第28話 待ち浴びた使用人たち



 ユンには、王都で色々と『やらかし』てきたセシリアに、聞きたいことが山ほどある。

 それはきっと他のみんなも同じだろうけど、でもだから彼女の帰りを首を長くして待っているという訳ではない。


 セシリアに怒ったり、呆れたり、心配したり、笑ったり。

 感情こそ千差万別ではあるが、彼女に対する想いの根幹はたった一つ。


 セシリア・オルトガンという人間を、好いているから。

 ただそれだけの事なのだろう。



 ユンが外に出てみると既にそこにはデントの姿があった。

 どうやら『御者』としての仕事があるらしいが、出迎えが終わった後の仕事らしく、同業の先輩たちに一言断ってから輪を抜けてユンの所にやってきた。


 二人で話しながら待っていると、やがて『パーラーメイド』のメリアが、ギリギリで『チェインバーメイド』のノルテノが、それぞれやってきて輪に加わる。


 この二人は、一応整列が仕事上の義務にはなっていない。

 だからこそこちらにも混ざれたのだが、『レディースメイド』のアヤは違う。

 主人達の身の回りの世話をする事が、彼女の仕事だ。

 出迎えた瞬間から仕事が始まるので、全員整列して出迎えなければならないらしく、出迎えには出てきているがこちらには加われない。


 残るのはグリムだけだが――。


「あのグリムがわざわざ出てくる訳ないでしょう?」


 あの捻くれ者よ?

 メリアがそう言い、デントが思わずと言った感じで苦笑いする。

 しかし彼も、メリアの言葉を否定はしない。


「まぁ捻くれてるかは置いておくとして、グリムは『午後にはどうせ会えるんだし』とか言ってそう」


 その声に、ユンも思わず頷いた。



 今日の午後は同期組全員が休みを取り、セシリアとお茶会をする手筈になっている。 

 もちろん使用人が主人と同じテーブルを囲むなんて、普通ならば以ての外。

 だからこれは他の使用人たちは知らない、秘密のお茶会だ。



 セシリアと同期組は昔、伯爵夫人から条件付きで友達付き合いを許された。

 その条件というのが『友達として触れ合うのは貴方達対象者だけが居る場でのみ』というものだ。


 だから周りには友人関係は秘匿されており、周りの人達はあくまでも「過去に縁があったから、一方通行で気にしてるだけ」だと思っている。

 今回の手紙を読んでの一喜一憂を見ていた人たちはかなり多いが、それだって周りは「あくまでも友達であるゼルゼンが巻き込まれているから」という認識だ。


 その辺はもしバレたら関係解消となってしまうので、みんなそれなりに慎重に過ごしている。

 もちろんどれだけこちらがミスろうともセシリアが『鉄壁な平等さ』を示している限りはただの「主人を慕う従者」に見えるのだから安全だ。

 この手の事でセシリアがヘマをする予感なんて一ミリだってしやしない。


 そういう訳なので、ただ「昼から会える」という言及だけではたとえ聞かれた所でそのお茶会の存在にまでは行きつく事はできないだろう。

 精々「グリムの仕事場である庭にはセシリアが良く花を見に行くからな」と思うくらいである。



 と、ここまで考えた所でユンの脳内グリムが鼻で笑った。

 「え? みんなは出迎えに行ったの? わざわざ?」とでも言いたげなと顔をして。


(……あぁあぁ、そういう奴だよなお前は)


 如何にも言いそうな言葉だが、別に本人が言ったわけではない。

 それはちゃんと分かっているけど、言ったら多分そう答えるだろうから結局腹は立つ。



 なんて事をやっている内に、馬車を引く音が近づいてきた。

 それに気付いて、その場にいた全員が佇まいを正し始める。

 もちろんユン達も例外ではない。 


 屋敷の正面扉の目の前には、最前列に各持ち場の長たちが順番に、その後ろにアヤを含めるレディースメイドたちが整列している。


 それ以外は特に順番の指定は無いのが、オルトガン伯爵家での決まり事だ。

 並ぶ場所などは自由、出迎えるのに特に指定もありはしない。

 しかしそれでも自然と綺麗に並べているところが、なんともこの伯爵家の使用人達らしかった。 



 先ほどまで溢れていた雑談の声が、馬車の接近と共に消える。


 やがて6台の馬車が連なって止まり、最初の馬車の扉が開いて、まずは執事が一人降り立った。



 彼は、この屋敷の使用人ならだれもが知っている人物である。

 使用人の中で最も怖く、厳しく、偉い人物。

 そう、伯爵家の筆頭執事・マルクである。


(と、いう事は)


 筆頭執事が下りてきて最初に降車補助をする相手など、たった一人しか存在しない。


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