第29話 根掘り葉掘り聞いてやる
馬車の中から現れた人影は、深い茶色の髪に切れ長の瞳を持った、威厳のある立ち姿だった。
見まごう事なき、我らが伯爵家当主ワルター・オルトガン。
セシリアの父親だ。
「――お帰りなさいませ、旦那様」
「あぁ、ただいま」
降車した主人に向かって、使用人達が次々に声を掛ける。
優しげな低い声と優しく綻ぶ深緑の瞳は、出発時に見たものと全く変わりない。
ただそれだけで、場が急速に安堵した。
するとそこに、一層の華やかさが1つ加わる。
「クレアリンゼ様、お疲れ様でございました」
「えぇ、みんなも元気そうでなりよりね。不在の間、何か変わった事は無かったかしら?」
加わった者の正体は伯爵夫人・クレアリンゼ、セシリアの母親に当たる人だ。
柔らかなその声が、場を一気に和ませる。
その証拠に、彼女のこの言葉を皮切りにして使用人たちが口々に「問題ありませんでした」「王都はいかがでしたか?」などと話しかけ始めた。
本来彼女は嫁いできた身だった筈だが、それを全く感じさせない使用人達との距離感だ。
それを見るだけで彼女たちがクレアリンゼの事を慕っていると分かってしまう。
しかしユンが待ち望んでいたのは、申し訳ないが彼らではない。
目的の人物を探して泳ぐ目が、一台後ろの馬車へと流れる。
その前には、既にユンよりも幾つか年上の執事の人影があった。
すぐ近くにはおそらく彼と同年代のメイドの姿もある。
(アレだな)
ユンはそう確信した。
その横に立っていたのだ。
執事服に身を包んだ、彼も良く知る執事がの姿が。
ゼルゼンだ。
(――4カ月ぶり、か)
自分中でそう呟いて、ユンは急速にそれを自覚した。
何故だろう、段々と緊張してくる。
セシリアが大丈夫だという事は、既に手紙で知らされていて知っている。
なのに、心臓が言い知れぬ不安に跳ねていけない。
馬車からは、執事の補助を受けて1人目、2人目と降車する。
そして3人目に差し掛かった時、ゼルゼンが馬車の入り口付近の持ち場を変わる。
そして。
(――あぁ)
思わず簡単にも似た声が漏れてしまったのは、馬車から少女の姿が見えたからだ。
待ちに待った、少女の姿が。
オレンジガーネットの髪に、ペリドットの瞳。
ユンの未来の護衛対象(予定)兼、友人。
セシリア・オルトガン。
悠然と微笑みながら降りてくるその姿に、ユンはとりあえず「元気そうだ」と安堵した。
馬車から降り立ったセシリアは、執事とメイドを一人ずつ引き連れて正面扉の方へと向かう。
たどり着くまでの道のりには沢山の使用人たちが整列している。
彼らからの「お帰りなさい」という声に、笑顔で「ただいま」と言葉を返しながら歩いてきて、セシリアがついにユン達の目の前を通りかかる時が来た。
「お帰りなさいませ、セシリア様」
まるでテンプレートの様な口火を切ったのはメリアだった。
しかしいつもの真面目顔の端っこに、隠しきれない喜色が漏れ出てしまっている。
その変化は、彼女と親しいものならばすぐに気付く事が出来た。
そしてそれはセシリアだって例外ではない。
そんな彼女を前にして、セシリアは美しく微笑んだ。
「ただいま、メリア」
そう応じて、次に残りの3人の顔も順に見回していく。
表情こそ少しそっけなかったが、彼女の目を見れはやはり一目瞭然。
否、おそらく分かりやすく見せる事で、ユン達に示しているのだろう。
本心から嬉しいのだ、と。
そしてそういう分かりやすい状態だったからこそ気付く。
全員の顔を順番に見て彼女が「なんだかとても『帰ってきた』という感じがするわね」と言った時の妙な感情の動きを。
(何でそんなに、心底安堵した……?)
何も無かったのではないのか。
思わずそう問い正したくなる。
これは向こうで、きっと何かがあったのだ。
だからここに帰ってきて、それを実感してこんなにも安堵する。
ユンは確信を持った目で、彼女の後ろに視線をやった。
そこに居るのは執事・ゼルゼン、向けるのは確認の視線だ。
それに対して返ってきたのは、見まごう事なき苦笑だった。
その顔に、ユンは「やっぱり」と思う。
(……まぁ、あのゼルゼンが動じてないんだから『こっちが心配するような事じゃない』んだろうけど)
それでも、どちらにしろ聞くことがこれでまた一つ増えた訳だ。
こうなったら紅茶とお菓子とみんなの前で、向こうであった事を全て、根掘り葉掘り聞きだしてやる。
このトラブルホイホイ令嬢め。
ユンは心の中でそう改めて決意したのだった。
~~Fin.
一方その頃、領地では。 〜伯爵家でお留守番中の『使用人見習い達』合同会議〜 野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中 @yasaibatake
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