第14話 変装と変態は紙一重
「さ、これで準備はばっちりです」
リビングで一人待っていた俺は、千秋の声に扉の方を振り返る。黒のサングラスをかけたままの千秋がそこには立っていた。
続けて入ってきたのは高嶺。黒のジップのパーカーのフードを被り、サングラ……お洒落な丸メガネじゃねえか。ただの黒いパーカー着たこなれ感のある高嶺じゃねえか。
「ジロジロ見ないで」
彼女は慣れない手つきでメガネをくいっと上げると、そそくさとリビングに入る。ま、まあフードとメガネのおかげで変装は出来ていると言えなくもない、のか?
続けてリビングに入ってきたのは東雲。
恥ずかしそうにもじもじとした様子の彼女は黒のパーカーではなく、どこか懐かしい見覚えのある紺に深い赤のリボン……。
「制服じゃねえか! しかも千秋の中学のやつだろ! なんてもん着せてんだ!」
俺は叫ぶ。
「ハル兄、同級生が中学の制服着てるからって興奮しないで。これはれっきとした変装だよ? 高校の制服を着ていたらバレるかもだけど、中学のなら……」
「今から俺たちどこ行くか知ってる? もしこの姿のまま行って、誰かに見られでもしてみろ。俺の高校生活どころじゃない、人生が終わるからね?」
「はぁ、これだからハル兄は。今はそんなこと聞いてるんじゃないから! 可愛いか、可愛くないかだから!」
もうやだ……。
俺は諦めたように東雲を見る。小柄だから千秋の制服もそのまま着れたのだろう。なんというか、同級生の普段と違う制服姿を見るのは変な気分ではあるが、似合ってはいるんじゃなかろうか。
「に、似合ってるんじゃないかな……。てか東雲さんもなんで言われるがまま着てるの」
「絶対可愛いよ似合うよ、なんてあまり言われたことがなくて、ついですね」
「東雲さん、絶対一人で服買いに行かない方がいいよ」
アパレル店員の推しに全敗しそうだから。
何故だか嬉しそうな東雲から視線を千秋に戻し、俺は言う。
「東雲さんをまともな格好に着替えさせてこい。というか最初着てたやつそのままでサングラスと帽子とかでいいだろ」
「ちぇー。可愛いのに」
「そういう問題じゃない。いいか千秋、お兄ちゃんがひとついいことを教えてやる。『変装と変態は紙一重』だ」
「なるほど。服を一枚着ると変装、脱ぐと変態とかけたんだね? やるね、ハル兄」
「まあな」
感心したようにこちらを見る千秋。
全くそんなつもりはないが、なんかそれっぽいので一応同意しておく。
「お二人は本当に仲良しですね」
「ウチも兄弟とかいないから、なんかちょっと羨ましいかも」
椅子に腰掛けてしみじみと微笑む東雲と高峯。
「いや、東雲さんは早く着替えよ?」
***
着替え終わった東雲もリビングに戻り、すぐにラブホに向かうのかと思われたが。
『バカじゃないのハル兄。こんな明るい真昼間からラブホなんてそれこそ自殺行為だから』
とのことで、陽の落ち始める夕方から向かおうということになった。陽が暮れた方が自殺行為な気がするんだが。
それまでは各々勝手に俺の部屋から千秋が持ってきた漫画を読んだり、ゲームをしたり。
同じ空間に妹以外の同級生が居て、適当なことを話したりする。なるほどこれは確かに友達との親睦会と呼べるのかもしれないな、なんてことをぼんやり思う。
――そして、時刻が十七時に差し掛かろうとしたあたりで、千秋が言った。
「そろそろ、行きましょうか」
その言葉に、本来の目的を忘れていたのではないかというくらい遊んでいた東雲と高嶺も、少し緊張した様子で片付けを始める。
「これで営業、してなかったら誤解は解けますもんね」
「うん。なに言われても営業してないからって言えるもん」
二人の言う通りだ。
全ての始まり、ギンギン☆マックスパーティが営業をしていないのだとすれば。
俺たちにはもう恐れるものは何も無い。
「変装はばっちりですね」
片付けを終え、玄関で靴を履きながら千秋が確認するように呟く。黒ずくめの妹だ。
「はいっ」
俺の隣で頷いた東雲は、着て来た藍色のワンピースにカーキのキャップ。サングラスは三つも無いらしく、目元は出たままだ。
「おっけー」
そして高嶺は黒のパーカーを羽織って例の丸メガネ。こちらは変装感がある。
俺はと言うと、黒のキャップに度の入っていないメガネをかけている。なんで度の入っていないメガネを持っているかって? 中学二年生くらいの時期はな、そういうことをしたくなるんだよわかるよね?
ふと、こちらをぼうっと見ていたらしい東雲と目が合った。
「……なんか変か?」
「い、いえっ! 別に!」
彼女は慌てて顔を逸らすと、光沢のある黒のローファーを履く。なんだ。メガネか? メガネがそんなにひどいのか?
「よし。じゃあこのくだらない変な誤解を解くために、出発です!」
意気揚々と千秋が扉を開け、俺たちはそれに続く。鍵を閉めた俺の背後で、
「あ、私門限十九時なので!」
なんて間の抜けたことを言うのが聞こえて。
そして。
振り返った俺の視線の先には、四人の女の子が立っていた。
東雲、高嶺、千秋。
ここまでは、いい。
そのさらに向こう、こちらと向かい合うようにして立っている彼女を俺は知っている。
トレードマークみたいなツインテールが夕陽に照らされ揺れる。
「…………え?」
彼女のぽかんと開かれたままの口から漏れ出たのはそんな声で。
「
千秋が名前を呼んだ彼女は。
幼馴染と呼ぶにはあまりにも仲の悪い、俺の幼馴染だった。
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