第11話 燃やすのは命だけじゃない

「枯木。あ、あんた、妹に話したの……?」


 耳まで真っ赤にした高嶺が俺を睨む。その赤い頬とは対照的に、月の隠れた夜闇のような輝きを失った瞳。


「ご、誤解だ! 千秋、なんとか言ってくれ」

「なんとか」

「どうしてやろうかこの妹……!」

「お兄ちゃん、もう暴力はやめてよぉ……!」


 俺が椅子から立ち上がると、両手で自らを抱くようにして身を縮こまらせる千秋。

 東雲と高嶺には見えないところでぺろっと舌を出すのが見えた。こいつ、楽しんでやがる。


 藁にもすがる思いで東雲の方を見る。彼女はぽやんと頬を赤く染めて俺の方を情熱的な瞳で見つめていた。なんでだよ。


 ……なにかが、おかしい。

 そこで俺は気づく。そうだ、この反応だ。

 高嶺が顔を赤くして照れるのは分かる。ピュアピュアだからな。


 でも、東雲は違う。

 そもそもが例の噂を『そのままにしちゃダメですかね?』とか平気で言うやつだ。こんなに頬を染めて照れるはずがない。


 ……いや、それとも。彼女にも恥じらう可愛いらしいところがあるというのだろうか? 

 そんな東雲はもじもじと身を捩ると。


「か、枯木さん。妹さんにまでギンギンマックス先輩のラブホネタを話して、一体どれだけ自分を追い込むんですか……? そ、そういうプレイがお好きなんですか? 妹さんにゴミのような目で見ら」

「頼むから、黙ってて」


 少しでも信じかけた自分を殴りたい。

 俺は咳払いをひとつして。


「これには理由があるんだ。ほんの気の迷いで妹にラブホの噂の件を相談したんだけど、見ての通り名探偵ばりの勘の鋭さで全てがバレてしまっただけで」

「気の迷いで妹に相談する? やばいって」

「やっぱり……枯木さん」

「ハル兄、自分でぎんぎんまっくすって言ってたけど」


 ………………うん。

 向けられるのは冷めた視線と熱い視線。

 もうどうにでもなれ。

 俺は諦めて席に着くと、なんか高級そうなお菓子の包みを手に取る。


「それにしてもお二人も災難ですね。うちのギン兄ととんでもない勘違いされるなんて」

「どちらかと言うとこっちの子が勘違いされてて、私はひどい巻き込まれ事故っていうか」


 紅茶をこくりと飲む千秋に向けて、高嶺は小さく東雲の方を指し示す。

 

「えと、青葉さん、でしたよね? じゃあ今日は誤解を解くための打ち合わせをしに来たんですか?」

「い、いえ。実は誤解を解くには時間が一番ということになりまして。今日は親睦会を……」


 東雲はどこかぎこちなく答える。

 人見知りなのは本当なのかもしれない。俺たちには慣れてきてあんな感じだがいや待てギン兄に触れろ自然に流してんじゃねえ。


「し、親睦会、ですか」


 目を丸くする千秋。

 まあそうなるよな。こんなとんでもない誤解されてるやつらが集まって親睦会するとは思うまい。俺もまだ信じてないから。


「親睦会って、なにするんですか?」

「こ、これです」


 東雲はごそごそと大きく膨らんでいたトートバッグを漁ると、正方形の箱を取り出してテーブルの端に置く。上の部分には穴が開いていて、手を突っ込んでくださいと言わんばかりだ。


「…………これは?」


 千秋は困ったように眉間にしわを寄せる。

 きっと俺も同じ顔をしていたことだろう。

 高嶺は美味しそうにぽりぽりとクッキーに夢中だ。よかったね。


「これは僭越ながら、親睦会の余興にと私が考えてきたものです。中には質問が書かれた紙が沢山入っています。これを交代で引いていき、それに答えていくのです」

「なるほど」


 すぐに理解したらしい千秋が躊躇いなくそれに手を突っ込む。ふむ。まあ東雲が考えてきたにしてはまともだな。


「お、お互いのことも知れますし、ドキドキな質問なんかも入っているので盛り上がること間違いなしです。部員の親交を深めるにはもってこいかと」

「……部員?」


 ぴく、と千秋が反応するので俺は慌てて誤魔化すように口を挟む。


「面白そうだな。それにみんなに質問ってのが公平でいい。千秋、早く引いてみてくれよ」

「あ、うん。どれどれ……?」


 かさかさと折り畳まれた紙を千秋が開いていく。危ない危ない。これが謎の部活の活動の一環だと知られれば、千秋が放っておくはずもないからな。余計な芽は摘んでおかねば。


「……枯木さんの初恋は?」


 ぽつりと、そんな声が響いた。

 ほう。枯木さんの初恋か。

 ほ?


「えっと、お兄ちゃんの初恋は小学校二年生の時なんだけど、無謀にもクラスで一番可愛い子に」


 千秋がすらすらと話し始める。

 俺の手からなんか高そうなお菓子が落ちた。


「ち、ちょっと待て。何が起きてる?」


 向かいの席で箱を受け取った高嶺ががさがさと箱に手を突っ込み、紙をつまんで開いていく。


「えっと、枯木さんのタイプは?」

「タイプというか性癖なんだけど、色が白くてメガネで巨……持ってきた方が早いか。ちょっと待ってて」

「千秋? 何を言ってる? め、めがね? きょ……」


 俺はすぐに思い当たる。そんなはずはない。あれは俺が巧妙に本棚にカムフラージュして隠しておいたのだから。千秋が知るわけが……。

 し、しかし。もし、そうだったら?


「おかしいですね。枯木さん質問はそんなに入っていないはずなんですが」


 枯木さん質問ってなに?

 俺が千秋を止めようと立ち上がったそばで、かさかさと東雲が箱に手を突っ込む。そして、掴んだ白い紙の文字を読み上げた。


「枯木さんの経験人数は?」

「燃やせ!! その箱ぉ!!」


 俺は全力でリビングを飛び出すと、階段を駆け上がり千秋を追う。

 止めるんだ。なんとしても!

 俺の、名誉と純潔のために!


 ――命を、燃やせ! あと箱もな!

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