第2話

 日が伸びて来たとはいえ、外はだいぶ暗くなってきた夕方。

 夕飯の準備も終わる頃、玄関の鍵が開けられて、誰かが入ってくる気配がした。その気配は私がいるキッチンへと繋がるリビングの方へとそのまま向かってきてるようだった。

 ガチャ

「深月、ただいまぁ」

「あ、お母さん。おかえりなさい」

 ドアを開けて笑顔で入ってきたのは母だった。まぁ、律儀に鍵を開けて入ってくる不審者でも困るけど。

「んー!良い匂い。今日のご飯なぁに?」

「お母さんが好きなもの、作っておいたよ」

 私がそう言うと、リビングに入ってきた時よりも明るく…まるで子供のような笑顔になった。

「手、洗ってくるね」

 大きい荷物をソファの周りに置いて、母は洗面所へと向かっていった。





「いただきまーす」

「いただきます」

 約1年ぶりの母との夕飯。テーブルの上には母が好きなおかずが並んでいる。

 ハンバーグ、唐揚げ、ほうれん草と鮭のクリーム煮、豆腐のサラダ…こうやって見ると、子供が好きそうなおかずばっかり。

 ご飯を食べながら話すのは、海外での生活のこと、私の学校でのこと…私の進路のこと。

「深月はさ、進路どうするの?」

「……特にやりたいことがあるわけでもないし、就職かな」

「…大学、行かないの?深月、勉強できるんだし」

「いや、やりたいこととか本当になくて」

「やりたいことは大学行ってからでも、見つけられると思うけど?」

「……」

「…お金のこと、気にしてるでしょ?」

 図星だった。

 私の家は、父がいない。私が小さい頃、事故で亡くなった。

「あのね、深月。うちにお父さんはいないけど、保険とか諸々で生活も普通にできてるし、深月には苦労させてるけど、お母さんも海外で働いている分、会社から手当も多く出てるし、あなたの大学進学のために貯金もちゃんとできてる。お母さんに苦労させたとか、これからさせたくないからとかそういう理由で進学しないっていうのはやめて」

「でも…」

「深月が本当に就職したいって言うなら良いけど、少しでも迷っているなら進学のこと考えてみたら?」

「……うん」

「ご飯、ご馳走さま。片付けはお母さんがするから、先にお風呂、入っておいで」

「ありがとう」

 微妙に気まずくなってしまったご飯の時間。それでも、進路の話が出てきたことで、今日の昼間の、あの人の提案を母には話してみよう。そう思った。





「お母さん、ちょっとだけ良いかな」

「んー?どうしたの?」

 母がお風呂から出てくるのを待って声をかけた。

「あの…さっきの進路のことなんだけど…」

「何かやりたいこと、あるの?」

「出版社の編集さん…とか、ちょっとなってみたいな…って思ってて…」

「編集?本とか好きだったっけ?」

「いや、あまり興味ない…んだけど、ちょっと気になってる作家さんがいて…その人の担当とか…絶対なれるわけないのはわかってるんだけど…」

 あの人に言われたままに母に説明をした。さすがに、母の知らない年上の怪しい男の人とたまに2人きりで会っているなんて言えないけど。

「そう…ちなみにその作家さんの名前は何て言うの?」

「えっと、斎城密都っていう…」

「え、すごく有名な作家さんじゃない」

 すごく有名…?本人は売れない作家だって…。

「こっちに戻ってきてテレビ観てると、その作家さんの本がドラマ化とか、映画化とかよく聞くもんね…深月も意外とミーハーだね」

「あ、あはは…」

 そんな有名だったなんて…。何が売れない作家よ!嘘つき!

 母にバレないよう、心の中であの人に毒を吐いた。

「じゃあお母さんはそろそろ寝るよ」

「うん…あ、お母さん、今回はいつまでこっちにいられるの?」

「あー、今回は短くて明後日の朝には家を出なきゃいけないのよ」

「え、だいぶ短いね」

「そうなのよ。本当は1週間は日本にいられる予定だったんだけど、飛行機に乗ったらトラブルのメールが来てね…こっちで対応できる内容だったらよかったんだけど、現地でじゃないとダメで…ごめんね」

「ううん、仕事じゃ仕方ないよ。でもあまり無理はしないでね」

「ありがとう。明日の夕飯はお母さんが作るから、楽しみにしてて」

「うん、ありがとう。ごめんね引き止めちゃって。おやすみなさい」

「おやすみ、深月」

 寝る前の挨拶をすると母はリビングの扉を閉めて、自分の寝室へ歩いて行った。

 母はデザイン関係の会社に勤めていて、私が小学生の頃、新しくできた海外の支社に転勤になった。私のことも連れて行く予定だったらしいけど、母の両親…私の祖父母が反対した為、私はこの家で祖父母と、母は海外で別々の生活を送ることになった。

 祖父は私が中1の時、祖母はその数ヶ月後に亡くなった。母は私が1人になることを心配して一緒に海外に行くことを望まれた。けど行かない選択をした。

 母と暮らしたくないわけではないし、むしろ一緒に暮らしたいとは思っていたけど、この家…一緒に過ごせた時間が短いとはいえ、父と過ごした家を離れたくなかった。

 それに、少しだけ相談をした陽葵に大泣きされてしまったから。

「…あの時、陽葵が泣かなかったら、もしかしたら今頃海外に住んでたかもな…」

 …進路の話、少しだけでもできてよかった。

 あの人にも、もし近いうちに会えたら色々と言いたい事もできた。次に会ったら問いただしてみようか。

 そんなことを思いながら、リビングの電気を消して、自分の部屋に向かった。

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夢物語 碧羽ゆかず @aobykz1224

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