第12話 決めるのはいつだって妹

 命を燃やして階段を一瞬で駆け上がった俺は、荒れた息のまま、開け放たれた自らの部屋に飛び込む。


 俺の本棚に並んだ本の奥に隠されていた例のブツを抜き取った千秋は、こちらを見てにやりと微笑んだ。


「――タイプを説明するにはこれが一番手っ取り早いよね、ハル兄」

「ち、違う。それは友達が」

「友達いないじゃん」

「く……」


 いやいるけどね? 学校が違うだけでゼロではないからね?


「今どきこんな目に見える形で残しておくなんて、古い、古すぎるよハル兄……ギン兄」

「言い直すな。千秋、一体何が目的なんだ? もしかしたら俺に友達が出来るかもしれないんだぞ? 邪魔をしなくたって」


 言うと、千秋はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


「ハル兄はほんとわかってないなあ。友達になるっていうことはね、自分のことを相手に知ってもらうことなんだよ。さらけ出して、理解し合う。だから漢字で友達、って書くんだよ」

「友達、の漢字のどこにさらけ出して理解しあうという要素が……?」


 絶対に違うだろ。それだけは俺にもわかるぞ兄を舐めるなよ。


「それは置いといて」

「置いちゃったよこの妹」

「つまりだよハル兄。自らのタイプをさらけ出して嫌がられるようなら、それは友達と呼べないってことだよ」

「それは男子同士とかさあ……。出会ってすぐのしかも女の子達にそれはまずいと思うんだ」

「まずいかどうか、決めるのはハル兄じゃないよ」


 千秋はその澄みきった目で俺を捉えると。

 いかがわしい本を右手に持ったまま、短めの黒髪を反対側の手でさらりと揺らして。


「――決めるのは、いつだって妹だ」

「やかましいわ。付き合ってられるかお前の茶番に」


 俺は千秋の手から例のブツを奪い取ると、彼女をぐいぐいと部屋から押し出して扉を閉めた。


「ちょっとハル兄! ここ開けてよ! 隠したって仕方ないじゃん! せっかくの親睦会なのに!」

「う、うるさい! なにが親睦会だ! あんな詐欺まがいのゲームやってられるかよ! 理不尽すぎるぞ!」


 そもそもなんで俺への質問しか出てこないんだ! 『枯木さんの』っていう頭のワード無くせば済むだろうがこんちくしょう!


 悲痛な思いを込めた叫びに、扉の向こうの千秋も大人しくなる。若干の間を空けて、少し落ちたトーンの声が返ってきた。


「……そっか、ごめん。私もちょっと悪ふざけが過ぎちゃった。戻ろ、ハル兄。二人だって待ってるよ」

「そんな手に引っかかるか! 油断させてブツを奪おうって魂胆だな? そうはいかないぞ!」

「そんなことしないよ。私、ハル兄の妹だよ? 長い付き合いじゃん」


 この状況でよく言えたなこの妹。

 俺が黙って抵抗の意思を示すと。


「……分かった。下で待ってるからね」


 寂しそうな声と共に、とんとん、と階段の音が聞こえはじめた。素直に諦めたのだろうか?

 いや、千秋のことだ。その場で足踏みを繰り返している可能性も十分にある。


 俺は耳を扉につけたまま、しばらく扉の向こうの様子を窺う。人の気配は無い。どうやら千秋は本当に下に降りたらしいな。


 ほう、とひとつ息を吐き、手元の本を眺める。メガネをかけたビキニの巨乳の女性と目が合った。


 これは本当に数少ない友人に貰ったというか押し付けられたものなのだが、捨てるにも持ち出すにもリスクがあるためここに隠しておいただけだ。決して俺のタイプが眼鏡をかけた巨乳なわけではない。


 しかし、千秋がこれに気づいていたとは。

 全く油断ならない。そろそろこれの処分方法を真剣に検討しないとな。


 俺がとりあえずその本を千秋の手の届かなそうな本棚の上に隠したところで。

 足音が、聞こえた。


 千秋か? 

 い、いや待て。これは、まさか!


「枯木さん。出てきてくださいよ。みんな待ってますよ」


 こんこん、と扉をノックして聞こえたのは優しい東雲の声。


「ご両親もすごく悲しんでるから。たまには、顔くらい見せなさいよ」


 続けてツンデレ感のある高嶺の声。

 

「お兄ちゃん。千秋、またお兄ちゃんと一緒に遊びたいよ!」

「なんなんだよお前らは!」


 俺は扉を勢いよく開け放つ。

 その勢いのせいか、背後でばさっと何かが落ちる音がした。


 扉の向こうに立っていた三人の視線は俺ではなく、明らかに俺を通り過ぎて床へと向いていることに気づく。


 おそるおそる振り返る。

 床には、メガネをかけたビキニの巨乳がいた。俺はそれを隠すように蹴飛ばした。

 すまない、メガネをかけたビキニの巨乳。


「……大丈夫です。私たち、友達ですから。ね、高嶺さん」


 東雲はぎこちない笑顔で言う。

 彼女は何故か目を合わせてくれなかった。

 隣で胸元を隠すようにして、頬を染めた高嶺も同じように目を逸らしたままつぶやく。


「そ、そうね」


 そして満足げに何度も頷く千秋。

 なるほど。これが、友達……!

 俺はどうしてか泣きたくなった。

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