特注品の恋①
「結局来てしまった……」
何を思ったのだろうか。怪しさMaxの店の前に私は立っていた。
幸いにも、今日は先生と顔を合わせていない。彼が担任じゃなくてよかったと今日ほど思ったことはなかった。今までとは正反対の思考に、自分でも笑いが出る。
そう。だからだ。こんなところに来たのは単なる偶然。すこーし中の様子を見たらすぐにでも帰ろう。恋の量り売りとやらが、どれだけ面白い商品なのかこの目で確認してから。
「いらっしゃい」
扉に備え付けられたベルと共に、心地よい男の声が耳から伝わる。
アンティーク調の室内は、おしゃれな喫茶店にでも来たのかと錯覚を起こさせるようなたたずまいをしている。BGMもかかっていないから、しんと静まり返っている。他にお客さんもいない二人きりの店内。そんな店の一角に設けられた席で、声の主は優雅に本を読んでいた。
「おっと、君はこの間の……」
「えっと、篠宮マキです」
「篠宮さん……なるほど」
名前を反芻すると、男は席を立つ。何かの小瓶を手に持ち、彼は私の方までやってきた。
「お望みの品はこちらで?」
にこやかな笑顔で、彼は小瓶をこちらに差し出す。
「これは?」
「あなたが叶えたい恋とでも言っておこうかな」
つまりは惚れ薬? まさか。魔法使いってわけじゃないし。これをグイっと飲み干したら、先生が私を好きになるとでも言いたいのだろうか。
「信じれない?」
「いや、そりゃ……ねぇ?」
「ふむ……」
男は考え込むように手を口元につける。ダメだ。小瓶を渡されてから、このしぐさの一つ一つさえ怪しく見えてきた。
「確かに、信ぴょう性には欠けるようだなぁ」
「ははは……」
いや、今まで突っ込まれたこともないのか。男は本当に困ったような顔をしていた。これも私に押し付けるための演技なのだろうか。だとしたら名優だ。アカデミー賞受賞も待ったなし。
「ま、仕方ないですね。ごゆっくり」
「え?」
男はそう言うと、意外にもあっさり小瓶をひっこめた。そして、元居た席にまた腰掛ける。
なんだ。本当にもう進める気はないのか。拍子抜けもいいところだ。
とは言っても、何も買わずに帰るのも申し訳ない。せめて一番安いものでも買って帰ろう。
店の中を見て回ると、おしゃれな装飾品や、少し古ぼけた時計なんかがいっぱい置いてあった。最初にあんなものを見せられたから身構えていたけど、実のところは本当にアンティークの雑貨店だったりするんだろうか。
ボーっとそんなことを考えていると、瓶に入れられたきれいなキャンディーを見つけた。それもめちゃくちゃ安い。一瓶で100円なんて考えられない。
「お兄さん、これ頂戴」
「毎度あり」
100円玉を受け取ると、男は嬉しそうに笑った。
そして、レシートの代わりに妙な紙が手渡される。
「これは?」
「その飴玉の説明書。帰ったら読んでね」
「はぁ……」
何が何やらさっぱりわからないが、とにかく物は買った。早く帰ろう。
そう思い、扉に手をかける。
「良い恋愛を」
「え?」
男が何かをつぶやいたような気がして振り返る。
しかし、そこにはもうあの店の姿はなかった。
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