第1話

 春。

 私は今日から高校3年生になった。

「深月!!」

 クラス分け表を確認して教室に向かう途中の廊下。後ろから声をかけられて振り返った。

陽葵ひまり

 樋野ひの陽葵。幼稚園からずっと一緒にいる腐れ縁…もとい、幼馴染。

「おはよ、深月。クラス分けのやつ見た?」

「見たよ。だからこうして教室まで歩いてるんだけど」

「相変わらず冷たいなぁ、深月は。そういうところも可愛いよ」

「陽葵に可愛いって言われても」

「私も同じクラスだから一緒に行こ」

 そう言いながら私の腕を引っ張る陽葵は満面の笑みを浮かべていた。

「…何かいいことあったの?」

「えへへ…実は今年はようやく悠介ゆうすけ君と同じクラスになれたの!!」

 陽葵の言う悠介君とは、私たちの学年のアイドル的な存在で、陽葵が片想いしている相手、藤波ふじなみ悠介。ちなみに私のもう1人の幼馴染でもある。

「…悠介のどこがいいのか、私には本当に理解ができないよ」

「まぁ今まで好きな人ができたことがない深月にはわかんないよね…好きになるとどんなことでも愛おしく思えちゃうんだよ?」

「興味なし」

「あはっ。深月らしいね」

 そんな話をしながら歩いているうちに教室に着いた。

 苗字で順番を決められた席。私は大体廊下寄りで黒板寄り。陽葵と悠介はどちらかというと窓際寄りの真ん中あたり。席も前後になったみたいで幼馴染ということもあって悠介から声をかけられていたみたいだった。

 しばらくして担任が入ってきてすぐに体育館に移動して始業式が始まった。

 校長の長い話が終わり教室に戻ってHRが始まった。明日からの授業のこと、委員会のこと…そして進路のこと。

 もう3年だから、当たり前ではあるものの、自分の将来のことなんて真っ白で何も思い浮かんではこなかった。

 ぼーっとしている間にHRは終わって、今日はこのまま帰宅するだけ。

「深月、一緒に帰れる?悠介君も一緒なんだけど…」

「いや、今日はお母さんが帰ってくる日だから夕飯の買い物もしなきゃだし…あと寄るとこあるからごめん。それに悠介と2人になりたいでしょ」

 私が言うと、陽葵はほんのりと頬を赤く染めた。

「ありがとう深月。今日おばさん帰ってくるんだね。どれくらいぶり?」

「んー…半年…いやほぼ1年ぶりかもしれない」

「1年!?今回はまた…長かったね」

「まぁ、海外にいればそんなもんでしょ。家にうるさい親がいないのは本当に気が楽だけど」

「慣れちゃうとそんなもんなのかな…」

「そうかもね。それより陽葵?悠介が待ってるよ」

 教室のドアのあたりを見ると悠介がじっとこっちを見ていた。

「あ!そうだった…じゃあ深月、また明日ね!ばいばい!」

「ばいばい」

 挨拶をすると陽葵は悠介が待つドアの方へと早足で向かっていった。そこで少し会話をしているのを見ていると悠介と目が合った。

「深月、たまにはうちに顔出せよ。母さんが深月のことしつこく聞いてくるんだ。『ご飯はどうしてるの』とか」

「あー…うん。わかった。ありがとう。おばさんにもよろしく伝えといて」

「おう。行くか、陽葵」

「うん。じゃあね、深月」

「うん」

 ようやく帰った2人を見送ると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと去年同じクラスになった女子2人組がそこにいた。会話なんてほとんどしたことは無かったはずだけど。

「斎藤さん。藤波君と仲良いの?」

 …出た。

「あぁ…私と悠介…藤波君と樋野さん、幼馴染なの。仲が良いというか、幼稚園から一緒だから家族の方が仲良いし、腐れ縁みたいな…つるんでて楽って感じかな。それが何か問題ある?」

「いや…仲が良いのが羨ましくて…」

「私たち初めて同じクラスになれたからもっと話したいけど、斎藤さんとか樋野さん、あとは男子とばかり会話してる気がして…」

 いやいや、今日そんなに会話できる場面あった?

