第62話
留美さんは私を呼び出して犯人に仕立て上げるつもりだったようだけれど、計画性もないアリバイ工作なんて誤魔化せるわけもなかった。
ただ、あの時由良くんがいてくれてよかったと思う。彼の証言がなければ、もしかしたら本当に私がやったのだと疑われてしまったかもしれないから。
呆気なく捕まった彼女は自らの罪を認めた。
数年が経った今も、あの人は罪を償っているはずだ。反省しているのかどうかは知らない。知りたくもないけれど。
許せる日なんて、これから先来ることもない。
(──つくづく、あの顔とは相性が悪いみたい)
由良くんをはじめ、たくさんの人に支えられてここまで生きてきた。
死んでしまいたいって思った日も少なくはなかった。だけど、由良くんが
「美緒ちゃんの命なんだから、それを捨てるのも美緒ちゃんの勝手だよ。だけど、君のお腹の子の命はその子のもので、君が勝手に終わらせちゃいけない。
その子が生まれるまで待ってみようよ。その子が生まれてもまだ死にたいと思ったら、僕が一緒にあっちに行ってあげる」
──彼は本当に私のことをよく分かっている。
この子を……愛する人の分身をこの手に抱けば、きっともうそんな馬鹿な思考なんて生まれないんだと予見していたのだから。
今私の隣には、彼に似た白い肌を持つ天使がいる。小さな手を引いて歩みを止めたその先には、彼のいる場所がある。
「ここに、パパがいるんだよ」
誰よりも私が愛した人が眠る場所だと、小さな天使にも伝えよう。あなたにも大切にして欲しい人だから。一見冷たそうでも、あなたを望んで、あなたを喜んでくれた人だから。
まだ幼い天使には理解しがたいだろう。だけどじっとその場所を見つめる瞳は真剣だ。
私が手を合わせて目を閉じる。薄目を開けて横を見れば、私の真似をしている愛おしい息子。
──そして彼が小さく呟いた言葉に涙が出そうになるのをぐっと堪えた。
「ぱぱ。はやく、あいたいね」
(洸さん、聞こえましたか?)
あなたと私の大切な天使は、日に日にあなたに似ていきます。
あなたがそちらへ行ってしまったから、いつも傍にいてくれた由良くんにとても懐いてますよ?
でも、怒らないであげてね。
由良くんを「パパ」と呼んだことはないんです。そう呼んだのは洸さんの前でだけ。私たちの天使は、きちんとわかっていますよ。あなたに似て、とても賢い子です。
そうそう、笑顔は私に似ているってよく言われます。あなたが好きだと言ってくれた笑顔だから、とても嬉しいんです。この子の笑顔も、いつか誰かを癒してあげられたら……そう、思います。
ゆっくりと立ち上がって小さな手を包み込み、私達は歩き出す。
「──あ」
一度立ち止まったと思えば空を見上げて目を輝かせた。
「ぱぱ、わらったよ」
私は笑いながら、しゃがみ込んで天使の頭を撫でる。天使は不思議そうに私の目元を撫でて、瞼にキスをした。
『──ゆっくりでいいから、会いに来いよ』
洸さん、愛しています。
ありがとう、私に愛を教えてくれて。
ごめんね、あなた以外愛せなくて。
どうしてもっと、君を……。
何度後悔しても、時は戻らない。
だけど、これが後悔しか残らない恋だったとしても、私にとってはあなたを愛したことに意味があった。
待っててくださいね。すぐにとは言えないけど必ずそっちへ行きます。
だからその時は、もう一度「愛してる」って囁いて。
今度はちゃんと、はじめから私を愛して。
その優しい温もりで、大きな手で──私を包んでくださいね。
今度はあなたが「おかえり」って迎えてくださいね。
だから、その時が来るまで私は幸せに生きてみます。
たとえ、あなたがいなくても。
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