第13話 行かない行かない言う奴に限って行く


 どうやら友達が出来たらしい俺は、三人と共に下の階に降りる。ここ最近の俺に降りかかっている不幸といったら、お祓いが必要なレベルじゃないだろうか。


「それでそれで、お二人は彼氏さんとかいないんですか?」


 千秋は懲りずに二人に質問を続けている。

 もはや東雲が持ってきた質問箱は全く機能していない。机の上でインテリアと化していた。

 なんのために用意したんだよほんと。


 かく言う俺はというと、お昼になったからとごはんを作らされていた。俺以外で親睦深める会するのやめて?


 しかも俺がまともに作れる料理なんて、何もないんですけど。

 ここは普通東雲とか高嶺がささっと作ってくれたりしてさ、ちょっと良いな……なんて思ったりする展開だと思うんだけど。どうやら違うらしい。


「わ、私はその、恥ずかしながらそういうのに疎くてですね」

「私も今はいないかなっ」


 二人が答える。

 高嶺嘘をつくな。見栄を張るな。今は、じゃなくて今も、だろ絶対。


「そうですか。お二人ともすごく可愛いのに」

「千秋ちゃんはどうなの?」

「あ、私ですか? いますよ」


 さらりと答える千秋。

 え? いるの? え? そうなん?

 お兄ちゃん聞いてない。


「ま、とりあえずお試しって感じなんですけどね〜」

「お、お試しですか……」

「なんかかっこいい……」


 年下の妹に尊敬の眼差しを向ける二人を横目に眺めつつ、俺は冷蔵庫から適当な食材を取り出す。米は炊いてあるのでいいとして、おかずが問題だ。


 とりあえず卵、ウインナー、ベーコンを焼こう。豆腐を見つけたので味噌汁を同時に作って、ちょうど良さそうなレタスとトマトがあったのでそれを皿に盛る。


 ……なんか朝ごはんみたいだなこれ。

 そんなことを思いつつ視線を向けると、割と三人は盛り上がっていた。高校にイケメンはいるのか、好きな人はいるのか、制服が可愛いだのなんだの。


 こうして見ると三人ともちゃんと女の子なんだよな、なんて当たり前のことを思いつつ。

 俺は調理を進める。


「――よし、出来たぞ」


 しばらくして炊き上がったお米と一緒に、それなりに上手く焼けたおかずを盛った皿を机に置いていく。なんだかホテルのウェイターの気分だ。ウェイターをよく知らないけれど。