「別にこれから1年間同じクラスなんだから会話ができる場面増えるでしょ…悠介も別に普通の男子なんだから声かけていけば普通に会話できると思うよ」

 2人にそう返すと、ほっとしたような顔をして、こう言った。

「ありがとう、斎藤さん。私たち頑張るね」

 そう言って、こちらの返事も待たずに、2人はカバンを持って教室を出て行った。

 …だから悠介とは教室で会話をしたくない。女子のこういうところ本当に面倒くさい。

 悠介は女子にモテる。私はそう思ったことなんてないけど、陽葵曰く『アイドルでもおかしくない』顔と『普通の男子と違ってがっついていない』感じが良いらしい。成績も悪くないし、運動もできる。確か野球部に入っていて、エースなんだとか。

 ……本当、アホらしい。

「私も帰ろ」

 ボソッと口に出してからカバンを肩にかけて教室を出た。




 学校からの帰り道。

 午前中のうちに学校が終わって帰る道は何かいつもと違う気がした。

 いつもは家の近くにある商店街で買い物をして帰るけど、今日はまだ必要がない。いや、お昼ご飯の材料を買って帰らなければいけないのだけど、考え事もしたいし、教室でのあの2人との会話に少しの疲れがあって、作る気も起きない。買って帰るにしてもまだ少し時間が早い。

 あそこに行こう。

 思いついた途端。来た道を戻っていつもの“あの場所”へと向かった。




 いつもの岩場。

 誰もいなくて居心地が良い場所。

 …今日は来てないんだ…まだ早い時間だもんね…。

 誰もいないことが心地よかったはずなのに、最近はここに来るとある人物を探してしまう。

「今日はゆっくり考え事できる」

 少し寂しい気持ちと、ほっとしたような感じ。2つの感情を胸にしまい込んで、進路のことを考え始めた。

 やりたいことなんてない。小さい頃から家のことばかりやっていて好きなことをやる時間もなく、友達と遊ぶようになったのも高校に上がってからだった。

「…私、どうすれば良いのかな」

「好きなこと、すれば良いんじゃない?」

 独り言のはずだった。その独り言に答えが返ってきた。しかも、すぐ後ろから。

 振り返ると、見知った顔が私のすぐ近くにあった。

「なっ!!」

 驚いて、言葉が出てこなかった。相手はそんな私を見て笑みを浮かべた。

「やぁ。今日は学校サボったのかい?」

「今日は始業式だけだったので。相田さんこそ。部屋に籠って創作活動しなくて良いんですか?」

「たまには気晴らしも必要でしょ」

「いつもじゃないですか」

「おかげで君に会えた」

「さむ」

 はは。と彼は返す。

 掴みどころがあるようでないような、そんな男、相田悟。

 私が数ヶ月前にここで出会った斎城密都。自称作家のよくわからない人。

 相田悟が本名で斎城密都はペンネームだそうだ。

「で?今日は何に悩んでいるのかな?」

 悩み事があると私がここに来ていることを知っているこの人は、大体いつも話を聞いてくれて多少のアドバイスをしてくれている。

「実は…」

 進路で悩んでいることを話した。

「…じゃあさ、編集者になって僕の担当になればいいよ」

 一通り話し終えると、さも当たり前のようにそう答えた。

「……は?」

「だから、僕の担当編集者に…」

「いやいや、だって私あまり本とか読まないし、そもそもどうやって…」

「とりあえず文系の大学出てれば良いんじゃない?まぁ編集じゃなくても僕のマネージャー的な…」

「お断りします」

「えー…。良い案だと思ったんだけどなぁ」

「どこが」

「君は大学に進学という進路ができて、僕にはスケジュールを管理してくれる人ができる。それって素敵なことじゃない?」

「いや、ただ単に意味がわかりませんけど…そもそも進学なんて…」

「お母様が反対する?」

「……」

 別に反対はしないだろう。でも、家のことを考えると、大学に行きたいなんて言えない。

「まぁ、そこは君の家で相談してもらうしかないな。良い返事を待っているよ」

「いや、私、大学に行くなんて…って聞いてますか?」

「えー?何か言ったかい?」

 自分の言いたいことを言うだけ言って、彼はもうすでに離れた場所にいた。

 そして私の話を最後まで聞くことなく、もう姿は見えなくなっていた。

 本当になんなの?

 少し考えたけど、あの人の意味のわからなさは今に始まったことではないし、何を言っても変わらない。つまり考えたところで無駄なのだ。

「…私も帰ろ」

 お昼ご飯を買って、商店街で買い物をして母が帰ってくるまでに夕飯の支度をしよう。今日の夕飯は…母の好きなものをたくさん作ろう…そして。

「進路のこと、相談してみよう」

 そう決心をして、私もその場から動き出した。

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