Epilogue
枕元で大きく鳴り響くアラーム音。ベッドから出て大きく伸びをする。
なんだかとても長い夢を見ていたようだけど、思い出せない。だけど鏡に映った自分の目の端に涙の流れた跡が見えたからきっとあまり楽しいものじゃなかったんだろう。
いつもと同じように学校へ行く準備をする。時計を見てみれば十分間に合うけれど、そこまで余裕があるわけでもなかったから朝ご飯は食べなかった。
満員電車の中、ぎゅうぎゅうと押されて苦しいけどこれも毎朝のことで慣れてしまった。
今日は少し揺れが大きい気がする。今になってお腹が空いてきて、力が入らない。
「あ!ごめんなさい!」
後ろにのけ反った反動で、後ろの人の足を踏んでしまったから咄嗟に謝る。
振り返った先にいたのはまだ若いサラリーマンだった。
「……ああ、こちらこそ」
まだ若いと言ったけれど、落ち着いた雰囲気の人だ。その人の目が私を映すまでが、何故かスローモーションのように感じられた。
目が合えば、何故か身体が震える。恐怖ではないのは確かだ。
頭の中は真っ白なのに、目の前の人がただ輝いで見える。
一目惚れ?そんな単純なものじゃない。
初めて出会ったはずの、色白の男の人。冷たい印象を受ける切れ長な目は私のタイプじゃないはずだ。
初恋もまだの私が言えたことじゃないけれど。
「──あの!」
男性の瞳が私を捕える。見つめ合えば反らせなくなった。
静かに私の言葉の続きを待つその人は、優しく「うん」と言った。
自分でも馬鹿だとわかっている。
頭の中に浮かぶ言葉は、一歩間違えば──いや、間違えなくとも──気味の悪いものだ。
それでも、言わなきゃと心が急く。
私の心が叫ぶ。
(この人を愛してる)
飛び出した言葉はもう元には戻らない。
それでも後悔はない。
「私と、結婚してください」
呆気にとられた目の前の男性。まさかここまでのことを言うとは思っていなかったらしい。
ぽかん、とした後数秒、喉を鳴らして笑った。
──ああ、どうか。
あなたが幸せであるように。
そしていつの日か、私がそばにいられる未来を。
その願いはきっと、とても懐かしいものだ。
彼はすぐに優しく目を細めて私の頬に手を添えた。
「──遅い」
そう言って微笑むから、自然とポロポロと涙が零れた。
抱きしめてもいいだろうか。
電車の中だと怒られるかな。
そんな私の思いを読み取ったかのように、彼は言った。
「大丈夫だ、時間はたっぷりあるから」
「本当?」
「ああ、今度こそ」
──もしも、生まれ変わったら。
誰よりも先に、あなたを見つけ出してみせるんだから。
どうしてもっと、君を… 向日ぽど @crowny
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