特注品の恋②
「さて、と」
家に帰り、改めてキャンディーを見つめる。
まるで水晶石のようにキラキラと輝くそれは、確かに普通のキャンディーじゃないのだろう。
問題はこれをどうするかだ。自分で食べるのか? それとも先生に? いやいやあんなことがあってどう渡せと? とは言っても一生このまま会わないってわけにもいかないし口実としては最適
「姉ちゃん!」
「うわぁっ!?」
痛い。とても痛い。お尻もだけど、机の角が的確に頭を殴りつけてきた。
そうか、私は椅子から転げ落ちたのか。というか誰だ私の脳内会議を邪魔したのは。
「何やってんだよ……」
あきれたような顔で誰かが私を見る。逆光で一瞬分からなかったが、そこにいたのは弟の
「あんたさぁ、部屋はいるときはノックしてって言ってるじゃん!」
「ノックもしたし声かけもしましたー。気づかなかった姉ちゃんが悪いんだろ。それよりご飯。出来てるって」
「あっそ。先降りてて」
「なんだよ、冷たいな。……ってこれ何?」
「ちょおい!?」
小瓶に向かって伸ばされた手を慌てて遮る。まだ説明書だって読んでないんだ。何か変なことをされたらこっちが困る。
「何? そんなに大事なもんなの?」
「大事というかー、危ないというかー。えーと……」
「今日の姉ちゃん変だよ。頭打っておかしくなったか?」
「正常ですー。ほら、先降りてって」
「はいはい」
何やらまだ言いたげなことがありそうだったが、これでよかったんだ。
「さて……」
あまり遅れるわけにもいかないか。怪しまれるだろうし。うちの家族、仲が良すぎて普通に部屋とか入ってくるし。
とにかくママたちの目に触れないようにだけはしとかないと……。
「ここなら……」
クローゼットの下着入れに小瓶を突っ込む。うちの家族とは言え、さすがにこんなところを覗き見る変態はいないだろう。
できる限り見えないように上からパンツを重ねて、私はリビングへと向かった。
◆◆◆
「おーう、ただいま!」
「おかえりー」
リビングに向かうと、ちょうどパパが帰ってきたようだった。よっぽど面白いことでもあったのだろう。パパたちは机を囲んで陽気に話している。
食卓には大好物のカレーが並んでいた。
「どうした、ボーっとして。いつもなら「カレーだー!」って大喜びなのに」
「え、あぁいや何でもない」
「いーや、嘘だね。さっき姉ちゃんの部屋行ったらさぁ……」
「昴くん? ちょっと黙ろうか」
「あ、はい」
危ない。変に勘繰られると、この親たちは誰に話すか分かったもんじゃない。
先生に振られたことだって話してないのに、「妙なキャンディーを買ってきた」なんて知られたら、理由まで話さなきゃいけなくなる。そうすると、芋づる式に振られたことだってバレる。
少女漫画じゃあるまいし、たとえパパたちが許しても、そんなこと世間は受け入れちゃくれないだろう。これは私が墓場まで持っていくと決めた失恋だ。こんなところで知られるわけにはいかない。
変なところに注意しているせいか、カレーの味が全然伝わってこない。
「なーんか怪しいなぁ。さては恋の悩みか?」
「そんなわけないじゃんかもう、パパったら」
落ち着け、平常心だ平常心。少しでも気を緩めば気づかれるぞ。
ニヤニヤと、こちらの様子をうかがうパパは今日に限っては少し恐ろしい。
「女の子には言えない秘密ってのがあるのよ、ねぇ?」
「母さんにもあるの?」
「そりゃあるわよ。パパにも言ってない秘密だって一つや二つ……」
「ママ!?」
よし、うまいこと話題が逸れそうだ。ママホントありがとう。
話題に気がそれているうちに、カレーをかきこむ。今日ばかりは、あの小瓶が最優先だ。美味しいカレーは二日目の楽しみに取っておこう。
「ご馳走様!」
「はい、って今日はやけに早いわね。ホントに大丈夫?」
「あー、うん。宿題が多くてさ……ちょっと立て込んでる」
「宿題か、パパが見てやろうか?」
「いや、大丈夫! 量があるだけで簡単な奴ばっかだからさ」
「そうか、マキはパパに似て賢いもんなぁ」
「母さんに似て、でしょ」
「おいおい、昴は冷たいなぁ!」
よし、家族団らんそのままでいてくれ。慌てて自室へと帰還する。
ようやく説明書を読み進められる。とは言っても、食べ物の説明書なんてすぐに読み終わるだろう。
「うげ……」
そう思っていた私だったけど、丁寧に折りたたまれた説明書にはびっしりと言葉が並べられていた。さて、困った。本を読むことさえあんまり好きじゃないのに、こんな辞書みたいに書かれているものを読める気がしない。
とりあえず大事そうなところは……。
『この飴玉を意中の相手に食べさせて下さい。完全に食べ終わったことを確認した後に相手を呼んであげましょう。そうすれば効果が現れるはずです。ただし、食べた分だけ効果を発揮します。使いすぎには注意してください』
理解できたのはそこくらいだった。あとは成分やら何やらと難しいことばかりで頭が痛くなってくる。
とにかくあのキャンディーを食べさせればいいということか。なるほど話が早い。
おまじない程度に考えれば、ちょうどいいかな。けど、本当に食べさせていいのだろうか。綺麗な見た目だったけど……。いまいち信用しきれない自分がいる。
『マキー。先お風呂入っちゃいなさーい』
「はーい」
扉越しにママの声が聞こえた。
まぁ、とにかく考えるのは後だ。変なことに頭を使ったせいか、どっと疲れた気がする。
使うかどうかは明日にでも考えよう。
説明書を引き出しの中にしまい、私は部屋を後にした。
恋愛売買師 喜連椿 カラザ @karaza0210
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