 三人は皿の上のおかずと味噌汁を眺めた後。


「「「なんか朝ごはんみたい」」」


 初めて四人の意思が通じ合った瞬間だった。



 ***



「――そもそもあそこのラブホ、開いてないって聞いたんですけどね」


 思いのほか好評だった食事を終えると、また彼女たちのティータイムが始まる。

 もう大人しくしておこうと、ひたすら空気に徹していた俺にそんな千秋の言葉が届いた。


「え。そ、そうなんですか!?」

「もしそうなら例の噂も全部解決じゃん!」


 東雲と高嶺は身を乗り出すようにして千秋を見る。俺も平静を装ってはいるものの、心の中では相当驚いていた。


 例の噂、そして通り名の解決の糸口が見えたから? いいや違う。そんなものはどうでもいい。俺は確信をつく探偵の気分で口を開いた。


「ちょっと待て千秋。なんでお前がうちの高校そばのラブホ事情を知っているんだ?」

「んくっ。……けほっ、けほ」


 クッキーにむせる千秋。

 こいつまさか、兄を差し置いてラブホに……? 実の妹のことだ、想像すらしたくもないが聞かずにはいられない。


「……べ、別に。そういう噂を聞いただけ」

「何がどうなったら中学生の間でラブホの話題が出るんだよ? 行くわけでもないのに」

「それは、たまたまだから」

「千秋。俺は最初から怪しいと思っていたんだ。やけにラブホ事情に詳しい上に、その上営業状況まで把握している」

「く、詳しくないしっ! だからジョーシキだって言ってるでしょ? 変な言いがかりつけないで!」


 睨み合う俺たちを見ながら、東雲と高嶺はうんうんと頷いていた。


「じょーしきですよね」

「まあ、大体は頭に入ってるよね」


 お前ら最初俺からラブホの話聞いた時、『なっ……!』『マジ……?』とか言ってただろうが。よくそんな顔が出来たな。


「そういえば彼氏がいると言ってたな?」

「だからそれはお試しで」

「……お前っ、まさか!! 人のことをギン兄なんて呼んでおいて、自分がギンギンマックス後輩だったんじゃないだろうな!」

「違うからっ!! ギンギンマックス後輩ってなに!?」


 頬をわずかに染めて千秋が叫ぶ。

 先程の仕返しのつもりだったのだが、割と効いたらしい。ちょっとスッキリした。


 千秋は珍しく頬を膨らませると、恨みがましい顔でこちらを睨みつける。東雲と高嶺の前で格好つけていたのにこのクソ兄貴、とでもいったところだろうか。


「……そこまで言うなら、確かめてみる?」


 ぽつりと、千秋が恨みがましく言った。

 

「確かめる? 何を?」


 俺が聞き返すと、東雲がハッとしたように俺を見た。高嶺は何事も無かったかのようにクッキーをもぐもぐしている。


「あのラブホが、営業してるかどうか」

「いや。いやいやいや」


 俺は即座に否定する。


「確かめに行くってことは、直接見に行くってことだよな?」

「それ以外ないじゃん。もし営業してなかったら私の聞いた噂が本当で、皆からの誤解も解けるわけでしょ?」

「……いいか千秋。俺には分かる。これでノコノコとラブホを見に行ってみろ。きっと同級生にでもその光景を見られてだな。俺は四人でラブホに行ったと言われるんだ」


 流石の俺も馬鹿ではない。

 ここまで不幸が重なれば、おのずと危機察知能力も磨かれるというものだ。


「ネットで調べてもちゃんとしたホームページとかは出てきませんね」


 東雲がスマホを操作しつつ呟く。

 調べるな。誰かに履歴見られたらややこしくなるだろうが。


「結局のところ、現場を確かめるしか真実を知る方法は無いんだよ。別に入ろうって言ってるわけじゃないんだよ? 確認するだけだもん」

「絶対に俺は行かない。行ったらギンギンマックス先輩じゃ済まなくなるのが目に見えてる」

「枯木さん。でも、千秋さんの言う通り営業しているのかどうかは知る必要があるかと」

「もし営業してないなら誤解解けるしね」


 千秋の肩を持つように二人は言う。

 誤解は解きたい。出来ることなら今すぐにでも。ただ、リスクとリターンを考えた時にラブホを直接見て確かめるというのはあまりにも危険だ。

 

「じゃあ、なにか? 絶対に誰にもバレずに営業しているかどうかを確かめに行く方法があるのか? もしあるってんなら――」

「――あるよ」


 千秋が言う。無いわそんなもん。

 彼女は怪しげな笑みを浮かべたまま、リビングから出ていった。東雲と高嶺が首を傾げて俺を見る。いやだから無いだろそんな方法。


 しばらくして。

 リビングに戻ってきた千秋を見て俺は絶句した。


「皆さん、真実を解き明かしに行きましょうか」


 サングラス姿で黒のスキニーに黒のパーカー、さらにフードを被った千秋がそこには立っていた。

 いや犯罪者か。絶対に行かないからな。


「そ、その手がありましたか」

「確かに、これならバレないかも」

「いや逆にバレるわ。節穴かその目」


 絶対に行かないからな。


「来ないならお兄ちゃんの例のブツ、私の友達経由して高校に広めるから」

「行きます」


 行くことになったわ。

 我が部の親睦会の活動内容は、ラブホを実際に見に行くことらしい。

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