第15話 推理の途中で口を挟むやつは大体犯人

「あ、葦木戸あしきど……? なんで?」


 葦木戸あしきど有紗ありさ

 俺の幼馴染であり、犬猿の仲の相手だ。

 特徴的なのはそのツインテールと、小柄で華奢な体躯らしからぬ立派な……、アレである。


 成績優秀かつ容姿までずば抜けている彼女は、昔から俺のやること成すこと全てにいつもケチをつけてくる。同じ高校に通ってはいるものの、彼女は俺のことを嫌っており、俺もここ最近は極力関わらないようにしていた。


「…………ふーん。女の子いっぱい連れ込んで、どうやら例の噂は本当みたいね。しかも何そのカッコ。ださ」


 ジト目でこちらを眺めると、興味なさげに葦木戸はつぶやいてツインテールをなびかせる。


「……あの。千秋さん、この方は?」

「有紗ちゃん。ハル兄の幼馴染で、近くに住んでるんだよ。同じ高校の一年生のはずだけど、青葉さん知らない?」

「あいにく私はまだお友達すくないので……」

「あ、私知ってるかも。みんながお人形さんみたいに可愛い子が居るって言ってたの、確かこの子だったような……」


 睨み合う俺と葦木戸のそばで東雲たちがひそひそと会話しているのが聞こえる。俺の内心はそれどころではなかった。


 くそ、やっぱりこいつにまで俺のギンギンマックス先輩の悪名は轟いていたのか。これまででさえさんざん馬鹿にされてきたというのに、完全にマウントを取られた形だ。言い返す言葉も無い。


「……なんの用だよ」

「別に。ママがこれ持ってけって言うから来ただけ。アンタになんか会いたくなかったわよ」


 こちらに差し向けられたのは茶色の紙袋。果物が何かだろうか? 俺の親と葦木戸の両親は非常に仲が良い。小さい頃から付き合いがあり、お出かけ、キャンプ、食事などなど。俺たちはそれに巻き込まれることが多かった。


「はい千秋。これ、お母さんに渡しておいてくれる?」

「あ、うん。ありがとー」


 千秋に対しては優しい有紗。

 小さい頃は俺にも優しかったのだ。ただ、いつからか俺に対しての風当たりが強くなり、今に至る。原因に心当たりも無いのだが。


「千秋、なんか珍しい格好ね? お出かけでもするの?」

「うん、今からラブ――」

「あああああああああぁぁい!」


 思わず叫ぶ。

 近くの木から鳥が数羽飛んでいった。


「うん、みんなでラブホ行くの」


 言い直すな。俺の叫んだ意味。

 走る緊張感。硬直する高嶺、頷く東雲。

 頷くな否定しろ。頼むから。


「ら、ラブっ……ラブホ?」

「いや、葦木戸。こ、これはだな」

「うん。有紗ちゃんも知ってるでしょ? ハル兄ギンギンマックス先輩って呼ばれててさ。ラブホに行ったと誤解されてるみたいだから、まず営業してるのか確かめに行こうって」

「へ、へえ。そうなの。確かめにね」


 ひくひくと引き攣った笑みを浮かべる葦木戸。ドン引きである。俺はもう終わりである。


「じゃあ、もしかしてそこの二人は……」

「うん。ハル兄と一緒に誤解されてる可哀想な二人だよ。東雲さんと、高嶺さん」

「初めまして」

「こ、こんにちは〜」


 丁寧な所作で頭を下げる東雲と、気まずそうに苦笑いを浮かべる高嶺。


「……はじめまして。葦木戸です」


 気まずい空気が流れる。

 それもそのはずだ。ラブホに行ったと噂されている渦中の奴らが一堂に介しているのだから。ギンギン☆マックスの集い、まさにギンギンマックス☆パーティであるやかましいわ。


 葦木戸からしてみればうわあ……なにしてるのこいつらといった所だろう。


「有紗ちゃんも一緒に行く?」

「い、行かないわよ! ……え? なに、本当に行くつもりなの? あのラブホに?」

「うん。まあ確かめるだけだから」

「…………」


 葦木戸から向けられる嫌悪の視線。

 俺はただひたすらに時が過ぎるのを待っていた。地獄みたいなこの瞬間が早く過ぎ去ってくれないかと、茜色に染まる空に浮かぶ雲を数えていた。


「よし、じゃあそろそろ行こうかハル兄。門限もあるし。有紗ちゃん、これお母さんにちゃんと渡しとくね」


 千秋がそう言って歩き出す。

 助かった。ようやくこの場から逃げ出すことができる。葦木戸にぺこりと頭を下げて進む東雲と高嶺の後に俺も続こうと――。


「……待ちなさいよ」


 俺の目の前に立ち塞がる葦木戸。

 な、なんのつもりだ? 


「なんだよ。おまえには関係ないだろ」

「ら、ラブホ? を確認しに行くんでしょ? やめときなさいよ。誰かに見られたらどうするつもり? 取り返しつかないわよ」

「……まさか。心配してくれてるのか?」

「っ! だ、誰がアンタの心配なんか! 私は千秋とこの二人の心配をしてるだけ! 大体、行くならアンタが一人で行きなさいよ」

「はいはい。忠告ありがとな」


 俺だって行きたくないわ。千秋に言ってくれ。適当にあしらって歩き出した俺の目の前を葦木戸がまた塞ぐ。


「わ、私が確認してきてあげるわ」

「なんでだよ」

「アンタが失敗すると幼馴染の私まで疑われるからよ!」

「なにを!?」


 葦木戸の様子がおかしい。

 だらだらと汗をかき、視線が泳いでいる。

 こんな彼女を見たのはいつぶりだろうか。

 

「……ちょっと待って。ハル兄、なにかおかしいよ」


 葦木戸の後ろ、黙って聞いていた千秋の声が響く。


「ハル兄たちは誤解されているんだよね? それなら、ラブホに行ったのは誤解だと知っているのは、ここにいる私たちだけのはずなのに」


 千秋の掛けている黒のサングラスが怪しく光る。


「――なんで有紗ちゃんは、当たり前のようにそれを受け入れたのかな? ……まるで、みたいに」


 かちゃりと音を立てて千秋がサングラスを外す。夕陽に照らされた瞳があやしく光る。


「つまり、ラブホに行ったのは……葦木戸さん!?」


 東雲が叫ぶ。絶対に違う。


「台無しだよ私の名推理」

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ラブホから出てきたと勘違いされた俺と彼女が付き合う可能性は、どれくらいあるのだろうか。 アジのフライ @northnorthsouth

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