第4話 人形の恩恵
☆☆☆
自宅に戻ってからフランス人形の定位置探しをしてみる。
賃貸だからそんなに飾る場所は限られている。
玄関前、出窓、タンスの上。
「飾れそうなのは3か所か」
玄関前はいつもバタバタしている。倒しそうではある。
出窓は日光を浴びるつくりとなっているので色あせが心配であり却下。
タンスの上は埃にまみれそうだから却下。
消去法で玄関に飾ることにした。私は短大生2年の保育士志望の女子。
バイトしながら、保育士試験の勉強をしている。
保育士の試験に一度落ちて、実技を猛練習。
保育士試験の実技とは童謡を一通り弾けるようになることが必要不可欠だ。
その中から出題されるため対応することができなかったのである。
でも毎日、埃を取ることと今日あったことを話すことは欠かしたことがない。
それから一年、アンティーク店の前を通ることがあった。
扉には張り紙があった。
「店主が逝去されたために閉店する運びとなりました。
開店して30年間、ご愛好いただきまして誠にありがとうございました」
「もったいないな。もっときたらよかった」
あれからフランス人形は大切にしている。特に不幸をよぶ気配はない。
老婆の訃報が人形に関係して起こったとは思わない。
かなりご高齢のようだったし、張り紙はまだ新しいと感じた。
「あなたを持っていた人が亡くなったそうよ。悲しいわね。手を合わせて、供養の般若心経とか唱えてみようかなって思っているよ」
☆☆☆
人形は想いはじめた。
初めは3日くらいだろうと思っていた。
こんなにも大切にされたのは初めてかもしれない。
ヨーロッパでの王室でも一つ一つ丁寧に扱っているのは目的・使用用途がはっきりしているものだけだった。
銀の食器や武器、装飾品ばかり磨きあげていた。
絵画や人形なんて大切にされたのはほんの一握りのものだけ。
その者たちだって上の人の命令が怖くて、やめろと言われたら私のもとには通わなくなった。
それに比べ、私を引き取った今の主はどうだろう。
毎日、埃を払ってくれ、私の前に座り、きれいだとほめそやし、日々のことを私に語ってくれる。
今までの人間とはどこか違うと感じる。
(ウフフ、私をこんなにも大切にしてくれているからあなたにいいほうのプレゼントをしてみようかしら)
人形の気まぐれは時に人間を変えてしまうこともあるようだ。
☆☆☆
最近なんだか調子がいい。
勉強する体力だったり、勉強時間だったりとれることが多くなっているような気がする。
バイトでも人数が増えて一人一人の負担が軽くなった。
そしてピアノを弾ける時間が多くなった。イヤホンをつければ問題はないが、なるべくならば間違って音が出てしまったときなどのために昼間練習しておきたい。
なぜか昼に時間が空くことが多くなったような気がするし、
楽譜の読み方を教えてくれる人も増えた。
年二回のテストに合格することができた。
「ねぇエミリー、聞いてっ!合格できたのっ!感激だよ」
毎日、埃を払ってから今日あったことや不満だったこと、
楽しかったことなどなど話している時間が多くなった。
楽しくて呼び名が欲しくてエミリーと呼ぶことにした。
傍目に見たらただの独り言だ。
リラックスできるというか、安心できる母親って感じかな。
「いつも見守ってくれてありがとう。エミリー」
これからも
大切に
同じ時を
過ごしていこうね。
きっと扱いを間違えなければ、付き合い方を間違えなければ、
続く関係はある。
そうだよね?
END
古い人形 完 朝香るか @kouhi-sairin
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