な映像を再生する。


「た、たしかに服がはだけているわね……」

「それより表情だろ。学校で見たことないくらいエッチな表情をしているぞ」

「エッチな表情はしてないわよ!」


 映像を見ている間、花子は俺と紋城の間を行ったり来たりして、俺たちに頭をなでられたり背中をなでられたりしていた。


 紋城は長い髪が美しく、所作にも品があるお嬢様で、ちょっととっつきにくい感じがしていた。

 普通の公立高校であるうちの学校にはほとんどいないタイプで、部活もやらないし、授業が終わったらすぐに帰るし、正直クラスからは浮いていた。

 こうやって話してみると、案外普通のクラスメイトだ。


 花子は十日前に紋城家に迷い込んできたそうだ。

 人懐こい様子で、餌をあげてかわいがっていたら、そのまま居ついたらしい。

 学校で俺が飼い犬のゴールデンレトリーバーを探していることを聞き、落ち込んでいる様子を見て、ばあやと相談してビデオレターを届けることにしたそうだ。


 紋城は、動物好きだが、動物からは嫌われる体質らしい。ペットショップにいっても相性のいい子に巡り合えず、ペットを飼ったことはないそうだ。

 花子は、人見知りもせず物おじしないタイプだからか、俺のクラスメイトだと何となくわかっていたのか、とにかく紋城と仲良くできた初めての動物らしい。

 それで、離れるのが惜しくて、俺に教えるのが今日になったようだった。


 ばあやさんが持ってきてくれたお菓子とお茶を食べ終えて、俺はそろそろ帰ろうと準備を始めた。


「鈴木君、あの、花子ちゃんがうちにいること、黙っていてごめんなさい」

「いや、いいよ。ちゃんと教えてくれたろ」

「それで、もしよかったらなんだけど、たまに遊びに来てくれないかな?」

「構わないけど、紋城は忙しいんじゃ?」


 授業が終わってすぐ帰るのは家の都合かと思っていたが。


「もう大丈夫なの。父の仕事が一段落ついたから、部活も解禁されたのよ」


 紋城家の父親は要人警護の仕事をしていたそうで、家族にも危険があるため、自由な行動をさせてもらえなかったらしい。

 仕事の完了を機に、家族につけていた身辺警護や門限も解かれたらしい。

 これ以降は危ない仕事はしないため、窮屈な生活を送ることはないそうだ。


 こいつ、お嬢様とかいうレベルではなかったわ。

 がちがちに警護されていたことも、花子のことを俺に伝えるのが遅れた理由なんだろう。


「そうか、まあ、じゃあ月に一回……週に一回くらい顔を出すよ。学校でもよろしくな」


 月一と言おうとしたら、紋城がものすごくショックを受けていたので、週一に言い直した。

 こうして、俺は紋城とペット仲間になった。



 月曜日、登校した俺は友達への挨拶もそこそこに、紋城を探す。

「紋城、おはよう。連絡先を聞いてもいいか? 遊びに行くのに必要だろ?」

「鈴木君、おはよう。ええ、もちろんよ」


 教室がざわっとした。


 雰囲気が柔らかくなった紋城の様子をみて、クラスの連中も興味を持ったらしい。これ以降、紋城はクラスになじめるようになった。


 席に戻ると、隣の席の宇佐野うさのが話しかけてきた。

「鈴木ぃ。孤高のお嬢様と仲良くなるなんて何があったんだよ」

「あ? 犬だよ、犬」

「お嬢様の犬になったってことか? お前もドМだったのか」

「アホか。いや、『お前も』じゃねぇわ、お前の性癖なんて別に知りたくなかったわ」


 こうして、俺にはお嬢様の犬になったという噂が流れた。宇佐野は罰として、一週間コンビニのからあげを俺に献上する刑に処した。


 ***


 翌々週の土曜日、俺と紋城、ばあやさんは紋城家所有の空き地に来ていた。

 前の週には近所のドッグラン専用の公園に行ったが、花子以外の犬が紋城をこわがったので、早々に撤退した。

 本当に動物に好かれないらしい。

 ばあやさんにこっそり聞いたところ、強者のオーラが隠しきれていないらしい。

 強者のオーラってなんだ。


 紋城と花子は俺の持ってきたブーメランでディスクドッグをしている。

 二人とも楽しそうに駆け回っている。


 俺がやると三十分と持たないんだが、紋城は交代もせず、結局二時間以上も遊んでいた。

 さすが強者だけある。


 まだ遊び足りない様子の紋城を見ながら、俺は花子をなでる。

 花子は思う存分遊べて満足しているようだ。

「よかったな、花子」

「アオッ!」


 紋城は悲しそうにつぶやいた。

「また一週間後なのね……」


 学生生活を送れるようになった紋城は友達もできはじめて、笑顔でいる時間が増えている。

 花子が大好きになった紋城には、毎日写真を送っていたし、通話で声を聞かせてもいた。

 孤高のお嬢様と呼ばれていたころには知らなかった顔をたくさん知って、俺は紋城に惹かれていた。


 俺はこの二週間考えていたことを口にした。

「紋城、朝が苦手じゃなかったら、毎日一緒に散歩するか?」


 少し間があって、紋城はこう返した。


「それは『毎日君の味噌汁が飲みたい』みたいな意味かしら?」

「なんでそうなるんだ」


 本当にこいつは予想がつかない。

 そこが魅力ではあるんだが。


 俺の下心が見抜かれていただけという可能性もある。

 それなら直球勝負に出たほうがいいだろう。


「いや、やっぱ、そういう意味でいいぞ。好きだ。付き合ってくれ」

「え? ええ、よろこんで。え? 本当に?」


 顔を赤くした紋城は、花子に抱き着いた。

 そこは俺じゃないの?


「うれしいわ、花子!」

「花子と散歩できることが?」

「あなたと付き合えることよ」


 こうして俺は正式に紋城の犬となった。……なってねぇわ、彼氏だわ。

 NTRビデオレター(?)に始まった騒動は、こうして一応の決着を見た。

 本物のNTRビデオレターで終わることのないように、俺は彼女と花子を大切にしていかなければならない。


 終

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