恋愛売買師 喜連椿

カラザ

特注品の恋─プロローグ

「好きです! 付き合ってください!」


 とある学校のとある校舎裏。

 ドラマなんかで1度は聞いたことのあるドストレートな告白のセリフ。

 声の主は私だ。

「え、いや……その……」

 正面にいる男はひどく困ったように私を見ていた。

 そりゃそうだ。報われるはずがない。そんなことは私が一番知っている。

 だって、彼は。

「俺は先生。君は生徒。そうだろ?」

「そう……ですよね……」

 思っていた通りの答え。わかっていたはずだ自分。顔をあげろ。彼を困らせるのは告白だけでいい。

「……なーんて! 騙されちゃいました?」

「おい、何を言って……」

「実は明日、好きな子に告白しようと思ってたんです。これはその予行練習ですよ。何マジになってるんですか」

 今の自分は笑えているのだろうか。きっとぐしゃぐしゃになってるんだろうな。

 だって先生の顔。今まで見たことがないくらいに悲しそうな顔をしてる。もっと突き放してほしい。そうしたらすっぱり諦められるのに。

「……あんまり大人をからかうんじゃないぞー」

「はーい、それじゃ先生。また明日」

「気をつけて帰れよー!」

 瞳に溜めた涙で前が見えない。それでも、少しでも学校から離れたくて私は走った。

 優しくしてくれた先生が好きなはずなのに、今はその優しさが痛い。薬が毒へと変わっていくような感覚。

 こんな恋をしてしまった自分が憎い。ロミオとジュリエットの気持ちがこの歳になって理解できるなんて思わなかった。

 全部の思いを振り切るように走る。けれど、どこまでもついてくる鈍色にびいろのモヤは私の心をひどく締め付けていた。


「きゃっ!」

「おっと、すみません。大丈夫?」

 差し出された手は、男の人だった。すらっとした腕を伝って顔を見ると、軽くパーマ頭のイケメンがいた。

「大丈夫です……こちらこそすみません」

 さっきまでのことがなければ、これが運命だと感じていたのだろう。もしかしたら、先生のことなど忘れて彼に一目ぼれでもしたかもしれない。けれど、絶賛傷心中の私にはそんなフィルターはなかった。

「ホントごめんね。お詫びと言っては何だけど……」

 そう言って、彼は一枚の紙きれを渡してきた。乱雑にポケットにしまわれていたせいでくしゃくしゃではあるけれど、読めないことはない。

「恋愛の……量り売り?」

 自分でも何をバカげたことを言ってるのか理解ができない。けれど、その紙にはハッキリとそう書かれていた。

「そ、俺の仕事。よかったら今度遊びに来て」

 そう言うと、彼は急いでいたのか走り去ってしまった。

「……こんなもので恋が実るなら買うっつーの」

 自然と口からそんな言葉がこぼれ出る。

 走るのも馬鹿らしくなった私は、それをポケットにしまって帰路についた。



──この出会いが、運命を捻じ曲げるとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る